第26話 図書館

 週明け。


マルヴィナは、下流区にある図書館にひとりで来ていた。


そこは、家から意外と近く、歩いて三十分もかからなかった。そして着いてみると意外と大きく、そして古い石造りの建物で、その建築様式もふだん町中で見るものとは異なるように見えた。


「入っていいのかしら」

大きな木の扉は左右に開いており、そこを入ると玄関ホール。さらにいくと、テーブルと椅子、ソファなどが並んだスペースがあった。

「ここで選んできた本を読むのかな?」

しかし、人影はまばらで一割も埋まっていない。数百人は座れそうなスペースに、数人ていどしかいないのだ。


「本棚がたくさん並んでいるわ」

その先には、背の高い本棚がずっと並んでいた。

「上のほうの本なんてどうやって取るのかしら」

と周囲を見渡すと、脚立が置いてあった。それを使うのだろう。

カラフルな一般書のコーナーを過ぎると、そこからさきは色彩の少ない専門書が続いていく。

「なんだかよくわからないわね」

最先端古代工学と書かれた古びた本。最新古代哲学と書かれた古びた本。改訂版最先端古代医学と書かれた古びた本。目が慣れていないせいか、そういったタイトルの本がたくさん並んでいるのを眺めていると目眩がしてくる。


「あれ……」

さらに奥へ進んでいくと、何かに気づいた。少し小走りになってそこへ寄る。

「はあ!?」

周りを気にしながら、その本を取り出した。

「これ、屍道書じゃない」

ぱらぱらとめくってみる。マルヴィナが昔使っていたのと章立てなどがとても似ている。

「この国のひとたちは魔法を否定しているのに。これが魔法の本であることを気づいていないのかしら」

しかし、魔法が存在しなければ魔法の本も意味がないので図書館に置いてあってもいいのかもしれない。一人で合点がいった。


「うわあ、ほかの属性の本も置いてある」

ふと見ると、最先端超古代屍道書というボロボロの本が目に入った。高い位置にあったので、あたりを見渡して足踏み台を見つけ持ってきた。

「よいしょ」

手を伸ばしてその分厚い本を取り出すと、何か細かいものがパラパラと落ちてきた。足踏み台に置いて開いてみる。

「アセンデッドゾンビの召喚。一部の覚醒済み屍道士はアセンデッドゾンビを召喚できます、だって。へえ」

一般の屍道書とはだいぶ章立てや内容が違うようだ。


「覚醒してアセンデッドマスターになると、通常とは異なる強力な呪文が使用できるようになります。覚醒の仕方については、別冊爆速でアセンデッドする十の方法を参照してください、だって。へえー。でも、別冊ってどこにあるのかな?」

頭がかゆくなってきたのでその本を戻してさらに先に進むことにした。さっき通った一般書のコーナーには本を探しているひとを一人見かけたが、専門書のコーナーに入ったころから誰もいない。

「そういえば、図書館って職員がいるはずだわ。でも、さっきからそれらしき人がいないのはどうしてかしら?」

疑問に思いつつも、一番奥のスペースまで来た。


「ここまでね。あら?」

本棚の間に小さな出入口があるのに気づいた。扉も開いている。そこから覗くと、

「この奥にも書庫があるのね。あれ?」

よく見ると、関係者以外立ち入り禁止という小さな立て看板があった。

「誰もいないし、別に大丈夫よね」

そこはさらに暗く、しかしさらにたくさんの本棚が並んでいる。

「うわあ、すごいね」

暗くて少し本のタイトルが見づらいが、奥へ進んでみる。

「こ、これは……」

古い本ばかり並んでいると思っていたが、なぜかとてもきれいで新しい本を見つけた。


「世界を歩くシリーズ、超古代遺跡を歩く、冒険者必見です。って書いてある」

端の少し空いたスペースに小さな机と椅子が置いてあったので、そこに本を持っていて座って開いてみた。

「へえ」

そこには、大陸の様々な場所の遺跡と、そこにいるモンスターが絵付きで書いてあった。

「グリーンドラゴン、大陸各地に出現、空を飛ぶと毒をまき散らすため危険。へえ」

「悪の魔法使いとその手下。古代王の超広間から隠し通路で地下へ降りると稀に出現する。あらゆる魔法を使うため危険。へえ。ここって、前に行ったところかしら?」

三角の帽子をかぶった老人と老婆の魔法使いが、洞窟のような場所で何か魔法を使っている絵だ。


「レヴィアタン。不死の巨大海ヘビ。怒ると惑星を吹き飛ばす力を持つため、怒らせてはいけない。ふうん。不死だから惑星が吹き飛んでも自分は大丈夫ってことか」

大砲を積んだ軍艦を、巨大な蛇のようなものが襲っている絵がついていた。

「天空龍。ゴンド大陸上空にある天空城に棲息する巨大な黄金の龍。超強い。へえ、すごいお宝を持ってそうだし、良さそうね。でも、どうやって天空城へ行けばいいのかしら?」

