第16話 文化部一同「そこでメイド服着て働いてます」

「ね、ね!メイド服姿のお姉ちゃん、めっちゃ可愛いでしょ?」

「何見てんだコラ死ね」


アメジストが放送部の妹となって1週間。

放送部の心中は現在、世紀末を題材にした漫画並みに荒みきっていた。

これでもかとフリルがあしらわれたエプロン。白と黒を基調とした、少し丈の小さく見える衣装。

どこからどう見てもメイド服です本当に勘弁してくれちくしょう。

放送部は内心そんなことを思いつつ、まじまじとこちらを見つめる文化部らを睨み、中指を立てた。


「仏頂面でマイナス5億点くらい行きそう」

「性格的に誰かに奉仕させるタイプなのに、奉仕側に回れるワケないよね」

「中世なら間違いなく魔女とか言われて火刑に処される顔だ」

「ボールマウスの隙間に挟まって死ね」


アメジストの着せ替え人形と化した放送部に、ズバズバと感想を言う文化部たち。

仏頂面にも程がある表情を浮かべた放送部は、効果がないとわかってはいるものの、それでも言わずにはいられないらしく、罵声を放った。


「とにかく、もう脱ぎます。

着たんだから勘弁してください」

「え?今日1日はこれでお仕事だよ?」

「…………初耳ですけど?」


何故に店長の身内ですら知らない情報を把握しているのだろうか。

店長に真偽を問おうにも、現在、腹を下してトイレにこもっているため、聞くに聞けない。

放送部が抗議の意を込めて言うと、アメジストはその肩を掴み、にっこりと微笑んだ。


「言ったら絶対に逃げるじゃん」

「…いや、だからっていきなりそこらのニッチな店みたいなことさせないでくださいよ」

「ああ、そういや着たね。

『どうせ脱ぐんだから着せる意味無くね?アホじゃん』とか思ってたけど」

「あらやだ闇が深い」


そんなサラッと言ってのけることだろうか。

アメジストの割り切りの良さに呆れ、放送部はため息を吐いた。


「魔法の呪文とかやんの?」

「コイツが『萌え萌えキュン』とか笑顔で言っとるの、想像できんの」

「コイツが笑うのって、基本的に他人をコケにするか、シュレちゃんと遊んでる時くらいだもんな」

「アメちゃんは躊躇いなくやりそうだよね」

「そーりゃいろんなことやったしねー。

語尾に『にゃん』も付けたし、『ぴょん』も付けたことあるんだから」

「どう言う経緯で付けたか想像しやすい上に闇が深いの、どうにかなんない?」


逐一闇をぶっ込んでくるアメジストに、帰宅部が思わずツッコミを入れる。

魔法少女時代の「シャイン・アメジスト」という名前と正反対の闇の深さだ。

「ダークネス・アメジスト」と名乗った方が良かったんじゃ、などと思う帰宅部に、アメジストはきょとんと目を丸くした。


「え?別に気にしてないよ。

もう復讐も終わったし、体も治ったし」

「俺が気にするの」

「帰宅部くん、神経質すぎない?

そんなだと、将来ハゲるよ?」

「普通はアンタも気にしてるモンだと思うんですがねぇ!?」


無敵のメンタルを誇るアメジストを前に、絶叫をかます帰宅部。

とことんまで追い詰められていた分、吹っ切れ方が極端になってしまったのだろうか。

それとも、あまり過去を真剣に捉えない、往来の気質なのだろうか。

なにはともあれ、幸せな生き方である。

そんな会話を交わしていると、店の出入り口から声が響いた。


「写真のヤツ、どれも美味しそうです!

