第8話 円形古墳

 早朝の桟橋。


船頭がヤー古墳前についたと告げた。七人が船を降りると、船はそのまま上流へ向かうためにすぐに出発した。


「えらく殺風景な場所ね」

マルヴィナがつぶやいたとおり、そこで降りたのはマルヴィナたちだけで、乗ってくる客はおらず、他にひとがいない。周囲に屋根のついたベンチや、乗り場を示す立て看板すらない。


「つまり、かなりの穴場ってことね」

ディタが大きなリュックを担いで元気に歩き出した。

「北東へ一時間ほどだから」

一行は朝もやの中を、土がむき出しの道を歩き始めた。

「このあたりは山がちなんだね」

マルヴィナたちが現在住んでいるムーア市は、周囲に丘すらない、起伏のない平地だった。

「そうね、レナ川を挟んで、西はずっと平地が広がって、東側はこのあたりから山がちになるのよ」

「え、じゃあわたしたちって……」

マルヴィナが遠くを見るように手をかざした。


「そうよ、レナ川を渡ってこっち側にいるのよ、ムーアはあっち」

ディタが歩きながら指さした。

「そうか、なるほど」

船を降りてからの方向感覚が少しわからなくなっていたのだ。

そこからさらにしばらく歩く。明らかに周囲の景色は、川の反対側の荒れ地とは異なり、植物が多く繁っている。

「あの山を登っていくのかな」

マルヴィナが歩きながら進行方向の山を指さした。

「ううん、途中から東に折れて、広い沢になっているから、なだらかに登るていどのはずよ」

ディタの答えに少し安堵するマルヴィナ。周囲の山々は標高は低そうだが、登るとなるとそれなりの労力が必要なはずだ。


桟橋を出て歩いて一時間ほど経ったころ、そこは左右を遠く山に挟まれた、広い平地だった。

「もう少し歩いたら目的地よ。そこからさらに少し行くと、レナ川の支流もあるの」

「こんな場所に古代の人々が住んでいたんだね」

今は自然に覆われていて、あまりそのころを想像することはできない。

「ここは、古代の人々にとってまさに桃源郷だったのよ」

そのディタの言葉に、少し歩き疲れていたマルヴィナも、古墳を想像して元気が出てきた。

うしろをついてくる他のメンバーは、何か話しながら特に疲れてもいないようだ。

「さあ、着いたわ」

唐突にディタが立ち止まった。


「えっと、どこにあるんだろう」

マルヴィナも立ち止まって手をかざして遠くを探した。

ディタがそのあたりにバックパックを降ろして、そして少し歩いて指さした。

「ここよ!」

それは、マルヴィナが探していた場所よりもだいぶ手前にあった。

「え? どこ?」

マルヴィナも背負っていた荷物を降ろしてディタの指さしているところへ歩く。

「これこれ、これがヤーの円形古墳よ」

「こ、これ……!?」

それは、三メートル、せいぜい頑張って五メートルほどの直径の、円形の盛り土だった。周囲が少しだけ掘られてくぼんでいる程度だ。


「これがこの近辺に十七ほど、この平野には五十近く見つかっているのよ」

ディタに言われたとおり、その盛り土の視点で見ると、似たような大きさの小山があたりに点在していた。

「そ、そうなんだ。巨大古墳ではないのね……」

やや落胆するマルヴィナだが、

「ん? ヤーの円形古墳だよ」

何かおかしい? という目でマルヴィナを見るディタ。

「おーい、こっちにもあるぞー!」

クルトたちが何か叫んでいる。急いで行ってみると、


「ほら」

「わっ、何これ」

同じような円形古墳なのだが、やや大きく、さらに小山の側面に拳程度の石が敷き詰められている。

「こっちに入り口もあるよ!」

こんどはヨエルだ。荷物を置いた二コラとミシェル、ピエールもやってきた。

「中に入れるよ」

さっそく覗き込んだ。

中はとても暗く、目が慣れてくると、狭い石壁の部屋の中央に石棺。石棺に蓋はなく、中はからっぽだ。

「なんだろうね、お墓かな?」

ヨエルも首をひねっている。


「古代人が造ったんだね。外もすごいけど、中に入るとすごいパワーを感じるわ」

ディタも興奮気味に話した。マルヴィナも、手のひらに力が湧いてくるのを感じた。しばらく目をつぶって全身で古代人のパワーを浴びた。

「ふうむ」

ピエールも、中を覗き込んで顎に手をあてて興味深げだ。

「おーい」

こんどは外で二コラの声だ。

そこへ行ってみると、

「この遺跡について説明した看板が立ってるよ」

「ほんとだ。なになに……?」

それをみんなでのぞきこむ。


「この遺跡は現存するヤー古墳の外観をもとに近隣住民がその姿を復元したものである。内部の構造については推定で造られており、実際にこの古墳が住居で使用されたのか、墓として造られたのかはわかっていない、だってさ。日付もここに書いてある。二十年前だね」

