第18話 漫研「あーしすごいんだかんね?」
「ヒーローが5人になったので、チーム名を決めようと思います」
「5人?」
文化部ラボにて。
工学部により唐突に切り出された話題に、ずずっ、とカップ麺を啜っていた帰宅部が、訝しげに眉を顰める。
と。指で唇を撫でるという、蠱惑的な仕草でアピールした手芸部が、彼に笑んでみせた。
「5人目は私よぉ。よろしくねぇ」
「チェンジ」
「あら。デリヘルみたく言わなくてもいいじゃない」
「お前、絶対に魔法少女に絡むだろ?」
「ええ。あのドレス、可愛くないもの。
採寸して、もっと似合うものを仕立ててあげるの。
戦う女の子なんだから、戦装束は可愛いものを着た方がいいわ」
「それ、遠回しに私のことも可愛くないって言ってる?」
「言ってるわよ。
あなたも、そんなゴテゴテしたのより、もっと可愛いものを着るべきよ」
こだわりを全否定された気がする。
あまりの唯我独尊っぷりにアメジストが顔を引き攣らせていると、帰宅部がその足を軽く蹴った。
「お前の可愛いは、アメちゃんの可愛いじゃねぇんだよ。わかれ」
「……あなたに言われちゃったら逆らえないわね。わかったわよ、ご主人様」
「やめろよ、それ。いつの話ひっぱり出してきてんだ」
「……ご主人様?」
卑猥な意味に聞こえる単語に、アメジストが凄まじい形相で帰宅部を睨む。
が。帰宅部は慣れているのか、なんでもないように答えた。
「昔にコイツとガチで喧嘩してな。
『負けた方が勝った方の犬な』って言って、俺が勝った」
「だから、私は彼の犬なの。わんわん」
「要らねぇわ、テメェみたいな駄犬。
そういう不健全な関係を体験したいなら、パパ活でもしてろ」
「相変わらず冷たいわね。
あんなことしておいて」
「あんなこと…!?」
「アメちゃんが想像してるような、エッちぃ意味じゃねーぞ。
そいつの両腕へし折ったんだよ」
「それはそれで気になるんだけど!?」
手芸部にとって、腕は命である。
それを一度へし折ったともなれば、恨まれていそうなものだが。
そう思い、アメジストが手芸部に視線を向けるも、彼女の瞳には怨恨の念など、かけらも感じられなかった。
寧ろ、ねっとりと獲物を舐め回すような視線だ。
「……手芸部ちゃん、怖すぎない?」
「文化部三大恐怖の1人だからねぇ。
あと2人はガチギレ茶道部と、球技してる帰宅部ね」
「俺をカウントすんな」
「サッカーの時の帰宅部、ゴキブリみたいで怖かったよね」
「野球の時はベーゴマみたいだったよね」
「なんでそんな例えが飛び出すの?」
アメジストの視線に、さっ、と露骨に視線を逸らす帰宅部。
何を隠そう、帰宅部は球技になると、あり得ないほどにポンコツ化するのだ。
体育の授業でサッカーをした時は、何を思ったか、ボールを腹の上に乗せてブリッジをかまし、そのまま味方のゴールに這いずって突撃し。
野球をした時は、脳細胞がポップコーンの如く弾けたのか、足にバットをくくりつけ、バッターボックスでヘッドスピンをかまし、教師にこっぴどく叱られ。
ボウリングをした時は、90年代に発売した玩具の如く兄のお下がりのマイボールを抱え、力を込めすぎて粉砕。普通のボールを握ることすら禁止され、子供用の台とボールを使ってプレイする羽目になった。
このような帰宅部の醜態を知ったアメジストは、彼に半目を向ける。
「帰宅部くん。私と練習しよっか」
「やめといた方がいいよ。
あまりに出来なさすぎて、僕ら全員発狂したことあるから」
「元から狂ってるのに、発狂って言い方どうなの?」
「キャメルクラッチ」
「あ゛ァーーーーッ!?!?」
アメジストの失言が気に食わなかった文化部たちを代表するかのように、放送部が即座にプロレス技を決める。
ばんっ、ばんっ、とギブアップを示すかのように床に手のひらを叩きつけるアメジストをよそに、帰宅部が咳払いした。
「…で。なんでチーム名を考えようと?」
「名乗りとかやってみたいじゃん。
決め台詞もないんだしさ」
「さ、さんせ…だだだだっ!?
首痛い首痛い首痛いっ!!」
発言すら許されないのか、より首根っこを反らせるように力を込める放送部。
余程腹が立ったらしい。
帰宅部は呆れを込めて息を吐き、放送部に向けて声を張り上げた。
「放送部、離してやれ」
「……わかりました」
「た、たすかった…」
戯れの範疇ではあったが、本当に痛かった。
アメジストがそう安堵するのも束の間、顔じゅうに青筋を浮かべた放送部が詰め寄り、彼女を睨め付ける。
「次言ったら卍固めだからな?」
「全然助かってなかった!!」
「身内の情で手を緩めるほど、コイツらに倫理観があるわけねーだろ。
可愛がってる猫を改造するのをフツーに受け入れてるような奴らだぞ」
「………地球侵略しにきた宇宙人?」
「卍固め」
「だだだだだだっ!?
