第19話 休日出勤

 久しぶりの三連休だった。


そして、久しぶりに遺跡に来ていた。そこは、レナ川河口近くの、ほとんど観光地となっている巨大遺跡だった。


「さあ、入ってみよう」

二コラを先頭に入っていく。今回は、ディタが休日出勤で参加しておらず、マルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、クルト、ピエールの六人で定期船を使って訪れていた。

「すごいね」

巨大遺跡は自然の山を掘って作られたようで、巨大な入口が山の中へ続いている。そこを、多くの観光客と一緒に歩いて入っていく。


「遺跡に入るのは無料なの?」

マルヴィナが二コラに聞いた。

「ああ、そうだよ。ここはアショフ共和国の首都ゴンドからもそんなに離れていないから、見た通り観光客も多いんだ」

「でもさあ」

とクルト。

「こんな一般人が多いところに冒険できる場所なんて本当にあるのか?」

「そうだよね。今回はディタがいないし、せっかくだから気兼ねせずにできる限り奥深くまでいってみたいんだけど……」

とマルヴィナ。遺跡の通路は広く、六人が横に並んで歩けるぐらいの幅があった。


「そうだよ。ぼくが仕事中に得た情報では、この巨大遺跡のどこかに隠された入り口があって、そこから広大な地下へいくことができるらしい」

と二コラが言った。

そして、

「着いた」

とほかのメンバーに告げた。そこは、天然の石壁の巨大な地下空間になっていた。

「ここは、王の超広間と呼ばれていて、この空間がどうやって作られたのか、人工物なのか自然なのかもわかっていない。惑星七不思議のひとつなんだ」

へえ、とほかのメンバー。


「そして、たいていの観光客は、この超広間の奥からやや登り通路の先にある、古代王の玄室へ進む」

と広間の先のほうを指さした。

「面白そうね」

とマルヴィナ。

「古代王の玄室はパワースポットとしても有名で、爆速で体を癒してくれるんだ。しかもそこからさらに、この遺跡が存在する山の山頂へ続く隠し通路があってね。観光客はそっちへ行ってしまう」


「みんな行くのに隠し通路なの?」

「それは商売のためのうまいネーミングさ」

と二コラ。うしろを歩いていたヨエル、ミシェルとピエールも追いついてきた。

「山頂の出口を出たところには、商売上手な露店がたくさん並んでいる。というのはあくまでも聞いた話だけどね」

と二コラが笑って見せた。そして、

「ぼくらは遺跡内部から山頂へ向かうルートへは行かない。この王の超広間の左右の壁は、照明が届いておらず暗くなって見えづらいけれど、小部屋が無数に並んだような構造になってるんだ」


「ふうん」

と目を凝らしてそっちを見渡す残りのメンバー。

「そのどこかに、地下への入り口を教えてくれる案内人がいるらしい。それをみんなで探そう。ただし、地下へ行くには、実はけっこうな金額がかかるとも聞いた。そうだよね、ピエール?」