先輩!お昼、ここにしませんか?」

「め、メイドデー…?」

「従業員の方がコスプレしてるんじゃないかしら?」

「……んー…。なんていうか、アメジスト先輩が考えそうな企画ですね」

「なんでもいいから早く決めてくれよ。

アタシもう腹ペコなんだけど」


その会話を聞くや否や、アメジストが凄まじいスピードで厨房に駆け込んだ。

その理由を問う暇もなく、喫茶店の扉が開く。

と、そこには。先日、アメジストが倒した元闇堕ち魔法少女たちが立っていた。

そのそばには、現在、この地区を担当している魔法少女が、メイド服を着た放送部をまじまじと見つめていた。

なるほど。アメジストが隠れたくなるのも無理はない。


「おかえりなさいませ、お嬢様。

席に案内いたします」

「わー…。ホントにメイド服ですね」

「メイドデーだからじゃねーの?」

「初めて入ったけど…、結構雰囲気あるね」

「ええ、本当。今日が特別なだけで、普段は純喫茶なんでしょうね」

「ご注文お決まりになりましたら、お声掛けください。ごゆっくりどうぞ」

「…めっちゃ声いいですね、メイドさん」

「それな」


そんな放送部の応対を、チラチラと物陰から観察するアメジスト。

どうやら気付かれてはいないようだ。

ほっ、と胸を撫で下ろすアメジストに、いつの間にやら厨房に入り込んだ帰宅部が声をかける。


「あれって、お前が倒した奴らだよな。

ナノマシンで治してやって、そんまま回収せずにほっといた」

「う、うん…。その、全員後輩っていうか、戦友っていうか…」

「ああー…。顔変えてねーから、見られりゃ一発でバレるワケか。

戸籍は違っても、他人の空似で済ませられねーほど似てたら訝しむだろうな」

「うん…」

「じゃ、ここに隠れとけ。

ファザコンがわざわざ呼びつけるこたぁねーだろ」


放送部は生粋のファザコンである。

好き勝手はするが、父である店長に火の粉が降りかかるような真似は、絶対に避ける。

現に、帰宅部が少し顔を出すと、放送部は口パクとジェスチャーで「ひっこめ」と訴えているのが見えた。


「取り敢えず、店長の腹痛が治るまでは厨房の仕事しとけ。

作り方は教わってんだろ?」

「うん。…ごめんね、迷惑かけて」

「お前の言う迷惑なんざ、たかが知れてる。

迷惑っていうのはな。世間が混乱するようなレベルになって初めて言うんだよ」

「ごめんそれは共感できない」


流石は周囲に世界規模のトラブルメーカーが揃っている男とでもいうべきか。

達観したようにも見える帰宅部に、アメジストは引き攣った表情でツッコミを入れた。


「わぁ…。京都のオシャレカフェみたいな写真ばっかりですね」

「メイドカフェっぽさねーな。

…あ、すんません。魔法の呪文的なのってあるんすか?」

「ご所望でしたら、本日の限定メニュー『魔法のオムライス』を頼んでいただけると、私から魔法をかけさせていただきます」

「…なんつーか、応対からしてガチメイド感あるな」

「じゃあそのオムライスとー、ミートスパゲッティとー…、あとトーストセットで!」

「私はドリアと…、食後にコーヒーを」

「アタシはオムライスと…、あとデザートにモンブラン、コーヒーとセット」

「私は…、季節のサンドイッチのセットで」

「かしこまりました」


約1名、炭水化物モンスターがいた気がする。

そんなことを思いつつ、アメジストは手順通りに作業に移り、料理を始める。

始めるとは言っても、なにも全てを一から作るわけではない。

それこそ、アメジストだけでも十分に回せるくらいには余裕がある。

帰宅部はその仕事ぶりに関心を寄せながらも、魔法少女らの会話に聞き耳を立てる。


「では、改めまして…。

おかえりなさい、先輩方」

「ええ。迷惑かけてごめんなさいね」

「いえいえ、そんな…。

管理局のタカ派が、地方の魔法少女を対象にした強化実験をしていたなんて、私も知りませんでしたし…」

「郊外とはいえ、都内の担当じゃ知る由もなかったしね。

ほんと、こっちに残って良かったの?」

「はい!問題ないです!」


地方の管理ももうちょいしっかりしろ。

文化部らが声を揃えて呟きかけるも、すんでのところで飲み込む。

彼女らに言ったところで、何が改善するわけでもない。

まだまだ発覚していない闇はあるだろうな、などと帰宅部が思っていると。

男勝りな魔法少女が、遠い目でつぶやいた。


「アメジストも帰ってきて欲しかったよな。

もう、あんな辛い目に遭わなくてもいいってのに」

「……そう、よね」

「…今、何をしてるんでしょうね」

「さぁな。案外、そこらで新生活を謳歌してるかもしれねーぞ?」


はい。その通りです。そこでメイド服着て働いてます。

などと馬鹿正直に言えるはずもなく、文化部たちは形容し難い表情を浮かべる。

アメジストも男勝りな魔法少女の鋭い一言に泡を喰い、んんっ、と咳き込みかけた。


「なぁ。あの嬢ちゃん、お前がいるってことわかってんじゃねーの…?」

「そ、それはない…と思う。工学部くんたちが全力で隠してくれてるし…」

「じゃ、マジの偶然か…。

一応、店長の仮面被っとくか?」

「か、勝手に借りていいのかな…?」

「スペアなんざ腐るほどある。一枚100万はするけど、あんま気にすんなよ」


帰宅部の差し出した仮面に伸ばした手が、びしっ、と止まる。

アメジストは慌てて喉奥から漏れ出そうな声を抑え、帰宅部に詰め寄った。


「パパってば、なんでそんな物騒なモンたくさん持ってるの…!?」

「作った本人…美術部からすりゃ、『師匠の足元にも届かない駄作』ってことで、不良在庫押し付けてるんだよ。

どうせなら売れっつってんだけどなぁ…」

「…帰宅部くん、ここに染まりすぎてない?

