第4話 ピクニック
その後の数日、
マルヴィナはなんとか無難に学校の授業をやり過ごすことができた。
そして、週末。
「よし、出発だ!」
昼過ぎ、アパートを出て、近くにある定期馬車の馬車停に歩いて向かう。
「ディタは困窮区から乗ってくるのかしら?」
とマルヴィナ。ローブに灰色のマント、黒いドクロのペンダント。
「そうだよ」
ムーアの町は北から南にかけて生活区が定められており、彼らの住む下流区の南にディタの住む困窮区があった。
馬車停で少し待つ必要がありそうだ。
五人とも、完全装備に身を固めており、ミシェルは皮鎧に大きな盾とこん棒、ヨエルは同じく皮鎧に短い槍と小盾、腰に紫鞘の剣。そして年齢がばれないように鼻の下に付け髭。二コラは紺色の胴着に小弓に矢筒と剣、クルトは赤い道着に背丈よりも長い棒。
そして、ミシェルが茶色の革製の大きなバックパックも担いでいる。
「お、来たぞ」
四頭立て馬車がやってきた。
さっそく五人が中に乗り込む。
「あ、こんにちはディタ」
最初に乗り込んだクルトがディタを見つけた。
「おはようクルト、こんにちはみんな、はじめましてヨナークさん」
十二人乗りの馬車は行商のおばさんが一人乗っていただけで、すいていた。
「あれ、それ、制服じゃない」
ディタの隣に座ったマルヴィナが気づいた。
「あ、うん。わたし、休みの日でも制服着てるんだ」
「へえ、そうなんだ」
と、ディタの足元には大きなバックパック。
「ちゃんと、冒険部のテントも持ってきたんだから」
と微笑むディタ。
馬車はごとごとと石畳の道を下流区から中流区、上流区と進み、生活区が変わるごとにやや景色も変わる。
「ピエールの住んでいるのはこの先かしら?」
「そうよ、ピエール先生は特区に住んでるの」
「へえ、お金持ちということなのかしら」
「うん。なんでも給料以外に副業で稼いでるんだって。給料の一桁二桁多いとか」
「へえ、そうなんだ」
この国の学校の教師がどれくらいの給料を貰っているのかマルヴィナには想像がつかなかった。
そして、
馬車がひときわ大きな建物が並ぶ特区に着いた。ピエールが乗り込んでくる。
「やあきみたち、おつかれさん」
ピエールは、いつものフォーマルな服装ではなく、金の刺繍の入った、やや細身の白いローブを来ていた。編み上げの草色のブーツは動きやすそうだ。そして、つるつるしたきれいな藍色のバックパックを馬車の中に運びこんだ。
「これから、冒険部の生徒を連れてサンダーバード湖に行くんですよ」
と話しかけるピエールに、まあ、たいへんね、と行商のおばさん。
馬車は特区を抜けて、町の外周を西へ回っていく。途中の馬車停でおばさんが降りて、マルヴィナたちだけになった。車窓から見える景色は雲一つなく、空気はひどく乾燥している。
「西ムーアに着いたら、そこでサンダーバード湖行きの馬車に乗り換えるから」
とディタ。
馬車は木の外壁沿いを走っていく。ムーア市の周囲は山や丘がなく平地がずっと続いており、町の外の風景にあまり変化がない。
「西ムーアよ」
定期馬車が、町の外壁のさらに外にある馬車停に止まった。馬車を降りると、少し先に別の二頭立て馬車が止まっていた。
「定刻までベンチで座っていましょう」
乗客は自分たちしかいないようだ。
「湖までどれぐらいかかるの?」
とクルトがディタに聞いた。屋根のついたベンチは四人しか座れないため、クルトとヨエルが立っている。
「一時間もかからないかな? サンダーバード湖行きの馬車は午前と午後の二便しかなくて、明日の朝の便でこっちに帰ってくるんだよ」
ディタが答えた。
そのうち、御者の若い青年が呼びに来た。
「よし、乗り込もう」
と客車の扉を開けると、意外と狭い。六人乗りのようだ。
「わたしは前に乗る」
ピエールが、いつもそうしているのか、大きなバックパックだけ客車の足元に置くと、そのまま客車を降りていって御者の横に座った。
