第27話 世界で唯一の魔術師の俺、外食をする

 俺、師匠、姉弟子の3人で屋敷を出た。


 俺の奢りで昼飯を食い行くためだ。


 メインの用事は学院生活で必要な日用品の買い出しだが、昼を回ってしばらくが経つ。


 先に遅めの昼食を済ませようということになった。


 家に籠もりっきりの不健康な生活を改めようという意図もあるが、太陽が黄色く見えてしまうのはなぜなのか。


「師匠、何か食べたいものとかあります?」


「いいえ。レオが食べたいものがあれば、それが一番です」


「ええー、逆に困るなぁ」


 俺は師匠と姉弟子に挟まれながら、街道を進んでいく。


 師匠の工房兼屋敷は、学院都市の外壁に近い場所にある。


 なので、都市の中央に建てられた魔女学院からは最も遠い。


 その代わり商業施設が集まる地域は近く、少し散歩する程度の距離で飲食街が見えてきた。


「お腹すいたー」


「正午から2時間経ってるからなぁ。そりゃ腹も減るわ」


「レオが悪い! 中々収まらないから! もー!」


「姉弟子がそれを言うのか……」


 誰のせいで風呂から上がるのがこんなに遅くなったと思っているのか。


 ただ、混雑時からズレたおかげで、昼食目当ての客がほとんどいない。


 どの店に入っても待たずに食べることが出来そうだ。


 俺も腹が減った。

 がっつり味の濃いものを食いたい気分だ。


「あ、ここがいいわ!」


 と、姉弟子が一件の飲食店を指さした。


 油の香りが強い。

 焼き物や揚げ物が中心の飯屋なのかな。


 店自体は狭く、ほとんど厨房だけの店舗になっている。


 代わりに店の前がオープンテラスのようになっていて、外の席で食べられるようだ。


 客入りはちらほらといったところだが、この時間帯にすればむしろ入っている方だろう。


 炒め物の良い匂いがここにまで漂ってくる。


 俺の勘がここは当たりの店だと言っていた。


「師匠が良いなら、俺はここで」


「私も構いませんよ」


「決まりね! あたしが注文してくる!」


 姉弟子は馴染みの様子で、店員の女性に声をかける。


 中華鍋のような大きい鉄鍋を軽快に振るいながら、その女性は姉弟子の注文を受けた。


「任務のあとここに寄って、良くおやつを食べるのよね」


 どうやら姉弟子の行きつけの店だったようだ。

 俺の勘が(キリッ とか言っちゃって恥ずかしい。


 他の客の食事風景を見ていると、肉体労働者向けのがっつり肉料理メインの店に見えるが、姉弟子にとってはこの程度の食事はおやつらしい。


 魔女はみんな良く食うとは言っても、うちで一番食うのは姉弟子だしな。


 いつもなんか食ってるし、元野生児の影響なのか、基本的に食い意地が張っている。


 そのくせ贅肉はまったくついてないんだよなぁ。


 シュッと引き締まった体つきで、腹筋なんてうっすら割れているほどだ。


 そのくせ乳だけはデカいし、肌も張りがあるのに全身柔らかい。


 いかんいかん。

 またピンクな方向へ考えが向かってしまっている。


 師匠の超絶美味い料理を食べてる姉弟子が美味いというのなら、期待できそうだ。


「席はどこに座っても良いのでしょうか」


「多分そうじゃないですかね」


 勝手が分からない俺たちは、空いている席に座った。


 木のラウンドテーブルは中々年期が入っている。


 大きな傘が各席に備えられているのは、中々良いと思った。


 日差しを防いでくれるし、雨が降っても食事を中断せずに済むだろう。


「適当に色々注文したけど、テーブルが狭いから、どんどん食べてね。すぐに出てくると思うから」


「うっす」


「ありがとうございます、アグニカ」


 姉弟子の言うとおり、料理はほとんど待たずに運ばれてきた。


 テーブルに置かれたのは、紐で縛った肉の塊がまず一つ。

 表面に照りがあって焼き豚みたいに見える。


 クコの実っぽい赤い実が飾り付けられた粥に、縮れ麺がたっぷり入った汁物。


 具を包んでかした、肉まんのような何か。


 なんだか全体的に中華料理っぽいな。


 本場のじゃなくて、日本の中華料理を想像させるラインナップだ。


 この大きな傘もフードコートを思い出させるんだよな。


 やっぱり俺より先に転生してきて、地球文化を広めたやつがいる気がしてしょうがない。


 誰だか知らんが、俺の現代知識無双の邪魔をしやがってぇぇぇ!

 許せん!


 ……まぁ、無双しようにも、俺はその現代知識があやふやすぎるんだけども。


 俺がまともに覚えている知識といえば、なんJ語だけだ。


 チートのやりようもない、この世で一番役に立たない知識だ。

 あまりに糞すぎる。


 実はなんJ語が古代魔術言語で、すごい効果があったりする。


 なんてことを期待して、夜中にこっそり詠唱を試みたこともある。


 だが、なんの効果もなかった上に、トイレに起きてきた師匠に見つかって微笑まれてしまった。


『大丈夫です。ちゃんと分かっていますからね』


 という微笑ましいものを見守るような瞳。


 確実に中二病の一種だと思われた。


「うう、恥ずかしすぎる……」


 思い出し恥辱で死にたくなってきた。


「なに頭を抱えてるのよ。早く食べなさいな」


 すでにラーメンっぽい何かを啜っている姉弟子に促され、俺は肉まんっぽい何かを手に取った。


 良い感じにされたそれは、ふかっと柔らかい。


 思いきってかぶりついてみると甘辛い肉そぼろの味が口の中で広がった。


 餡の中には、茸と筍のようなものも混ぜてあって、食感も素晴らしい。


 非常に美味である。


「ていうか、肉まんだこれぇ!?」


 しかもコンビニの肉まんに似てるぅ!!


 この異常なまでの再現度。


 おそらく姉弟子が啜ってるラーメンも懐かしい味がするに違いない。


 確信した。

 絶対に俺以外の転生者がいる。


 しかも俺と違って現代知識チートで大いに無双したに違いない。


 ぐ、ぐやじいいいいいいっ!

 羨ましいいいいいいいいっ!


 俺も現代知識でマウント取りたかったよぉぉぉぉぉぉっ!!


 心の中で叫び、血涙を流しながら顔を上げると、遠くに見覚えのある顔があった。


「誰だっけ、あれ?」


 二人組の女性だ。


 あ、分かった。

 俺を襲おうとした肉体労働者のお姉さんたちだ。


 向こうも俺に気がついたらしい。


 お姉さんたちは食べていたものを吹き出すと、慌ててお代を置いて、俺に頭を下げて逃げるように立ち去っていった。


 別に俺はなんとも思ってないんだが、この場には師匠もいるからな。


 マジギレ師匠の圧力を一度でも感じたら、逃げ出してもしょうがない。


 わざわざ師匠たちに知らせる必要もないだろう。

 あの様子だと反省してるみたいだし。


 俺は気を取り直し、次々と運ばれてくる料理に手を付ける。


「く、くそおおお! これも知ってる味ぃぃぃぃぃっ! うめええええっ!!」


「でしょー? なんで悔しがってるのか知らないけど、あたしのお気に入りなんだから」


 どこか懐かしい、というかめちゃくちゃ覚えのある味を噛みしめながら、俺は師匠と姉弟子との食事を楽しんだ。


挿絵

料理を注文してくれたアグニカ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658062008746



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る