第10話 練習

 学園で、面接の練習が始まった。


放課後、学園では一日おきに、就職活動を行う生徒一人ひとりに対して面接の練習を行っていた。そして、すぐにマルヴィナの順がまわってきた。


つまり、そもそも就職活動を行う生徒が少なかったのだ。マルヴィナたちのいる十九組では、マルヴィナ、ディタ、クルト、そしてニコラだけが就職を希望しており、そのほかの生徒は進学を希望していた。

一回目の練習相手は、数学教師だった。

「では、次の方、入ってください」

教室の中から呼ばれ、


「はい」

マルヴィナは、教室のドアを開けて入ってくる。

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

「え?」

「君は今、入る時に礼をしなかっただろう? 本当に、ぜんぜん基本がなっとらんな……」

「え? 礼?」

慌てて教室を出て、やりなおす。


「では次の方、入ってください」

「はい、ガラガラ」

教室のドアを開け、一礼する。そして一歩踏み出すと、

「ちょ、ちょっと待ちなさい。君、まず礼の角度がおかしいのと、今右足から入らなかったか?」

「え? 角度? 足?」

面接の練習でまさかそんなところから指摘されるとは思ってもいなかった。数学教師が椅子から立って近寄ってくる、


「角度は九十度、そう、深々とさげて、充分ためてから、あげる! そう! きびきびと!」

何度かやらされる。

「そのあと、面接会場には左足から入る。どこに入るにも左足からだ。常識だぞこれは」

言われたとおり、左足から入った。

「そのあとも、椅子に向かう前に、しっかり行進する。そう、足を高く上げて、指先も伸ばして」

体育の授業でやる行進を思い出しながら、頑張って綺麗な歩き方で椅子へ向かう。


「ほらそこ! 斜めにショートカットするな。人生をショートカットするなといつも言っとるじゃろうが」

左向け左で方向をかえろ、と教えてくれた。

「こうですか?」

数学教師がうなずき、とりあえず椅子の横でもう一度礼をしておいて、そしてやっと椅子に座れた。

「よし、では面接を開始する。通常は履歴書を先に郵送しておいて、書類選考ののちに面接になる場合もあるが、面接当日に履歴書を出す場合もある」


「はい、知っています」

「一度、履歴書を渡す練習をしてみよう」

数学教師に渡してあった履歴書をうけとって、教室に入るところから再開する。

「では次の方、入ってください」

「マルヴィナ・ヨナーク、入ります! ガラガラ、ビシっ」

ドアを開けて、ビシッとお辞儀をする。そしてキビキビと歩いていき、左向け左で方向転換して、

「履歴書です!」

九十度の角度を作って両手で差し出した。


「うむ、よろしい」

回れ右をして椅子へ歩き、さらに回れ右をして方向転換し、もう一度一礼して、

「よし!」

きびきびと椅子に座り、胸を張った。

「よろしい。面接と言うのは、椅子に座るまでで九割方決まる。よく練習しておくように……」

数学教師が履歴書に目を落とした。

「では、最初の質問、あなたはなぜこのギルドを志望したのですか? 志望理由を教えてください」


「志望理由? えーと……」

なぜそのギルドに行きたいのか、志望理由など今までの人生で考えたこともなかった。

「志望理由をうまく答えないとダメだよ。面接は、九割がた、志望理由で決まる」

しかし、いきなりのことですぐには浮かんでこない。

「えーと、お金が無いから……、とりあえず就職しないといけないし……」

「はいそれ!」

数学教師がぴしゃりと言った。

「志望理由で一番言ってはいけないことそのいちじゃ。もうそれを言っただけで不合格確定だぞ。はい、君の人生はここで一回終わった」


「え、そうなの? でも……」

「でもなんじゃ」

「ギルドもまだ決まっていないし、志望理由なんて答えられないよ」

開き直って反論するマルヴィナ。

「うむ、では、数学ギルドを志望していると仮定しよう」

「数学ギルド? えーと、志望理由は……」

数学ギルドを志望したことはないし、いきなり言われてすぐには思いつかない。

「数学で世界に貢献することじゃろ!」

数学教師がじれたように教えた。


「はい、数学で世界に貢献することです」

「そのときに、とにかくただ単にお給料がほしいだとか、就職して世間体をよくしたいだとか、異性にモテたいだとか、将来はギルド長になりたいだとか、本音を言わないことだ」

