第32話 シュレディンガー「にゃっ(ご飯は柔らかいヤツでお願い)」

「ふー…。いつにもまして弱かったな」


残骸を処理し、平穏が訪れた景色の中で、帰宅部が軽く息を吐く。

と。頭部装備に内蔵された通話用スピーカーから、演劇部の声が響いた。


『そうかい?いつも君があっという間に倒すから、あまり実感ないけど』

「うん。いつもだったらカニの足取るくらいめんどくさいんだけど、今日のはプリンちぎってたみたいな感覚だった」

『ふぅん。…君、そのうち折檻として僕らの手足千切ったりしないよね?』

「せんわ!!」


そんな猟奇的な趣味はない。

…いや、約1名、喧嘩して両腕の骨を折ったことはあるけど。それも襲ってきたから応戦してのことだったし。

帰宅部は内心でそんな言い訳をし、そのまま空へと飛び立とうとして、やめる。

それを訝しんだのか、演劇部が声を上げた。


『どうしたの?帰らないのかい?』

「ちょっとな。魔法少女を探し…て……」

『ん?おーい?ちょっと?』


帰宅部の声が萎んでいく。

演劇部が何度も声をかけるも、帰宅部は返事を返さない。

その視線の先には、テレビの奥では見ないような表情を浮かべたビューティ・ルビー…、つまりは赤羽 ルミがいた。

全てを悟った帰宅部は、バイザーを覆うように手を当てる。

一方で、何も知らない演劇部は珍しく、困惑を声音に乗せる。


『なに?知り合い?』

「……さっき知り合ったってか、その…。

と、取り敢えず逃げるわ」

『え、待ってよ。口説いてない。

ああいう気の強そうな子がトロットロに恋に蕩けた顔になるの見たい。

リヴェリアちゃんは君に取られちゃったし』

「今度にしろ」


やめろ、と言っても聞かないし、このくらいの忠告に留めておくか。

帰宅部はそんなことを思いつつ、踵を返そうとする。

と。そんな彼の手を、ルミが握った。


「待てよ、このぽっと出野郎…っ!!」

『おっと、怖い。テレビで見るより凶悪な顔してるよ、ビューティ・ルビー』

「っ…!!」

(煽るなアホタレブッ殺すぞ!!)


珍しく本気のトーンで脅しにかかる帰宅部に、演劇部は何かを悟ったのだろう。

帰宅部にのみ「もう帰っていいよ」とだけ告げ、スピーカーを切った。

正直、ここで言葉を交わしてもいいが、引き込むつもりのない相手に正体バレはまずい。

帰宅部はルミの手を軽く振り払うと、そのまま飛び立った。


「あっ、………くそっ」


小さくこぼしたルミの顔が、いやに記憶に残った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「………えっと。何やってんの?」


山のようにたんこぶを作ったフィシィ、アメジスト、科学部が正座する光景を前に、戻ってきた帰宅部が問いかける。

3人の前で般若の形相を浮かべていたリヴェリアは、声にドスを効かせ、答えた。


「野次馬してたから殴った」

「こいつ、帰宅部以上に手を出すのが早いぞ…」

「うぅ…。いたい…」

「私来たばっかなのに殴られた…」

「殴られるよーなことに加担したからだろ」

「帰宅部くん。正論は何も救わないよ」

「今のお前ら、救う価値あるか?」

「辛辣!!」


毒を吐いた帰宅部に、アメジストが叫ぶ。

本当に今さっき来たばかりなのに、とぼやいていると。

ふと思い出したように、科学部が口を開いた。


「…そういえば。さっきの女、ビューティ・ルビーだったぞ」

「知ってるよ。さっき見た」

「……?テレビで何度か見たが、あんな性格だったか?」


リヴェリアの問いに、帰宅部はアメジストに視線を向け、答えた。


「無理して演じてたんだろ。『最強の魔法少女』は品行方正なパーフェクト優等生でなきゃ務まらんって強迫観念でもあんのかね」

「それはあるね。魔法少女って、人類の希望的な扱いじゃん?

