第33話 鉄工所
それから一か月も経たないころ。
困窮区内にある鉄工所の隣の広い空地。
「ふう、今日もいい天気だなあ」
仮設の大きなプールの横に、三つのリクライニングチェアが並び、そばにビーチパラソルが立てられて日陰を作っている。そこに水着姿で寝そべる三人の男性。
「常夏の地域はあまり慣れないね。こうも一年中暑いと」
というのはクルト。その言葉にうなずきつつ、ローテーブルの上の氷でキンキンに冷えたドリンクをとって一口飲むのはヨエル。
その横のリクライニングチェアで眠りについているのはピエール。
「しかし、錬金所の仕事もなかなか大変だな」
そのクルトの言葉に、うなずきながらローテーブルの上のミックスナッツをつまんだヨエル。ミネラルの摂取が肝心だ。
「でも、偶然炉の入れ替えのタイミングでほんと良かったね」
とナッツをほおばりながら言った。
空地には仮設の建物があり、錬金所と看板が付いていた。中には鉄工所から移設された古い炉があり火も入っていた。
「誰かいるかー」
人が来たようだ。
「お、誰か来たよ」
クルトとヨエルがチェアから立ち上がった。
「おうクルトにヨエルか、いつも済まないなあ」
手押し車を押したおじさんが来ていた。車には、麻袋がいっぱい積まれている。
「あいよ!」
手袋をしたクルトとヨエルが、麻袋を開いてはその中身を大きな鉄の箱に入れていく。中身は、圧縮された金属の缶などの金属くずが入っていた。
「よし、だいたい十キロぐらいだな」
とクルトが目算した。
「今日は十一枚貰っていっていいかな? 親戚の子どもに買ってやりたいものがあってなあ」
いいよとクルトとヨエルが同時に答えた。
錬金所の入り口横には大きな木の箱と木の台があり、木の箱にはたくさんの金貨が入っていて、木の台には金の延べ棒が積まれていた。その横には、ご自由にお持ちくださいと書かれた看板。
「いやあしかし、助かるよ。前の業者はキログラム当たり一ゴンドルピーで買い取りだったからな、ははは」
おじさんが世間話を始めた。特に忙しくもないのでそれに付き合うクルトとヨエル。
「それをこっちじゃあキログラム金貨一枚で買い取ってくれる」
一時間働いたら一ヶ月暮らせると笑うおじさん。
「今は金貨どれぐらいだっけ?」
と聞くクルトに、二千五百ぐらいだったかなと答えるヨエル。
「今じゃあ、前の業者も買取価格を値上げしてきて、キログラムあたり十ゴンドルピーになってるって商売仲間に聞いたけど、十倍になったところでなあ、やってられないぜ」
はははとさらにおじさんが景気良さそうに笑った。
「まあでも、これからもどんどん持ってきてくれよ、おじさん!」
とクルト。
「ああ、もちろんよ。これで儲けたおかげで、家族や親戚も新しい商売を始めてね、そしてどんどん成功してるみたいだし、追加の設備投資も必要になりそうだからな」
おじさんは身なりこそ汚かったが、色々考えて頑張っているようだ。
「困窮区も最近建築ラッシュみたいだね」
とヨエル。
「おうよ。もしかして、あながちこの錬金所のおかげかもしれないぞ、ははは」
そこで大きな荷馬車が二台到着したので、手押し車のおじさんは手を振って去っていった。
「鉄くずを買い取ってくれると聞いたんですけどー」
御者が降りてきて言った。
「はいーお待ちをー」
ヨエルが買い取り値段の表の紙を持ってきて説明を始めた。
「そろそろ起こそうかな」
クルトがプール横のリクライニングチェアに歩いていき、ピエールを揺すった。
「あ、ああ……」
顔にタオルをかけていたピエールがむくっと起き上がる。
「ぼちぼち溜まってきたよ」
そうクルトが告げ、ピエールがサンダルを履きながらお腹や背中をかきつつ錬金所の仮設の建物へ歩いていった。
クルトもやってきて、さっそくふいごで火力を強める。
「アーウームー……、フリーゴールド!」
詠唱を終えると、ピエールはまたふらふらとプールサイドに戻り、ローテーブルに並んでいた赤ワインのボトルをひとつ開けてグラスにつぐと、一気に飲み干した。
「ふう」
と一息つくと、またチェアに横たわる。
その姿を見送りつつ、機械を操作するクルト。巨大な炉が傾いて、そこから液体の金属が流れ出し、型に流し込まれていく。それは徐々に冷やされて固まりはじめ、黄金の輝きを発しはじめた。
作業が終わったクルトがプールへざぶんと入り、そこに浮いていた浮き輪に乗って浮かぶ。雲一つない空を見上げて、
「あー、錬金の仕事も大変だなあ」
と呟いた。
しばらくプカプカと浮いていると、そこを通りかかる人影。
「あ!?」
その女性が叫んだ。
「クルト!?」
クルトが顔を上げると、買い物袋をさげたディタだった。
「あれ、ディタじゃないか」
プールから出てくる。
「最近みんな忙しそうにしてると思ったら、こんなところで働いていたのね」
とうれしそうに寄ってきた。ヨエルも作業を終えて錬金所から出てきた。
「まあヨエルも!」
「こんなところで何してるの?」
と聞くクルト。
「え? わたし、家がその鉄工所の裏なの」
「あ、そうなんだ!」
「いつもは買い物に行くのにあっちの道を使うんだけど、今日はたまたま気分で裏道を使ったのよ。これも運命ね!」
とうれしそうに飛び跳ねた。
