第21話 本日のデザート

 背の高い老婆、パリザダがすぐにデザートを出してくれた。


パリザダは、どうやら出かけるときに高下駄を履いていたようで、今は室内スリッパに履き替えてさきほどよりも少し背が低くなっていたが、それでも高身長だった。


「今日はふつうのしかないからね」

と、ふつうのクッキーが出てきた。

「さあ、飲み物よ」

それは、緑色の液体の、ぐつぐつシュワシュワと音を立てている。

「ごくり……」

ヨエルがそのコップを手に取り、思わずつばを飲み込んだ。そして、一気に飲み干す。

「こ、これは……」

コップを置いた。


「一見果汁が入っているようで、まったく入っていない人工の味、ぼくも子どものころによく飲んだから嫌いじゃないんだけど……」

「そう、最近ろくな飲み物が売ってなくてね。仕方なく人工甘味料たっぷりの粉ジュースを出したんだよ」

とパリザダが肩をすくめた。

場がいったん落ち着いて、それぞれがデザートと緑色の飲み物に手を伸ばす。老人と、机を挟んでマルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、クルト、そしてピエールの六人。


「おお、そうじゃ」

老人が老婆のほうを見た。

「このご婦人に、黄金の青竹を贈ったんじゃが、問題なかったかのう」

老人がミシェルの持っているそれを指さし、

「黄金の青竹?」

とパリザダがそれを見た。

「あら、懐かしいわねえ、確かにそんなのがあったねえ」

だけど、パリザダ。

「だけど、わたしゃあもうこれ以上、美しくなる必要もないと思ってねえ、最近は使っていなかったんだよ」

その言葉に、ヨエルが二杯目の粉ジュースを吹きそうになり、老人が鼻でふふんと笑った。


「おうそうじゃ、そなた、ピエールと言ったかの。渡すものがある」

とパリザダに持ってきてくれるように頼んだ。パリザダは、額のあたりをややピクピクさせながら無言で作業室を出ていく。

「これでよかったかな」

とすぐ戻ってきて、ピエールに渡した。

「こ、これは……」

それは、木製で赤銅色をした、持ち手の部分がくるんと曲がった紳士が使うステッキのように見える。

「それは一見ただのステッキじゃがの、しかし違うのじゃ」

ピエールが立ち上がってそれを手に持って床についてみた。持ち手や棒の部分が通常のものよりもやや太い気がする。ひっくり返してステッキの先を見ると、


「穴が開いていますね」

と言った。老人が、その穴を覗き込まないように手振りで伝えると、

「それは実は護身用の武器になっておっての、その名も火を噴く地獄の紳士ステッキというんじゃ」

おしゃれなネーミングですね、とピエールが言ってそこに座りなおし、その銃口を人のいない方へ向けて構えてみた。

老人がそのピエールの動作をさらに手で制して、

「なるべく家の中では起動しないでくれんかの。さっきの火炎棒とは比べもんにならん火力が出るはずじゃから」

とピエールに告げた。


「そうだ、そういえば……」

クッキーをつまみながらマルヴィナが何かを思い出したようだ。

「ここに来るときに、ものすごい大金を払ったんだけど、あれは何だったのかしら」

やや詰問するような口調で誰となく言った。

「これのことかな?」

老人が懐から紙切れを取り出す。

「あ!?」

とその場にいたメンバーが驚いた。ピエールが占い師に渡した六百ゴールドの小切手だ。


「おぬしたちが来る前に、わしの手下が持ってきたんじゃよ」

と鼻を鳴らした。

「じゃが」

と老人が続ける。

「わしぐらいになるとこんなはした金は必要ない」

老人のその言葉に、同類を見る目でピエールの表情がほころんだ。

「今ここで破り捨ててもいいんじゃがのう」

と小切手を手に持って、破り裂こうとした。だが、思い直して、その紙切れをうしろの棚に置いた。


「よし、アイテムもあげたし、こんなもんでいいじゃろう。あとは何か聞きたいことはあるかな? なんでも答えて進ぜよう」

デザートをたらふく食べて満足した老人が椅子にもたれかかって言った。

「あの……、今回ぼくたちは何も貰えないのかな?」

そのヨエルの言葉に、そういえばそうね、という顔をマルヴィナがするが、老人はその言葉を完全に無視した。

「なんでもよいぞ」

さらに促す。


「最近収入が厳しくて、この子たちもあたしも働き始めたけど、国元からの仕送りもいつまで続くかわからないし。どうやったら経済的に楽になれるのかい?」

ミシェルが深刻そうに尋ねた。

「ふうむ」

老人が厳しい目つきに変わって黙った。うしろの天井から垂れ下がっていた呼び鈴を引っ張る。

「追加のデザートとジュースを持ってきてくれんかの」

と、やってきたパリザダに頼んだ。


そしてもう一度、

「ふうむ」

と唸った。

パリザダが追加のふつうのクッキーとジュースを持ってきて、それをつまんでから話し始めた。

「おぬしたちは、今の状況についてどう考えておる?」

「今の状況?」

とミシェル。


「そう。今の状況が、正常なのか、常識なのか、当たり前のことなのか」

「わたしは正常だとは思わないわ」

とマルヴィナ。

「町のなかに階級があって経済力で区分けされていて、みんなが色彩のない服を着て毎朝ギルドに通って、そしてお金のためにやりたくもない仕事を遅くまでやって……」

「ストーリーギルドはそんなにつらいのか?」

二コラがマルヴィナに聞いた。


「え? あ、わたしはそれほどでもないけど……」

でも、とマルヴィナ。