「ああ、わたしもお金持ち仲間にその噂を一度聞いたことがある。しかも、時価なのでその時々で値段が変わるとも。その時価が高い時ほど実はチャンスらしい」

ということで、六人で手分けして広間側面の小部屋を一つひとつ覗いていくことになった。


すると、

「うわあ!」

ヨエルの悲鳴が聞こえた。

「どうした!?」

みんなが集まってくる。小部屋のひとつの中で、ヨエルが心臓のあたりを押さえてハアハア言っている。

「こ、こんなところに、ひとがいたよ、ああびっくりした」

暗がりをよく見ると、確かにフードをかぶったひとがいる。机を置いて椅子に座っており、テーブルの上には占いと書かれた箱が置いてあった。


「なんだ、占いの営業してるだけじゃないの」

とマルヴィナ。さっそく話しかけてみる。

「あの、地下への入り口を探しているんですけど」

「はい、ひとり百ゴールドになります。カタカタ。何名様でご利用ですか? カタカタカタ」

「六人なんですけど」

「では、六百ゴールドになります。カタカタカタ」

そのひとが喋ろうとするごとに、何か回転音のようなものや、カタカタいう音がしてくる。


「このひと、人間じゃないのかしら」

マルヴィナは心の中でそう思った。口元にも、口角から下へくっきりと線が肌に刻まれている。

「六百ゴールドだって」

と振り返って告げた。

「六百ゴールド!? しかもゴンドルピーじゃなくてローレシア大陸の通貨なの?」

すぐうしろにいたミシェルが驚いて繰り返し、二コラやクルト、ヨエルも驚いている。

「え、六百ゴールド!?」

と当のマルヴィナも自分の言葉に驚いた。


「すまない、わたしがやろう」

とピエールが前に出てきて、

「小切手で問題ないかな?」

と懐から紙切れを取り出し、さっと書き込んでからマリオネットのような占い師に渡した。

「ふぃーん、カタカタ、問題ありません」

その人物が答えた。先ほどから、性別もよくわからない、中性的な声だ。

「ではこちらへ」

と壁を手で示した。


「えっと、壁なんだけど……」

マルヴィナが躊躇すると、

「触ってみろよ」

とクルトが言った。マルヴィナが恐る恐るその石壁を触ると、

「え? 布?」

壁がめくれ上がった。

「中に入れそうだね。暗いや」

とヨエルが覗き込んで躊躇する。


「ぼくが先に行こう」

暗い場所でも目が効く二コラを先頭に入っていくことにした。

そこは空気がひんやりとしており、すぐに大人三人程度の幅の階段があった。そこを六人で順に降りていく。

「少し目が慣れてきたね」

階段は、途中に何度も踊り場があり、石の素材のせいなのか、ほんのり光っているようで視界があった。壁は触ると岩を削ったような感触。

「この遺跡自体が、ひとつの岩でできている、という説もあるんだ」

二コラのささやくような声なのだが、やたらと階段内に響く。


「どこまで降りるんだろう?」

八階分の階段を降りたぐらいで下に着き、その通路の先に灯りが見えてきた。

「道が分かれているね」

二コラが立ち止まった。

「どっちだろう?」

と見てみると、片方は白い大理石のようなもので覆われ、間接照明のようなもので視界もあかるい通路。もうひとつは、さっきの階段と同じような材質、照明もなく暗い通路。

「あ、だめだ、関係者以外立ち入り禁止だってさ」

クルトが、きれいな大理石側の通路に小さな立て看板を見つけたようだ。


「しかたがない、こっちへ行こう」

二コラを先頭に、暗い岩窟の通路へ進んだ。

「少し警戒したほうがいいね」

とミシェル。今回も、全員完全装備だ。二コラを先頭に、ミシェル、ヨエル、クルトと続き、そのうしろにマルヴィナとピエール。いつ戦闘が始まってもいいように陣形を組みながら歩く。

だが、

「こういう時に限って意外と何も出てこないね」

岩窟が三十分ほど続き、しかも何も出てこない。


二コラが語りだした。

「かつて、いにしえの時代。旅団、というのが存在したんだ」

通路は緩やかに登ったり下ったりを繰り返し、空気はさらにひんやりしてきた。

「今でいう、プロの冒険者集団だね。その中に、白狐旅団というのがあった」

二コラのささやく声が岩窟内に響き、ときどきやまびこのように二度繰り返された。

「その当時の旅団の冒険のしかたは、たとえば洞窟に入る前に、洞窟の地図や構造や、出現する生物やモンスターなどを全て調べたうえで冒険を進めたらしい。安全性や確実性を高めるためにね」


「へえ。わたしたちもいつかそうしたいわね」

とマルヴィナ。二コラはふふっと笑って、

「たしかに。だけど、当時の旅団は、実際に冒険をするグループは今のぼくたちと同じように六人、あるいは多くても十二人ぐらいだったけど、サポートするメンバーがその何倍もいたらしい」

ふうん、それはすごいねと他のメンバー。

「いつかは、そんなかたちで超高難易度の探索を、ぼくはやってみたい」

そう二コラが夢想したとき、行先に灯りが見えてきた。


「あれはなんだろう?」

とヨエル。

見えてきたのは、大理石のようなきれいな白い壁の通路、その先にさらに通路が続くのだが、手前に何か縦長の扉のようなものがある。

「これは……昇降機だな」

とクルトがその前に来て、さっと上下を見て言った。

「昇降機?」

他のメンバーも集まってくる。

「乗ってみるか?」

と二コラ。


「とりあえず、中に入ってみましょう」

とマルヴィナ。自分が勤めるギルドの建物の昇降機とあまり変わらない感じだった。扉の横にある大きなボタンを押すと、チーンと音がして扉が開いた。

「今いるところが十、この昇降機は下にしか行かないようだけど、その先の数字は六十しかない。乗ってしまって大丈夫か?」

とミシェル。

「行くしかないわね。六百ゴールド払っちゃったし」

自分が払ったわけではないが、もったいない気がしてきたマルヴィナ。


「よし、いつ何が出てきてもよい体勢で行こう!」

ミシェルが威勢よく言って、昇降機を作動させた。

扉が閉まると、とても滑らかに昇降機が始動し、地下深くへ降りていく。

「誰が作ったんだろうね」

とヨエルがつぶやく。確かに、全体的にやけに高級感を感じる造りだ。

数分で六十に到着し、扉が開いて六人が身構えた。そこは上の階と同じように大理石の通路が続き、六人が昇降機から外へ出る。


「扉がある!」

豪勢な造りの木製の扉がある。

「看板があるぜ!」

クルトが叫んだ。

「偉大なる岩窟?」

と看板に大書されていた。


マルヴィナは少し嫌な予感がした。

「開けるぞ!?」

ミシェルがさっと自分の後ろを見て戦闘準備ができていることを確認して、大きな扉のノブに手をかけた。

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