第34話 脱税

 それから一週間後、


たいへんな事件が起きた。


「おーい! みんな起きてくれー!」

早朝、散歩か何かで外出していたヨエルが家に入るなりみんなを叩き起こした。

「大事件だ、みんな起きて!」

マルヴィナ、二コラ、ミシェル、クルトが起きてリビングに集まってきた。


「どうしたんだ?」

「何があった?」

眠そうな顔でソファに座ると、

「困窮区が軍隊に包囲されてるんだ。なんでも、脱税の容疑でムーア市の国税軍二万人が出動してるって」

「なんだって?」

「なんでも今日の正午までに五百万ゴンドルピーの税金を納めないと差し押さえで突入するって」


「五百万ゴンドルピーだって!?」

「そんなの払えないよ」

「いや、ぶっちゃけ払えるかもしれないけど、正直払いたくないな」

とりあえず着替えて見に行くことにした。

「困窮区はディタがいるよね?」

着替え終わったマルヴィナ。

「そう、あとピエールも今は錬金所のそばにテントを立てて暮らしているはずだから」

とヨエル。


「武装していくか?」

ミシェルの問いに、それぞれが武器も手に持った。

家を出ると、すぐに何やら騒がしい。

「そこの大通りに行ってみよう」

ヨエルを先頭に五人が歩き出した。大通りに出ると、広い十字路にいくつかテントが設置され、武装した軍人がたくさんいる。

「うわあ、なによこれ、本当だ……」

と驚くマルヴィナ。下流区の住人だけでなく、さらに上流区からも見物人が来ているのだろうか、たくさんのひとだかりが出来ている。


「ぼくは少し周囲を見てくるよ。すぐに戻ってくる。」

と青い続き服に弓と剣を持った二コラが行ってしまった。

「ここが国税軍の本部かしら」

十字路のテントの下には、何か軍服にたくさん勲章を付けた偉そうなひとも何人か座っている。

「困窮区の手前まで行ってみよう」

軍本部を通り過ぎてさらに歩いていくことにした。下流区と困窮区の境では、軍隊が人の壁を作っていた。


そこに二コラも戻ってきた。

「各通りに数百人を配置して完全に包囲しているようだ。困窮区は市民たちがそれぞれ武装して柵を作って抵抗してる。緊迫してるから、簡単に向こうには行けそうにないね」

と告げた。

その隊列の手前のほうから、拡声器を使用した大きな声が聞こえてきた。

「困窮区の諸君に告ぐ、君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて降伏し、税金を払いなさい。今支払えば、課徴金を支払う必要はありません。抵抗をすれば、君たちには懲役刑が待っている。お金が払えないのであれば、資産を全て差し押さえます。君たちのような貧乏人に資産はないかもしれないが我々国税軍は必ずや……」


