第35話 大炎上
困窮区で事件があった次の日の早朝、
マルヴィナの部屋のドアをドンドンと叩く音。
「マルヴィナ起きて! みんな起きて!」
まだ外は暗いうちに、ヨエルの叫ぶ声。
「なんだなんだ……?」
寝間着のままリビングに集まってくるマルヴィナ、二コラ、ミシェルにクルト。
「市内が大変なことになってるよ、大手ギルドの連中が昨夜から暴れ出して、今はもう大きな暴動になって特区や上流区は火も出てる場所があるらしいんだ。そいつらが、下流区にもなだれ込んでいるって」
どこで聞いてきたのか、そんなことを息を切らせながら話すヨエル。
「それは大変だ」
とそれぞれが着替えに部屋へ戻る。
「貴重品は持って行ったほうがいいな」
「え、小物とか残しても大丈夫だよね?」
「いや、ここも延焼するかもしれない」
などと話し合いながら、家を出る。
「どうする? 困窮区へ逃げるか?」
ミシェルが聞いて、周囲の家からも人が出てきていて、みな困窮区のほうへ向かっているように見える。選択肢はそれしか無さそうだ。
「そうだね……」
「あ、あれ!?」
ヨエルが通りの北のほうを指さした。
「もう来てるよ!」
黒だかりの暴徒の群れが押し寄せているのが見えた。
「どうする!? このままだと困窮区も危ないぞ……」
ミシェルが叫び、
「よし、ここはおれがいく。ここで男を見せないと」
と荷物を捨てて短棒だけ持ったクルト。
「じゃ、じゃあぼくも残るよ……」
としぶしぶヨエル。荷物と短槍と小盾をマルヴィナに渡した。
「わたしたちは錬金所に向かうから、必ず生きて帰って来てよ!」
とマルヴィナ、二コラとミシェルが手を振りつつ南へ逃げ、
「あいよ!」
とクルト。ヨエルも紫鞘の剣を持ってしぶしぶ暴徒の群れへ向かっていく。
「大丈夫かな?」
と心配そうなミシェル。
「暴徒といっても、相手は一般人でしょ? 強敵もいなさそうだし、大丈夫だわ」
とマルヴィナ。
「しかし、彼ら二人が大丈夫だったとしても、町のほうが少し心配だ」
と言う二コラに、うんと同意するミシェル。
困窮区が見えてきて、下流区との区の境でかなり広い空間があり、下流区で火災があっても困窮区側への延焼は免れそうに見えた。
一方、暴徒を前にしたクルトとヨエル。
暴徒たちは口々に、
「国税局を復活させろー!」
「税金を我々に横流ししろー!」
「税金を横流ししなければ、われわれ大手ギルドの経営は成り立たなーい!」
などと叫びながら濁流のごとく下流区へ流れ込んできていた。
「待てーい!」
その、見えている範囲だけでも数百人を前に、クルトとヨエルが立ちはだかった。
「ここからは通さんぞ!」
と短棒を構えるクルト。
「なんだこいつは?」
「おい、なにやってるんだ!」
暴徒の先頭が止まったので、うしろの方までざわつき出す。
「おい、こいつクルトだぞ!」
「お、本当だ、クルトだ!」
という声が暴徒の中から聞こえてきた。
クルトがよく見ると、
「あ、ストーリーギルドの同期の連中だな……」
暴徒の中に、ストーリーギルドでクルトと同期だった大学卒の連中の顔が見える。名前はよく覚えていないが。
「おい、おまえがやめたせいで開発がめちゃくちゃになったんだぞ!」
「は?」
「そうだ! おまえが辞めたせいで次のストーリー開発がめちゃくちゃになったんだ!」
「あともうひとりゴンド族の女がやめたせいでめちゃくちゃになったんだぞ!」
「すべてゴンド族が悪い!」
「ゴンド族がすべてめちゃくちゃにしている!」
暴徒たちが次々にわけのわからないことを叫びはじめた。
「はあ!?」
クルトがヨエルのほうを見た。ヨエルも、仕方ない、という表情で紫鞘の剣を抜く構え、
「よおし、おまえら、覚悟しろよ、おらあー!」
クルトが短棒を薙ぐと広範囲に炎が噴き出し、ヨエルが剣を抜いた。とたんに、熱い熱いと悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らしていく暴徒たち。
一方の錬金所に着いたマルヴィナたち三人。
「ピエール、いるー!?」
マルヴィナの呼びかけに、寝間着姿のピエールがテントの中からすぐに出てきた。
「起きてたの?」
「ああ、君たちか。わたしは何か胸騒ぎがしてね、早く起きてしまったよ。どうかしたのか?」
事情を説明する。
「なるほど、昨日の件で国税局が機能しなくなったせいで、大手ギルドの経営が回らなくなったのかもしれないね」
と分析するピエール。
「まだ空きスペースもある。そこにもう一張りテントがあるから」
