第22話 リヴェリア「変態っ!ケダモノっ!!異常性癖っ!!」

「だだだだだだだっ!?

や、やめっ、やめるのじゃっ!!

痛い痛い脳みそちぎれるぅぅううっ!!」


何やら耳元がうるさい。

うっすらと意識が浮上しつつあるリヴェリアの耳元に、やかましいとしか言えない叫び声がキンキンと響く。

一気に覚醒していく感覚と共に、うっすらと目を開けると。

狐の耳と尾を生やした少女が、同い年くらいの青年にアイアンクローを喰らってるのが見えた。


「今回ばっかは勝手に改造は許さねーぞ、生物部。コイツは俺の客だ」

「だだだだだっ!?力を込めるでない!!」

「じゃ、検査のどさくさに紛れてなんか実験しようとすんのやめる?」

「やめない!!……あ嘘ですごめんなさい冗談ですやめてくださばぶぇっ!?」


ごぉん、と音を立てて、少女の体が杭のように壁へと減り込む。

あまりに衝撃的な光景を前に、完全に目を覚ましたリヴェリアは絶句した。


「お、起きたか。簡単な検査と治療は済ませたが、なんか悪いとこないか?」

「…………えっと、夢、か?

そうだ、夢に違いない…。こんなふざけた光景あるものか…」

「ところがどっこい…夢じゃありません…!

現実です…!これが現実…!」

「……聞くが、そのふざけた顔はなんだ?」

「…えー…。兄貴にはこのモノマネ、超ウケたんだけどなぁ…。

今の、元ネタ知らない?」


ヤケに濃い顔芸を晒した少年…帰宅部を前に、困惑を露わにするリヴェリア。

長年、軍人として生きてきたこともあって、現世の娯楽にとことん疎い彼女は、こてん、と首を傾げた。


「元ネタ…?」

「あー…。魔神軍相手にゃ通じねーわな。言語以外の文化違うもん。

こっちの漫画読んでるわけねーわな」


帰宅部は知らぬことだが、実を言うと、魔神軍にも独自の言語は存在している。

しかし、現在行われている侵攻に際し、侵略対象に対してのコミュニケーションが不可能というのは、かなりのデメリットになる。

ソレゆえに開発されたのが、現在、魔神軍らが身につけている、世界の言語に対応した翻訳機なのだ。

すなわち、リヴェリアが日本語を理解しているように見えるのは、翻訳機を身につけているだけなのである。

無論、そんな情報を与える義理もない相手に、リヴェリアは口をつぐんだ。


「……いや、そんなことはどうでもいい。

ペルセウス…。何故、私を捕らえた?」

「何故って…。んー、人生楽しくなさそうだったから?」

「戯けたことを。私は若輩ではあるが、指揮官を任された身だ。

持つ情報の価値くらいは理解している。

貴様の狙いはソレだろう?」


言って、帰宅部を睨め付ける彼女。

そんな意図は一切ないのだが、と帰宅部は思いつつ、持っていたシガレットチョコを口に咥えた。


「いんや、嫌がらせ。有能が急に抜けた穴デカいかなーって思って」

「あくまでとぼけるか…!!」

「や、マジマジ。お前連れ去ったことに関しては、俺の思いつき。

魔神軍への嫌がらせとー…、あとは、人生疲れてそーなお前のリフレッシュ。

ほら。その証拠に、拘束してねーだろ。

武装も外してるし、納得してくんね?」


言って、ひらひらとグローブのない手を軽く振る帰宅部。

と。リヴェリアはそれに半目を向け、呆れを込めたため息を吐いた。


「…人を素手で壁に埋めるようなヤツが言う武装解除は、無意味にも程がないか?」

「なははっ!そらそうだわな!」


ゲラゲラと笑い声を上げ、膝を叩く帰宅部。

まだナチュラルハイが抜けていないのか。

壁にめり込んだ生物部がそう指摘するも、悲しきかな。壁に埋まってるが故に、声は出なかった。

帰宅部は壁にめり込んだ生物部から目を逸らし、リヴェリアの手首を握った。


「じゃ、建前変更。お前、捕虜な。

だから俺の好き勝手に付き合え」

「………私を懐柔する気か?」

「いんや、しないよ?」


なんでもないように言い放つ帰宅部に、リヴェリアが「は?」と訝しげに眉を顰める。

帰宅部はソレに動じることなく、言葉を続けた。


「俺はクソ真面目が行き過ぎてるお前にガス抜きを教えてやるだけ。

俺らはガス抜きの天才だかんな。お前も参考にしろよー」

(やめとけ。参考にしたら頭おかしなるぞ)


