第30話 野良狩り

 ある日の夕方。


マルヴィナは、図書館での研究を終えて家に戻っていた。一緒にいたクルトとディタは、まだ調べ物をすると図書館に残るようだった。


「ただいまー」

ミシェルが帰ってきたようだ。

「さあ、夕飯のしたくをしないと……」

と言いながらリビングに入ってきたミシェルだが、いつになく厳しい表情で眉間に皺ができている。


マルヴィナは、どうしたのだろうと不思議に思いながらもソファで上を向いて口を開けてリラックスしながら座っていた。

「ただいまー」

今度はヨエルが帰ってきたようだ。

「いやー、まいったまいった」

何かとても深刻そうな顔だ。洗面所で手を洗ってうがいをしてからソファに戻ってきた。


「ああ、たいへんだたいへんだ」

そう言いながら新聞を広げた。パイプを逆さに咥えている。

いったいどうしたのだろう。

「ほんとに、どうしたらいいのかな。困った」

新聞を広げながら頭を抱え出すヨエル。

「どうしたの?」

「え!? あ、マルヴィナ、いたのか……」

どうやらマルヴィナがソファに座っていたのに気づかなかったようだ。


「いや、実は」

「えー!? 花屋をクビになった!?」

マルヴィナが驚いて大きな声を出した。なんでと聞く。

「それが、よくわからないんだ。とにかく、いきなりもう明日から来なくていいと言われて」

こんな大変な時期にどうしようと栗色の髪をぐしゃぐしゃにかき回すヨエル。

「どうしたんだ?」

声を聞きつけてミシェルがキッチンからやってきた。


「実は」

ヨエルがミシェルにも伝えた。

「そのことなんだが、実はあたしも今日いきなり解雇されてね」

「えー!?」

今度はマルヴィナとヨエルが驚いた。

「ただいまー」

ニコラが帰ってきた。リビングに来るなり、

「今日、勤め先の仲良くなった経営者から変な話を聞いたよ」

と手も洗わずに話し出した。


「大手ギルド連盟から、ゴンド族に関係する者はすべて解雇しろって通達があったらしくて。連盟の担当者がギルドまで来て、勤務者リストを出させてひとりひとり確認していったらしいんだ。だけど、どうやらフルタイムだけ確認して短時間のリストをチェックし忘れたようで、ぼくは助かったんだが」

「え、わたしたちって、ゴンド族関係者なの?」

とマルヴィナ。

「いや、それはわからないが、もしかしたらディタと仲良くしていることが関係しているかもしれない」

とニコラ。そのときミシェルとヨエルの深刻そうな顔に気づいた。


「なるほど……」

とニコラも状況を理解した。

「ただいまー」

クルトが帰ってきた。

「どうしたんだ?」

リビングにほかの四人が集まって深刻そうな顔で話している。

「実は……」

状況を伝えると、

「なるほど。もしかしたら、おれのせいかもしれない」

眉間に皺を寄せたクルトがソファに座り、他の四人も定位置に座った。


「君のことを話してくれるかい?」

ニコラの言葉に、クルトがああとうなずいた。

「今まで黙っていて済まないが、おれは実はゴンド族族長の血筋だ」

「え!?」

そうなのとマルヴィナとヨエル。ニコラとミシェルも黙って聞いている。

「たぶん、その職場では肌の色でおれがゴンド族関係者だと思ったのだろうけど、族長の血筋ということまでは誰にもバレていないだろう」

そこでいったん言葉を切ったクルト。


「あなた、もしかしてゴンド族を再興するの?」

マルヴィナの問いにクルトはいったんうなずき、そのあと首を軽く横にふった。

「おれが小さな頃から、部族再興をずっと母親から言われてきた。もちろんおれも、ずっとそのことを夢見てきたのは確かだ。だけど」

「クルト、あなたのお父さんは……」

「おれの父親はおれの小さい頃に……。ただ、おれはもう誰も恨んではいない。ここゴンドワナ大陸で暮らすうちに、考え方が変わってしまったのかもしれない」

マルヴィナが何か言おうとして、ニコラが手で制した。ヨエルは下を向いている。


「おれは図書館で、かつてのゴンド族の暮らしを知った。それは母がずっと教えてくれていたものと同じだった。そして、母はおれが小さいころからゴンド族の暮らしをすべて取り戻すようにおれに教えてくれた。でも、おれはこの大陸に来て、実際に暮らして、最近になって違うと感じてきたんだ」

