第30話 世界で唯一の魔術師の俺、入学式に参加する
魔女学院の入学式当日。
俺たちは恐ろしく天井の高いホールへ案内されていた。
広さも同様だ。
何千人が収容できるか分からないほど広い。
その大きなホールへ、大勢の学院生が集まっていた。
新入生は100人ちょっとってところだから、在学生がほとんどのようだ。
あとは魔女らしくない格好の人も結構いる。
というか、むしろそっちの方が多い。
男もいるから、あの人たちは一般人かな。
「入学式には、新入生の御家族も参加できるようになっていますから。希望する生徒は多いですよ」
「へー」
魔女学院は大陸の中央にある。
地方の人が来ようと思ったら、船や馬車を乗り継いで何ヶ月もかかる長旅になりそうだ。
でも、娘の晴れ舞台だもんな。
無理をしてでもやって来るか。
「心配には及びません。七席様がお力添えをしてくださるので、遠方に住む人も問題なく参加できるのですよ」
「魔術による転送ね。使える人ってほとんどいないんだっけ」
俺の左隣を歩く姉弟子が、高い天井を見上げながらつぶやく。
「ええ、空間系の魔術は最古の魔術ですが、あまり研究が進んでおらず、天性魔術として持っている人も非常に希少です」
師匠の説明によると、七大魔女の一人である第七席の魔術らしい。
空間魔術を用いて世界中にいる招待客をまとめて学院まで転送しているそうだ。
帰るときも、同じように元の場所へ送り届けてくれるという。
アフターフォローも万全か。
「やっぱ七大魔女ってとんでもないな……」
一番下の席次である第七席ですら、何千人もの人間を何万kmも離れた場所へ正確に移動させられるとか、化物にもほどがある。
まぁ、うちの師匠はその第一席なんですが。
「ですが、七大魔女で出席しているのは私と七席様だけのようですね。七席様はこの学院の守護者ですし、実質的に私だけのようです。一応、七大魔女には出席の義務があるのですが……」
なるほど他の七大魔女はみんなサボりと。
これだけで癖の有りそうな人たちなんだろうなと想像できた。
師匠から話を聞いた上で招待客を見てみると、高級そうな礼服に身を包んでいても、どこか着慣れない様子の人が多い。
おそらくあの人達が遠方から運ばれてきた人だ。
今日の入学式のために用意した、とっておきの一張羅なのだろう。
師匠や姉弟子も、普段はあまりしないメイクをして、ただでさえ美人なのに何倍も魅力的に見える。
俺も師匠が用意してくれた新しい装束を着て、バッチリ気合いを入れてきた。
式の開始まであと少しと言ったところだ。
保護者席へ案内される師匠たちと別れ、新入生が座る席へと向かう。
「……レオ。少し待ってください」
「はい、何ですか?」
師匠に呼び止められて、俺は足を止める。
師匠が少し深刻そうな顔をしていた。
昨日の夜、俺が強制的に寮へ入ることが決まった時の顔とは別の表情だ。
学園長のオルラヤさんは、水晶玉を通して用件だけを伝えると、逃げるように通信を切ってしまった。
そのあと、水晶玉は師匠の怒りのオーラに耐えきれず、粉々に砕け散った。
おそらく入学式のあと、師匠は学園長のところへ直談判に行くつもりだろう。
師匠は今日の朝からまったく寮の話をしないし、機嫌も悪いようには見えないが、あれは怒りを放出するタイミングではないからだろう。
それが逆に恐ろしい。
オルラヤさんは師匠の古い友人らしいが、彼女の無事を祈るほかない。
しかし、今の師匠の真剣な表情は、それとは関係がない様子だった。
「おそらく私の杞憂だと思うのですが……」
そう師匠は前置きして、俺にだけ伝わるように顔を寄せてきた。
バチクソ長いまつげだなぁ。
あと、師匠の小声が耳にかかって、こそば気持ちいい。
いかんいかん。
ふやけている場合ではない。
「あの席と、あの席と、あの席。三人の男性がいるのが分かりますか?」
師匠は指を差さずに、目線だけで俺に伝える。
ホールに男性客がいると言っても、女性に比べれば圧倒的に数は少ない。
すぐにどの人物を差しているかは分かった。
「……なんか、雰囲気が新入生の家族って感じじゃないですね」