「マルヴィナたちもいるけど、今日は鉄工所の仕事を手伝っているんだ。なんでも新しい炉を入れて人手が足りないってね」
「へえ、そうなんだ、明日から私も加わっていいかしら?」
「ああ、もちろんだよ。けっこう稼ぎもいいからね」
本当に? と聞くディタを、錬金所の入り口の横に連れていく。
「いくらでも持って行っていいよ。重いからたいていみんな金貨のほうをもっていくけど」
とクルトが教えると、
「へえ、こんなのあるんだ、助かるよ! 今月は家賃が払えなくて待ってもらってたから……」
と一枚だけ金貨を取った。
「遠慮せずにどんどん持っていってくれよ。これからもピエールが無限に錬金するから」
というクルトの言葉に、もう一枚取るディタ。落ち着いたらまた冒険に行きましょうと言って家に帰ろうとすると、
「今晩家に来る? ピエールとあと知り合いも来るから」
というクルトの意外な言葉に、思わずえ? っと聞き返すディタ。大丈夫かなという表情で横から見ているヨエル。
「え? いいのかしら……」
「いいよ、今後のことを話し合うらしいし、ディタもいたほうがいいと思うんだ」
「わかった、ありがとうクルト! じゃあ、あとでね」
ディタはうれしそうに買い物袋をさげていったん家に帰っていった。
その夜。
マルヴィナと二コラとミシェルが鉄工所の残業を終えて帰ってくると、家のリビングのソファにヨエルとクルトとピエール、そしてディタがいた。
「あら……」
なんでディタがいるのかしらという顔をしつつ手を洗いにいくマルヴィナ。ミシェルが急ぎで夕食の支度を始める。
七人でダイニングとリビングを使って夕食をとっていると、呼び鈴が鳴って誰かが訪ねてきた。
「やあみなさんこんばんは」
巨体のボブがいつになくさっぱりした顔で入ってきた。野菜がたくさん入ったバックパックをミシェルに渡す。ミシェルはそれをキッチンに運んで、中身を取り出し始めた。
「いやあ、移動の経費が出るようになってね、船を降りたらすぐに個人馬車を見つけて乗ってしまったよ」
と言ってボブは笑いながら、ヨエルがどいた場所にどかっと座った。
「では、マルーシャ女王の言葉を伝えましょう」
と懐を探り出して紙を取り出した。どうやら脇の下あたりに入れていたようで、湿って見える。
「みなさん、こちらはもう冬ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか、おそらく見知らぬ土地で経済苦を抱えて苦闘されていることと思いますが、みなさんは自らの力で必ず乗り越えられると信じています」
と言って、さらに懐を探るボブ。小さな紙切れを取り出した。
「じゃじゃーん! 二千ゴンドルピーの仕送りを再開しましたー」
と汗に湿った小切手を高々と掲げた。しかし、周囲の反応が鈍い。
「あ、あんまもう必要ないかな……」
といったん小切手を受け取ってから投げ返したクルト。
「え? そうなの?」
ボブもそれを拾ってそれを懐にしまいつつ不思議そうな顔だ。
「あ、あの庭石が高く売れたのか」
と手をポンと叩いて納得するボブ。
「それもあるけど……」
クルトがズボンのポケットから金貨を数枚取り出し、ボブに渡した。
「帰りに良かったら使ってくれていいよ。ピエールがいくらでも錬金してくれるから」
ピエールが親指を立てるのを見て、ほお、とやや驚きつつありがとうと言って受け取るボブ。
「では、マルーシャ女王の言葉を続けます……」
二枚目の紙にうつるボブ。
「さて、霜も降りてそぞろ寒く火鉢が恋しくなり、そろそろ反撃の季節と存じます。幸い、アショフ共和国は再びグラネロ城海岸に艦隊を送ることが虫の知らせで入っておる昨今、こちらもそれに乗じて反撃させていただきたく」
ボブはそこでいったん切って水を所望した。
「あなたがたにはただちにムーア市を平定し、そのうえで敵の首都ゴンドを目ざしていただきたく、よろしくお願いいたします」
「ムーア市を平定!?」
驚くマルヴィナ。他の者たちも険しい眼差しで聞いている。
「あとは口で伝えるように言われましたが、あなたがたの魔法の力を使えばきっと問題ないとおっしゃられていました」
とボブ。
「そう簡単に言われても……」
とマルヴィナ。
「その後、艦隊からグアン将軍が首都ゴンド近郊に上陸し、マルーシャ女王もゴンドワナ大陸北方から大軍を上陸させるとのことです。したがって、マルヴィナ皇帝陛下におかれましては、その圧力を利用して首都ゴンドを急襲のうえ陥落させてください、とのことでした」
「とのことでしたって……」
相変わらず無茶苦茶なことを言ってくるな、とマルヴィナがふと横を見ると、
「あ!?」
ディタと目が合った。すっかりディタがいることを忘れていた。ボブも状況がわからず不思議な顔でいると、
「あ、えーと……」
ディタはなにか申し訳なさそうな表情をしつつも、
「あの、わたし、魔法とか皇帝とかもう大丈夫だから。ぜんぶ見ちゃったし……」
そのあと、見たことをすべて打ち明けた。
ムーア市の平定に困窮区の人たちもきっと喜んで協力してくれるわ、というディタの言葉でその日は終わった。
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