第37話 首相官邸

 その夜。


六頭立て、六人乗りの高速馬車が用意され、ピエールが御者席に座った。


「着くのは明日の朝ごろだろう。君たちは中で眠っていてくれ」

「あなたは寝なくて大丈夫なの?」

マルヴィナが聞くと、


「わたしはゾンビだから寝なくても大丈夫だ」

と答えて手綱と鞭を持ったピエール。

客車にマルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、クルト、そしてディタの六人が乗り込んだ。

「ふう」

席に座って思わずため息が出たマルヴィナ。馬車が走り出した。


「ゴンドかあ」

隣で楽しみだなあとディタ。

「そうねえ……」

マルヴィナもまだ行ったことがないのだが、旅行で行くわけではない。どちらかというと、激しい戦闘になりそうな気がして少し緊張していた。

「だけど、向こうに行ってどうする? まずは首相の影武者に給料を渡して少しサポートしてあげるとしても」

とミシェル。


「クルト、君は何かアイデアがありそうだけど?」

二コラがクルトのほうを向いて聞いた。ヨエルはもう眠そうだ。

「ああ」

クルトが返事した。

「おれのアイデアはこうだ……」

とクルトが話し始めた。

「まず、いったんその影武者と会って話し合い、おれたちゾンビ帝国に降伏するように説得する。もし説得に成功したら、そのあとでおそらくアショフ共和国の出資者を説得しないといけない」


「アショフ共和国の出資者?」

と二コラ。

「そうなんだ。おれの推測では、この国には最高権力者のうしろにさらに出資者というのがいる。そいつらを攻略しないかぎり、この国を陥落させることは無理かもしれない」

「でも、そうだとしてもそんなにうまくいくかしら」

とマルヴィナ。

「もちろん、その影武者がどんな奴か、素直にこっちの言うことを聞いてくれるかも関係してくるし、マルーシャ女王が送った陸軍や艦隊の動きも関係してくるな」


「そうねえ。でも、国ってそんなに簡単に手に入るものなのかしら。マルーシャ女王は簡単に陥落させよって伝えてきたけれど……」

さすがに首をひねるマルヴィナ。

他のメンバーも、確かにそこは確信が無いようだった。そのうち、六人とも時間が過ぎて馬車が進む振動に揺られながら眠り始めた。


 マルヴィナがふと目を覚ますと、

馬車がすでに停止していた。


「いつつ……、よっこらしょ」

ずっと座って寝ていたからか、腰回りが痛い。なんとか伸ばしつつ立ち上がった。他のメンバーはすでに外に出ているようだ。客車からストンと地面に降りると、

「あ、マルヴィナ、おはよう」

ディタが挨拶してきた。

「ここは……」

「なにか広い公園みたいね」

とディタが指さしたさきに、トイレのようなものがあった。


「いっしょに行く?」

「うん」

途中、公園のベンチで他のメンバーが朝食を食べていたので、挨拶して通り過ぎる。戻ってきて、マルヴィナとディタも空いたベンチに座り、持ってきたクッキーなどの軽い朝食を摂った。