生徒六人が客車に座るとそれで満員になった。馬車が走り出す。
「わたし、馬車に乗って色々想像しているときが一番楽しいんだ」
というディタの言葉に、隣に座っているマルヴィナが、それなんとなくわかるという表情でうなずいた。
「その場に着いてしまうと、なんかあっという間に時間が過ぎてしまって、楽しさを味わう暇がないというか……」
そうねえ、とマルヴィナ。窓の外は植物がまだらに生える荒野が広がっており、土地が赤土で出来ているためか全体的に景色が赤い。
ディタは、何かを思い出したのか急に暗い表情でマルヴィナに尋ねた。
「ねえマルヴィナ、あなたは、どうするの?」
「え? 何が?」
「わたしたち、もう三年生でしょう」
「え? そうね。そうだけど……」
彼女たちの横では、クルトとヨエルが棒と槍の攻撃方法の違いで盛り上がっている。ミシェルがそれを見ながらニヤニヤしており、二コラは腕を組んで目をつぶっていた。
「わたし、家が貧乏だから、就職しようかと思うの」
あなたはどうするの、とディタの視線が問いかけていた。
「わ、わたし? あ、えっと……、どうしようかしら」
今の学園に編入してもらったことで頭がいっぱいで、一年後にどうするのかまったく考えていなかったのだ。
窓から乾燥した空気が舞い込んできて、窓の外の荒れ地の風景が通り過ぎていく。
「わたし、本当に、どうしようかしら……」
頬に両手を当てて考え込んでみた。
「わ、わたしも一度は受験を考えてみたんだよ。ほら、わたし少し勉強ができるし」
ディタは、マルヴィナが受験するか悩んでいると思ったようだ。
「受験? 受験かあ……」
そんなこと、考えたことも無かった。記憶をたどると、過去に受験で失敗したような気もする。参謀役のマルーシャ王女と相談したほうがよいだろうか、いや、藪蛇にならないだろうか。
「ディタは受験するとしたら何の学校に行くの?」
ちょっと興味があって聞いてみた。
「え? わたし? うーん、行くとしたら、考古学かなあ」
考古学って何、とマルヴィナが聞き返す。
「考古学の学科は実は少なくて、アショフの首都のゴンド大学にひとつしか無いのよ。だから、遺跡群のこともまだほとんどわかっていないの」
へえ、そうなんだ、すごいねとマルヴィナ。
「屍道の学科とかあるのかな?」
さらに気になってマルヴィナが聞く。
「シドウ? なにそれ?」
「ゾンビを呼び出したりする魔法のことだけど……」
「魔法? ふふ、あなたは時々面白いことを言うのね」
ディタがふふんと鼻で笑った。
「この世界は仮学で解明できないことなんて無いのよ。魔法なんて存在しないわ。まあ、わたしはそういうファンタジーごとはそんなに嫌いじゃないけど、ふふふん」
とさらに鼻で笑うディタ。
「へえ、無いんだ」
マルヴィナは、笑われたことよりも屍道の学科が無いと聞いて、なぜか少し気が軽くなった。
しかし、ディタの表情がまた重くなる。
「わたし、就職活動をしなきゃ」
「就職活動?」
「そう。うちが貧乏だから、就職して、お金を稼いで、お母さんを楽させたいの。でも、就職活動はたいへんなんだよ」
さらに顔がどんより暗くなる。
「へえ、そうなんだ」
「履歴書を書いて、何度も面接するんだよ」
「面接?」
「そう。学校でも練習するんだよ。想定問答集とかを使って」
「想定問題集?」
マルヴィナも気のせいか頭が痛くなってきた。
「そうねえ、家に帰ったら考えようかしら」
というマルヴィナの言葉に、ディタの顔がぱっと明るく変わった。
「そうね、そんなことは忘れて、週末は楽しみましょう!」
ディタは気持ちを切り替えたようだが、
一年後の心配の種が増えたマルヴィナ、周囲は風が強くなってきたのか赤い砂ぼこりが舞いはじめた。
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