「はい」

「この世界は建前で成り立っとるからな。よし、じゃあ次の質問」

マルヴィナが身構える。

「明らかにギルドの上司が法律違反のことを命じてきたとき、あなたはどうしますか?」

数学教師がぎろりとマルヴィナを睨んだ。


「えっと、親や兄弟と相談するかな?」

「ブー! 不正解です。ギルド外の人と相談してはいけません。一番いい正解は、いったん言うことを聞く、です」

「え、でも……」

「組織の中で上司の言うこと、ボスの言うこと、上官の言うことはぜったいじゃ。ただーし! ぴしゃり!」

どこから取り出したのか、数学教師が机をぴしゃりと長い定規で叩いた。

「その上司がさらに上の上司に逆らっとるなら、その限りでは無い」

数学教師は、


「そのときは、そのさらに上の上司に従うのじゃ」

厳かにのたまった。

「へえ、はい、従います……」

さらに、

「君はヒラメという魚を知っとるか?」

「ヒラメ? カレイに似た魚かな?」

「そう。そのヒラメになりなさい」

「ヒラメに? その心は……」

「常に向上心を持って、上を見つめるのです。ただただ、上の言葉に従うのです。きっと出世できる」


「へえ、そうですか」

グラネロ砦では、あまりギルド長のマルヴィナの言葉に従う者はおらず、どちらかというとどんどん意見してくる。まともな意見が多いから、立場的にマルヴィナが上でも、聞かざるを得ないのだが、マルヴィナが皇帝になったところで状況は同じだ。だが、そういうグラネロ砦の世界とはまるで違うようだ。

「では次の質問」

よし、と答えてマルヴィナが体の前で両の拳を作って身構えた。

「あなたは魔法を使えたらどうしますか?」

「魔法? 魔法なんて存在しないんじゃあ……」

「あほう、面接ではそういう想定していない質問が飛んでくるんじゃ」

「なるほど……」


「この想定問答集にもちゃんと書いてあるじゃろう、想定していない質問が飛んでくるからこの想定問答集を使って想定していない質問の練習をしておるんじゃろうが」

何を言っとるんだ、と数学教師。想定問答集を丸めて机をバンバン叩いて、マルヴィナを睨みつけて答えを待つ。

「あ、えっと……」

ふだんなら、敵と戦うために魔法を使う。しかし、正直に答えると不正解だろう、

「世界に貢献するために使う?」

「ブッブー! 不正解。正解は、ギルドに貢献するため、じゃ」

「な、なるほど」


「とにかく、仮に魔法が使えたとしても、上司の言われたとおり、言われた分だけ使うんじゃ。けして私利私欲のためや、世界のために使うと答えてはいかんぞ」

「で、でも、さっき数学ギルドが世界に貢献してると……」

「あほう! それは組織をおだてるために言っとるだけじゃ、中に入ってしまえば外への貢献などどうでもいい、ひたすら組織そのもの、組織だけに貢献する、と答えなさい。そうすれば、君は救われる」

「んな、なるほど……」


 そうしたことを週に一回ペースで、先生を代えて何度か行った。

そして、マルヴィナが左足歩法とヒラメ術を体に完璧に叩き込んでいったある日の放課後、

「マルヴィナ、あたし、受かったよ!」

冒険部の部室に入るなり、ディタがうれしそうに近寄ってきた。

「え? そうなの?」

マルヴィナが低い折り畳み椅子に座ったまま驚いた。


「もう面接受けてたんだ……」

ディタも、まだ自分と同じように学校で面接の練習をしているだけかと思っていた。

「そう、休みの日にお使いの帰りに上流区を歩いていたら、募集を見つけたんだよ」

「え、履歴書とかどうしたの?」

「わたし、ふだんから履歴書を持ち歩いているし」

当然よ、という顔で答えるディタ。そしてその日もおそらくディタは制服を着ていたのだろう。


「へえ、すごいね」

と言うマルヴィナを、ディタがきらきらした目でじっと見てくる。

「ど、どこを受けたの?」

「大手のストーリーギルドよ!」

待ってましたとディタが答えた。

「ストーリーギルド?」

「じゃーん!」

机の下から、ディタが何か取り出した。

「募集要項もらってきてあげたよ、あなたも受けてみる?」

分厚い茶封筒をマルヴィナに差し出した。


「ストーリーギルドを受ける?」

まさか、そんな展開になるとは思っていなかったのだが、ストーリーギルドとは何ぞや。

「これからの時代は、ストーリーギルドよ。一般消費者もギルドも、ストーリーに従って生きて、そして業務を行うの」

その日は、

クルトとニコラが部室にやってきた後も、部活の話よりも就職活動の話になった。

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