「よし、首相官邸はここからすぐ近くだ」

ピエールが声をかけて、朝食を終えたメンバーが客車に再び乗り込む。

「ムーア市の特区よりも、道が広くて建物も大きいね。さすが首都だわ」

窓の外の景色を眺めながらディタが呟いた。


「うん。でもひとはそんなに多くないわね」

人の多い中心街から外れているからだろうか、広い道にも関わらず、人や馬車にあまりすれ違わない。

しばらく馬車が走って、目的地についた。うーん、とのびをしてそれぞれが客車を降りていく。そこは広い馬車の停車場だった。百台以上止まれそうだが、ほとんど空いている。

「時間もちょうど良さそうだ。さっそく行ってみよう」

とピエールが促した。七人が、首相官邸の大きな建物の玄関へ歩いていく。

「おはようございまーす!」

玄関窓口でディタが大きな声で挨拶した。


「はい、どういったご用件でしょうか?」

めずらしい赤と白の制服を来た衛兵が窓口の向こうで答えた。

「ムーア市から、影武者ギルドの支援で来ました。リシャール・カプレさんに会えますでしょうか?」

「ああ、影武者ギルドの支援ですね、ご苦労様です。ロビーのソファに座ってお待ちください」

そう言われて、建物の中へ入ってロビーのソファに腰掛ける七人。

「まるでホテルね」

と感嘆するディタ。内装などもとても豪華で、超高級ホテルといった趣だった。役所に近い雰囲気を想像していた者たちの期待が良い方向に外れた。


その人物はすぐにやってきた。

「ぼくがリシャール・カプレです、おはよう」

と挨拶し、

「わたしがディタ・ドピタよ!」

マルヴィナたちがそれぞれ順に名乗って握手していく。リシャールは長身に白い肌、金髪でスタイルの良いハンサムな青年だった。年齢も若そうだ。

「こんなにたくさんで来てもらってとても助かるよ。ぼくも君たちと同じムーア市出身さ。そして見た通り、ぼくは容姿端麗で語学堪能、実務経験も豊富でとても優秀なんだけど、さすがに影武者ひとりでは対応が厳しくなってきていてね」

とリシャールもソファに腰を降ろした。


「この官邸は宿泊施設もついてるんだ。まずはチェックインして落ち着いてもらって、それからもう一度集合して話をさせていただこう」

他のメンバーがうなずいたのを見て、リシャールがパチンと指を鳴らした。衛兵の一人があらわれ、リシャールが何か耳打ちする。

数秒後、

「お部屋のご用意ができました」

衛兵三名が荷物を載せるカートを引いて現れた。

「皆様は最上階の十五階のお部屋になりますが、ヨエル様、クルト様、ピエール様の三名が同じ部屋の一五〇一、二コラ様、ミシェル様の二名が一五〇二、マルヴィナ様、ディタ様が一五〇三となります」

と案内してくれた。


そのまま、巨大な昇降機を使って全員が一度に上がっていく。

「うわあ、すごいね!」

一五〇三に入ると、さっそくディタがはしゃぎはじめた。

「何か御用があればいつでもお申し付けください」

荷物を運んでくれた若い衛兵がそう言って部屋を出ていった。

「こんな部屋に泊まれるなんて、一生に一度あるかないかだよね!?」

「そうね。ちょっと休憩したら一階の会議室に行こうか」

「うわあ、トイレとお風呂が別になってるよ、このベッドはキングサイズね、リビングに執務用のデスクまであるわ、あら、水晶器がふたつ、洗面所はお湯がでるみたいよ」


準備をして、昇降機で降りて一階へ向かう。すでにほかのメンバーがロビーに集まっており、リシャールが会議室へ案内してくれた。

「この会議室一〇二は滞在中に我々がずっと使えるように押さえたので、いつでも使ってくれ」

とリシャール。二十人ほどが使える広さがあり、人数分の小ぶりの水晶器らしきものもあった。部屋の端のテーブルの上には飲み物のボトルが数十本とコップ類。

全員が席につくと、

「まず、いきなりで申し訳ないんだが、みなさんに聞きたいことがあってね。変な質問で申し訳ないんだが、みなさんの知り合いにお金持ちはいないかな?」

とリシャールが聞いた。


すると、ミシェルがあっと何か思い出したような顔をして、懐から小さな麻の袋を取り出して、リシャールに渡した。

「ああ、これは今月の給与かな?」

というリシャールの問いに、そうだとうなずいたミシェル。

「あ、ありがとう。これはこれで助かるよ。ただ、ぼくが聞きたかったのは、みなさんの知り合いで誰かものすごくお金持ちはいないかな、と思って」

その言葉に、ピエールの頬がぴくりと動いた。

「それも、桁違いの、そうだね、簡略に言うと、国を買い取れるぐらいの大富豪と言えばいいかな。あ、いや、変な質問をいきなりして申し訳ない」


マルヴィナたちがピエールの方を見て、そっと手をあげるピエール。

「え!?」

という顔のリシャール。

「ここにいるピエールなら、国でも買い取れるかもしれない。どうかしら?」

と問うマルヴィナに、まんざらでもないという表情でうなずくピエール。

「んな、本当か? じゃあ、あとで詳しくその件について話をさせてくれ。今日にもエージェントと会合をするから、そのときに交渉できるとベストなんだ」

「エージェントと交渉?」

とマルヴィナ。


「ああ。実はこの国は出資者で動かされていて、あ、いや、君たちには初耳で何を言っているかわからないかもしれないが、あとで詳しく話そう。その出資者の代表であるエージェントと会合して国の方針をいつも決めているんだよ」

