第29話 起動する岩

 今にも雨が降りそうな曇天。


七人は再びサンダーバード湖に来ていた。すでにいったん大きな荷物をキャンプ予定地に置き、そこからやや離れた場所にある大きな岩の柱の前に集合している。


「よし、準備運動するか」

クルトの掛け声で、マルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、ピエール、そしてディタ、合計七人が準備運動を開始した。


今回は冒険ギルドになってから初めての相手なので、少し緊張した面持ちの面々。準備体操やストレッチが終わり、

「よし、少し体を動かそう!」

クルトの掛け声で、それぞれが戦闘前のルーティンを開始する。

「はっ!」

武道の型を始める者、その場で駆け足する者、呪文書を確認する者、みなそれぞれだ。

「もっと声出していこう!」


「ファイト!」

「ファイトファイトー!」

ぼちぼち体が温まってきたところで、

「じゃあ、わたし瞑想に行ってくるから」

額にうっすらと汗をかいたディタが言った。みんな頑張ってねと歩き去るディタ、その背中を見送って、

「よし、じゃあマルヴィナの雨ごい呪文からだな」

「うん……」

マルヴィナが本を開く。


「じゃあいくよ、準備はいいかな?」

マルヴィナのうしろにクルトが短棒を持ってかまえ、そのさらにうしろで他のメンバーもうなずいた。

「アーウームー……」

マルヴィナが詠唱に入るか入らないかで、雨がポツリポツリ。

「なんだ? もう来たか!?」

クルトが棒を振りかぶると、大粒の雨がザザーと落ちてきた。マルヴィナは慌てて本を鞄に入れて離れた木の根元へ放り投げ、さらにマントを裏返して身を隠す。

「もう行くぜ!」

たあー! と気合いとともにクルトが大岩に駆け寄り棒をなぐと、大雨にも負けずに炎が噴き出して岩に当たった。素早く何度も繰り返すクルト。


「はいはいはいっ!」

いったん引いて棒を構えなおし、

「おらおらおらー!」

すると、ずずずと地鳴りがしてきた。

「クルトさがれ!」

クルトも地鳴りに気づいて一歩下がる。地鳴りはさらに強くなり、大岩に亀裂が走る。

「ぼごおっ!」

地面が持ち上がってゴーレムの足が現れ、大岩の裂け目が腕になって体ごと倒れ込んでくる。


クルトがバックステップと後方宙返りでさがりつつ、それを巨大な腕がぶうんと追いかけてくるが、その間に入る影、

「がしゃん」

と鈍い音がして、よし! と力強い声。ミシェルが巨大な腕を大盾で完全に受け止めていた。

「反撃だ!」

というミシェルの声と同時に、三人が詠唱に入り、ヨエルが近くの木の根元に短槍と小盾を置いて紫鞘の剣を握りしめる。

「アイスグラウンド!」

「デッドリーソーン!」

地面が氷結するとともに生えてきた巨大な根がゴーレムの足に絡みつく。ゴーレムは一歩が踏み出せない。


「アイアンスピア!」

動きが止まったのを見計らって巨大な槍が天空から現れ、超高速で落下すると、

「がきん」

と金属音を立てて頭部あたりに突き立った。

「みんな、下がれ!」

ピエールがすかさず紳士ステッキを構え、他のメンバーが地に伏せる。轟音ととにも噴き出した巨大な火の塊が、ゴーレムの体にぶち当たった。

「うぉおおーん……」

ゴーレムが吠え、


ヨエルが立ち上がってゴーレムへ歩み寄る。

「アーウームー……、精霊神バシュタの恩恵、大気に顕現せよ……、一矢招雷!」

同時に二コラが追い打ちの呪文。直後に稲妻が、ゴーレムに突き刺さってまだ消えていない金属の巨大な槍目がけて落ちた。

「どおん!」

周囲の地面に雷撃の残波がチリチリと伝わって白く光り、

「ヨエル!」

他のメンバーが顔を上げると、ヨエルはまだゴーレムの前に立っていた。

「ころあいよし……」

すでに剣が鞘から抜けている。


「さがれ!」

誰かが叫び、

