第27話 ハローギルド

 その日、


マルヴィナ、クルト、ディタの三人で困窮区にあるハローギルドに来ていた。


「じゃあおさらいしておこう、失業給付をもらうには、職を探していること、という条件がある。おれたちはすでに冒険者ギルドを立ち上げるつもりでいるけれど、起業するひとは職があることになるから、失業給付がもらえない。だから、ここでは職を探していることにしないといけないんだ」


「うん、わかった」

マルヴィナとディタがうなずいた。

「まずは初回の登録手続きをして、それが終わったら職探しになる。そのときいったん見つけて申し込むけれど、そのあとうまく理由を付けて断ればいいからな。おそらく職員もたくさん勧めてくるし、場合によっては面接も受けることになるから」

「へえ、そうなんだ」

マルヴィナは、うまく断れるか心配になってきた。


「たくさん見つかって、たくさん勧められたらどうしよう」

「まだ時間はあるから、その間に対策を考えればいいよ」

クルトが三〇一番、ディタが三〇二番、マルヴィナが三〇三番の整理番号券を握っていたが、呼ばれるのはまだだいぶ先のようだ。

「そういえばわたし、図書館ですごい本を見つけたよ」

とマルヴィナ。


「え、そうなの?」

クルトとディタが興味深げに反応した。

「この大陸の、強いモンスターの居場所が書いてある本だったの。それもけっこう最近書かれた本みたいだったから、最新の情報かもしれないよ」

でかしたマルヴィナ、とクルト。

「この手続きが終わったら、今日にも図書館に行ってみる?」

とディタ。

「それでね、サンダーバード湖にも巨大なストーンゴーレムがいるらしいんだ。ぜったいすごい宝を持っているよね」


「へえ、それはすごいね。図書館は近いし、今週中にさっそく行ってみるか。まだ失業給付もらっている期間だけど、さっそく冒険ギルドの仕事が見つかってよかったぜ!」

と上機嫌のクルト。

「あ、でも……」

とマルヴィナがディタのほうを見た。

「あ、わたしはいつも通り瞑想するから。あなたたちだけでモンスターに勝てるでしょう?」

ディタが苦笑いしながら言った。


「あ、そうね、ハハハ。たぶん弱いしすぐ倒せるから」

マルヴィナもなんとか作り笑いをしてその場を濁した。

「三〇一番さん」

「あ、おれ呼ばれたよ、行ってくる!」

クルトが立ち上がった。


 そして、

そのあとすぐにディタ、マルヴィナの順で呼ばれ、窓口に行くと初期登録の手続きを済ませた。クルトが待っている。

「次はあっちの職探しコーナーだな」

窓口にまた並び、三人がそれぞれ分厚い本を受け取った。閲覧用のテーブルに並んで座る。

「この本で探してから、見つけたら職業相談の窓口に並ぶという段取りだな」

とクルトが教えてくれた。さっそく本を開く。


「へえ、ギルド求人って、こんなにあるんだ」

その分厚い本は、全て求人なのだ。

「しかもムーア市近辺のギルドだけでこれだけあるからね」

とクルト。

「どれにしようかしら」

本は、大きくパートタイムギルドとフルタイムギルドに分かれた構成になっていた。

「フルタイムってなんかしんどそうね。パートタイムで楽そうなのはないかしら」

とパートタイムの章を開くマルヴィナ。


「集合住宅の清掃ギルド。困窮区、朝七時から十一時、時給九ゴンドルピー。うーん、掃除しないといけないのよね。もっと楽なのはないかな」

「下流区、老人介護ギルド。朝九時から十三時、時給十二ゴンドルピー。時給はちょっといいけどなんかたいへんそうね」

「販売店企画、一時間以内に売れる商品を考えてください。朝十時から十一時、時給二十ゴンドルピー。なんか難しそうね」

「配送業、配送荷馬車の助手席に座っているだけの仕事です。朝九時から十時、時給二千ゴンドルピー。時給、二千ゴンドルピー? たった一時間で一か月分の給料って、本当かしら……」


そこで、クルトが立ち上がった。

「よし、おれ行ってくるよ」

本を持って窓口に行ってしまった。ディタも見つけたようで、立ち上がった。少し焦ってくるマルヴィナ。

「どうしよう、適当なのでとりあえず行ってみるかな。本当に就職するわけじゃないし……」

とページをめくっていく。


「あ? あった! 影武者ギルド、金融ギルドの有能女ギルド長影武者ができる方募集中、容姿端麗、語学堪能、金融と財務諸表の知識必須、短時間勤務も可能、時給十五ゴンドルピー、意外と時給安いのね」

しかし、これで行ってみよう。

ページに折り目を付けて立ち上がり、整理券窓口へ行って整理券を受け取った。

「二〇二一番、五六番窓口へ」

しばらくして番号が呼ばれた。


窓口には眼鏡をかけて痩せた若い女性が座っていた。

「初めてのご利用ですか」

「はい」

「初期登録の用紙を出してください」

鞄にしまっていた初期登録の情報が書かれた紙を差し出す。それをちらっと見た後に、

「初めての方にまず説明させていただきますが、ハローギルドに来られて、楽で給料の良い仕事を求められる方が多いですが、そんなものはありません」

いきなり厳しい言葉を浴びせられた。

「……はい」


「勘違いされる方が多いですが、ハローギルドの求人の約八割はきつくて給料の安い仕事です。あなたたちのような無能は、そこから仕事を選んでください」

「……はい。残りの二割は?」

少し相手の言葉に引っかかったが、聞いてみる。

「残りの一割は有能な方向けの仕事です。それもほとんどダミーですね。そういうのを載せて釣らないと、ハローギルドに有能な方が来なくなってしまうので。残りの一割は簡単で給料の安い仕事ですが、そういうのは取り合いになるので瞬時に求人が埋まってしまいます」


「はい、なるほど」

「どれに応募したいのですか?」

本を開いて見せた。

「うーむ……」

女性の眼鏡がキラリと光る。

「これは、ここに記載されていますが、有能な方向けの仕事です。容姿端麗ともありますし、あなたには無理ですね」

女性が眼鏡の向こうから鋭い視線で告げた。


「それとも、実務経験があるということですか? 特技のとろこに影武者検定の記載はないし……」

「はい……。いえ、ありません」

そこでその女性が軽く舌打ちして、なんでこんなのに応募しようとするんだよ、と小声で言った。

「ほかにもありますか?」

さっき見ていたページを探して出して見せた。

「ふーむ、あなたは、きつい仕事ができますか? 清掃とか、老人介護とか、助手席とか?」


「いえ……、あまり自信がないです」

話しているうちになぜかどんどん自信が無くなってきた。

「はい。では、今回はあなたに合った仕事は無さそうです。諦めてください」

そういって、適職無しのハンコをどんと紙に押し、横に日付を書き込んでマルヴィナに投げて寄越した。

床に落ちたそれを拾うと、

「はい……、ありがとうございました」

ぐったりして立ち上がると、向こうでクルトとディタが待っていた。


「どうだった? ちゃんと断れた?」

「うん……」

「おれなんかいっぱい職を紹介されて思わずハロー無双しちまったよ。しょうがないからひとつだけ面接を受けることになって、けっきょく面接受けても断るんだけど」

とめんどくさそうな顔で笑うクルト。

「わたしも三つぐらい紹介されたけど、お母さんが病気だからとかうまいこと理由つけて断ったよ」

と自慢げに笑うディタ。


「うん……」

「さすがマルヴィナだな!」

そのまま、下流区の図書館へ行くことになった。

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