第39話 ルミ「お前らすげー奴らなのに、クソガキ感が半端ねぇよな」
「ふーっ…。ようやく部屋の準備が終わり…、何やってるんですか?」
「リヴェリアの胸を凝視した反省」
文化部たちが思い思いに海で遊ぶ中。
首から下を砂に埋めた帰宅部が、部屋の準備を終えた茶道部の疑問に返す。
そのそばには「好きにお投げください」と書かれた札と共に、どこからか拾ってきたのだろう、サンゴが積まれている。
いくら同居人であるとはいえ、女性を視姦した罪は重い。
そう考えた帰宅部の奇行を前に、茶道部は呆れたため息を吐いた。
「それ、リヴェちゃんに言われてやってることですか?」
「……いんや、違う」
「ならやめなさい、今すぐ。
リヴェちゃん、彼氏にほったらかしにされて不満そうですし」
「いや、彼氏じゃねーし。
…多分だけど、また見ちまうし…」
「ソレで嫌うなら、ビンタで済ませないでしょうよ」
「蛙化現象ってのもあるだろ…?」
「あのバカ真面目なリヴェちゃんが、恥も常識も知らんよーな現代社会モンスターと同じような腐れ切った精神をしているとでも?」
「……わかった」
言って、砂の中から這い出る帰宅部。
軽く砂を落とすと、帰宅部は初めての海で波に戸惑っているリヴェリアへと駆けていく。
茶道部はその後ろ姿を見送った直後、軽く舌打ちした。
「ちっ。さっさとくっ付け」
「お嬢様。ご報告が」
と。見るからに不機嫌な彼女に怯むことなく、黒子のような格好をした少年がどこからともなく姿を現す。
普通の黒子と唯一違う点と言えば、その顔を覆う布に「新聞部」とデカデカと書かれていることだろう。
茶道部は彼を横目で一瞥すると、「続けなさい」と告げる。
少年…新聞部はその場に跪いたまま、淡々と続けた。
「先日、採取したDNAの照合結果ですが…、一致したそうです」
「そう。…まあ、随分と長い間、こちらで好き勝手やってらしたのね。
私が集めた金のなる木をここまで枯らしておいて、のうのうと生きてきたお馬鹿さんは」
言って、威圧が込められた笑みを浮かべる茶道部。
新聞部はそれにたじろぐことなく、報告を再開した。
「ええ。行方不明となった魔法少女のほとんどが、何度か彼女と接触していたとのデータも取れました。
その末路についても結果が出ていますが…、見ますか?」
「放送部の予想通りだったのでしょう?」
「ええ」
新聞部の肯定に、呆れたため息を吐く茶道部。
彼女は持参していたペットボトル…もちろん自分の会社の製品…の封を開け、三分の一ほど呷った。
「まったく、趣味が悪いわね」
「ええ。わたくしも調査結果をまとめるだけで、反吐が出るかと思いました」
そうは言うものの、その声音は平坦なままで、怒りを押し殺しているとは思えない。
茶道部は「報告ありがとう、遊んでていいわよ」と言うと、新聞部から離れる。
と。新聞部は素早く黒子の衣装を脱ぎ捨て、凄まじい勢いで海へと飛び込んだ。
「いぃいやっほほほーーーっ!!
今日の仕事終ーーーーわりッ!!!」
「……あんのバカ従者、一応は主人の前ってこと、秒で忘れてないかしら?」
ざっぱぁん、と水飛沫が立ち上るのを前に、茶道部が呆れたため息を吐く。
と。ソレと入れ替わるように、ずぶ濡れになったルミが髪をかきあげ、こちらへと歩みを進めるのが視界に入った。
「ふぅ…。ちょっと休憩ー」
「楽しんでくれてるようで何より」
「ああ。海で遊ぶなんて、前にサファイアと来て以来久々だしなー」
すっかり緊張は解けたようで、仮にも企業グループ代表に対し、フランクに返すルミ。
茶道部はソレを気にすることなく、ルミから出た名前を反芻した。
「サファイア…、というと、クール・サファイアさんですか」
「おう。組んで長いけど…、そういや、あいつがいない休みも久しぶりだなー。
いつもは休みまで一緒だったし」
「ふぅん…」
茶道部はそれだけ返すと、息を整えるルミの肩に手を置く。
ルミがその顔に目を向けると、かつてないほどに胡散臭い笑みが鎮座していた。
「夜、楽しみにしててくださいね」
「夜?なんかあんの?」
「ええ。定例報告会という名の食事会がありますので」
「ふーん…。会社みてーだな」
「ふふっ。ここにいるみーんな、ソレっぽく振る舞いたいお年頃ってだけですよ」
ある程度、呼吸のペースが安定してきたのか、ルミは下がっていた背筋を伸ばし、軽く伸びをする。
暫くは唸っていたが、3秒ほどすると、伸びを解き、はぁっ、と呼吸を吐き出した。
「お前らすげー奴らなのに、クソガキ感が半端ねぇよな」
「それはそうでしょう。中心にいる彼が、根っからのクソガキですから」
言って、茶道部はリヴェリアに泳ぎを教えている帰宅部を指した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はー…。泳いだ泳いだ。
