第20話 帰宅部「さぁ、こっからがお楽しみだぜ」

「……はい、はい。…はい、その山です。

はい、よろしくお願いします。

……こんな感じでいいかな?」


マナリアの遺跡がある山にて。

洞窟の前で魔法少女管理局への通報を済ませた演劇部が、帰宅部に問いかける。

流石の演技力とでもいうべきか、電話中の庇護欲を掻き立てられるような声音から一転、普段の唯我独尊が滲み出ている自信にあふれた声色へと戻っている。

帰宅部は「満点の演技だろーよ」と返すと、耳にしたインカムを軽く叩いた。


「…ホントに手放すのか、ここ?

まだ調査もロクに進んでなかったろ?」

『いいのいいの、大したものないし。

それよりも、だ。この情報をどうやって世界に発信させるかが鍵になるわけだけど…』

「それなんだよなぁ。

こんな特大爆弾、必死こいて隠すだろうし」


マナリアの文明は、世界を震撼させるにたり得るテクノロジーと情報が揃っている。

国としては、情報もテクノロジーも独占しておきたいことだろう。

そうなれば、マナリアの文明は認知されず、現状が変わることはない。

早い話、魔法少女陣営に大きい餌を与えただけで終わってしまう。

帰宅部の危惧はボドゲ部も重々承知しており、まるで諭すかのような口調で続けた。


『オカ研が前に見つけていた「もう一つの遺跡」を利用しようと思う。

前に放送部と話していた時に持ってきた石像があった場所を聞いておいて正解だった』

「あー…。なんか言ってたな。

…っと、来たな。『魔神軍の基地らしい場所を見つけた』って言や、流石にすぐ来るか」


オカ研、大活躍である。

帰宅部は空に見えた影を前に、インカムをカバンの中へとしまった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


『続いてのニュースです。

先日、発見された「古代文明」の名が、遺跡に存在していた記録により判明しました。

「マナリア文明」と呼ばれたその文明は、魔神軍、および魔法少女の誕生にも関わっているとのことです』

「うわー…。面白いくらいに罠に引っかかってんな」


その数日後、とあるビルの屋上にて。

帰宅部はスマホに流れるニュース動画を前に、深いため息を吐く。

今頃、日本政府はてんてこまいだろう。

隠しておきたかった情報が、まさか同じ日に発見した遺跡とは違う遺跡の探索動画が発信されていたと言う形で晒されていたなど、誰が思うことだろうか。

隠しておくのは無理と判断したのか、発見された遺跡の産物…という名の文化部製品は、政府により厳重に管理されているとニュースが流れていた。

管理されている場所も公開しており、国もまた、魔神軍を誘き出そうとしているのだろう。

帰宅部は視線の先にある建物から轟音が響くのを聞き、スマホをしまった。


「お、しかけてくんの早かったな」

『帰宅部、まだ行っちゃダメだかんね?

暴れるのは、魔神軍が本拠地まで入ってからだ』

「はいはい」


窓から炎やら氷やらが吹き出し、ガラス片が舞い散る。

中には気絶した魔法少女らが放り出されており、魔神軍の中でもかなりの手だれが襲撃しているのがわかる。

帰宅部はそちらから視線を外し、離れていく影を見やった。


「正面突破かと思わせて、きちんと裏で動く本命を忍ばせてたわけか。

あれだけ派手に暴れて、且つ、目的の場所目掛けて進んでるのは上手いな」

『感心しないでよ。ほら、さっさと追う』

「はいはい。メカ三郎、頼むな」


帰宅部は言うと、ビルの屋上から降りる。

と。光学迷彩で隠れていたメカ三郎が空を飛び、帰宅部を掻っ攫った。


「…今日はゲボ吐く軌道すんなよ、お前」


運転席に乗り込んだ帰宅部の前にあるモニターに、サムズアップのアイコンが出る。

凄まじい速度で離れていく影を追い、空を舞うメカ三郎。

帰宅部はメカ三郎に内蔵されたカメラでソレを監視しながら、方角を確認する。


「どこに向かってんだ、これ?

