第25話 模擬戦闘
週末。
再びサンダーバード湖に訪れていた。すでに夕方前、その日は曇りがちで、あたりも少し暗くなりかけていた。
いつもの七人。マルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、クルト、ピエール、そしてディタは、湖の北側に来ていた。
「ここが隠れた名所よ」
ディタが連れてきたのは、巨大な岩の柱が立ち並ぶ場所だった。
「へえ、こんなの前からあったんだ」
とマルヴィナ。
「そうよ。だけど、この周辺はふだん湖の底に沈んでいるの。この時期、湖の水位が下がるこの季節だけ来て見ることができるんだよ」
「ふうん、確かに、なんか景色が違うなあと思ってたけど」
とあらためて周囲を見渡すマルヴィナ。
「じゃ、わたし、湖底の遺跡跡で瞑想してくるから」
とディタが行ってしまった。
「どうする? ディタも行ったし、この岩の柱相手にちょっくら練習してみるか?」
とクルトが準備運動を始めた。
「いいね」
とミシェルがそれに続く。
「あれにしよう」
と二コラが指さしたのは、周囲がやや開けてひときわ大きな岩の柱だった。
「よし、陣形はいいか?」
岩に対してグループの先頭で構えるミシェル。以前よりいくらか肌が綺麗になっている。
その右後ろで短めの棒を構えるクルト、左後ろには短槍と小盾のヨエル、さらに左後方に青い続き服で弓を持った二コラ。マルヴィナは姿を消して、だいぶ後方に赤銅色の紳士ステッキのピエール。
「じゃあ、あたしが敵の攻撃を受けきったあとに反撃する想定でいくからね!」
というミシェルの声に、いいよ、任せて、よしとかいった返事が返ってきた。
「さあこい! 受けきった、反撃開始!」
ミシェルがバックステップでうしろに下がると、
岩に数本の矢が飛来し、ミシェルのいなくなったスペースにクルトが飛び込んで気合いとともに棒を薙いだ。
「たあー!」
扇状に炎が飛び出し、広範囲に広がって周囲の小さな雑草を炎で包んだ。
「おりゃあ!」
ヨエルが大きな声で牽制し、
「とう!」
クルトがそのまま短い棒を振りかぶり、岩めがける。どう見ても届かない距離で棒を振ったように見えた瞬間、短い棒の先に赤熱した棒が出現した。
「かーん」
と音を立てて棒が岩にあたり、そして瞬時に消える。
「手ごたえも悪くないね」
とクルトが下がったところで、岩の周囲が氷結した。
「よし、みんな下がれ!」
後方から紳士ステッキを構えたピエールが叫び、そのすぐあと、
轟音と共に巨大な光が岩に飛んでぶち当たった。反動でピエールの体が後方へ転がる。
「み、みんな、大丈夫か……」
地面に伏せていたそれぞれが立ち上がった。岩も大丈夫なようだ。
「この岩、かなり頑丈でちょうどいいね。継続して練習に使えそうだよ」
とクルトが近寄って岩を確認する。
「このステッキは少し威力がありすぎる。わたしは基本的に金属製魔法で攻撃することにするよ」
と起き上がったピエール。
「もう一回やるか?」
とミシェルが再び岩の前に立った。
「こんどはぼくが試していいかな?」
二コラが何か試したいようだ。
「よし、やろう!」
再びミシェルが盾を構え、合図をしてバックステップで下がる。クルトが飛び込んで攻撃してすぐさま離脱、ヨエルが大声で牽制するところに氷結が入り、ピエールが呪文を詠唱する。
「アイアンスピア!」
上空から巨大な槍が飛来し、岩の前で消滅した。
「みんな下がって!」
後方から二コラが叫び、その直後、
「アーウームー、精霊神バシュタの恩恵、大気に顕現せよ……、一矢招雷!」
慌てて他のメンバーが伏せた瞬間、どおんと岩柱に落雷した。
「きゃあ! こわい!」
悲鳴があがり、周囲で一瞬チリチリと放電が起きた。
「みんな、大丈夫か!」
二コラが駆け寄り、それぞれがなんとか立ち上がるが、
「いてて」
ヨエルが落雷時にひざを擦りむいたようだ。少し血が出ている。
「待って、ぼくが見よう」
腰の水筒で水をかけたあとに、手をかざした。
「どうかな?」
手をどけると、傷口がすでにふさがっている。ヨエルも立ち上がった。
