第32話 必死の努力

 特区までの道を急いだ。


週末前の夜の定期馬車は混んでおり、冒険者の武装のマルヴィナたちを訝し気な目で見てくる者もいた。


「ピエールを襲ったひとたちがまだいたりしないかしら?」

馬車を降りて、マルヴィナが心配そうな表情だったが、ピエールの豪邸についてみると玄関の周囲には誰もいなかった。


「すみませーん」

呼び鈴を押すと、

「どなたですか?」

中から女性の声が聞こえてきた。

「ピエールさんの知り合いです」

ボブとマルヴィナが前で立つと、扉が開いた。お手伝いさんの格好をした女性が中へ招き入れた。


「旦那様はこちらです」

広い庭から豪邸に入り、そこを六人が案内されてずんずん入っていく。そこは、すぐ外にプールがあるリビングのひとつだった。

「あ!?」

絨毯の上に大きなバスタオルが敷かれ、その上にピエールの体が横たえられていた。衣類は取り去られて、ひざ丈の白い水着を履かされている。ピエールの体は、出血のためか痩せ細り、干からびてミイラのように見えた。


マルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、クルト、そしてボブが、神妙な面持ちで取り囲んで立つ。

「これは……?」

マルヴィナがふとそのお手伝いさんを見た。

「ええ、これは、旦那様が生前に好きだったプールに入るときの恰好にしてあげました。このバスタオルも旦那様のお気に入りです。ゴンド族ではひとが亡くなったときにそうするものでして……」

とその赤褐色の肌の、少し体つきのよい若い女性が答えた。


「わかった、悪くないわね」

そういうと、マルヴィナは持っていた本を広げ、ピエールの遺体の横で跪いた。

「少し下がっていてくれるかしら、さっそく詠唱するわ」

他のメンバーが、さがってリヴィングのソファに腰掛ける。

「アーウームー、冥界神ニュンケの奇跡に感謝する、死体招魂……。ピエールの魂、還って来て!」

手を合掌して目をつぶった。

周囲が見守る中、数分が経過した。


「……」

マルヴィナは目を開けて、いったんソファに座って休憩した。水を一杯飲んでから、遺体の前に戻ってまた祈りの姿勢になる。

「……」

ソファでは雑談が始まり、お手伝いさんがつまみや飲み物や酒をテーブルに持ってきた。

「ちょっと時間がかかるわね……」

という表情で、マルヴィナが再びソファで休憩し、お菓子をかじりつつ果実ジュースを口に含んだ。そのとき、


「ん……」

遺体のあたりから呻き声が聞こえた。

「起きた!?」

端に座っていたクルトが気づいて叫び、お手伝いさんが走り寄る。

「み、水を……」

お手伝いさんが抱き起すと、その人物がそう呟いた。

「これを……」

そこには、すでに二コラが水の入ったデキャンタとコップを差し出している。

お手伝いさんがコップを受け取り、すぐに水を注いでその人物に飲ませた。ゆっくりと、水を口に含んで飲み下していく。


「わ、ワインを……」

次に、ワインを所望した。

「色は?」

ミシェルがすぐそこにあったワインセラーを開け、色を聞いてきた。

「赤を……、ローレシア産を……」

ミシェルが産地を確認して赤ワインを持ってきて、二コラがグラスを持ってきた。

すぐについでその人物に飲ませる。みるみるうちに、血色がよくなってきた。

「いっつ……」

その人物が立ち上がろうとして顔をしかめた。


「大丈夫か?」

手を貸していたミシェルも声をかけた。ヨエルとボブもお菓子をつまみつつソファからその様子を不安げに眺めている。

「あ、あれを……」

立ち上がった人物が何かを所望し、お手伝いさんがすぐに走った。

「これですね」

赤銅色のステッキを持ってきて渡した。

その人物がそれを受け取ると、そのステッキをつきながら足を一歩前に出した。


「お、おい、大丈夫か?」

ミシェルの手から離れたその人物にさらに声をかけるが、

「あ、歩ける、歩けるぞ……」

そう呟きながら、その人物がステッキをついてリビングをゆっくり歩き回る。やや左足を引きずるような歩き方だが、みるみる笑顔が出てきた。

「やった、お、おれは、生き返ったぞー!」

ぐっと拳を作って、その人物が叫んだ。


「あ、あなたはピエール?」

それを眺めながら、マルヴィナが恐る恐る尋ねる。

すると、その人物がマルヴィナのほうを見て、そして大きくうなずいた。それを見て、他のメンバーも顔を見合わせてうなずく。

突然、

「やっほーい!」

ピエールがステッキをリビングの床に投げ捨て、そして走り出した。プールサイドからジャンプして、足から飛び込む。呆気にとられている他のメンバーと、微笑みながら見ているお手伝いさんだが、ピエールはずぶ濡れですぐにあがってきた。