ミシェルが読み上げた。

「つまり……」

「けっこう最近できたってことだな」

クルトがあっさり言った。マルヴィナが感じていたのは、古代人のパワーではなく二十年ほどまえの近隣住民のパワーだったようだ。

「じゃあ、わたしは近くの川に行って瞑想してくるから」

そういってディタが行ってしまった。


他の六人はとりあえず荷物のところに戻って小休止することになった。

すると、

「わー!」

近くの木陰に用を足しに行ったヨエルの叫び声だ。

「こんどはなんだ?」

しかし、その声色から通常ではないことが判断できたのか、まず二コラが装備を持って走り出す。

そして、大きな盾とこん棒を掴んで走り出すミシェル、

「マルヴィナ、ヨエルの装備を頼む!」

そう告げて棒を掴んで走り出したクルト、

灰色のマントを裏返しに着ようとしていたマルヴィナは、マントを羽織りつつ周囲をさがすと、


「わたしが持っていく」

ピエールがすでにヨエルの小盾と短槍、そして紫鞘の剣を拾い上げていた。

「ありがとう!」

そう返しつつ、マルヴィナの姿はすでに見えない。

すぐに走ってくるヨエルの姿が見えた。そのうしろからは、黒に近い緑色の生物、

「グリーンドラゴンだ、飛ぶ前に倒すぞ!」

ミシェルが叫び、二コラが矢を射かける。すぐに数発が頭部や肩に命中して突き刺さったが、あまりダメージがあるようには見えない。

「きええーっ!」

巨大な鳥のような甲高い声を挙げて、その生物が前足を薙いだ。正面に走り込んでいたミシェルが、バックステップでかわす。巨大な爪が空を切った。


「たあーりゃ!」

ミシェルの陰から飛び出してジャンプして棒の一撃を加えるクルト、その巨大生物の眉間あたりにぶち当たったが、すぐにさっきとは逆の前足が飛んできた。

「おわっ」

二回ほど後方宙返りでかわし、もう一発が来たところで間にミシェルが入った。

ガツンと音がして、ミシェルが大盾で相手の前足を受け止めた。

「よし!」

ミシェルは大丈夫そうだが、盾がたったの一撃でひしゃげている。ドラゴンが怒りに吠える。

「下がるか!?」

ミシェルが前を向いたまま叫んだ。こちらのダメージが通らないようであれば、撤退するしかないのだが、


「呪文を試す!」

ピーエルの声がかなり後方から聞こえ、ドラゴンの周囲が白く凍結し始める。装備を受け取ったヨエルは、ドラゴンの威圧にあまり前に出ることができない。

「アーウームー……」

ピエールが詠唱をはじめ、ドラゴンが再び吠えてばきばきと氷を剝がしながら前に出ようとする。

「来い来い、こっちだ、はっ!」

爪の一撃を、いったん前に出るフェイトのあとにバックステップでかわすミシェル。盾はもうあまり当てにならない。

「豊穣神ココペリの奇跡に感謝する、金剛顕現……」

間合いを計りながらしばらく溜めるピエール、


「アイアントマホーク!」

空に両手をまっすぐ上げると、上空から巨大な斧が回転しながら落下してくる、

「ぐっ!」

ミシェルが爪の一撃を盾で受け止め、反動で後方へ転がった直後、

ズドンと音がして、土煙が立った。

「やった!?」

マルヴィナが姿をあらわし、ヨエルとクルトが恐る恐るそれに近づく。

「ミシェル!」

ひざをついたミシェルに二コラが走り寄った。盾を持っていた左手の上腕に、血がべっとり。

「すまない、あたしのミスだ。避けるか受けるかを一瞬迷った……」

あぐらをかいて座り、左手の脇部分を自分で抑える。二コラはすぐに止血帯を取り出し、上腕にしっかりと巻いていく。


「どうだ?」

ピエールも近寄ってくる。

「ディタが戻る前になんとかしたい……」

二コラはそういうと、目をつぶって、ミシェルの出血している部分に手をかざした。

「なんだ? 血が止まった!?」

痛みも引いて、ミシェルがその部分を触ると、出血のあった部分が木の表皮のようにざらざらしている。

「君は……、魔法の適性があるようだね」

ピエールが二コラを見つめて言った。二コラは、あなたもかなりの使い手のようだが、という表情で、

「この大陸に来て以来、力が強まっているようなんだ」

二コラの瞳が、ふだん以上に何か不思議な色を帯びていた。


「みんなー! どうしたの?」

そこにディタが戻ってきた。

「いや、なんでもないよ、ちょっと陣形の確認をしてみただけだ」

ピエールがディタにそう答え、二コラがさっとミシェルの腕の残った血を布で拭きとって、頭部が真っ二つになったドラゴンの死体がディタから見えないようにヨエルとクルトが立ち、マルヴィナがわざとらしくマントをパタパタする。

「今日はどこで一泊するかなあ?」

「もう少し開けた景色のいいところがいいね」


ディタ以外の六人で目くばせして、なるべく安全そうな場所を探すことにした。

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