第17話 工場実習

 翌週の月曜日。


朝から、工場へ直接出勤した。工場の開始はデスクワークの部署よりも早く、マルヴィナはいつもより二時間も早い時間に眠そうに目をこすりながら敷地内を歩いていた。


「おい、そこを通るな!」

警備員のようなひとに注意され、別の道を通る。どうやら荷馬車の発着場を横切ろうとしていたようだ。この時間にすでに多くのひとが行き来している。


「ここかな」

ひときわ大きな建物の中へ入っていく。

「おはようございます、マルヴィナ・ヨナークです。工場実習に来ました」

窓口でそう告げると、若い女性が出てきた。

「こちらです」

工場実習の初日は、現場のある建屋があまりに広くて迷う可能性があるので、人事部のひとが案内してくれるのだ。

「これに着替えてください」

そこは更衣室で、マルヴィナは手渡された鼠色の上着を着て場内靴に履き替え、帽子をかぶった。


「では、職場へ行きましょう」

しかし、その建物は、初めて来たからそう感じるのかわからないが、迷路のようだった。

しばらく歩いて、

「おーい、セザール!」

現場に着いたのか、その女性が大きな声でたくさん棚が並んだ場所へ呼びかけた。

すぐに男性が出てきて、

「ピッキングのセザールです」

とマルヴィナに自己紹介した。


人事部の若い女性はすぐ迷路に消えていき、どこからか音楽が鳴り出した。

「規則体操第一!」

どういう仕組みになっているのか、天井からそういう大きな声が聞こえ、どうやらその音楽に合わせて準備体操をするようだ。マルヴィナも見よう見まねで準備体操をするが、ムーア学園の体育の授業でやっていたのとほぼ同じだった。

「じゃあ、説明しながらやるので作業を手伝ってください」

体操が終わり、セザールについていった。

「ここは、オプションラインのピッキングと言って、この後のオプションライン製品組み立て行程で必要な部品を集めるところです」


そこまでセザールが言って、口で説明してもよくわからないだろうから、さっそく始めようということになった。

「まずは、発注票を確認しましょう」

たくさん棚が並んだそのエリアの端にある机にいくと、そこに紙を入れるトレイがあった。

「ここに発注票が来るので、これを確認しながら部品を集めます」

「はい」

とその発注票というのをちらりと見ると、表になっていて文字や数字がびっしりかきこまれていてあまりよくわからない。


「じゃあ、そこの台車を押してきてください」

そう言われて、机の横の木でできた台車のバーを掴んだ。台車の上には、持ち手用の穴がふたつあいた大きな空箱。

「じゃあ表の最初のこの部品、背表紙甲三四を二式からいってみましょう」

セザールが歩き始め、マルヴィナが台車を押してついていく。背の高い棚は十列ほども並んでおり、セザールが端の列のある棚の前で止まった。

「ここに背表紙が入った箱があるので、取り出してこっちの箱に入れてください」

そう言われ、マルヴィナが目標の部品が入った箱に手を伸ばす。


「あ、それは背表紙甲二四だから」

どうやら違う部品の箱だったようだ。別の箱に手を伸ばす。

「あ、それは背表紙乙三四だね。背表紙甲三四はこっち」

セザールは、マルヴィナの背後の棚にある箱を指さした。

「あ、はい」

どうやら似たような名前の部品がたくさんあるようだ。

「そう、ふたつ入れてもらって。じゃあ、次はしおり三〇一役所向けその二を五式」

棚の列を移動して、その部品を探す。しおりは細かく種類が大量にあって小さな箱に分かれており、セザールに場所を教えてもらって箱に入れようとした。


「しおり部品は折れ曲がるとだめなので、封筒に入れてから箱にいれてください」

そう言われ、いったん机に戻ってそれ用に用意された封筒を取ってくる。

「じゃあ、次……」

そういった感じで作業が続いていった。セザールは、大量にある部品やその置いてある位置を覚えているようで、マルヴィナがいったん探し、セザールが場所を教えるかたちで作業が進行した。