そっち、街続きじゃねぇか」

『……もしかして、ワープ装置か何かがあるのかも』

「あー。そういうタイプか」


と。追っていた人影が、ビルの屋上で突如として立ち止まる。

帰宅部が疑問を浮かべるのも束の間、影が何かを切り裂くような動きを見せる。

瞬間。空間に裂け目のような穴が開いた。


「そういう系ね。

工学部、アレは再現できるか?」

『いけないこともないけど…、魔神軍の本拠地に繋がる穴を開けるのは無理かな。

帰宅部が入ったら別だけど。

装備にビーコン付けてるし、本拠地の座標を突き止めるついでに回収してあげる』

「そうか。じゃ、入るわ」


言うと、帰宅部は仮面を被り、メカ三郎の背から飛び降りる。

どう見ても投身自殺を図ったとしか思えない高さから降りたにも関わらず、帰宅部はなんでもないかのようにビルの屋上に降り立ち、影が奥へと消えた空間の穴を見やる。


「…これ、だんだん縮んでってるな」

『ほら、早く入って。

入った瞬間に囲まれるかもだけど』

「わーったって。そう急かすな」


帰宅部は言うと、徐々に閉じていた穴へと足を突っ込む。

まるで、エアコンの効いた部屋から廊下に出た時のような、空間が切り替わったとしか形容できない感覚が体を撫でる。

あたりを見渡すと、作り物であるかのような空模様が広がり、その下に要塞が聳えている。

アレが本拠地だろうか。

そんなことを思いつつ、帰宅部が要塞へと急ぐ影を追おうとした、その時。


「いつまでついてきている!!」

「…っと。気づかれてるよな、そりゃ」

『隠れる気なかったくせに』


影…魔神軍の女の怒号と共に、帰宅部の首目掛けて斬撃が飛ぶ。

飛ぶ斬撃とは、これまたベタな。

そんなことを思いつつ、帰宅部は軽く身を逸らし、ソレを避けた。


「マナリアの力を持たぬくせに、私に挑むつもりか。

…そこのお前。転送装置へと向かい、これを陛下の元に」

「は、はっ…!」


女は巡回していたであろう兵士に言うと、手に持っていたものを投げ渡す。

兵士はおっかなびっくりといった様子でソレを受けると、そそくさとその場を去っていった。


「歓迎しよう、仮面の男よ。

ようこそ、我が魔神軍基地第三支部へ。

私はここの指揮官を任されている、『不落のリヴェリア』だ」

「……あー…。いくつかあるパターンね」


第三支部ということは、少なくともあと二つ拠点があるわけか。

インカムから「無駄に多っ」と、文化部たちが辟易の声を漏らすのが聞こえる。

帰宅部は文化部たちに「そう言いたいのは俺だ」と言おうとするも、即座に言葉を喉奥へと押し込んだ。


「………不落、ねぇ。

こういうのって、フツーは『神速』とか、なんか攻撃的な単語じゃねーの?」

「気楽なものだな、侵入者。

私の斬撃を最低限の動きで避けたくらいで、余裕だとでも思っているのか?」


言って、無骨なデザインの剣を構える女…リヴェリア。

帰宅部はソレに対抗するように、スーツを着た時には見せない、独特な構えを取った。


『おー…。生身の殺陣って燃えるよね』

『工学部くん…。その、殺陣ってか、ガチの殺し合いじゃないかな…?

もうちょっとでいいからさ、帰宅部くんの心配しない…?』

『心配しなくていいよ。このくらいなら余裕さ。ね、帰宅部?』

「余裕余裕」

「そうか。余裕があるのはいいことだが…、油断と吐き違えているぞ!!」


帰宅部の言葉にイラついたのか、リヴェリアが数回の斬撃を一瞬で放つ。

魔法少女であっても、避けることもやり過ごすことも叶わないような速度と軌道を描くソレを前に、帰宅部は素早く身を逸らす。

と。斬撃は面白いように帰宅部を避け、地面を切り裂いた。


「飛ばすんならもうちょっと考えろ。

急所しか狙ってねーのバレバレだから、こーやって簡単に避けられるんだろうが」

「……ほう。ここからの斬撃だけで済む相手かと思ったが、そうでもないらしい」

「手加減してましたって自己申告やめろ。

ンなダセェ言い訳吐くくらいなら、ハナっからガチで殺しに来い」

「ほざけ」


帰宅部の挑発に乗るようにして、リヴェリアの体が弾丸のように飛ぶ。

魔法少女ならば、まずこの突進に対応することは不可能だろう。

帰宅部はそんなことを思いつつ、迫る剣を前に、蹴りをかました。


「らぁっ!!」

「っ…!?」


帰宅部の蹴りによって、弾かれた剣が大きく空を舞う。

リヴェリアがソレに驚愕する暇もなく、その腹に帰宅部の2回目の蹴りが放たれた。

派手に転がることで受け身を取ったリヴェリアは、弾かれた剣をキャッチし、帰宅部を睨む。

ソレに対し、帰宅部は追撃を図ることなく、憐憫の視線を向けた。


「…なーんか、人生そんな楽しく無さそーだな、お前。

攻撃からして『私仕事してます』感やべーもん。お前こそ余裕持てよ」

「………っ」


リヴェリアの表情が揺らぐ。

屈辱なのか、それとも図星を突かれたのか。

帰宅部は考えても結論の出ない疑問だと思考を切り捨て、右腕と左腕を前に向けて交差させ、鉤爪のように開く。


「せっかくの機会だ。今から『遊び心』ってもんを体験させてやるよ」


────星を纏え…。流星武装!!


ばっ、と音を立てて、両腕を開いた後、拳を合わせる。

瞬間。右手にはめていたグローブから放たれた機械が、その体を覆い尽くしていく。

やがてソレが体表を埋め尽くすと共に、赤のラインが駆け巡り、仮面を覆い尽くしたバイザーに光が灯った。


「さぁ、こっからがお楽しみだぜ」

『決め台詞っぽくていいね。採用』


せめてカッコよく決めさせてくれ。

帰宅部はそう言いかけるも、立ち上がったリヴェリアを前に、構えを取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る