第29話 ビューティ・ルビー「やってられるかァッ!!」

翌日。公園にて。

帰宅部とリヴェリアがクレープを食べるのを覗き、フィシィがなんとも言えない表情を浮かべる。

絶賛無自覚な片想い中の親友の様子を見守っているが、まるで進展する気配がない。

自覚がないのだから仕方ないことではあるが、見ていて歯がゆいことこの上ない。

赤面の一つでもしろ、と念を送るものの、まるで家族にそうするように、普通に食べさせ合っている。

こちらの文化をある程度知っているフィシィからすれば、今すぐに怒鳴り散らしたいところだった。


「……むぅ。当て馬でもけしかけてみる」

「やめとけ。あのバイオレンス自由人のことだ。どーせ『誰だテメェ』からの路地裏ワンパンで終わる」


同じく、彼女の隣でもどかしそうに様子を見つめていた科学部が、諦めを込めて告げた。

なにせ、美少女…演劇部のマイクロビキニを爆笑で済ませた男だ。

そう簡単に落ちるとは思えない。

フィシィは深いため息を吐くと、帰宅部を指差した。


「アレ、不能?美少女のリヴィに反応しないとか、そうとしか思えない」

「残念ながら100パー健康な人類だ。

暴走10トントラックを正面から殴り飛ばして止めたようなヤツだけど」

「10トントラックって、あれ?

あそこ走ってるデッカいの」

「それ」

「………人間?」

「人間。ひっっじょー…に!疑わしいがな。

生物部が検査したところ、生物学上はマジにフツーの人間だ」


ノーマルな人間は、パンチで10トントラックを止めたりしない。

そんなことを思いつつ、フィシィは帰宅部の肢体をまじまじと見る。

芯は細いが、がっしりしているように思える。

随分と昔に聞いたリヴェリアの好みも、たしか「引き締まった男」だったか。

ここまで条件が揃ってるのに、なぜ自覚しない。

ぬぐぐ、とフィシィが唸り声を上げると。


「見つけたぞ、『拳の魔王』!!」


そんな声が轟いた。

フィシィたちが怪訝な目でそちらを見ると、紅玉にも似た色合いの赤い髪を靡かせた少女が、親の仇と言わんばかりに帰宅部を睨め付けているのが見えた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「だーーーっ!!やってられるかァッ!!」


遡ること、1時間前。

ばしぃん、と床に台本を思いっきり叩きつけた音が響く。

そんな叫び声を上げたのは、魔法少女の衣装に身を包んだ少女…。

『最強の魔法少女』と名高い、ビューティ・ルビーその人であった。

が。その称号も今や飾り。

テレビやら雑誌の取材やらに出突っ張りの彼女は、被った仮面を投げ捨て、荒ぶっていた。

と。それを咎めるように、彼女とコンビを組んでいるクール・サファイアがため息を吐く。


「ちょっと、ルビー。あんまり素を出さないでよ。誰が見てるかわからないんだから」

「もう知るか!もーーー知るかッ!!

魔法少女なんて今すぐ辞めてやらァアーーーーッ!!!」

「辞めてどうすんのよ…」


そう。ビューティ・ルビー…本名、赤羽 ルミは元ヤンだった。

拳一つとママチャリで地域一帯の不良をまとめ上げ、別の地域の不良と抗争を起こすレベルの、バッチバチの元ヤンだった。

相当無理をしていたのだろう、彼女はがしがしと頭を掻き乱し、可愛らしく整えた髪を乱す。

サファイアをそれを前に、「ああ…」と呆れを吐き出した。


「ここ一年は文句言ってなかったから大丈夫だと思ったのに…」

「だって!だってぇ!!

