第28話 仕送り
週末前の夜。
ピエールを家に呼んでリビングで作戦会議が始まっていた。
「よし、じゃあもう一度段取りを確認しよう」
図書館で、モンスター情報が書かれた本の内容をクルトが紙に書き写して持ってきていた。それを前に、マルヴィナ、ヨエル、ミシェル、二コラ、そしてピエール。ディタは呼んでいない。
「ディタが瞑想でいなくなったら、すぐわたしが雨乞い呪文を唱えて、岩に充分水分をしみこませる」
とマルヴィナ。
「そう、そして頃合いを見て、おれが火炎棒で炎属性の攻撃を仕掛ける」
とクルト。
「おそらくそこでストーンゴーレムが起動するから、ぼくが木属性魔法で動きを止める」
と二コラ。
「わたしも氷結魔法を使うわ」
とマルヴィナも付け加えた。
「あたしも状況に備えて盾でパーティを守る」
とミシェル。
「クルト君がいったん引いたときにわたしが地獄の紳士ステッキで追い打ち、だな……」
とピエール。
「その間に、ぼくが紫鞘の剣を抜いて、地獄の剣士が炎属性攻撃でとどめを刺す」
とヨエル。
「本当にやってくれるかな?」
と、ヨエルは自信がなさそうな声だ。
「まあ、事前に説明しなくてもその場の状況でなんとかしてくれるでしょ?」
とマルヴィナ。
「よし、これだけ事前に弱点もわかって打ち合わせとけば、必ず勝てるよ」
とクルトがまとめた時、
家の呼び鈴が鳴って誰かがやってきた。
「あら、こんな時間に誰だろう」
ミシェルが玄関に向かう。
「なんだ、ボブか」
お客さんを招き入れた。
「いや、すまない。水を一杯もらえるだろうか」
ボブがリビングに入って来て、ヨエルがソファのスペースを空けた。
そこにどっかと座って渡されたタオルで汗を拭くボブ。ヨエルも別のタオルを持ってきて汗を拭くのを手伝う。
「いやあ、もう十二月だというのに、この国は本当に暑いね」
「赤道直下だからね」
と誰かが答えた。そこでボブがピエールに気づき、
「ゾンビ連絡員のボブです」
とピエールと握手した。そして汗も引いて一息ついて周囲を見渡し、
「マルーシャ女王の言葉を伝えよう」
とボブが前置きして、
「みなさん、日々、ご苦労。みなさんのことだから、日々の努力で成功されていると思います。こちらも、日々前進しています。今後も大きく前進する予定です。みなさんの大いなるご活躍に期待しています」
そこでいったん切った。
「ということで……」
「ということで?」
聞いていた者たちが続きを気にしてボブを見つめた。
「ということで仕送りはいったん停止となりました」
「え!?」
ミシェルの顔がとたんに険しくなり、他のメンバーもざわついた。
「おい、おれたちはどうなるんだ?」
「今の稼ぎじゃあ足りないね」
「これ以上お小遣いを減らされたら干上がってしまうわ……」
という声をボブがいったん押しとどめて、
「まあ、待ってくれ。マルーシャ女王も、今はとても国の経営が厳しいが、経済システムを刷新して必ず盛り返す、と言ってくれている。君たちもなんとか頑張ってくれないか?」
クルトが新しい紙を持ってきてテーブルに置き、家計の計算が始まった。
「あたしとヨエルと二コラの稼ぎだと、家賃を払うのがやっとだね」
「ぼくも勤務時間を半日に変更してしまったし」
と二コラ。
「ぼ、ぼくも実はシフトが減ってるんだ」
と頭をかくヨエル。
「食費はどうしようかな。この子たちも食べ盛りだし……」
一番食べる量が多いミシェルが腕を組んだ。そのとき、マルヴィナがボブを睨んだ。
「あなた、グラネロ砦は野菜をたくさん収穫しているんでしょう? それを運んできてくれるかしら?」
「は、はい。皇帝の命とあらば……」
ボブがまた汗をかき出した。
「じゃあ、とりあえずボブの運んできてくれる野菜で食いつなぎながら、冒険ギルドで早急にお金を稼ぐしかないな」
とクルト。
「もしどうしても厳しい時は、いつでもわたしに言ってくれ。いや、お金を返す期限もいつでもかまわない」
とピエールも同情してくれた。
「わかった、ありがとう」
とミシェル。ピエールさえいれば、本当にお金が無くなった時もなんとかなりそうだ。
「ま、住むとこと食べるものさえあれば大丈夫じゃないかしら」
というマルヴィナの言葉で作戦会議が閉められた。
「また歩いて帰らないといけないね」
ボブが帰り支度を始める。
