第3話 カウンセラー「胃痛が…」

「……試作機でアレだけヤバかったのに、そのスペックを三倍にしたモン作るバカがどこにいる」

「ここにいる」

「そうだなこのバカ」


ごっちん、と帰宅部が振り下ろした分厚いマニュアルの背表紙が、工学部の脳天に直撃する。

工学部はあまりの痛みに「うぐぉお…」と呻き声をあげ、その場に崩れ落ちた。

その眼前には、神々しさすら感じさせるデザインの鎧が、仁王立ちで佇んでいる。

帰宅部はため息を吐き、その胸元をバシバシと叩き始めた。


「おい、言ってみろ。俺に、こんな、オーバースペックの、塊で、どうしろって?」

「……そ、そのぉ…。魔神軍ぶっ潰してほしいなー…って…。あは、あはは…」

「アホ。街ごと吹っ飛ぶわ」

「ですよねー…」

「せめて特撮くらいに留めとけよ。

いや、アレも大概頭おかしいけど。パンチ力とかキック力とかの基本単位、トンだけど」

「パンチ力とキック力だけは参考にさせていただきました」

「ソレ含め、全部ヤバいんだよバカタレ。

あのビームが三倍の太さで出るんだぞ?」


軽く大都市を落とせそうな戦闘力である。

眉間にコレでもかと皺を寄せる帰宅部に、工学部は返す言葉がないのか、バツの悪そうな表情で視線を逸らす。

悪ふざけもここまで行くとテロである。

帰宅部はその両肩に手を置き、無理矢理に顔を合わせた。


「嫌だろ?せっかく作ったコレが、悪の組織と同じ扱いされんの」

「そ、それは、そうだけと…」

「悪いことは言わん。デチューンしとけ」

「………わかった」

(危なかった…。もう少しでヤバめな超兵器を着せられるところだった)