だから、あんまりにマイナスなイメージつく要素はめっちゃ規制されてるの。

元不良の子とか、ルビーちゃん以外にもそこそこいるけど、もれなく過去の痕跡ぜーんぶ秘匿されてんの」

「ほーん。良い子ちゃんなイメージはそーゆー理由なのね」

「だから、私も前のクソ親に言われたノルマ稼ぎ出来たんだけどねー。

バレてもお国に揉み消されるから」

「もうちょい気にしよう?ね?」


あいも変わらず吹っ切れすぎである。

「一晩で数万とかすごいよね。めっちゃキツイけど」と笑うアメジストに、帰宅部たちがなんともいえない表情を浮かべていると。

その横で、フィシィが神妙な面持ちでリヴェリアに問いかけた。


「ねぇ、リヴィ」

「……ああ。わかってる。

姉上が関与してるやもしれん」

「お前の姉ちゃんっつーと、第一皇女か?」

「うむ。2年ほど前…、こちらへの侵攻を開始してから姿を見なかったのだが…。

恐らく、こちらで魔法少女に関与できる立場に身を置いている」

「………えー…」


果てしなく面倒な予感がする。

まるで、文化部たちの動きが唐突に静かになった時のような不穏さだ。

帰宅部は顔を顰めながら、リヴェリアに問い続けた。


「あの、もしかしてだけどさ。

半端なく性格悪かったりする?」

「するな。その性格の悪さで弟妹殺してる。

私に毒を盛ったのも彼女だ」

「……世界、俺らいないと詰みすぎてね?」

「実際、お前らが出てくるまでは楽勝ムードあったぞ」


傍迷惑なレベルの天才どもが一箇所に集まっていることが不思議でならなかったが、もしかすると世界が防衛本能でも働かせているのだろうか。

帰宅部がそんなことを考えていると、フィシィが咳払いし、注目を寄せた。


「取り敢えず、警戒はしておくべき。

リヴィのお姉ちゃんは文化部たちの千倍…、いや、億倍は性格が終わってる」

「言いすぎてね?」

「いや、そんなことはない。

事実、文化部たちを濃縮してあらゆる汚水を混ぜた液体に漬け込んだレベルの性格の悪さだ」

「しかも、最悪なことに謀略に長けてる。

道徳的な容赦と躊躇いも、それを止めるストッパーもないから、ボドゲ部といい勝負。

魔獣の研究開発も、彼女が関わってから盛んになった」

「いや、マジかよ…」


つまり、自分が手綱を引いていない文化部1人が敵対しているレベルなのか。

面倒臭いことになった、と帰宅部は頭を抱え、ため息を吐く。

文化部たちは、帰宅部や店長と言った暴力装置が全力で見張っているがために、最後の一線を超えない。

超えるとすれば、「超えてもいい」とゴーサインが出た時だけ。

それを破れば、暴力装置が作動し、半身を大地に埋められる。

故に、文化部は本来の能力をフルで活用することはない。

では、一度その枷が外れたらどうなるか。

予想はできないが、大惨事などと言う一言では済まされない事態に陥ることは間違い無いだろう。

それがよりにもよって、魔法少女陣営に身を置いている可能性がある。

帰宅部は先程のルミの顔を思い浮かべ、眉間に皺を寄せた。


「………ほっとけねーよなぁ」


待っていれば戻ってくるか。

そんな考えに水を差すように、雨粒が落ちてきた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……なぁん」