「ああ、やっぱりそうか」

とクルト。その言葉に、また驚いた表情のリシャール。

「うん? もしかしてもう事情を知っているのか? それなら話は早いが……。しかし、最も大きな問題は、その出資者たちが国外の人間かもしれないということなんだ。それともうひとつ、つかぬことをお聞きしたいのだが」

と申し訳なさそうにリシャール。


「実は、影武者ギルド長にもう聞いたかもしれないが、この国の首相本人は先日逃走してしまってね……」

「どうして逃げ出したの?」

さっそく聞いてみるマルヴィナ。

「実は、これもぼくは昨日報告を受けて知ったんだが、アショフ共和国の艦隊がローレシア大陸南端沖でローレシア連合艦隊と戦闘して壊滅したらしいんだ。その連合艦隊がこの国に迫っているようでね」

「ふうむ」

「それで、これもアルバイトの君たちにはいきなり難しい話かもしれないが、官邸の業務というのは実は業務ストーリーというのをベースにしていて、その業務ストーリーに国の艦隊が負けた場合の対処法の記載がなかったらしいんだ。どうもそれが主な原因で、首相本人が切羽詰まって逃げ出したらしいんだが」

リシャールが続けて、


「それで、また変な質問になるんだが、きみたちの知り合いに業務ストーリーを書けるひとはいないかな? というのは、ぼく自身は実は影武者の業務ストーリーを見ないで臨機応変に仕事をしているんだけど、官邸の業務は昔からストーリーをベースにやっていて、それがないとなかなか担当者が業務を進められなくなってしまっているんだよ。あ、いや、支援にきてくれていきなり無理な要望で申し訳ないんだが……」

「業務ストーリーの開発元に修正を問い合わせたらだめなの?」

と聞くマルヴィナ。

「それがね、なんでも、ムーア市にあるその業務ストーリーを作っている大手ギルドが災害にあったらしくてね。きみたちも来る前に何か聞いてないか? 急ぎで修正をお願いしていたんだが、急に対応できないと連絡してきてね」


「あ、あの……」

そこでディタが手を挙げた。

「どうぞディタさん」

とリシャールが促した。

「わ、わたしとクルトが最新のストーリー、業務物語三〇〇〇の開発経験者なんですけど……」

ディタの言葉にクルトが腕組みしながらうなずく。

「な、なんだって!? 影武者支援メンバーにストーリー開発者がいる!? そんな都合のいいことが……、いやしかし、それは助かる。さっそくすぐにでもストーリーを作ってもらいたいかもしれない。あとで詳細を打ち合わせしましょう」

リシャールはやや興奮した表情で言った。マルヴィナも何か言いかけるが、リシャールが続ける。


「あともうひとつ……」

また申し訳なさそうに言葉をいったん切った。

「これも無理難題を承知でお尋ねしたいんだが、君たちのなかにアイヒホルン王国のマルーシャ女王の知り合いはいないかな? 実はローレシア大陸の国々と国交が途絶えてしまって、しかも今集まってきている情報ではローレシア連合軍を追い返すことがかなり困難な状況に見えているんだ。だから、できれば首都防衛の準備をしつつ同時に講和の話も進めたいんだ。しかし、さすがに支援で来たただのアルバイトの君たちには無理難題過ぎるか……、あ、いや、忘れてくれ」

「あ、それならできるよ」

とマルヴィナ。


「え……!?」

リシャールが驚いて声も出ない。

「マルーシャ女王とわたしは、影武者をやってた仲だし」

「マルーシャ女王の影武者をやってただと!?」

とリシャール。驚いてマルヴィナの顔をじっと見つめたままだ。

「あ、あんまり口外しないでほしいんだけど……」

「も、もちろんだとも。じゃあ、あとで具体的にどうするか打ち合わせしましょう。マルーシャ女王との連絡方法とかは何かあるのかな?」


「そうねえ、連絡員がいたんだけど、次いつ来るのかしら……」

「ボブがいつ来るかわからないし、こちらから使者を送るのもありかもしれないね」

と言ったのは二コラ。何なら自分が行ってこようかという雰囲気だ。

「よし、じゃあ、午後のエージェントとの会合までに、さっきの件の詳細をそれぞれ打ち合わせてしまいましょう」

とリシャールがパンと手を叩き、いったんトイレ休憩となった。


忙しい一日になりそうだった。

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