あンのポッと出の特撮ヒーローみてぇなヤツに横から獲物取られんだもん!!」

「ああ…」


うがーっ!と咆哮するルミに、呆れと納得を込めて吐き出すサファイア。

コンビを組んだ当初は大変だった。

なにせ、すごろくで1番抜けした時のような悪意と快活さが入り乱れた凶悪な笑顔で、敵をサンドバッグにしていたのだ。

メディアに出る以上、その笑顔を矯正し、丁寧な言葉遣いも叩き込んだ。

しばらくすれば、本人も「この性格を露出させるのはまずい」とわかっていたようで、溜まったストレスは怪獣退治で発散し、徹底的に「ビューティ・ルビー」を演じた。

最近はやり甲斐を感じていたのか、プライベートでも笑顔が増えていたのに。


その矢先、歩く理不尽みたいな奴らが動き出した。


出てくる獲物は、大抵ペルセウス一派に叩き潰され、骨すら残らない。

先日の防衛戦も、ルミは別件で沖縄まで飛ばされており、参加できず。

結果。ストレス発散の術を失ったルミが暴走に至るのも、仕方のないことだった。

はぁ、はぁ、と息を切らしたルミに、サファイアが宥めるように声をかける。


「そもそも、不良に戻ってどうするの?

チームはもう解散したんでしょ?」

「解散じゃねぇ!

『拳の魔王』に潰されたんだよ!!」


────『うるさくて寝れねェ』つってんだろうが!!


ルミの脳裏に過ぎるのは、バイクに乗った不良たちを、バイクごと殴り飛ばした少年の鬼のような形相。

その少年の襲撃をきっかけに、彼女が立ち上げたチームは崩壊。

その数日後に魔神軍が襲来し、ルミは力に目覚め、魔法少女となったのだ。

そんな過去を想起していると、サファイアが訝しげに首を傾げた。


「なんなのよ、その拳の魔王って…」

「時速40は出てたバイクを『正当防衛』って叫んで真正面から殴ってぶっ壊した男」

「……それは、すごいわね」

「その顔…、信じてねーだろ!?」

「そりゃあねぇ…」


サファイアは知らないが、出来そうなのが何人か存在している。

何はともあれ、この一言でルミは更に機嫌を損ね、変身を解除した。


「もうホントに知らん!!」

「ちょっ…、もうすぐオンエアなのよ!?

ルビー抜きで進行しろって…」

「知らんったら知らん!!

そっちでなんとかしろ!!」


がぁん、と楽屋の扉を強めに閉めるルミ。

それを前に、サファイアは更に深いため息を吐いた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「はーーー…っ。どうすっかなぁ…」


勢いで出てきたはいいものの、どう過ごすかを考えていなかった。

変装したルミはそんな後悔を込め、ため息を吐く。

ここらは地元だが、仕事をバックれて実家に戻るというのは気が引ける。

かと言って、そこらにカフェに入れば、正体を看破されてしまう恐れがある。

無難に公園でも寄ろうか、と視線をそちらに向けると。

ある看板が目に入った。


「クレープ屋『ライオン座』…。

そういや、そんなもんあったなぁ」


舎弟の手前、一度も食べたことはないが。

この際だから一度食べてみるか、と思い立ち、ルミは公園に足を踏み入れる。

少しあたりを見渡すと、それらしきキッチンカーが停まり、中で筋骨隆々とした男が作業しているのが見えた。


「あれか」


ルミが呟き、そちらに少し近づいた、まさにその時だった。


「ん、こっちも美味いな」

「うむ。そちらも美味いが、私はシンプルなのが1番だと思うぞ」

「ふっふっふっ…。わかっちゃいねぇな、リヴェリア。

シンプルなのは、他の奇抜さがあってこそ際立つんだぜ?」


忘れもしないあの声が、少女と談笑する声が聞こえたのは。

そちらを向くと、男女がクレープを手に笑い合っている。

女の方に見覚えはないが、男にはある。

あの日、自分の全てだったグループを叩きのめした魔王。

ルミは憎悪が突き動かすがままに叫んだ。


「見つけたぞ、『拳の魔王』!!」


沈黙が漂う。

びしっ、と立てた人差し指が、少年…帰宅部の間の抜けた顔を指す。

帰宅部はきょろきょろとあたりを見渡したのち、すっとぼけた態度で問うた。


「…………え?俺?」

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