空に浮かぶ城が描かれており、その天守あたりに金の龍が鎮座している絵だ。

「ストーンゴーレム。ふだんは岩の柱となっており、水分を含んだ状態で火で炙ると起動する。ムーア市近くのサンダーバード湖に棲息するが、乾期にしか姿をあらわさない」

とそこまで読んでから、


「え? これってもしかしてあれのことじゃないの!?」

これはあとでクルトたちに報告したほうがよさそうだ。

「フィロソフィースフィアの黒版。プライムクリエイターのツインレイである悪のプライムクリエイターが作製した究極のマジックアーティファクトにしてクリーチャー。この惑星のどこかに潜むと噂されている。人間の力では絶対に勝てず、惑星どころか宇宙を滅ぼす力を持つ。出会った際はそっとその場を離れること、って」

こんなのと出会ったらどうしたらいいのかしらね、と呟いて本を閉じた。


「これ、持って帰ったらダメなのかしら。どうやって本を借りるのかルールがわからないわ」

クルトたちを連れてきて見てもらったほうがいいわね、と本を元の場所に戻した。

そのあと、適当に本棚を眺めながら奥のほうまで歩いていると、

「あら?」

何か少し毛色の違う本を見つけて立ち止まった。本に呼ばれたような気がする。

「ゴンド族の暮らし?」

と書かれた大きな本を見つけ、取り出した。近くの机まで持って行って座る。


「ずいぶん古そうな本ね」

と開いてみた。紙もゴワゴワして分厚く、絵と文字のページをめくっていく。

「注意書きね。この本に水をかけないでください」

本に水差しで水をかけている絵があり、大きく赤い色でバツ印がついている。

「この本を火にかけないでください」

次のページには、本がたき火に置かれ、大きく赤でバツ印だ。次のページには本を踏んづけている絵があり、注意書きのページを読み飛ばして本文に行くと、

「へえ、古代民族はこういう風に暮らしていたんだ」

古代民の衣装であったり、古代の住居であったり、農業や酪農の様子が絵に描かれていた。


「あら? これは何かしら」

ページをめくっていくと、

「ムーア族? そんなのがあったんだ」

ムーア族はゴンド族の支族で、おもにゴンドワナ大陸中央部で暮らしていた。ムーア族は基本的に移動住居を使用し、季節にあわせて毛長牛を追いながら移動して暮らしていた、と書かれている。

「ふうん、テントで移動しながら暮らしていたんだね」

おそらく今自分たちが暮らしている地域での話だ。定住せずに移動住居で暮らしていた、というのは面白い。


その本を戻しにいくと、ふと隣の本も目に入った。

「ゴンド族の歴史?」

超古代民族の歴史が気になって手に取ってみた。

「そういえば、ムーア学園でも歴史の授業があったよね。でも、なんか現代史ばかりで、面白くなかったんだよなあ。なんで古代史の授業が無かったんだろう」

まさか、自分が寝ている間にやっていた、ということもないだろう。

机に本を持って行って開いてみた。

「ふむふむ。ゴンド族は昔からこのゴンドワナ大陸で暮らしていた、と」

それも絵付きの資料になっていた。


「だが、どこからか大陸に白色人種が侵入してきて、ゴンド族は降伏し、大陸中央の困窮州、のちのムーア市に集められた、と」

へえ、そんな歴史があったんだ。

「て、ここのことじゃない」

そこで、少し町の風景を思い出した。確かに、それまであまり意識していなかったが、肌の色が区によって違う気もする。もう一度ゴンド族の暮らしの本を持ってきて、古代民の絵のページを開いた。

「やっぱり、古代ゴンド族は赤褐色の肌だわ。それに、下流区や困窮区は赤褐色の人が多かった気がする。でも、上流区や特区は肌の白い人が多かった。特区なんて、白い肌じゃないのはピエールとそのお手伝いさんぐらいだったわ」

と記憶を巡らせた。


「いつごろの話なんだろう」

と年号の記述を探してみる。本自体は意外と綺麗で新しい。しかし、本のどこを探しても時代に関する記述がない。

「歴史の本なのに年号がひとつも書かれていないって、なんでだろうね」

そこで、

「そうだ、本って発行した日付けが書かれてなかったっけ?」

いちばんうしろのページからめくってみると、

「著者名、作者不詳? 珍しい名前だね。でも、発行年月日も書いてないわ。どういうことなのかしら?」

そこでマルヴィナは急に寒気がしてきた。


「なんか、誰かに見られている気がする?」

そっと本を閉じて、そろりそろりと歩いて二冊の本を元の場所に戻す。

そのまま、そろりそろりとあたりをあまり見ないで、後ろを振り返らないでその立ち入り禁止の書庫を出て行った。

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