第20話 偉大な岩窟
木製の扉は、すんなりと開いた。
「待て!」
一歩踏み込もうとしたミシェルが叫んだ。
「どうした?」
クルトとヨエルがすぐ後ろでミシェルの大きな体を避けて覗き込んだ。
「木製の床がある!」
「本当か? どうするみんな? これはやばいぞ」
クルトが誰となく聞くと、
「行きましょう」
と最後尾でマルヴィナ。よし、とミシェルが警戒しながら入っていく。
「なんだこれは……、木製の廊下の左に、偉大なるリビングルーム、右に偉大なる応接室……」
それぞれの部屋の扉は開いており、その入り口上部に部屋の名前が木製の板に書かれて表示されていた。
「どうする? 部屋を覗いていくか?」
ちらっと見た感じでは、それぞれの部屋はそれなりの広さがあるようだ。奥まで続いている。
誰も何も答えないので、ミシェルがその廊下をさらに進んでいく。
「偉大なるキッチン、偉大なる寝室松、偉大なる寝室竹、偉大なる寝室梅、偉大なるバスルーム……。あたし、こんなの初めて見るよ」
そして、廊下の一番奥に、偉大なる作業部屋と書かれた扉があった。
「開けるよ」
とミシェルが扉に手をかけた。やはり、扉はすんなりと開いた。
「こ、これは……、作業部屋だな」
たくさんの本棚と、そして雑多なものがたくさん置いてある。
「入り給え」
奥から声がした。
六人が警戒しながら進んでいくと、老人が作業机の奥で座っていた。机には読みかけの本や小さな雑貨などのものが散らかっていた。
「あなたは……」
ミシェルが尋ねる。
「この人は、フィールドクリエイターのラオよ!」
老人が何か言いかける前に、マルヴィナが指さして言った。
「知っているのか、マルヴィナ!?」
クルトが叫び、ミシェル、二コラとピエールも驚いてマルヴィナのほうを見た。
「そうだ、たしかにそんな名前だった」
と今度はヨエル。
老人があらためて口を開いた。
「そう。いや、プライムクリエイターじゃ。一般には偉大なる魔法使いラオとして名が通っているがの」
まあ、とりあえず座るがよい、と老人に促され、それぞれが座れそうなものに腰を下ろした。
「ここはあなたの家なの?」
マルヴィナがさっそく聞いた。
「そうじゃ。わしはこのゴンドワナ大陸にもいくつか家を持っておるからの」
とラオが答えた。
「こんな遺跡の中に家を造ったのね」
「家だけじゃなく、この遺跡自体わしが作ったものだよ」
「え?」
それには他のメンバーも驚いた。
「あなたが造ったの? な、なんかガッカリだわ……」
「なんだと!?」
そのマルヴィナの言葉に、今度は老人がびっくりしている。
「古代人が古代に造ったと思っていたのに。目の前の人間が造ったと言われると、なんかガッカリなのよ」
とマルヴィナが二コラのほうを見て、二コラもうなずいて同意した。
「ふうむ、そういうもんかの。わしはてっきり喜んで称賛してくれるかと思ったんじゃが」
と続けて、
「二十年前に二時間ほどかけて作ったんじゃがのう。そのあとに数千年前から存在するものとして人々に発見された……」
「え? けっこう最近!?」
聞いていた者たちが、さらにガッカリだという表情を示した。
「あ、いや、忘れてくれ」
ところで、と老人。
「今日はどんな用事でここに参られたのかな?」
そう言われて、マルヴィナが腕組みする。
「そうねえ、今日は何をいただこうかしら」
同時に、なんだか口がさびしいと表情で訴えた。
「おお、そうかすまん。しかし、パリザダが買い物に行ってまだ帰ってきておらんからのう」
と謝る老人。
「ここで何かもらえるのか?」
とクルトとミシェルと二コラがマルヴィナのほうを見た。
「そうよ、このおじいさんに頼めば、欲しいものがなんでも貰えるの」
その言葉に、ピエールも興味深げにマルヴィナと老人を交互に見た。