常識おかしいよ?」

「自覚はある」


言って、仮面を被り、紐を結ぶアメジスト。

気味が悪いデザインではあるが、なかなかに似合っているようにも思える。

サイズは少し大きいが、この程度であれば誤差の範囲だろう。

そんなことをしていると、厨房に入ってきた放送部がアメジストに詰め寄った。


「……パパの仮面を被ってることは目を瞑ります。ちゃっちゃと作りなさい」

「あ、うん。ごめんね、お姉ちゃん」

「アンタが正体バレしたら、パパにも迷惑かかりますからね」

「今のお姉ちゃん、ツンデレメイド感あってめっちゃかわいい」

「死ね」


放送部は中指を立てて吐き捨てると、完成していたサンドイッチセットとトーストセットをテーブルへと運ぶ。

その姿を見届けつつ、帰宅部はふと、思い出したようにトイレのある方に目を向けた。


「にしても、店長ってば遅いな。

もう30分くらい篭ってねーか?」

「だね。…病気とかじゃないといいけど」


厨房にいる彼らは気づかない。

トイレの鍵が、とうの昔に開いていることに。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「な、なんなんだ…!!

なんなんだよ、あの店はァ!?」


その頃、店から少し離れた路地裏にて。

以前、シュレディンガーに撃退された魔神軍の男が、息を切らしながら逃げ惑う。

それを追うように、ざっ、ざっ、とアスファルトと砂利が擦れ合う音が響いた。

山すら砕きそうなほどに筋肉が詰まった体。

歪な紋様が走る仮面から覗く、殺意が凝縮したかのような眼光。

びきっ、びきっ、と腕の筋が浮き上がると共に、何度目かもわからない拳が宙に放たれる。

瞬間。男の隣に乱雑に捨てられていたゴミが、呆気なく弾け飛んだ。


「き、聞いてない…!

シュレディンガーだけじゃなくて、こんな、こんなバケモノがいるだなんて…!?」

「おイ、お前。お客様とボクの娘たチニ、手を出そうトしタな?」


拳の主人が誰か、もうお分かりだろう。

放送部の父、店長である。

「お前のような人間がいるか」と男が叫びかけるも、喉奥から漏れるのは、恐怖で掠れた吐息のみ。

彼が店長にこうも追い詰められているのには、浅くはあるが、理由がある。

ざっくばらんに言えば、彼は性懲りも無く魔法少女たちを狙いに来たのだ。

店に侵入し、魔法少女ら以外の他の客や従業員をまとめて凍らせて殺そうとしたところ、トイレから出てきた店長に遭遇。

男が慌てて店長を凍らせようとしたところ、店長は拳一つで放たれた冷気を打ち消したのだ。

それに肝を抜かれた男が、恐怖に駆られるがままに逃げるのを捕縛しようと、店長が追いかけているのだ。

いくら傭兵業を営んでいたとはいえ、人間を辞めすぎている。

男は情けなくも尻餅をつきながら、手から冷気を放つ。

店長はそれを拳を振るうことで打ち消すと、怒鳴り声を上げた。


「テメェ生きて帰れると思うなよ!!

挽肉にしてソースにした後、魂すらデロッデロに溶かしてやるからなァアッ!!!」

「ひぎゃぁあああああっ!?ごめっ、ごめんなさい、ごめんなさぁい!!」

「謝ンなら逃げてんじゃねぇぞ!!

殴り殺してやるから待ちやがれェ!!」

「ひっ…!?ごめ…、ごめんなさぁい!!」


キャラ付けすら忘れ、激怒する店長。

余程、自分の店の客と娘に手を出されたことが腹に据えかねたらしい。

男は恐怖から出る謝罪と悲鳴を繰り返し、逃亡を続けた。


結局。男はなんとか逃げ切れたものの、本拠地から一歩も出れなくなってしまったのだとか。

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