「今日だってディタは休日なのに働いていて、今回の冒険に参加できなかったわ」

そして、

「わたしだって、本当は一切働かずに、何もしないで家でぼーっとして過ごしたいのよ。そして気が向いたらたまに遊びに行く。あなたたちみたいに」

と老人のほうを見て言い放った。

「なんだと!? わしたちが、一切働かずに何もしないで家でぼーっとして、たまに遊びに行っているだと!?」

怒りの感情をあらわにする老人。


しかし、

「あながちはずれてもいないな」

とうしろで立って聞いていたパリザダが言い、老人も冷静になった。

「そうじゃ、わしが言いたいのはそのことじゃ」

と前置きし、

「実はのう、おぬしたち、知っておったか? 生活するために働かないといけないのは、宇宙広しといえど、この惑星ぐらいなんじゃ」

いや、厳密に言うとこの惑星ともうひとつぐらいじゃ、と言い直した。


「は!?」

とマルヴィナたち。ピエールだけがニヤリと微笑んでいる。

「ほかの惑星にも生き物がいるの?」

「ほかにも惑星があるんだ」

「なんでここだけ?」

「じゃあほかの惑星はどうしてるのかな?」

次々と質問が飛び出す。老人はそれを手で制した。

「まあ慌てるでない」

自ら深呼吸して、

「夜、空にまたたく星を見たことがあるかな?」

全員がうなずく。


「たくさんあるじゃろう。あの星ひとつひとつに、生命が住める惑星がたいていひとつはある。そのすべてではないんじゃが、我々と同じような知能をもった生物がいる。そうじゃのう、大雑把にいうと、ざっくり四分の一ぐらいかな?」

「それでも、ものすごい数ですね」

とピエール。

「そのとおり。そして、それら惑星で暮らす知能を持った生物はすべて、生きるために働く必要がない」

え、どういうことなの、とざわついた。


「まあ待て。あわてるな。よく考えてみよ、おぬしたちはなぜ働く?」

「それは、家賃を払うため」

「食べるためでしょ」

「趣味のため?」

「ぼくは花が好きだから別に気にならないな……」

色々な答えが返ってくるが、

「たとえば、この惑星の資源は、この惑星のすべてのひとを満足させることができると思っているか?」

という問いに、

「おれはそう思う」

と答えたのはクルト。


「おれたちは、学校やギルドで何かと競争させられて、他人に勝たないとお金や食料や住居が得られないと教えられる。でも、実は競争しなくても、資源自体はあるんじゃないかとおれはひそかに思ってたんだ」

「そう、その通りじゃ。国やお金持ちたちは資源が無いから競争せよと教えるが、実は資源は充分にある。あとは、分け合うだけでよい」

「じゃあなんでそうしないの?」

とマルヴィナ。


「うむ」

と老人が再び真剣な表情になった。

「というか、他の惑星のひとたちは、資源を分け合ったあとは何をやってるの? 家でボーっとしてるのかしら」


「うむ、その通りじゃ。いや、少し違うかの。資源を分け合ったのちは、それぞれが自分の本当にやりたいことだけをやっている。それでぜんぜん事態は悪くならない、実はすべては回るのじゃ。じゃが、この惑星ではただ生きるために必死に働いておる」

「ふうむ」

今度はマルヴィナが腕を組んで考え込んだ。

「では、次回までにそなたたちでいったん考えてもらおう。なぜこの惑星は、充分な資源を分かち合わないのか。そしてなぜ必死に働かなければいけないのか」

そして、と続けた。


「おぬしたちは、死んだあとに地獄が存在すると思っておるかのう?」

「悪いことをしたら地獄へ行く、というひともいるね」

と二コラ。

「答えを言おう。実は、死後の世界に地獄は存在しない。厳密にいうと、地獄っぽい修行の場所はある。例えば、自分の弱点が地獄に見える、という場所もあって、修行が嫌ならいつでも抜け出せる類のものだ」

そして、恐ろし気な表情になった。

「実は、地獄とはこの惑星のことじゃよ」

という老人の言葉に、ひいっと声を出して耳を塞ぐヨエル。


「で、でも、なんでそんなことがあり得るの?」

とひるみつつも聞いてみるマルヴィナ。

「そうだな。なんでそんなことが許されるのか。神はいない、という言い方をするひともいる。本当にそうなのだろうか」

とクルト。

「そうよ、なんで? そういえば、あなたはたしか創造主でしょ? なぜそんな状況を放置しているの?」

とマルヴィナが畳みかけた。


「そうじゃ。わしがここにいる理由も実はその辺にある。そなたたちには、なぜ事実上地獄となっている惑星がこの世に存在するのか、それも考えてみてほしい」

難しい宿題をもらったな、とそれぞれが思ったところで時間が来た。色々とはぐらかされた気がするが、仕方がない。

「今回も空飛ぶソファで送ってもらえるのかしら」

パリザダに案内されながら岩窟の扉を歩いて出ると、

「いや、この国は魔法が禁止されているからね、ソファで飛んでいると色々と面倒なんだよ。申し訳ないけど、歩いて帰ってもらおうかしら。途中まで案内するよ」

とパリザダ。


昇降機で上がって通路に出ると、来た時にマルヴィナたちが進んできた暗い道とは別のほうへ進む。すぐに、

「あ! この看板……」

来るときに見た関係者以外立ち入り禁止の小さな立て看板があり、そしてすぐに遺跡へあがっていく階段があった。

「じゃあ、ここで」

パリザダと別れた六人。飛んで帰ることは出来なかったものの、六人のうち四人が新しいアイテムを手に入れて、さっそく次の冒険が楽しみになるのであった。

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