天空から太い光の柱がゴーレムめがけて降りてきた。それが細く収束していく。なぜか、音もなくしゅわしゅわと溶けていくゴーレム。

「倒し……た?」

クルトが草陰から頭をあげると、雨音がまだザアザアと響いていた。

「お宝はあるかしら」

姿を現わしたマルヴィナが、まだ湯気をあげているゴーレムの残骸に近づくと、


「さがれ!」

再び誰かの叫び声、

「きゃあ!」

いつの間にか、マルヴィナがヨエルに抱きかかえられてまったく違う場所にいる。そのあたりから、地鳴りが響きだした。ゴーレムが出現したよりも、低く広い範囲に。

「ぐごごごご……」

気配を察して他のメンバーもゴーレムの残骸付近からさらに距離をとった。地面に降りたマルヴィナ、その様子を見ようと背伸びすると、しゃがんでいたヨエルが厳しい目で同じようにしゃがめと合図してきた。


「え?」

素直に従うマルヴィナ。ヨエルの表情はまだ地獄の剣士のそれだったが、いつになく青い顔をして唇が震えている。

「なに?」

さらに地鳴りと揺れが大きくなり、ゴーレムの残骸の向こうあたりの地面が持ち上がってきた。

「くるぞ……」

「え?」

青い顔で髪から雨のしずくが垂れる地獄の剣士。地面から、巨大な黒い何かが現れだした。その巨大な漆黒の球体は、地鳴りと揺れが収まるとともに、ゆっくりと宙に浮く。


「フィロソフィースフィア……」

「え?」

巨大な黒い球体は、小さな四つの足と小さな二枚の羽を持っているように見える。それが、徐々に方向を変え出した。

「この体では無理だ……」

剣士の膝においた手がぶるぶる震えている。

黒い球体が方向を変え、巨大な瞳が出現した。周囲をゆっくりと見渡していく。その瞳がゆっくり回ってきたとき、

「見るな」

しゃがんで様子を見ていたマルヴィナの顔を剣士の手が覆った。


「え?」

次に様子が見えたときには、黒い球体はすでに空へ上昇していた。それがだいぶ小さくなってから立ち上がって見送った剣士、

「世界にはまだ触れてはいけないものがある……」

そう言うと、剣を鞘に戻して座り込んだ。その姿は明らかにやつれて唇が紫色になり、髪が所々白くなっている。

「ちょ……、あなた、大丈夫? さっきのは何だったの?」

しかし、男性は剣を抱えてあぐらをかいて座ったまま目をつぶり、返事をしなかった。


マルヴィナは、そのヨエル、いや、地獄の剣士の様子が変なのも少し気になったが、もっと気になっているところに駆け寄った。

「どうかしら?」

すでにクルトと二コラがそこに近寄っていた。巨大な球体が現れた跡の地面が大きくへこんでいるが、

「うーん、だめだな。何もなさそうだ」

クルトが棒でその辺をほじくりながら答えた。ゴーレムの残骸を見ていた二コラに目を向けると、

「こっちも」

と肩をすくめた。


少し離れた場所でピエールとミシェル。ミシェルの体の各部を確認している。立ち上がって軽くジャンプしたミシェル、問題無さそうだ。

「どうだった?」

ミシェルとピエールもやってきたが、

「お宝になりそうなのは無かったよ」

残念そうなクルト。

「このゴーレムも、一般に存在するただの岩の成分のようだな」

と溶けたゴーレムの残骸にしゃがみ込んで二コラ。


ヨエルも起きて眠そうな顔で歩いてきた。そこに、

「おーい! みんなー!」

ディタが意外と近い場所で手を振っている。

「ディタ!」

みなと同じように全身ずぶ濡れのディタが駆け寄ってきた。

「ディタ! もしかして、見てた?」

と尋ねるマルヴィナに、


「ううん、向こうで瞑想してたし、特に空とかに異変は無かったよ」

というディタに、ほっと胸を撫でおろすマルヴィナ。だいぶ派手に戦ったが、バレなかったようだ。

「ずぶ濡れになっちゃったけど、そのうち体温で乾くよね!」

元気にその日の宿泊地に向かうことになった。

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