「あんな説得してたらだれも降伏しない気がするわ」

とマルヴィナ。

「どうする?」

と周囲の見物人に聞かれないように頭を寄せあった。

「とりあえずさっきの軍本部に行ってみるか?」

とミシェルが聞いて、

「そうね」

と答えるマルヴィナ。


「だが、そこでぼくらは行動を起こす必要があるかもしれない」

と他のメンバーに決断を求める二コラ。

「おれはいつでも行けるぜ」

とクルト。

「そうね、場合によってはしかたないわ」

とマルヴィナもある程度覚悟を決めたようだ。

大通りに戻り、再び本部のテントに近寄ってみると、勲章を大量に付けた太った男性と正装をしたのっぽの男性が話していた。

「隊長、そろそろ突入したらいかがでしょう? 昼まで待つ必要もないと思いますが」

とのっぽ。


「局長、その気持ちもわかるが、貧乏人どもに反抗するとどうなるか、見せしめに徹底的に味合わせるべきだ、と言ったのも貴殿だよ」

とふとっちょ。

「ふふふ、そうでしたね。しかし、今朝は大手ギルドのトップの連中と郊外のガーフに行く予定だったのですよ。せっかくのわたしの予定が……」

とのっぽが怒りをあらわにした。

「まあそう怒りなさんな。今回も、税金をふんだんに刈り取ったうえで、困窮区のやつらを数人捕まえて郊外で公開処刑でもすれば貴殿の気も晴れる。ふっはっはっはー」

と笑うふとっちょ。


「こいつら、はやくやってしまおうぜ」

という顔で短棒でその二人をさすクルト。

ちょうどそのとき、マルヴィナたちがあまりに近づいたためか、軍人がひとり声をかけてきた。

「すみません、市民のみなさんはもう少し下がってください」

その若い軍人に、マルヴィナが逆に聞いてみた。

「今回の作戦で一番偉い方はどなたですか?」

「そこの正装したのっぽの方が国税局長で、その勲章をいっぱい付けて太った方が国税軍の隊長です」

その軍人も、市民の問いに素直に答えてくれた。


テントから少し離れたマルヴィナたち。

「やっぱりあの二人だね。どうする?」

とミシェル。

「ミシェルと二コラであの二人を拘束して、おれとヨエルが護衛を牽制する。マルヴィナは氷結呪文で足止め、でどうだ?」

というクルトの案にマルヴィナが、

「もう魔法を使っちゃう?」

みんながうなずく。


「よし、行こう!」

という掛け声とともに、マルヴィナがマントを裏返して姿を消した。

そして、武装をいったん地面に置いた二コラとミシェル、拳をボキボキと鳴らしつつ、何の遠慮もなくずかずかとテントに入っていく。

ミシェルが、太ったほうをいったん立たせて肩口とベルトを掴むと、腰をすっと寄せて一気に肩のうえに持ち上げてしまった。そのまま、どすんと落とす。

「ぎゃん!」

背中から落ちたふとっちょが悲鳴をあげ、

二コラが、のっぽをいったん立たせると、襟口あたりを掴んで押した。思わずのけ反って反応したのっぽ、その一瞬後に前へ引っ張られる。そのままうつ伏せに地面に突っ伏した。


「ぎゃん!」

まともに前受け身も取れずに顔をしたたか打ち付けて悲鳴を上げるのっぽ。そのまま二コラに腕を極められた。

「動くな!」

あまりのことに呆気にとられて動けなかった護衛の兵士たちを、クルトとヨエルが武器をかまえて牽制する。

「護衛たち、なんとかしなさい!」

のっぽが叫び、そのあとさらに二コラに腕を極められて痛みでぎゃっと叫んだ。

ふとっちょのほうは、座った状態でミシェルの太い腕に首を極められて声も出ないで紫色の顔をしている。


「局長と隊長を放せ!」

気を取り直した護衛の数人が、剣と盾を構えて迫ろうとするが、その周囲が瞬時に白く凝結し始める。

「わあ! なんだこれ!?」

地面が一気に白く凍り付き、足を取られる護衛たち、

「おらあ!」

そこにクルトが短棒を薙いだ。

「ぼうっ!」

炎が扇状に広がり、火に包まれる護衛たち。数人が火を消そうと地面に転がり、テントにも燃え移って煙をあげはじめた。


「わたしたちは、魔法の使い手よ、あなたたちは勝てないわ、降伏しなさい!」

どこからかマルヴィナの声が聞こえ、護衛たちが遠巻きにひるんだ。

そのころになって、困窮区のほうでも騒ぎ声が聞こえ始めた。数人の兵士が逃げてくる。

「鉄の塊が歩いてくるぞー!」

と逃げている兵士がなにやら喚いていた。

そしてついに、

「こ、降伏だ、はあはあ」

ミシェルの裸締めを解かれたふとっちょが、なんとか気道を確保して両手をあげた。


「国税軍隊長は降伏した! 国税軍はただちに武装を解除しろ! 隊長は降伏したぞー!」

クルトが大声で叫んだ。

「降伏だー!」

護衛の数人が走り出し、困窮区を包囲していた国税軍の各班に情報がまわっていく。兵士たちはその場に武器を捨て始めた。

「いったい、これは何でしょうか……?」

地面に顔を擦りつけながら、状況がまったく理解できない国税局長ののっぽ。


勝ち誇った困窮区の武装市民が迫ってきて、武器を捨てた国税軍の隊員たちはみな白旗をあげはじめた。

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