と予備のテントの袋が置いてある場所を教えてくれた。さっそく荷物を置いてテント設営を始めようとすると、
遠くのほうでどおんと低い音が響いて、巨大な火柱があがって空を一瞬明るく染めた。
「わあ、始まったね……」
とやや呆れた顔で二コラ。マルヴィナとミシェルも顔をあげ、続けて別の位置に火柱があがる。
ピエールもその様子を眺めて、
「明らかに、強力な火属性魔法だな……」
「これはまずいかもな……」
ミシェルが呟き、さらに連続で十ほどの火柱があがった。空が白んできて、遠くの街がもうもうと黒煙に包まれているのが見えてくる。
そのとき、二コラがふと思いついたかのように自分の持ってきた荷物から木属性魔法の本を取り出してきた。
「二コラ、どうするの?」
と尋ねるマルヴィナ。
「ちょっと木属性魔法のアルティメットを試してみる。住人たちが火災から逃げるのを助けられるかもしれない」
と本を開く二コラ。
「そうだ……」
マルヴィナも、屍道書を持ってきた。
「雨ごいだね?」
ミシェルが聞いて、マルヴィナがうなずく。
「わかった、あたしがテントのほうをやってしまうから」
とミシェルがそのままテント設営を続け、
「アーウームー、精霊神バシュタの奇跡に感謝する、全ての人々に祝福を、超回復、サークルヒール!」
二コラの足元が一瞬ふっと地面から離れて数十センチ浮き、そしてその直後に、黄金の光の輪が現れて、それがばっと周囲に広がった。光がそのまま遠方へ伝わっていく。
「いけた!?」
ストンと地面に落ちた二コラ、腰が砕けたようにその場にへたり込む。
その様子をあっけに取られていたマルヴィナも、気を取り直して雨ごい呪文の詠唱を始めた。
「アーウームー……」
その瞬間に、大粒の雨がぽたぽたと落ちてきた。
「え? もう!?」
三人で慌ててテントを設営し、荷物もまとめて防水シートを被せた。ややびしょ濡れになりながら、三人がテントの中に転がり込んだ。
「ふう、やれやれ」
ひといきついて、
「あの二人、戻ってくるかしら」
「さあ……」
とりあえず、土砂降りの雨の下、テントの中でしばらく待つことにした。
数時間ほど経ったころだろうか、マルヴィナがテントの中でうつらうつらしていると、
「いやー、散々暴れまくったなあ」
「われらに出来ぬことなし」
クルトとヨエルが帰ってきたようだ。テントを打つ雨音もなく、すでにあがったようだ。
マルヴィナがテントから出て、
「ちょっとあなたたち、少しやり過ぎなんじゃないかしら?」
と睨みつけると、
「あ、うん、たしかにちょっとやりすぎたかな……」
と申し訳なさそうに頭をかくクルトと、
「……」
自分がやる前から街は火の海だった、という表情でさっと視線をそらすヨエル。いや、まだ地獄の剣士かもしれない。そのまま二人はリクライニングチェアに寝そべってしまった。
テントから出てきた二コラとミシェルも、しょうがないなという顔をしている。
「ぼくたちは街を見に行ってみよう」
と二コラが提案した。マルヴィナたち三人が歩き出そうとすると、大きな荷馬車が横を通りかかった。
「おお、君たちか」
「あ、おじさん!」
いつも手押し車で金属くずを持ってきてくれるおじさんだったが、今日は荷馬車に乗ってなんだか身なりや髪形もいつもより整っている。
「どうしたんだい?」
ミシェルが聞くと、
「いや、今朝がた上流区から向こうで大火事があったと聞いてね。それで、うちの親戚が作ってるゴンド族特製テントが必要なんじゃないかと、こうやって荷馬車にいっぱい載せて行ってみようと思うんだよ」
「へえ、商売上手だね」
と感心するマルヴィナたち。ところで、とおじさん。
「親戚が始めた無農薬有機農業の野菜の栽培が成功して、困窮区内で利益があがってね。みんな、今まで安くて体に悪いものばかり食べてたから、健康になったって喜んじゃって。相当儲かってるもんだから、きみたちにもらった分を返そうと思ってるんだけど」
「いや、とくに返さなくていいけど。その野菜は食べてみたいけど」
とミシェル。
「そうかい、すまないねえ」
と言っておじさんは笑顔で荷馬車を駆って行ってしまった。
「でも、街はどうなっているのかしら」
三人が困窮区と下流区の境まで歩いていくと、
下流区から向こうは、ところどころ家の壁が残っているていどの、所々まだ煙があがっている草木一本生えないような焼け野原になっていた。
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