第19話 科学部「『適度に餌を与える』のが定石なんだろ?」

「さてと。漫研たちが無益な会話をしてる間に、僕たちは僕たちで策を詰めていこうか。

みんながかなり引っ掻き回してくれたから、修正が必要になった」


物腰は柔らかいが、ボドゲ部の顔にはこれでもかと青筋が浮かんでいる。

よっぽど文化部たちに好き勝手されたことが腹に据えかねたらしい。

自己中たちを束ねるのはハナから無理だと思っていたが、ここまで暴走するか、と呆れるボドゲ部。

それに対し、コーヒーを啜った科学部が、怪訝な表情を浮かべた。


「……味方の方が策の邪魔になってるってどういうことだ?」

「世の中には、言うことを聞くだけの脳足りんも必要ってことさ。

突出した個が集まると、どうしても迷走してしまうからね。

考え無しが多い方が、世界はうまく回る。

『まるで将棋だ』、という例えがよく似合うようにね」

「まんま私らのことだな」

「自覚があるなら、たまにはそんな脳足りんになってくれよ。

こっちは君たちの好き勝手のワリを食ってるんだから」

「私はおとなしい方だろうに」

「バイオレンスキチガイサイコに繊維型の特殊合金渡した人だぁれ?」


ボドゲ部の問いに、さっ、と露骨に目を逸らす科学部。

彼の言う「バイオレンスキチガイサイコ」とは、手芸部のことである。

本人が聞けば、まず間違いなく殺しにくるだろう罵倒を吐き捨て、ボドゲ部は続けた。


「これで魔法少女側は、魔神軍の情報を少なくとも得てしまったわけだ。

それで支障が出るほど間抜けな計画は立てちゃいないが…、その支障が出かねない要素がよりにもよって実行犯に盛り込まれてしまったのは痛いね」

「手芸部も自分の不利になることは…、いや、どうだ…?