「もしよかったら、特区までいっしょに馬車に乗りますか?」
とピエールがボブに声をかけたので、ボブは嬉しそうにうなずいた。
「では明日、郊外の馬車停で」
と週末の待ち合わせ場所を確認すると、ボブとピエールが家を出た。すぐに停まっていた個人馬車に乗り込む。
「あなたはとても優秀ですね」
ボブがさっそくピエールに話しかけた。馬車がゆっくりと動き出す。
「ぜひ我々といっしょに働かないですか? 国を作るというのは、多少面倒なこともありますがとても楽しいですよ」
「ふむ、それは少し面白そうですね」
とピエールも興味をひかれたようだ。
「あ、でももちろん、わたしのようなゾンビではなく、生きた人間としてですが、ハハハ」
ええ、それはその通りです、とピエール。
「マルーシャ女王は若く美しい方ですが、とても聡明でもあられます。女王は、楽生楽業と名づけられまして、新しい試みをされています」
「ほう」
と目を細めるピエール。
「まだ国のごく一部にしか適用されていませんが、最低限の生活資金を提供することで生活の最低保障をしつつ、自分の好きなことを仕事にする、という試みです」
「ふむ、面白い試みだね」
「もちろん、最初は最低保障による国の支払いがかさみますが、数年でそれらの人々の仕事が大成功し、経済的に大きく発展する、という見込みです」
「なるほど」
「そして、もうひとつ、楽市楽座という商業自由化も試みています」
「ふむ」
「これは、表向き商業の自由化を謳っていますが、実は別の狙いもありまして」
「どんな狙いでしょうね」
ピエールが身を乗り出したので、フフフとボブが微笑んだ。
「実は以前のヤースケライネン教国が滅ぶ際、かなりの数の不正な商売があったようなのです。今後、そのような不正なお金の流れを検知して、経済を正常化させる。そうすれば、健全な経済成長が見込める、という狙いです」
「ほほう。しかし、具体的にどうやってお金の流れを検知するんでしょう?」
と核心に触れてきた。
「これは、あまり口外しないでいただきたい。かなりの機密事項なのですが、あなたにだけお話ししましょう」
とボブが周囲を見た。馬車の中なので問題なさそうだ。
「韻子タグを埋め込んだ魔法の紙幣やコイン、あるいはインゴットを発行するのですよ」
「つまり……」
「そう、つまり、それらの行き先を追跡できます」
「ふふ、それはたしかに、悪いことにお金を使えなくなりそうだな」
とピエールが想像して微笑した。
「しかし」
と困った表情になるボブ。
「そんなマルーシャ女王にも悩みがありまして」
「ほほう、どんな悩みでしょうか」
「現在の貨幣制度には問題があると思っているのですよ。つまり、貨幣の価値が担保されていない。アイヒホルン王国の通貨は、いつだってただの紙切れになる可能性がある、ということです。国が多くの金銀、あるいは何かしらの実物資産をもっていれば、その価値を担保できるのではないか、女王はそんなことを考えています」
「つまり、通貨の実物資産による価値担保制に移行したいと。それは国を経営する者にとって当然のアイデアです。そして、わたしの錬金術を用いれば容易いことですな」
そのピエールの言葉にボブは、やはりあなたは優秀だ、と褒めた。
「やはり、ぜひ我々の陣営に加わっていただきたい。マルーシャ女王にもあなたのことを推薦してもよいですか?」
「ええ。ただ、今は彼ら冒険ギルドがわたしを必要としています。今の彼らにはわたしがいないとおそらく冒険が成り立たないでしょう。彼らが魔法使いとして成長するか、あるいはわたしの代わりとなる金属性魔法の使い手がいるといいのですが……」
「なるほど、わかりました。それも伝えておきましょう」
馬車が特区のピエールの家についたので、二人が馬車を降りたとき、
「そうだ。来るときに拾い聞きしましたが、最近、困窮区で野良狩りが多発してるらしくてね。なんでも、大手ギルドの不満層が貧乏人を狙っているとか。念のためあなたも少し気を付けたほうがいい」
さっき彼らにも言っておけばよかったとボブ。
「わたしは大丈夫ですよ」
ピエールが答え、ボブが手を振ってさらに北へと徒歩で去っていった。
そして、その様子を高級住宅街の陰からそっと見守る数人のあやしい影。
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