第14話 帰宅部「もはやテロじゃん」
「…で、どうする?毒親とかクソジジイとかボコボコにする?」
「や。シュレちゃんの背中に『ねこねこキングダム』を建国する。猫の背を吸うだけの生活を送る」
「にゃあ…」
「シュレちゃんマジでごめん。あとで遊んであげるから…」
放送部の自宅…喫茶店のカウンター席にて。
アメジストはなんとも平和な野望を語りつつ、シュレディンガーの背に顔を埋め、思いっきり息を吸う。
シュレディンガーはあからさまに顔を顰め、フレーメン反応にも似た、なんとも言えない表情で虚空を見た。
「…こやつ、妾の尻尾に一時間埋まっとった直後にこれじゃぞ?
どんっだけ動物好きなんじゃ」
「動物はいいよね。もふもふだし、裏切らないし」
理由もセリフも重い。
シュレディンガーもその闇を前に抵抗する気力が失せたのか、彼女の頬を尻尾でぺしぺしと叩くのみ。
あまりの気の緩みっぷりに皆が愕然とする中で、帰宅部が呆れたため息を吐いた。
「現実逃避はそこまでにしとけ。
お前、マジでこれからどうするんだ?」
「魔法少女やめる。ここのお世話になる」
「えらい吹っ切れよう」
「あんなクソどもなんてもう知らない!
全員チ○コ千切れた挙句、その痴態を世界に晒して死ねばいいんだ!!」
「チ○コは千切れないし死なないけど、世界に晒すことはできるよ」
「やって!今すぐ!なう!!」
判断が早い。
相当酷い目に遭ってフラストレーションが溜まっていたのだろう、据わった瞳で工学部に詰め寄る少女。
怒りのあまり、慈悲と容赦という単語がそのまま頭から抜け落ちてしまっている。
思いつく限りの罵詈雑言を叫ぶ少女を前に、帰宅部は工学部に耳打ちした。
「…魔法少女っていい子ちゃんばっかのイメージだったが、爆発するとヤベェんだな」
「人類の希望とか言われてる人たちが、あんなクソみたいな環境を甘んじて受け入れるわけないもんね。
で、ボドゲ部。どうする?」
工学部が目を向けた先には、メカ三郎から伸びたアームとチェスで対局するボドゲ部が佇んでいた。
ボドゲ部はポーンを動かすと、その薄い目を軽く開き、工学部に問うた。
「そいつらの持ってるヤバいデータ全部消して、こっち側に複製ってできる?」
「うん。秒で」
「じゃあ、アメジストを『悲劇のヒロイン』として演出しようか。
演劇部、新聞部、文芸部の3人で、そのデータを軽くまとめて、できるだけ同情を誘えるような記事を書いてくれ。
どの国でも読めるように、各種言語版を用意してくれるとよりいいかな。
まずは3割ほどデータをばら撒き、そこから記者会見とか、そういう処罰を受ける時期を見計らって、『実はこの人、こんなこともしてましたー』と残りの情報を証拠とともに記事として出そう。
情報元を誤魔化す工作も忘れずにね」
「わかった。新聞部、文芸部には言っとくよ」
ボドゲ部は言うと、「隠れてる奴の殺し方は楽でいいね」とチェスに向き直る。
流石は人の心を持たない文化部集団。揃いも揃って殺意が高過ぎる。
帰宅部が表情を引き攣らせていると、少女が勢いよく手を上げた。
「はい!私もなんかしたいです!」
「遺書を書いて雲隠れ。場所は用意しておくから、1週間はそこから出ないでくれ」
「あいあいさっ!」
普段の五倍は活き活きしている気がする。
ボドゲ部に渡された便箋をひったくるように受け取り、その場でペンを走らせる少女。
これから巻き起こる大混乱を前に、帰宅部は小さく呟いた。
「もはやテロじゃん」
「そのテロに普段から加担してるよ、君」
♦︎♦︎♦︎♦︎
『えー、続報です。先日、消息不明となったシャイン・アメジストさんの保護者、雨宮 由香里さん49歳が児童虐待防止法違反の疑いで逮捕されました。
これでシャイン・アメジストさんを被害者とする事件は、17件目になります』
「へー。たいへんだぁね」
「せめてもうちょい関心持とうぜ?」
1週間後。ラボ内に用意された部屋にて、ばりぼりとせんべいを噛み砕き、テレビを見る少女を前に、帰宅部がため息を吐く。
世捨て人にもなったかのようだ。
少女は緑茶を啜ると、ぷはっ、と軽く息を吐き、淡々と続けた。
「おんなじようなニュースが毎日毎日流れてると飽きるよー。