アイツの思考は誰にも読めんからな…」

「帰宅部が釘を刺してる以上、裏切ることはないと思うけどねぇ。

まあ、適度に自分が楽しめるよう、遠回しに敵の強化を図ってる可能性がある。

帰宅部に動向を探っておいてもらう必要があるかな」


手芸部は文化部の中でも特に気まぐれだ。

既に秘密裏に魔神軍と接触し、傀儡にしている可能性すらあり得る。

…いや。そうなれば、魔神軍の装いが明らかに手芸部の趣味に寄るだろうし、即座にわかるか。

そんなことを思いつつ、ボドゲ部は現状を整理する。


「まずは、僕たち…名前なんだっけ?」

「ユニバースだ」

「そう。僕たちユニバース陣営。

『魔法少女たちの杜撰な管理』という問題を表面化させることには成功したけど、魔神軍相手には細かな嫌がらせしかできていない。

木っ端にトラウマを植え付けようが、露出魔に仕立て上げようが、組織に切り捨てられて終わりだろうしね。

…むしろ、あっちも好き勝手に暴れてる輩を抑えきれてないように思える」


魔神軍の内部事情を知らない彼らには確認できないことだが、ボドゲ部の推測は恐ろしいほどに的を得ていた。

魔神軍の上層部は、ほとんどが最終目標である「神の創造」に集中している。

その意向により、頭脳班のほとんどがそっちに駆り出されてしまい、残ったのはあまり優秀とは言えない雑兵たち。

それでも相手にある程度の被害を出し、なおかつ自軍にとって、あまりデメリットにもならないため、それらを放置しているのである。

事実、露出魔として逮捕された魔神軍は、マナリアのテクノロジーにより、本拠地がある場所の記憶を消されている。


結論として言えば、帰宅部たちの活動は全くもって魔神軍にダメージを与えていなかったのだ。


ボドゲ部もそれが理解できているようで、「もうちょっと予定詰めとくべきだったかな」と愚痴を吐き出した。


「そんな輩をちまちま削ったところで、根元ごと叩かないと意味がないってことがよくわかったよ」

「じゃ、本拠地突き止めて潰すか」

「そう簡単に言えたらよかったんだけど…。

探しても見つからないってオカ研がガチ泣きしてたんだよね」

「オカ研が?」


おかしい。あの歩く先々で致命的なやらかしをする「歩く核弾頭」が、「見つけよう」と思って歩き回って見つからないなど、あり得るのだろうか。

オカ研の体質を知る2人は、訝しげに首を傾げた。


「……オカ研のヤツ、勘が働いた場所は全部回ったのか?」

「回って手掛かりゼロだったんだよ。

雲隠れの技術だけは一級品だね」

「ふむ…。宇宙にいるとか言うベッタベタなオチじゃないか?」

「とっくにメカ三郎と探したよ。

それでも見つからなかったらしい」

「……ちっ。いい案だと思ったんだが」

「やっぱり、『上が出てこざるを得ない事態』を演出する必要がある…んだけど。

その材料が今、手元にないんだよなぁ…。

今頃はそれなりにマナリアの遺跡が手中に入っていると思ったけど、みんなが興味をなくしたせいで全然見つかってないし」


言って、深いため息を吐くボドゲ部。

マナリアの技術が存外大したことないことに気づき、文化部たちが積極的にマナリアの遺跡を探さなくなってしまった。

特にセンサーの役割を持っているに等しいオカ研など、最近はもっぱら魔神軍の秘密を探ることに熱中している。

わかりやすい餌が手元にないのは痛い。

ボドゲ部が、どうしたものか、と頭を悩ませていると。

科学部がふと、疑問を口にした。


「魔神軍への餌とは、私たちが作ったモノでもいいんだよな?」

「………つまり?」

「マナリアの技術を適当に再現したアレをアップグレードさせて、不自然にならないように魔法少女たちに渡す。

で。マナリア文明の名と共にその情報をどこかしらに渡して世間に流せば、ヤツらは『魔法少女らに先手を打たれた』と勘違いして奪いに来ないか?」

「成る程。で、それを回収させて、後をつけると」


ボドゲ部の確認に、科学部は薄く笑みを浮かべた。


「ああ。お前が言うには、『適度に餌を与える』のが定石なんだろ?

であれば、思う存分、たぁんまりと食わせてやろうじゃないか。

ただし、相応のものを失ってもらうがな」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……って悪巧みの相談してた」


数分後。

器用にボドゲ部と科学部の口調を真似、再現してみせた工学部に、帰宅部が顔じゅうに皺を寄せ、呆れと困惑をごちゃ混ぜにしたような、なんとも言えない表情を作る。

彼はその表情のまま、言葉を絞り出した。


「…お前の完コピ具合もやべぇけど、それ以上に俺たちともどもヤバい橋渡ろうとしてるの止めてくれない?」

「無理。ボドゲ部、めっちゃキレてたよ」

「あら、誰のせいかしら?」

「お前だよ」

「君みたいな不確定要素しかない爆弾が急に重要ポジに飛び込んできたらキレるって」

「平気な顔して味方に切り掛かりそう」


手芸部の自分を棚に上げた発言に、帰宅部たちのツッコミが矢継ぎ早に放たれる。

が。本人は特に気にすることなく、工学部に問いかけた。


「で。後をつけるのは誰かしらぁ?」

「スーツ着る前の帰宅部。

店長と同じ仮面で顔面隠すって」

「……顔隠すのはいいんだけどよ。

一応はスーツ持ってっていいか?」

「いいよいいよ。出来ることなら敵本拠地で変身ポーズも決めて。録画しとくから」

「ポーズ決めろったって…。…わーった、わーったよ。決めるってば」


期待の目に負け、渋々受け入れる帰宅部。

沸き立つ皆を前に、「いくつになっても変わんねぇなぁ」と呟く。

と。ふと帰宅部はある疑問を口にした。


「…ベッタベタに『変身』、でいいのか?変身セリフ」

「『○○チェンジ』とか、『○○オン』とかの方が私は好きよぉ」

「私は『変身』の方がシンプルで好き」

「『ユニバース!!』って大声で叫ぶだけってのもそれっぽくていいんじゃない?」

「……『武装展開』とかでよくね?」

「それなら『星を纏え』とか前置きつけるってどう?それっぽくない?」

「んむむぅ…。それはそれで恥ずい気が…」

「こう言うのは勢いだよ、帰宅部くん!」

「ほら、魔法少女やってたアメちゃんがこう言ってんだからさ」

「…じゃあ、練習してみるわ。肝心なとこで噛むとアレだし」


言って、こほん、と咳払いする帰宅部。

彼は工学部から渡された手袋を纏うと、ぐっ、と音がなるまで拳を握った。


「…星を纏え、流星武装」


こつん、と拳を合わせると共に、両腕から機械が体表を覆い尽くしていく。

と。そんな中で、工学部が帰宅部に半目を向けた。


「……変えたね?」

「変身中に茶化すな殺すぞ」

「変身中って『基本的に隙だらけ』とか言われてるけど…。

拳を合わせるだけで変身できるなら、これ、変身中でも本体が敵に攻撃できるよね?」

「攻撃しながらの変身…。

ロマンがあるね。帰宅部、また機会があればそっち方面もよろしく」

「その機会、あって欲しくねーんだけど」


そんな会話を挟んで、武装が完成する。

いろいろと台無しである。

帰宅部は眉間を押さえ、ため息をついた。


「敵陣のど真ん中でコレやるのかぁ…。

素、出さねぇようにしねーと…」

「ガンバ」

「他人事みたく言うなよ…」

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