第13話 夏休み

 卒業式がおわり、仕事が始まるまでの夏休み。


ムーア学園の元冒険部のメンバーで、レナ川下流の遺跡群に遊びに来ていた。


「それは深刻だな」

「だろ?」

クルトと二コラが話しながら並んで歩いており、そのだいぶ前のほうを、マルヴィナとディタが珍しい蝶を追いかけている。

少し後ろを、ヨエルとミシェル、ピエールの三人がかたまって歩いていた。

「しかし、かなりの使い手が目の前に現れたら、力が戻ることも考えられるな」

二コラがクルトに言った。


「うん。だけど、それを期待するのはちょっとリスキーだな。かなりの使い手に、武器で攻撃されるまで発動するかどうかわからない技となると」

とクルト。さらに、

「あー、必殺技、戻ってきてほしいなあ」

とクルトが持っていた棒を上段に構えて地面の手前まで振り下ろし、また歩きだす。

確かに、と二コラが答えて、歩きながらしばらく沈黙が続いた。

「ところで」

と二コラが切り出した。


「彼女とはどうなんだ?」

「え?」

なんのこと、とクルトの表情。

「その……」

「あ、それか……」

思い出したようだ。ポツリポツリとクルトが話し出した。

「あのあと特に何もないんだよな。もっと何か言ってくるのかなと思っていたんだけど」

「交際していないのか?」

「いや、付き合ってはいない」

クルトがきっぱりと言った。


「ふうん。別に嫌っている……」

「わけではないんだけどね」

二コラの言葉のあとをクルトが継いだ。さらに、

「でもまあ、正直なところ好き、というわけでもない。なぜか……」

なぜか何、と二コラが顔を向けた。

「なぜか、彼女、ディタから変なものを、いや、何か不思議なものを感じるんだ。なんというか、親近感?」

「生き別れた妹だったりして?」

二コラが冗談ぽく言い、さすがにそれはない、とクルトが首を振る。


「あるいは親戚だったり。いや、こんな大陸に親戚がいるわけないか」

という二コラの言葉に、クルトが一瞬ギクッとした。それを察知して、

「クルト、僕は前から聞きたいことがあったんだが……」

何かを問いただそうと、二コラのクルトを見つめる瞳が不思議な色を帯びて光る。

「あ、ああ、わかった。今度、みんなの前で話すよ。きっとだ」

わかった、約束してくれ、と二コラが言って、再び前を向いて歩き出す。

その後ろで、三人が同じく深刻な身の上話をしながら歩いていた。


「学生のころから副業が成功してね」

ピエールを真ん中に、ヨエルとミシェルが土がむき出しの道を歩く。そこは馬車が通るためか、道の端と中央に草が生えていた。

「だが、人の嫉妬は恐ろしい」

「ううむ」

ヨエルがうなった。

「実際、どんな感じだったの?」

ミシェルが続きをうながした。


「わたしはそのころ、ありあまるお金で学生の身でありながらビヨルリンシティの中心部にあるプール付きの豪邸で暮らしていたんだ」

「ほうほう」

興味深げに耳を傾ける。

「そして、同じ学生の美男美女を集めて、ほぼ毎日のようにプールパーティを開いていた」

「ほうほう、なるほど」

聞いている二人がそれを想像する。

「いや、わたしはほとんどお酒は飲まないし、毎日野菜を中心に健康なものしか食べないし、パーティも夜遅くまでやることはない。とても頭が良かったから、単位も落とすことなく空き時間には資格の勉強をして、すべて順調にやってたんだ」


「ふうむ。とても意識が高そうだね」

「パーティと言っても、浪費するわけでもなく、むしろそれでできた人脈でさらに収入が伸びていったんだがね」

「そうか、なんとなく羨ましいね」

とヨエルが羨ましそうに目を細めた。周囲は木々が生い茂り、ちょっとした森林浴で気持ちのよい空気が覆っていた。


「そのプールパーティの噂を聞いて、嫉妬した人物がいてね……。どうやら、パーティに参加していた女性の交際相手だったらしいんだが」

「ほう、それはあれだな」

何かを期待するミシェル。

「しかし、わたしの周りには容姿の優れた異性もたくさんいて、わたし自身もそんなにたくさんの異性が必要なわけではない。つまり、そういう関係を望んで近づいてくる女性もたくさんいて、いちいちすべてを相手にはできない」


「つまり……」

「つまり、その当の女性と何かあったかなどはあまり覚えていないんだ」

わたしはお酒を飲んでもほとんど酔わないけどね、と付け加えた。

「どの女性だったか、顔もわからないと」

というミシェルの問いに、うなずくピエール。

「だが、ある夜、外を歩いていると数十人に襲われてね。何とか魔法を使って逃げ延びることはできたんだが、もうビヨルリンシティにはいることができないと思ってね」

「それで、大陸を逃げ出したの?」

とヨエル。


「どうやらその嫉妬した相手が国の有力者だったようなんだ」

と聞いてふうむ、と腕を組むヨエル。

「しかし、そのあと国がつぶれたから、その有力者がいなくなっていたら、ビヨルリンシティに戻れるかもね」

とミシェル。

「そう、教国崩壊の話をこっちで聞いたときは驚いたよ。そしてわたしも色々と情報を仕入れた。この大陸に長くいる理由もないから、きりのいいところで帰ってもよいんだが」

「先生をやめるの?」

とヨエル。


「ああ、それも考えている。なんなら、この休み中に辞表を出してもいいと思っている。この大陸に来た時に、とりあえず社会的身分が欲しかっただけだからね」

だけど、とピエール。

「もし君たちがわたしの助けを欲しているなら、もう少しこの大陸に残ってもいいと考えているんだ」

「うん、それは助かるね」

と即答したミシェル。ヨエルも同意してうなずいて、

「すぐお金を貸してほしい、という状況ではないけれど、ローレシア大陸出身のお金持ちが身近にいることは気分的にもすごく助かるよ」

わかった、と静かにうなずいたピエール、ヨエルが差し出した手を力強く握り返した。


「いつでも力になる。必要なときに言ってきてくれ」

と、とても安心感を抱かせる言葉を吐いたピエール。

「じゃあ、先生を辞めたらしばらくゆっくりするのかな?」

とさらにヨエルが聞いた。

「ああ、特区のプール付きの豪邸でしばらくプールパーティをやって過ごそうかと思っているんだ。君たちも来るかい?」

そう尋ねられて、面白そうだけど、まだいいかな、と答えるミシェルとヨエルの二人。そして、前を歩く他のメンバーを見て、


「こんな話、子どもたちには聞かせられないね」

とミシェルがにっこり笑うと、

だいぶ前のほうを歩いていたマルヴィナが走ってきた。

「おーい!」

何か叫びながらやってくる。

「はあはあ、ディタが瞑想しに行ったよ、今のうちにさっそくどっかの遺跡に入る?」

息を切らせながら、提案した。


「どっちに行ったの?」

ミシェルが聞いて、そっちの側道から南の広いほうへ行った、とマルヴィナが遠くをゆびさす。

「どうすっかな? 短時間で手ごろに入れそうな場所は……」

クルトが言い、みんなであたりを見回すと、

「あ、あれは!?」

ヨエルの声と同時にみんながそっちを見た。北へ伸びる側道の先に、ツタが生い茂った、石造りの地下へ降りていく階段のようなものが見える。


「行ってみよう!」

六人で走り出した。

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