せいせいしたのも最初のニュースだけだし、今はもう『またか』程度の認識かな」
「親の逮捕って、もうちょい複雑な感情が湧くもんじゃねーの?」
「あれ、親戚のクソ性格の悪いオバさん。
パパとママの遺産食い潰した挙げ句、『学費は自分で稼いでこい、ただし稼ぎのほとんどはもらう』って、クソアマだったし。
アレ見ても、『当たり前だよねー』ってくらいにしか思わないかな」
「その、『生まれたことすら後悔しろ』とか言っちゃってもいいんだぞ…?」
「やだよ。疲れるじゃん。
こうやってせんべい食べながらダラダラして、猫ちゃんの背を吸うくらいがちょうどいい」
言って、そこらに寝転んでいたシュレディンガーを捕らえ、背に顔を埋める少女。
シュレディンガーの表情筋は完全に死んでおり、毛に絡まるせんべいの破片に抗議の意をこめた視線を送るのみ。
あとで洗わなきゃ、などと、帰宅部が思っていると。
テレビの画面が1人でに切り替わり、警報音が鳴り響いた。
「…デビュー戦かぁ。久しぶりだなぁ」
「言っとくが、どっかの民家を壊した時点で『中学時代のポエム朗読会』を開催してもらうからな。
周囲に気を遣って戦えよ」
「……ここの罰ゲーム、割とエグいよね」
「そっちの方が楽しいだろ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「がっ!?」
新しくこの地に派遣されたばかりの魔法少女が、アスファルトに叩きつけられる。
それを見下ろすのは、なんともグロテスクな鎧を纏う少女数人。
俗称で言えば、「闇堕ち魔法少女」と称される存在であった。
敬愛すべき先輩であったはずの裏切り者を前に、魔法少女は息も絶え絶えに問いかける。
「ど、どうして…!?同じ、魔法少女だったはずなのに…!
同じ、世界を守ると誓った仲間だったはずだったのに…!!」
魔法少女の問いに、対する少女たちは何も答えない。
それどころか、これ以上の問答は無意味だと言わんばかりに武器を振り翳す。
このままではまずい。しかし、体がびくもしない。
魔法少女がせめてもの抵抗だと言わんばかりに、迫り来る死神を睨め付ける。
それすら踏み越える覚悟をしていた少女らが、その体に向けて斬撃を放った瞬間。
幾重にも伸びる光条が、その全てをかき消した。
「……え?」
倒れ伏した魔法少女がそちらを向くと、太陽を背に降り立つシルエットが見えた。
スーツを纏った帰宅部…ペルセウスである。
彼は眼下に広がる光景を前に、仮面の下でなんとも言えない表情を浮かべた。
(てっきり怪獣が暴れているのかと思ったら、裏切った魔法少女たちの襲撃かよ)
たしかに、裏切っても仕方ない地獄具合ではあったが。
だからといって、後輩を躊躇いもなく殺しにかかるような真似をするだろうか。
帰宅部は呆れたため息を吐くと、その場に降り立ち、魔法少女の前に立つ。
「……へぇ。私たちのことは助けなかったくせに、その子は助けるのね」
「さすがは正義のヒーロー様ってかぁ!?
は、あは、あはははっ!!…ふざけんじゃねェ!!」
「なにがヒーローよ!ヒーローなら、私たちのことも…!!」
『…こーりゃ悲劇に酔ってる顔ですわ。
ツラを殴るのは簡単ですが、今回は新米に任せましょうかね』
放送部がそう切り捨てるや否や、車道の真ん中をローファーが叩く音が響く。
激昂しかけた闇堕ち魔法少女たちがそちらを向くと、全員が表情を驚愕に染め上げる。
無理もない。そこには、死んだはずの少女が立っていたのだから。
…実際には、文化部たちの性格の悪さがこれでもかと発揮された策略の一環で、雲隠れしていただけなのだが。
少女は目の前の光景に眉間をほぐし、ため息を吐いた。
「……あんのクソ共にいいように使われた挙げ句、今度はあっちにこき使われてるってわけかぁ。
コレが本来の自分の末路だったと考えると、ホンットにムカつく」
「あ、アメジスト…!?」
「……まさか。まさか…!お前、ペルセウス側についたってのか!?」
「ついたってことになるのかな。
やりたいことをやりたくなっただけ」
少女は言うと、手のひらを胸に押し当てる。
瞬間。紫色に煌めく奔流と共に、放たれたナノマシンから、人型に近い怪物が構築された。
(……前ん時は怪物居なかったよな?)