時は少し遡り、公園近くの市道にて。

家を囲む塀を伝い、散歩していたシュレディンガーは、ため息を吐くように鳴く。

何を隠そう、また主人の暴走が始まったのだ。

ただでさえ「人の姿になれる」などというふざけた改造を施されたのだ。

今度は口からビームを出せるようになっても、なんらおかしくない。

最近、主人に捕まった男に全てを押し付け、逃げてきたシュレディンガーは、あてもなく街を歩く。

帰宅部なるオスの家にでも泊まろうか。

人型でいれば、猫形態よりも迷惑はかからないだろう。

そんなことを考えていると、ふと、声が聞こえた。


「っそ…。くそっ…。

なんなんだよ、今日は…」

「………?」


いつもであれば、気にせずにその場から去っていた。

しかし、今は怪獣が倒された直後。

ほとんどの人間はシェルターに避難しており、この場にいる人間は主人のような酔狂にも程がある気狂いか魔法少女、もしくは魔神軍のみ。

疑問に思ったシュレディンガーは、声の聞こえた方へ、息を殺して歩み寄る。


「なんも、スッキリしねぇなぁ…」


そこに居たのは、変身を解き、世話になった親戚の家へと向かっていたルミだった。

あまりに情けない表情を浮かべる彼女の瞳が、シュレディンガーを捉える。

と。彼女は薄く笑みを浮かべ、その場に屈んだ。


「どーしたの、猫ちゃん?迷子?」

「にゃっ」


迷子じゃ無い。お散歩中だ。

そんな意を込めて軽く鳴くも、ルミに通じるはずもなく。

ルミはシュレディンガーを抱え、首輪を確認した。


「えーっと…、あれぇ?

迷子札ないな、この首輪…」

「にーっ。にーっ」


大丈夫だから。だから放せ。

たしっ、たしっ、と抗議の意を込めて前足で頬を叩くも、ルミはシュレディンガーを放さない。

それどころか、まるで探るかのように毛並みを撫でている。

せっかく可愛く整えたのに台無しだ。

シュレディンガーが不服そうな顔を浮かべていると、ルミは声を漏らした。


「…ごめんね。ふわふわで、可愛くて、つい…って、言ってもわかんないか」

「………にっ」


それなら仕方ない。世界一の可愛さの前にひれ伏すといい。

不服そうな顔から一点、シュレディンガーがこれでもかとドヤ顔をかます。

どうせなら可愛さに免じて泊めてくれないかな、などと思いつつ、なすがままにされていると。

彼女の携帯から、軽快な音が響いた。


「…ん…?……サファイアから…」

「にっ」

「あっ」


たしっ、と通話を切るための赤いアイコンをタップするシュレディンガー。

肉球でも反応したようで、あれだけうるさく鳴っていた携帯が、しん、と静かになる。

掛け直さなければ、とルミが操作していると、ぶっ、と携帯の電源が消える。


「あー…。充電してなかった…。もう…」

「にーっ」

「…そーだよなぁ…。猫ちゃんは悪くないもんなぁ…」


苦言を呈そうとするも、相手は猫。悪気があるはずもない。

ルミはそう思っていたが、実のところは違う。

死ぬほど悪気がある。ただ単にうるさいから止めただけである。

そうとも知らないルミは、どうしたものか、と頭を悩ませる。

と。ぽつ、ぽつ、と、肌を冷たい感覚が襲った。


「雨…」

「にー…」


今日は降らないはずだったのに。

うんざりとした顔を浮かべ、彼女は視線を腕の中に収まるシュレディンガーに向ける。

このまま放っておくのも忍びない。

だが、迷子札がない以上、シュレディンガーを家に帰せるはずもなく。

警察に引き渡そうにも、今はシェルターから交番へと戻っている最中だろうし、その間にずぶ濡れになることは間違いない。

しばし考えたのち、ルミは口を開いた。


「…猫ちゃん。ウチ来る?」

「にゃっ」


ご飯は柔らかいヤツでお願い。

図々しくもそんな欲求を投げかけるシュレディンガーの意図を知ってか知らずか、ルミは「あのCMのやつ買えばいっかなぁ」と呟いた。

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