「二コラ、すごいね、攻撃呪文も使えるようになったんだ!」
マルヴィナも姿を現わして二コラに近寄った。
「ちょっと威力がありすぎるから、調節できるようになったほうがいいね」
と少し苦笑いの二コラ。
「ようし、おれたちもだいぶパワーアップしたな。次の遺跡巡りは必ず強いやつを倒してお宝を手にいれるぞ!」
クルトの言葉に、ほかの五人も拳を挙げておうと応えた。
その様子を、別の岩の陰から見つめる者。
そのあと、
ディタも瞑想から戻ってきて、夕食となった。たき火を囲んで、
「えー! もう辞めちゃったの!?」
昼間に釣ってきた焼き魚を口に頬張りながら、ディタが素っ頓狂な声を上げた。
「え、うん……。なんかまずかったかしら?」
マルヴィナが不安げな顔になって聞いた。
「ううん、わたしも来週退職の手続きをするから」
と続けて、
「でも、さすがマルヴィナだね。行動が早いんだから」
「うん、スキンヘッド課長に話したら、あれよあれよと話が進んじゃって」
やっぱりまずかったのかなと心配になってくるマルヴィナ。
「クルトはどうするの?」
ディタがそばに座っていたクルトに聞いた。
「ん? あ、おれ? おれも退職の手続きをやってるよ。開発も一通り体験したし、もう潮時だよな。直属の上長が辞めないでくれとしつこかったから説得が面倒だったけど」
「やったあ」
ディタが小さくガッツポーズした。
「でも、わたし来週からどうしようかしら」
マルヴィナが来週からのことを心配している。
「いっしょに下流区にある図書館に行こうよ。古い文献がたくさんあるらしいから、遺跡の研究にちょうどいいかもよ」
とディタが誘ってきた。
「でもあなたはまだ仕事があるんでしょう?」
「わたしの手続きが終わるまで、ひとりで通って研究しといてくれればいいよ」
とディタ。
「でもその前に、ハローギルドへ行って手続きしたほうがいいよ」
とクルト。
「ハローギルド?」
ディタとマルヴィナが同時に聞き返した。
「そう、ハローギルド。ストーリーギルドで失業保険も払っているはずだから、ハローギルドで手続きすれば失業給付が貰えるはずだよ」
「へえ、そうなんだ、クルトは詳しいね」
と感心するマルヴィナ、そんな仕組みは初めて聞いた。
「もしあれだったら、おれたちが辞めてからいっしょに行こうぜ?」
とクルト、そうしようとディタとマルヴィナが答えた。
「二コラはどうすんの?」
今度はクルトが、となりでスープをすすっていた二コラに聞いた。
「ぼく? ぼくは配送業の仕事は続けるけど、時間を半日に短縮するよ。そしてできた時間を冒険の準備に充てる。君たちは、仕事を辞めた時間を丸々冒険の準備に充ててくれればいいよ」
「なるほど」
「平日にしっかり準備して、週末に冒険する。そんな感じでどうかな?」
「いいね」
と三人。
「あと、失業給付をすべて受け取ったら、次は個人ギルド主の届けをしたほうがいいよ」
と二コラ。
「個人ギルド主?」
マルヴィナが聞く。
「そう。いきなり法人ギルドを立ち上げようとすると、けっこうなお金がかかるんだ。だから、まずは個人ギルド主で始めて、収益があがってきたら法人ギルドに変更するのがいいかもね」
「へえ、二コラも色々と詳しいね」
というマルヴィナに、二コラはへへっと笑って親指で鼻を拭った。
「ミシェルたちはどうすんの?」
クルトが聞いた。たき火の向こうではミシェルとヨエルとピエールが何か深刻そうな顔で話していたが、こっちを向いた。
「とりあえずあたしとヨエルは仕事を続けるよ。あなたたちに平日準備してもらって、週末あたしたちも冒険に参加するから」
そうしよう、と他のメンバー。
「わたしも、今の生活を続けて、資産を運用して資金面で君たちを助けるよ」
と心強いことを言ってくれるピエール。
「よし、じゃあ退職したら図書館で儲かりそうな遺跡を研究するぞ」
とクルトが余った魚をぱくつきだした。
マルヴィナには、この時点で明るいバラ色の未来が見えてきた気がしていた。
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