生物部の自分を棚に上げたツッコミが、帰宅部に届くことはなかった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「これが、私…?」


数分後。

「外に出る前に身だしなみを調えろ」と、無理やりに更衣室に入れられたリヴェリアは、鏡に映る自分を前に、なんとも言えない表情を浮かべる。

飾ったこともない頭頂部に乗った、白いレースがあしらわれたカチューシャ。

鎧と最低限動きやすい衣服のみしか纏ったことのない体には、黒と赤を基調としたゴスロリ衣装が鎮座している。

リヴェリアがそれに困惑を漏らしていると、いつのまにか更衣室に入ってきていた帰宅部が、マジマジと自身を見つめているのに気づいた。


「おー、似合ってんなー」

「そうでしょう、そうでしょう?

リヴェリアちゃんは可愛いんだから、どんな時も可愛い服を着なくちゃ」

「……屈辱だ。軍人としてではなく、女として扱われるなど…」

「あらぁ?それにしては、口元緩みっぱなしよぉ?」

「っ!?」


コーディネートを担当した手芸部の指摘に、ばっ、と素早く口元を隠すリヴェリア。

実のところ、手芸部の嘘なのだが、どうやら嬉しくはあったらしい。

リヴェリアは動揺し、顔を赤く染めながらも、言葉を返す。


「……っ、だ、だって、こんな服…。

そ、その…。初めてで、恥ずかしいし…」

「…え、やばっ。かわっ。

帰宅部ちゃん、この子貰っていい?」

「俺の捕虜だっての。帰りてーって言うなら帰すつもりなんだからよ」


こういうタイプに服を着せるのは初めてだったようで、反応が気に入ったのか、リヴェリアの腕に手を回す手芸部。

帰宅部はその脳天に軽くチョップをかまし、彼女をリヴェリアから引き剥がした。


「……本気で帰すつもりなのか?」

「だから言ってんだろ。リフレッシュだよ」

「………頭おかしいぞ、貴様」

「そりゃあコイツ、私らの中でブッチギリでキチガイだもの。

普通っぽく振る舞うのが上手いだけで」

「おっと、手が滑った」

「あら。手が滑ったわ」


手が滑ったという割には、見事なクロスカウンターである。

互いに頬を殴った二人を前に、リヴェリアは何度目かもわからない困惑を見せた。


「……暴力的すぎやしないか、お前ら」

「手っ取り早いじゃない」

「手っ取り早いし」

「思考が蛮族」


こんな蛮族に負けた挙句、翻弄されているのか、自分は。

なんだか悲しくなってきた。

ふつふつと湧いて出る情けなさに、リヴェリアは眉間に皺を寄せ、深いため息を吐く。


「わかった、好きにしろ。

ただし、絶対に情報は吐かんからな」

「お、許可出たな。じゃ、外出てクレープ食いにいくか」


帰宅部の言葉に、びしっ、と、体が石になったかのように固まるリヴェリア。

視線を落とした先には、自身の性格と功績を知るものからすれば、侮蔑ものの衣服。

リヴェリアは、ぎ、ぎ、ぎ、と壊れた歯車のように帰宅部へと視線を戻した。


「…外?」

「うん。外」

「……この格好で?」

「うん」

「…………くっ、殺せっ…!!」

「え、何?エロ漫画?」


絞り出した言葉に似つかわしいとは思えないツッコミに、再び固まるリヴェリア。

と。彼女は途端に顔を赤く染め、あわあわと慌てふためいた。


「はぇ…っ?え、えっ…、えろっ…!?

なな、な、何故そうなる!?」

「くっころってシチュがあってだな」

「説明するな!想像してしまうだろ!?」

「最終的に快楽に負けるまでがテンプレで、女騎士=クソザコってイメージがそれなりに浸透してるのがこの国だ」

「『説明するな』って言ってるの聞こえなかったのか!?

規制しろ、そんなの!!」

「大体が女騎士が捕まって、最初は『くっ、殺せ』って反抗的な態度取るんだが、ものの数ページで***が**して、すぐ****して**になるって流れがテンプレだ」

「きゃーーーーーーッ!?!?」

「ウブねぇ。***と***を**に***て****したとか…」

「変態っ!ケダモノっ!!異常性癖っ!!」

「あら、心外。私、コスプレえっちでしか興奮しないわよ」

「聞いてないっ!!」


本当になんなんだ、コイツらは。

困惑が三周ほど回って呆れが湧いて出たのか、リヴェリアは深いため息を吐いた。


「もう好きにしてくれ…」

「あら。男にリードされるのが好み?」

「なんでそうなる!?!?」

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