そのあと、包装紙や箱などを追加し、

「最後は本体を入れましょう。業務物語二〇〇〇役所向け甲二一の三」

本の本体部分が置いてある棚に移動すると、それらしき箱がたくさん並んでいる。


「役所向けはこっちにまとめてあるから」

とセザールに教えてもらい、そこを探した。

「あった!」

それを二式箱に加えた。

「よし。じゃあ、これを次の職場に運んでいきましょう」

台車を押して、二人で通路を移動する。工場にはたくさん人がいるようなのだが、工場自体も広いためか周囲の人影はまばらだった。


「ここです。ここがオプションラインの組み立て工程」

セザールが説明し、作業机が並んで数人が何やら作業をしている。

「そこに箱を並べてくれるかな」

言われたとおり、箱を台車から持ち上げて、同じような箱が並んだ最後に置いた。

「で、この発注票を箱の中の見やすい場所に置いて、と。じゃあ、戻りましょう」

特にそこの作業者に声をかけることもなく、戻っていく。それで次工程の作業も勝手に進むようだ。


そして、次の発注票を開始しようとすると、

「あれ、おっかしいな……」

セザールが票を見ながら首をかしげている。

「なんで金融向けに背表紙特装一〇〇が入ってるんだ?」

しばらく票を睨んでいたが、

「たぶん間違ってるね。いっしょに発注票を作っている部署に行きましょう」

とセザールについていく。


迷路のような建屋を移動していき、階段をいくつか登ったりおりたりした。すると、広いデスクワークの部署にたどり着いた。机が並んでいる中をセザールがどんどん入っていき、そして、若い女性のところで立ち止まった。

「この発注票なんですが」

と声をかけた。

「あ、すみません、すぐなおして持っていきます」

その、マルヴィナとあまり年齢が変わらなそうな女性がセザールに謝った。そして、二人でまた元の現場へ迷路を戻っていく。


戻る道すがら、

「たまに発注票に誤記があるからね、注意して見ないといけなんだよ」

とセザール。しかし、そんな誤記に気づける自信はマルヴィナにはまったくなかった。

そして、次の発注票の作業をしている時、さきほどの女性がやってきて発注票トレイに紙を置き、また戻っていった。


 そうして、お昼休みが来た。

マルヴィナが心配していたのは、その日弁当を持ってきておらず、お昼がどうなるか、ということだった。初対面のセザールといっしょに食べるのもなんか気まずいな、などと考えていたのだが、セザールはお昼休憩の音楽が鳴ったとたんにどこかへ行ってしまった。


「どうしよう……」

だが、たくさんの人がある方向へ歩いており、人の流れができている。その流れに乗ることにした。

「あ、やっぱり食堂だ」

その流れの先は、予想どおり食堂だった。

「でも、ひとりで食べるのかな?」

と思っていると、

「マルヴィナ!」

後ろから呼びかけられた


「ディタ! いっしょに食べる?」

鼠色の作業服を着たディタがいて、ちょうどよかった。

そのあとクルトも見つけ、食券売り場に並んで食券を買ったあとに、三人は一番安い麺類の列に並んでそれを受け取り、広い食堂のテーブルのひとつに座った。

「どう?」

麺をすすりながらディタが聞いてきた。

「うん、なんか部品を揃える職場で難しそうだけど、いっしょに作業してるからなんとかなってる感じかな。ずずず」

麺をすすりながらマルヴィナが答える。ディタはと聞いた。


「わたしは印刷職場だけど、いきなり任されちゃって」

とディタ。

「水晶器に桁を間違えて入力しちゃって、緊急停止とかでなんか大変だったんだ」

「へえ」

実習でいきなり任されるなんて、そら恐ろしい話だとマルヴィナは感じた。

「クルトはどこで実習してるの?」

今度はディタがクルトに聞いた。クルトはすでに麺を食べ終えて汁も飲み干してお腹をなでている。

「え、おれ? おれは製紙工程だよ。そこも機械で自動化されてるから楽なんだけど」

とクルト。


「でも、一緒に機械を監視してるひとが、紙の外注が増えてるらしいって話をずっとしててね」

「紙の外注?」

「そう。他にも安くでいい紙を作る製紙専門のギルドがたくさん出来てきてて、自分たちの仕事が減ってきてて、そのうちなくなるんじゃないかって」

「へえ」

そんな心配があったりするんだ、とディタ。


 午後の作業が始まったとき、

「うわあ、なんだこれは」

セザールが驚いている。大量の箱が到着し、棚に入り切らずに通路にまで山積みされていた。

「これ、なんですか?」

セザールが、台車で大量に箱を運んできた作業者に聞いた。

「わがんね、とりあえず運べって言われたべ」

「なんだろうね……」

箱の中身をチェックしていくと、

「ぜんぶ業務物語二〇〇〇の本体だね。しかし、ぜんぶ影武者ギルド向け丙五三の四だな。影武者ギルド向けなんて滅多に出荷されないんだけど……」

とセザールも首を捻っている。


「マルヴィナさん、ちょっとひとりで作業してもらえるかな。僕はこれが何かを確認してくるよ」

と、いうことになった。

すでに大量の箱が通路をふさいでおり、ほかの工程の作業にも邪魔になりそうな気配だった。

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