「レオもそう思いますか」
遠目だが、表情が茫洋としていて連れ合いもいる様子がない。
もちろん男手一つで娘を育てた父親の可能性もあるが、そういう感じでもない。
この世界の男にしては珍しく、剣呑な雰囲気だ。
師匠が気にかけるのも分かる。
「念のため、注意を払っておいてください」
「分かりました」
こういうときの師匠の勘は恐ろしいほどよく当たる。
姉弟子には、別に伝えなくてもいいか。
そのときになれば、姉弟子は最速で動くだろう。
『怪しいなら、今のうちにふん縛ればいいじゃない!』
とか言って突撃しそうだし。
将を射んと欲すれば、まず将の頭を爆散させよ。
を地で行く人だからな。
入学式という大事なイベントで騒ぎを起こすわけにはいかない。
だが、もし何かするようならすぐに動けるようにだけしておこう。
「……お、あの席かな」
自分の番号が書いてある席を見つけた。
もう大半の生徒は席に着いている様子だ。
俺は横目で招待客の服装をチラ見する。
今更ではあるが、この世界の女性の服装はエロすぎる。
新入生たちの衣装も、受験時に比べて肌の露出が多い。
しかし、これがこの世界のフォーマルな服装だというのだから恐れ入る。
魔女帽子を脱げば、夜のお姉さんたちなんて目じゃないレベルのドスケベ衣装だ。
逆に男性は肌を見せるのが好ましくないとされていて、俺も長袖長ズボンに黒手袋まで付けている。
出ているのは顔くらいのものだ。
「よぉ、一ヶ月ぶり」
俺の席の隣には、見覚えのある顔ぶれがあった。
「もっと早く来なさいよ。式が始まる前に少しデ──案内してあげようと思ってたのに」
海のように爽やかな青い衣装に身を包んだ魔女、アーデルハイト・フォン・ヴェルバッハがいた。
「そりゃ悪かった」
こいつ本当に良いやつだな。
生粋の委員長気質とでも言うべきか。
「おかげでこっちの迷子を案内するハメになったわ」
「ケッ。誰も頼んでなんてねェ」
俺の右隣には、足を組んで、突き出した下顎を手のひらに載せた不良娘、バルカナがいた。
アーデルハイト、俺、バルカナ。
なんや、この並びは……。
成績順では絶対にないし、知り合いだけで固めたこの席順には作為的なものを感じざるを得ない。
誰だ、この並びを考えたやつは。
周囲を見回すと、壁際に並ぶ教師たちを見つけた。
その中の一人、実技試験の試験官だったイノンダシオン先生を見つける。
俺と目が合うと、ウインクしてから、グッと親指を立てられた。
間違いない。
あの人が考えたんだろう。
喧嘩っ早いバルカナと品行方正なアーデルハイト。
仲の悪い二人をあえて近い席に座らせて、間に座った俺に仲裁させることによって騒がないようにさせる。
なるほど合理的な作戦だ。
俺の心労がマックスってことを除けばなぁ!
イノンダシオン先生のあのいい笑顔よ。
明らかに確信犯的にやっている。
恨むぞ、イノ先生。
もうフルネームで呼ぶ気も起きんわ。
「あなたのためにやったわけじゃないわ。あなたが式に遅れると、それだけ他の人に迷惑がかかるでしょう?」
「ケッ。いい子ちゃんが……。入学する前から教師連中にしっぽフリフリ点数稼ぎか?」
「……なんですって……?」
ほら、もうやり合い始めた。
「まぁまぁ、落ち着け。さすがに入学式早々やらかすのはまずいって」
「……そうね……」
「ケッ、ヘタレ野郎が……」
うう、式が始まる前から胃が痛いよぉ……。
挿絵・1
入学式会場
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658413957175
挿絵・2
化粧をバッチリ決めたウルザラーラ師匠
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658413971208
挿絵・3
師匠に化粧をしてもらった姉弟子アグニカ
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658422206627
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