「よし、じゃあおれから」
クルトが手をあげた。
「店では売っていない、火炎棒というのがあれば欲しいんだけど」
「火炎棒とな?」
老人が火炎棒火炎棒と口の中で繰り返す。
「店では買えん、火炎棒か……。おお、そうじゃ!」
老人は、ちょっと待っておれと部屋を出て行った。
「これじゃ。わしの寝室に付いておるトイレの引き戸の鍵が壊れたから、つっかえ棒として使っていたんじゃ」
とクルトに渡す。
「あ、意外と短いね」
立ち上がったクルトがそれを持つと、地面から腰ぐらいまでの長さだ。クルトが座りつつ棒のニオイをそっと嗅いだ。
「いや、大丈夫じゃよ」
と老人も椅子に座りなおす。
「それは補完タイプの武器でな。一見通常のやつより短いが、使いこなせるようになると、棒の先が具現化するんじゃ。それも炎付きでな」
「でも、おれは炎属性の魔法が使えないし、そう簡単に出るもんかな?」
と何気に棒を縦に軽く振った。
「ぼう!」
と大きな炎が飛び出し、それが老人へ向かう。老人はさっと顔を避け、逃げ遅れた白髪のひげと髪の毛の先っちょがチリチリと燃え、焦げ臭いにおいがあたりに漂った。
「あ、えっと……、すみません」
咄嗟にクルトが謝り、
「いや、いいんじゃよいいんじゃよ」
と無理に笑いながら、ひげの先をやや悲しそうに見つめる老人。
「じゃあ次はぼくだな。何か、木属性魔法を練習するのに便利なものがあれば……」
と二コラが老人に言った。
「ほう、木属性魔法とな。ちょっと待っておれ」
老人は、すぐうしろの棚から何か取り出してはたいた。
「これじゃこれ、どうじゃ、わしとおそろいの作業服じゃよ」
広げたそれは、老人が着ているオレンジと色違いの、テカテカと青く光沢した上下に続いた作業服だった。
「いいじゃない」
とマルヴィナ。
「背丈もそんなに変わらんし、伸びる素材じゃからサイズも大丈夫じゃろ」
と二コラに渡す。
「ありがとう」
と二コラが受け取り、さっとニオイを嗅いでうなずいた。問題ないようだ。
「次はあたしね。何か、美容にいいものがほしいんだけど」
「美容!?」
ミシェルの言葉に、他のメンバーが驚いた。
「いや、その、何か強い武器とかもほしいんだけど、最近近所の奥さんたちの嫉妬が面倒でね」
ヨエルがこんな感じだから、と付け加えた。
「そうか、たいへんだね」
と二コラ。
「そうか、ふむふむ。美容器具か……」
老人が考え込む。
「おお、そうか、パリザダの部屋にあったな」
と立ち上がる。
ヨエルが、大丈夫ですかという表情になるが、
「いや、帰ってきたら伝えておけばいいじゃろう」
と部屋を出ていく老人。すぐ戻ってきた。
「これじゃ、黄金の青竹じゃ」
と、埃を袖で拭き取ってミシェルに渡した。
「黄金の青竹……」
筒状のそれは、黄金でも青くもなく、乾燥したただの竹に見える。
「ふたつに分かれておるじゃろ、それを床に置いて、踏んでみるのじゃ」
そう言われて、さっそくそれをふたつ床に置き、ブーツと靴下を脱いで素足で踏み始めるミシェル。
「うん、ふつうに気持ちいいね」
と気に入ったようだ。
「その竹は、踏めば踏むほど魔法の力で体を内部から綺麗にして、強くしてくれる。それに加えてマナも溜まるし、いろいろと一石二鳥なんじゃが」
と老人。
「難点は、ふつうの竹と間違えて捨ててしまうことじゃよ」
「わかった。間違えないように、何か印を付けておくよ」
とミシェルがその竹を裏返して見ると、
「あ、ふたつともパリザダと書いてある。これなら大丈夫だね」
と座りなおして靴下とブーツを履きなおした。
そのとき、
「あら、お客さんかい?」
作業室に顔をのぞかせた老婆、天井まで届きそうな背丈だった。
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