『変身はバックに怪物が居た方が燃えるってばあちゃんとアメちゃんが言ってた』
(あ。うん。そうなのね)
恐らくは実行犯であろう工学部の言葉に、帰宅部は表情を引き攣らせた。
もしかしなくとも、筋金入りの特撮好きなのだろうか。
闇堕ちした魔法少女たちがこぞって攻撃を浴びせるが、怪物はその全てを防ぎ、彼女らに軽い一撃を放つ。
と。少女の服が世界に解けると共に、怪物の体が彼女の四肢を包み込んでいく光に溶け込んでいく。
怪物の体が全て崩れる頃には、少女の体をサイバーチックなドレスが彩った。
「あとさ。私もう、『魔法少女シャイン・アメジスト』じゃなくて、『アメジスト』だから。『シャイン』って入ってんのダっサいなーって、常々思ってたんだよね」
変身を終えたアメジストは言うと、向かってきた闇堕ち少女の腹に軽く蹴りを入れる。
くの字に曲がった少女の顔面をそのまま掴むと、彼女はそのまま天へと放り捨てた。
「焦げろ。〈レンズ・ゲイザー〉」
アメジストがナノマシンにより宙に構築された砲身から、紫色の光条を放つ。
それをモロに食らった少女の鎧は粉々に砕け、倒れ伏した魔法少女を下敷きにするように落下した。
「だぁっ!?」
「あ、やべっ。撃ち落とす方角ミスった」
「よそ見してる場合かよ、テメェ!!」
どこか骨が折れてないといいが。
そんなことを思いつつ、襲いかかった赤毛の少女の拳を軽く避けるアメジスト。
そのままその腕を掴むと、勢いよく地面へと投げる。
アメジストはすかさず手に光と機械で構築された銃を顕現すると、その銃口を少女の鎧に押し当てた。
「はい、確保ー。めんどいし、このままトドメ行くね」
「な、がっ!?が、があっ!?
や、めろ…!やめろぉ…!!」
がぁん、がぁん、と引き金を引くたびに衝撃と鎧の破片が飛び散る。
鎧に亀裂が走るたび、赤毛の少女の瞳が大きく揺らぐ。
精神汚染の機能も搭載されていたのだろう。
鎧が完全に砕けると同時に、少女の体が跳ね、そのまま気を失った。
アメジストは銃を分解すると、最後の1人に向き直る。
「なんで…、なんで、あなたは救われて、私には…!!」
「運。以上」
「……はは。あははは…。はは…っ!
ふ、ふざ、ははっ!ふざけないでよ!!
は、あははっ、そんな理由で…。あはははっ!そんなくだらない理由なんかでぇ!!」
少女が吠えると共に、いつのまにか天空に佇んていた特大の火球が落ちてくる。
激昂しているはずなのに笑うあたり、自分でも感情の押さえが効かないのだろう。
ここら一帯にも被害が出そうな魔法を放った彼女を前に、アメジストは肩をすくめた。
「そう思っておけば楽だよって意味って言ったんだけどなぁ…。
穿て。〈ネメシス・ピラー〉」
アメジストがブーツの底を地面に叩きつけると、そこからナノマシンが地面を走り、周囲に砲身を構築する。
SF映画でもなかなかに見ない光景だ。
帰宅部がそんなことを思っていると、1秒と経たず完成したソレから、落ちてくる火球に向けて、光の杭が放たれた。
天に昇る光の杭は、まるで障子を破くかのように、あっさりと火球を貫く。
爆散する火球を前に、少女はその場にへたり込んだ。
「う、うそ…。私の、太陽が…」
「あっぶな。そんなの撃ったら街やばいじゃん」
「なっ…、がぁっ!?」
アメジストは愕然とする少女の鎧に拳をぶつけ、そのまま破壊する。
その衝撃で倒れ、気を失った少女をその場に寝かすと、アメジストは軽く手を払った。
「ふぅ。デビュー戦にしてはなかなかの快勝だったんじゃない?」
『技名がいちいち厨二くさいの、なんとかなりません?』
「剣道って、わざわざ『めェん!』とか、『こてェ!』とか言うじゃん?
アレと同じようなもんだよ」
『ふぅん』
こうして、二度目のデビュー戦を快勝で飾ったアメジストは、世間の話題を掻っ攫った。
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