そして、

「すでに移住してきた白人たちの生活も定着してきているし、それらの人々を追い出すわけにもいかない。ならば、ゴンド族の暮らしを再興するよりも、ゴンド族末裔の人々の暮らしをよくしたうえで、それぞれの文化のよいところを組み合わせればいいんじゃないかと」

さらに続ける。


「つまり、正直に言うと、族長になってこの国を統治するなんて暮らしは退屈で面白くないんじゃないかってね」

おれはみんなと冒険を継続したい、とにっこり笑って白い歯を見せた。

「そうだね!」

と他のメンバーの顔も明るくなった。

「だけど」

とマルヴィナ。他のメンバーの顔も暗くなる。

「どうしようかしら。二人も解雇されて、この先どうやって食べていけばいいのか」


「もう、頼るしかないね」

とヨエル。他のメンバーも同じ考えのようだ。

「ピエールに頼る?」

マルヴィナの問いに、誰も明確には答えなかったが、それしかないという表情だ。

「確かに前はいつでも頼ってくれって言ってたけど、お金持ちは本音と建前があるからねえ」

というマルヴィナの言葉に、そうなの? とヨエル。

「とにかく、一回頼んでみようぜ」

とクルト。誰が頼むかの話になった。


「やっぱり、ここは皇帝直々にお願いするのがいいんじゃないかな」

「え、でもどんな頼み方するかいっしょに考えてよ」

マルヴィナの不安な顔にみんなが同意した。

「いつ頼む?」

「今週末また冒険にいくから、そのときにしようか?」

ということで結論が出て、ミシェルが夕飯のしたくを再開した。


 その夜、

ピエールは正装をして夜のムーア市特区を気分よく歩いていた。


「ぴぃぴぴぴぴーぴぴぴーぴぃ」

思わず口笛を吹いて歩く。その日は珍しく、自宅ではなく特区内の知り合いの豪邸でプールパーティに参加したのだ。

「少し酔ったかな」

超高級年代物ワインを何杯も勧められてだいぶ飲んだ気がする。

その夜は湿気もなくて適度に涼しく、虫の音が周囲の道沿いの生垣から聞こえてくる。


「たまには歩くのもいい気分だ」

ふだんなら短い距離でも馬車を使うのだが、その日は気分もよくて歩いて家路についていた。

そのとき、

「!?」

手に木の棒を持った覆面の集団に囲まれていることに気づいた。

「ちぃっ!」

咄嗟に反応して走り出すピエール。集団が自宅の方向から現れたので、いったん回り道するしかない。


「なに!」

その向かおうとした道からも集団が声もなく現れた。逆方向へ逃げる。

「警察!?」

向かおうとしたかなり先の大きな十字路に、特区警察が隊列を組んで歩いているのが見えた。

「た、助けてくれー!」

思わず大きな声で叫んだ。だが、


「おーい!」

距離的に聞こえているはずなのに、横切っていく特区警察の十数人は誰も振り向かない。

「こっちもか!」

その手前の側道からまた木の棒を持った数人が現れた。

咄嗟に赤銅色のステッキを構えるピエールだが、

「だめだ、魔法もアイテムも使えない。使えば特区警察に捕まる……」

明らかに包囲の輪が縮まってきて、逃げる方向がなくなってきた。


「ゴンド族のくせに俺たちよりも金を稼ぎやがって……」

一番先頭の覆面が、何かそのようなことを覆面の下でもごもご呟きながら、棒を手に前に出てきた。

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