第11話 成果
全ての準備が整った。
その週末の日曜日、マルヴィナは朝からお使いを頼まれていた。
「行ってきまーす!」
ディタのアドバイス通り、日曜日でも制服を来てでかける。歩くときは、足を高くあげて、指先まで伸ばしてきびきびと。
「よし、ちゃんと履歴書も持ったし」
茶封筒に募集要項などといっしょに入れて、しっかり小脇に抱えている。
途中で下流区から定期馬車に乗り、上流区で降りた。
「あ、あった!」
なんと、馬車停から歩いてすぐに、ターゲットのストーリーギルドの看板が見えたのだ。いつでも面接可能という文字も見える。
「でも、先にお使いに行かないと」
はやる気持ちを抑えて、上流区にあるパスタの専門店へ向かう。そこで、小麦粉ではない、黒米の米粉を使った黒いパスタ麺を買ってくるのだ。
「あ、あった!」
さっそく店を見つけて、探すのも面倒だったので、元気に店員に尋ねた。
「マルヴィナ・ヨナークです! 黒米の米粉パスタを買いに来ました!」
元気に名乗って店に一礼して左足から入ると、店員がすぐに品を持ってきてくれた。お金を渡して商品を受け取り、
「ありがとうございました!」
出るときは一礼して右足から下がる。
回れ右すると、きびきびした規則正しい歩き方で、ストーリーギルドの大きな敷地の前に到着した。
「よし、落ち着いてわたし」
敷地に入る前に、いったん立ち止まって、深呼吸する。
「よし!」
そこから気合い入れて、敷地内の大きな建物の玄関へ歩いていく。建物は、前回受けた影武者ギルドのものよりも大きく、七階か八階はありそうで、それがややマルヴィナの心をひるませた。
「気持ちで負けたらだめなんだから」
玄関の守衛室が見えてきた。
「こんにちは!」
守衛さんの前で元気に挨拶して一礼した。ギルド長の可能性もあるので、けして油断してはいけない。
「こんにちは」
守衛のおじさんも挨拶を返してきた。
「マルヴィナ・ヨナークです、ギルド面接に来ました!」
「ああ、ギルド面接ね、ちょっと待っててくれるかな」
守衛のおじさんは、奥の部屋へいったん消えて、すぐ戻ってきた。
「人事部のひとがすぐ来るから、そこで待っててくれるかな」
そう言われて、玄関のはしの邪魔にならなさそうなところでいったん気を付けをしてから休めの姿勢になった。
「マルヴィナさんかな?」
やってきたのは、三十代に見える、髪をテカテカに撫でつけて眼鏡をかけた人事部の男性だった。
「はい! マルヴィナ・ヨナークです!」
「こちらへどうぞ」
案内されて、建物の中へ入っていく。
「こちらへ」
一階の応接室のひとつに案内された。豪華なソファ。
「失礼します」
座るように促されるのを待って座った。そして、封筒から履歴書を出して渡す。
「ふむふむ、なるほど」
分厚い眼鏡でしっかりと履歴書に目を通していく男性。そろそろ来るかもしれない、とマルヴィナも身構えた。
「あなたはなぜこのギルドを志望しましたか……」
「ストーリーで世界に貢献するためです!」
男性の言葉が終わらないうちに瞬速で答えた。ディタに教えてもらった実績のある模範解答そのままだ。
「職場で、もし上司が明らかに間違ったこと、あるいは人道に反することを指示してきたとき、あなたはどうしますか?」
「はい、いったん従います。ただし、その指示が明らかにおかしい場合は、さらに上の上司、または人事部と相談します」
少し機転を効かせて、相談相手に人事部を追加した。
「ふむ、よろしい、正解だ」
「やった」
心の中で叫んだ。
「では、もしあなたが皇帝だった場合、あなたは誰の指示に従いますか?」
「来たわ」
何度も想定練習した、想定外質問だ。皇帝だったパターンは初めてだが、
「ふだんは周囲の人間の指示に従い、重要な場合はさらに上の存在の指示に従います。それによってギルドに貢献します」
「ふむ、ほぼ正解だね」
男性の分厚い眼鏡がキラリと光った。
「よし!」
心の中で叫んだ。
「もしわたしだったら、本当は上の存在の指示に従うつもりはあまりないんだけど。もしその存在が悪い奴でうるさく言って来たら、ヨエルやマルーシャ王女や青龍将軍に頼んで倒してもらうんだから」
と心の中で思いつつも、それはもちろん言葉にも表情にも一切出さない。
「コンコン」
そこで応接室のドアがノックされた。
「入りたまえ」
人事部の男性が促し、一人の、中年の恐い顔の女性が入ってきた。
「設計部のチーフエンジニアです」
と対面のソファに座った。
「マルヴィナ・ヨナークです!」
負けじと反応する。
「では、チーフエンジニアに少し仕事について説明してもらったうえで、あなたの適性に関する質問をしてもらいます」
はい、と答えてマルヴィナが身構えた。チーフエンジニアの女性が、資料を机に広げた。
「当ギルドでは、おもに大規模ギルドや役所などの大手顧客向けのストーリーを作成しています」
「はい」
「当ギルドで開発した最新のストーリーに沿って業務を行うことで、顧客は大きな利益を上げることができます。人々には、ストーリーが必要なのです」
「はい」
「この事業所では主にストーリーの設計開発と、リリース前の確認を行っていますが、以前からあったウォーターフォール型の開発に加え、独自に新たに編み出されたデスマーチ型という開発手法を実務に適用し始めました」
「なるほど」
女性は、顔は怖かったが説明は丁寧だった。いちいちマルヴィナが理解しているかを確認しながら説明をしている。
「ところで、あなたは料理を作るのと、その作られた料理を食べるのと、どちらが好きですか?」
その女性が質問した。
「来たか」
と咄嗟に両手の拳を作ってファイティングポーズで身構えるマルヴィナ。しかし、やや難しい質問だ。
「食べるほう……ですか?」
「ふむ、なるほど」
女性も人事部の男性も何かを素早くメモった。
「あなたがモンスターと遭遇したとき、自分で戦うのと、戦ってもらうのと、どちらが好きですか?」
「戦ってもらう……ほう?」
「ふむ、なるほど」
二人がまた何かをメモった。
「ずばり聞きましょう、あなたは、ものを買う側と売る側、どっちになりたいですか?」
「買う側……かな?」
マルヴィナもだいぶ自信がなくなってきた。しかし、
そのあと二人が小声でしばらく話し合い、そして、人事部の男性のがマルヴィナのほうを向いて言った。
「ずばり言いましょう、あなたは、顧客部に向いています」
「顧客部?」
今度は女性のほうが答えた。
「そうです、設計が開発したものを、最終確認する部署です。何か問題があったときに、顧客先にまっさきに駆けつけるのも顧客部の仕事です」
「はあ、なるほど」
「つまり……」
男性がにっこり笑った。
「あなたは合格です!」
「やったあ!」
マルヴィナはソファから飛び上がって喜んだ。そして、立ち上がった怖い顔の女性と人事部の男性と握手をかわして抱き合った。
「では、ついでなので職場見学をしましょう」
そのまま三人で、各階の職場を見学して回ることになった。
見学では、マルヴィナが配属される予定の顧客部だけでなく、どの部署の職場もきらきらと輝いて見えたのだった。
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