折れる折れる折れるぅ!!」
解放されてすぐに、新たなプロレス技をキメられるアメジスト。
傍で、帰宅部の言葉に思うところがあったのか、猫形態のシュレディンガーが、飼い主である生物部の頬を前足で強めに叩いた。
「…で、チーム名と決め台詞の話に戻るけどよ。
コイツらはとにかく、俺がスーツ着てる時の声は放送部と演劇部だろ?
絶対にヒーローっぽくならなそうなんだが」
「大丈夫。そこは文芸部と漫研に押し付けるから」
帰宅部の問いに、工学部がある一点に視線を向ける。
そこには、床に倒れ伏し、ピクピクと痙攣する男女が居た。
「……あの、修羅場超えた直後なんすけど」
「以下同文なんだけど、あーしいつ寝れんの…?」
ここまで工学部に引きずられてきた2人は、息も絶え絶えに抗議を口にする。
が。自己中がそれを聞く耳を持ち合わせているはずもなく。
工学部は「よろしくねー」と言って、ラボへと戻っていった。
と。2人と初めて対面するアメジストが、プロレス技から解放され、まじまじとその姿を見つめる。
「……えっと、着物男子の方が文芸部なのはわかるんだけど…、漫研が、ギャル…?」
文芸部は文字列からくるイメージ通り、着物を身に纏っているため、初対面でもなんとなく「文芸部」だとわかる。
一方で、漫研と呼ばれた少女の出立ちはどうだろう。
白い肌はまだいいが、サイズの大きいカーディガンに、時代遅れのルーズソックス。
更にはコレでもかと付けたピアスに、根元まで金に染めた髪。
どこからどうみても「ギャル」としか形容できない。
人を見た目で判断するなとはよくいうが、それでもとても漫研という単語に似つかわしくない容貌であることは確かだろう。
「見た目はパーフェクトにギャルだが、中身はガチオタだから気にすんな」
「よろー…。………クソ眠…」
最低限の挨拶だけ済まし、メトロノームのように頭をゆらゆらと揺らす漫研。
相当に寝不足らしい。
半ば夢の世界に旅立ちかけている少女に、アメジストは心配を浮かべる。
「あの、眠いんなら寝たら…?」
「寝たらコイツらになにされっかわかんねーから起きてんの…。
あーしの処女作を校内放送で朗読とか、マジでやっからね…」
「た、大変なんだね…?」
「同情すんなよ。
コイツの寝不足は、コイツが締切ギリッギリまで遊び呆けてたせいだからな」
「……え?マジで漫画描いてる人?」
帰宅部の言葉に、目を丸くするアメジスト。
それに対し、漫研はカバンから単行本を取り出し、これみよがしに表紙を見せつけた。
「あーし、ちょー人気作家なんよ?
同い年に顎で使われるよーな人間じゃないってのに」
「社会現象の一つでも起こしてから言え」
「…帰宅部。忘れてそうだから言っとくけど、あーしすごいんだかんね?
比較対象がヤバすぎるだけだかんね?」
「で、漫研。チーム名と決め台詞、なんか案あるか?」
「ガン無視?」
「お前の自慢に付き合ってる時間、世界で16番目くらいに無駄」
「あー、そんなこと言っちゃうんだ。
アンタをモデルに逆レシチュのエロ漫画描いてもいいんだけど?」
「もうちょっと下ネタに抵抗持とう?」
自分のことを棚に上げ、口喧嘩する漫研と帰宅部を諌めるアメジスト。
漫研はまだ何か言いたそうだったが、早く終わらせたいという気持ちが勝り、喉元まで来ていた罵詈雑言を飲み込んだ。
「んー…。チーム名っつっても…、全員コンセプトバラッバラじゃん?
アメリカの映画でもここまでバラけねーって思うんだけど」
「そりゃ、全員が好き勝手した結果だしな。
好きに名付けてくれ」
「チームクソバカ。…ぶっ!?」
漫研の一言に、シュレディンガーがその顔面にタックルをかます。
どうやら気に食わなかったらしい。
メカ三郎もマジックハンドを伸ばし、スピーカーでブーイングのSEを垂れ流しながら、サムズダウンしていた。
「もう一度、真面目に考えろ?な?」
「わかった、わかったから…」
圧をかける帰宅部に、苦笑を浮かべる漫研。
彼女は暫し顎に手を当て、脳内にある単語を組み合わせていく。
軈て、納得できるものが見つかったのか、彼女はゆっくりと口を開いた。
「………ユニバース。
宇宙にゃ、アンタらみたいなヘンテコヒーローもいるっしょ」
「ユニバース…かぁ」
「ユニバース…ねぇ」
蔑称ではない名前を、帰宅部とアメジストの2人が反芻する。
他のメンバーを見るに、この名前に不満を抱いている者はいないようだ。
「…チームクソバカよかマシだ。
演劇部、放送部。チーム名はコレでいいか?」
「もうちょっと捻って欲しかったところですが…、まあいいでしょう。
じゃあ、我々のチーム名は『ユニバース』ということで」
「じゃ、ロゴ作ってもらおっか。
チームならマークも必要だろうし」
「頼むなら、美術部に頼んでよ?
まだ決め台詞もあんだから。
…ってか、文芸部!さっきから静かだと思ったら、あーしより先に寝てんじゃねぇ!!」
「……んがっ!?」
と。立ったまま夢の世界へと旅立っていた文芸部の尻に、ばしぃん、と漫研の蹴りが突き刺さる。
全員分の決め台詞が決まるのは、いつになることだろうか。
そんなことを思いながら、帰宅部もまた、脳みそを回し始めた。
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