「す、すまない、君たちに見せないといけないものがあった」

と、お手伝いさんに大きめの庭石を拾ってくるよう告げると、リビングにあがってきた。バスタオルを拾って体を拭く。

「わたしが死んでいる間、わたしはアストラル界の図書館でずいぶんと勉強した。その成果を今から見せよう」

そういうと、お手伝いさんが持ってきた両手で抱える程度の大きさの庭石をリビングの絨毯の上に置いた。何が始まるのかと、みんなが覗き込んでくる。


「少し下がっていてくれ」

ピエールは、水着姿のまま座禅を組み、両手で印を結んだ。目もつぶる。

「アーウームー、豊穣神ココペリよ、我に水とワインを与えたまえ。金剛錬金、フリーゴールド!」

ピエールが詠唱して叫ぶ。

「……」

しばらく時間が経過した。

「あ!?」

「え!?」

「うそ!?」

最初のヨエルの声に、他の者も次々とそれに気づく。


「石が、黄金になってる……!?」

ピエールが自慢げにそれを持ち上げて、まずお手伝いさんに渡した。そして、それを順々に回し見していく。

「すげえ……」

「いくらぐらいするんだろう?」

「わたしは、何の努力もなく金を作り出す力を手に入れた。どうかな? 気に入ってくれたかな?」

と言っているうちに、ピエールが再びふらついた。あわててミシェルと二コラが近寄って支える。やつれて顔色が悪い。


「わ、ワインを……」

もう一度赤ワインをグラスに入れて渡すと、ピエールはそのグラスを一気に飲んだあとに、ボトルもそのまま口につけて一気に飲み干してしまった。一瞬で顔色が良くなり、見た目に肉付きもよくなった。

「ようし、やったぞー!」

再びプールに走って行ってドボンと飛び込む。

「おーい、君たちもおいでよ!」

ピエールが叫ぶと、

「ようし!」

クルトとヨエルとボブが服を脱ぎ捨てて下着姿になって、プールに走り出した。


「まったく男どもは……」

呆れてそれを眺めながら、マルヴィナたちがソファに座った。

「これでなんとなくお金の問題は解決しそうね」

マルヴィナの言葉に、二コラとミシェルが同意してうなずいた。

「しかし、あの石を金に変える技は、いつでも使えるものなんだろうか? さっき本人は何の努力もいらないようなことを言っていたが……」

とミシェル。


「しかし詠唱後には明らかに消耗していたようにも見える」

と二コラ。

「そうね。どうしたものかしら」

とマルヴィナがふたたびお菓子をつまみだすと、

「いや、すまない。今後のことについて話すべきだった」

とピエールが再びプールからあがってきた。他の三人はまだプールで騒いでいる。どこからか革製の空気の入ったボールや浮き輪を使っている。


タオルで体を包んだピエールがソファに座って話し出した。

「さっきの呪文は、錬金術の一種だ。わたしにとっては何の努力もいらないが、より効率のよいやりかたがある」

とピエールはさらにワインを持ってくるようにお手伝いさんに伝えた。

「できれば、庭石よりも熱した金属などのほうが効率よく金や銀に変えられる。安く大量の金属があればなおいい。あと、できればすぐ近くにプールもあるといい。熱した金属の近くにいると体温がどしてもあがってしまうのでね」


「そうね、何かそういう錬金術に適した場所があるといいのだけれど……」

とマルヴィナが思案顔になると、

「あの、わたしの実家が困窮区の鉄工所なんですけど……」

そばで立っていたお手伝いさんがマルヴィナたちに告げた。

「鉄工所? それはおあつらえ向きね」

とマルヴィナがピエールのほうを向くと、ワインを口に含みながらピエールもうなずいた。

「よし、じゃあお手伝いさんの実家に交渉して、そこにプールをつくって黄金を作りまくりましょう!」

とマルヴィナが言ったとき、ボブがプールからあがってきた。


「書簡のことを忘れていたよ」

と大きなパンツの中から筒を取り出して、それを開けてピエールに渡した。完全に水に浸かったその紙をピエールが広げて眺める。

「ふむ、マルーシャ女王が、わたしにゾンビ帝国の宰相になれと言ってきている」

「ええ!?」

マルヴィナたちが驚いているが、

「どうでしょう、悪い話ではないと思いますが」

とボブも全身から水を滴らせながら言った。


「ふむ。わたしが宰相になれば、何の努力もなくお金の問題はすべて解決するでしょう」

と立ち上がり、ボブとピエールが固く握手した。そして、奇声をあげて二人が再びプールへ走り出す。

こんなことで逆に大丈夫かな、とやや心配になりつつもマルヴィナはその光景を眺めるのであった。

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