少し髪がゴワゴワするが…、風呂に入る時、手芸部にいい洗髪剤を選んでもらおうか」
お昼時。料理部が鉄板の上で焼きそばやらお好み焼きやらを焼き、紙皿に盛り付ける中。
焼きそばを受け取ったリヴェリアは、ビーチパラソルの元に敷いたシートに座る。
その隣では、帰宅部がお好み焼きを丸々一枚切り分け、食べ進めている。
リヴェリアはそんな帰宅部に対し、口を開いた。
「…その、だな。いい加減、こっちを向いたらどうだ?」
「いんや、ぜってーまた見る。
だから向かん」
そう。彼は泳ぎを教えている間も、決してリヴェリアを視界に入れようとはしなかったのである。
その様は、まるで初めて性を覚え、晒し者になる羞恥に怯える小学生のよう。
あまりに幼稚な対応に、リヴェリアは呆れを表すように顔を顰める。
「気にしていないと言ったろうに…」
「見たいけど、不誠実なことはできん。だから見ない」
「見たいなら見ればいいだろ。
…その、さっきのは、フィシィの前だったし、ちょっと恥ずかしかっただけで…、別に嫌というわけじゃなくて…」
「見ない」
頑なに拒否し、お好み焼きを貪る帰宅部。
頑固さもそこらのクソガキと遜色ない。
言うまでもなく、ソレに腹を立てたリヴェリアは頬を膨らませた。
「……むぅ。お前の感想を楽しみにしていたというのに」
「……」
「あーあ。お前のせいで楽しくないなー」
「…………だーもーっ!!
わかった、わかった!見る!!」
たった二言で釣られた帰宅部は、リヴェリアの希望に沿うように彼女の方を向く。
やはりと言うか、その肢体に目が行ってしまう。
好みのど真ん中、とでも言うべきか。
彼が思い描く理想の女体そのものが今、現実に顕現している。
無自覚ながらも体はソレを理解しているのか、ばく、ばく、と心臓を鳴らした。
「んえっと…、その…。
恥ずかしくて言葉出ねぇ、ちくしょー…っ。
と、とにかく、すっげえ可愛い…って思う」
「………あ、ありがと…」
互いに気恥ずかしいだけであった。
なんとも言えない雰囲気を前に、2人して視線を逸らす。
なんとも初々しく、もどかしい。
そんな光景を前に、出歯亀をかましていた工学部とフィシィが舌打ちをかました。
「ちっ…。もうちょっと気の利いた褒め言葉ないのか、あのクソガキ」
「ちっ…。もどかしい。
リヴィの水着ひん剥いてくる」
「いや、岩陰に移動させよう。
もう未経験を卒業してもらうくらいのことしないとくっ付かないよ、アイツら」
目論見がバレて砂に埋められるまで、あと2分。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「や、パソコン部。外で遊ばないのかい?」
その頃、宿泊施設の宴会場にて。
テキパキと「1人で」準備を進めるメイド服姿の少女に、髪が濡れたボドゲ部の声が響く。
遊び疲れ、休憩しに来たのだろう。
そう予想できる出立ちの彼を前に、熱中していた少女は手を止め、頭を下げる。
「いかがされました?
まだ食事会にはお早いですが…」
「無理に繕わなくていいよ。
ここには友達連中しか来てないんだから」
「あ、そう?じゃ、お言葉に甘えるわ」
言って、途端に椅子に腰掛け、ロリポップを舐め始める少女…パソコン部。
座る姿勢も壊滅的に悪く、またパンツが丸見えになるのも気にせず足を組むあたり、メイドにはあるまじき姿である。
パソコン部は、ぱっ、と唾液に塗れたロリポップを口の外に出すと、ボドゲ部に向けた。
「外で遊んでろよ、鬱陶しい。
オレの仕事の邪魔すんなっての」
「いや、ごめんね。
いつもだったらパパッと終わらせて一緒になってはしゃぐ君がいないものだから、気になって」
「なんか行く途中で新聞部から仕事押し付けられてよ。
それで宴会場の準備滞ったんだよ。
ってか出てけ。オレも終わらせて向こうで遊ぶ気満々なんだから」
言って、「よっこらしょー」と気の抜けた声を放ち、立ち上がるパソコン部。
と。そんな彼女に被せるように、ボドゲ部が声を放った。
「クール・サファイア。
腐るほど見たでしょ、この名前」
その言葉に、ぴたっ、と動きを止めるパソコン部。
心の底から嫌悪感を丸出しにした表情を隠そうともせず、パソコン部は渋々口を開いた。
「ああ見たよ。分かってんならオレらの方に回してくんな、めんどくさい」
その言葉に、ボドゲ部は得たい情報が得られて満足だったのか、「ありがとう」と端的に返し、その場を去る。
残されたパソコン部は、眉を顰めて下顎を突き出し、ぴんっ、と中指を立てた。
「二度と仕事の邪魔すんな死ねボケッ!!」
つくづく、とてもメイドとは思えない一言であった。
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