内心胸を撫で下ろしつつ、デチューン作業に取り掛かるように促す帰宅部。

流石に街一つを消し飛ばせるビームなんて放ちたくない。

そんなことを思っていると、作業の片手間に付けていたテレビの画面に、緊急速報が入ったというテロップが流れた。


「あ、また放送部のとこだ」

「……そういや、試作機どこやった?」

「もうバラして別のに作り替えてる途中だけど…」

「これ着るしかないってことか?」

「そうなるねぇ…。手加減よろ」

「くたばれ天才」

「シンプルな暴言きたね」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「お、まただ。

いやあ、セリフ担当も楽じゃないねぇ」


軽快な音楽と共に携帯が揺れるのを横目に、演劇部は薄く笑う。

机を挟んだ向かい側にて、次の放送に向けた台本を書いていた放送部が、呆れた視線を向けた。


「そういう割にはウッキウキですよね」

「そりゃ、ボクは元々声優志望だし。

演劇やってんのもその一環。俳優もできる声優って魅力的な称号じゃん。

ボク、声も顔も体も世界一可愛いから、この可愛さを活かさないのは罪だよね」


彼女の所属する演劇部は、そのほとんどが裏方に徹しているような人物ばかりである。

理由は簡単。誰もが彼女の存在感を前に心が折れてしまうからである。

だからこそ、記憶に残るような役を演じるのは彼女であるし、舞台に存在するだけで、そこにある印象全てを塗りつぶすかのような演技力をこれでもかと見せつける。

舞台の上でも外でも、唯我独尊極まりない態度を前に、放送部は辟易のため息を漏らした。


「バケモンみたいな自己肯定ですね。

そこにさえ目を瞑れば、否定できないくらい完璧な美人なのが余計に腹立ちます」

「世界三大美女も平伏するほどの美女たるボクを前にして、腹が立つ人間もいるんだね」

「ツラだけ見りゃ満足ですが、中身が気に食わないって言ってんですよ」


言って、「ここの言い回し考え直すか」と独り言をこぼす放送部。

と。その作業を遮るかのように、演劇部の顔が近づいた。


「中身がクソでも、ガワが良けりゃ正義なんだよ。

人間誰しも、ルッキズムに傾倒してるじゃないか。フィクションの世界なんて、驚くほどに美男美女ばかりが揃ってる。

逆にぱっとしない引き立て役は、そのほとんどが醜悪だ。クリーチャーと言い換えてもいいほどにね」

「そーりゃ見た目いいのはとっつきやすい、もとい売れやすいですしね。

…ってか、作業の邪魔です。さっさとセリフ担当としての仕事してください」


言って、手元に視線を落とす放送部。

ソレに対し、演劇部は薄い笑みを浮かべ、放送部の頬に手を添えた。


「冷たいね。君の体はこんなにも暖かいのに」

「はいはい、口説くんだったら電話越しに魔法少女相手にどうぞ」


♦︎♦︎♦︎♦︎


魔法少女の生きる世界は、人々が抱くイメージの数倍は過酷だろう。

いくら煌びやかに着飾り、気高く、美しく戦おうと、それは命のやり取りに他ならない。

人によってはその自覚が足りず、敵が放つ「オレたちも人間と変わらない」という旨の言葉で動揺してしまうことも少なからずある。

だからこそ、思春期真っ只中かつ、日々死地に赴く彼女たちにはメンタルケアが必要不可欠なのである。

そのために雇われたカウンセラーの女性は、今日もまた、戦うことに悩みを抱く彼女らに寄り添おうと意気込んでいた。


「最近、特撮ヒーローみたいなやつに口説かれてるんです」

「…あ、ああ、うん」


まさか、こんな斜め上にもほどがある悩み事を抱えた魔法少女を相手にすることになるとは、微塵も思わなかったが。

想定していたものとは違う相談に引き攣りかけた表情筋を無理やりに抑える。

表情筋が攣ったりしないだろうか、と不安になりつつも、カウンセラーは思考を巡らせた。

「特撮ヒーローみたいなやつ」というと、心当たりは一つしかない。

ある日、突如として現れ、鎧袖一触に魔神軍を掃討した存在…ペルセウス。

先ほども、新たな姿を見せ、破壊の限りを尽くそうとした魔神軍を圧倒したばかりだ。

自分たちのお株を奪われたことを快く思わない魔法少女がいても、なんらおかしい話では無い。

カウンセラーはそんなことを思いつつ、目の前の魔法少女に問いかける。


「何が気に入らないの?」

「気に入らないとかではなくて…。

その、あの人とのデートの約束とかどうしたらいいかなーって…」

「…………ん???」


待て。何もかもがおかしい。

完全にメスの顔を晒した魔法少女を前に、カウンセラーはパチクリと目を丸くする。

魔法少女は恋に蕩けた表情を浮かべ、もじもじと指を遊ばせた。


「ちょっ…と、待って。え?目の敵にしてるとかじゃなくて、好きなの?」

「はい!恋のライバルはたくさんいますが、負けるつもりはありません!」

「聞いてない。…えっと、一応聞くけど、ライバルって魔法少女…じゃないよね?」

「魔法少女です!」

「魔法少女かぁ…」


いつまのにか、倦厭される類のラブコメが勃発している。

この職場は地獄なのだろうか。

カウンセラーは知らないことだが、ペルセウスの声を担当している演劇部は、無類の人たらしである。

口説き落とした人間は数知れず。

「そのうち背後から刺される」と帰宅部たちから称されるような人間関係のだらしなさが垣間見えるのが、あのイカれ演劇部なのである。

直接口説くならまだいいが、今回はペルセウスとして活動している最中のナンパである。

中身役である帰宅部や、魔法少女のメンタルケアを担当しているカウンセラーからすれば、堪ったものでは無い。

爛々と目を輝かせる魔法少女を前に、カウンセラーは胃に違和感を覚えた。


「……で、相談ってのは、彼とデートの約束を取り付けたいってこと?」

「はい!大人の先生なら何か知ってるかと…」

「私、三十路で彼氏いない歴イコール年齢なのだけど」

「ごめんなさい」


カウンセラーのドスの効いた声に、魔法少女は即座に頭を下げた。

尚、このあと10人連続で同じ質問を受けることを、カウンセラーはまだ知らない。

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