第28話 世界で唯一の魔術師の俺、師匠に反対される

「食べた食べたぁー」


 姉弟子が大きく伸びをする。


 その引き締まった体のどこに入るのかと言うくらい、姉弟子は大量の料理を胃に収めていた。


 店の人は慣れているのか、運んでいく料理がどんどん消える光景にも驚く様子はなかったが、周りの客はドン引きしていたかも知れない。


 三人で20人前は食べたんじゃなかろうか。


 しかし、こんなに食べたにもかかわらず、俺が払った代金は驚くほど安かった。


 早くて美味くて量も多い。

 その上安いとは本当に良い店だ。


 たぶん姉弟子がこの店を選んだのは、俺に金銭的な負担がなるべくかからないようにするためだろうな。


 二人にご馳走したかったのは俺の勝手なんだから、気を遣わなくても良かったのに。


「なによ、こっち見て。あたしがあの店で食べたかったから選んだんだからね」


「うん、ありがとう」


 隠し事が苦手な姉弟子に礼を言うと、頬をぷにぷにとままれた。


「ごちそうさまでした、レオ。とても美味しかったですね」


「ですねー。春巻きも皮パリパリで、中の具はトロトロで、あれが今回一番気に入りましたね」


「私も好きです。今度おうちでも作ってみましょう」


 さすが師匠。

 一度食べただけで、もう再現できるレシピを考案してしまったらしい。


 師匠の作った春巻きなんて絶対美味いに決まっている。


 満腹なのに、もう楽しみになってしまっている俺がいた。


「それで次はどこへ行きたいの? あんた今まで遠出できなかったもんね。あたしが案内してあげるわよ」


「姉弟子が、頼もしい……!」


 十五になるまで俺が家からあまり離れられなかったのは、やっぱり俺という存在の希少性のせいだろうな。


 よからぬことを考える人間から俺を守るには、存在自体を秘匿する必要があった。


 おかげで俺は十年かけて力を蓄え、こうして魔女学院にも入学することが出来た。


 俺が気づかなかっただけで、この十年、師匠や姉弟子にすごく守られて来たんだろう。


 二人には本当に感謝の言葉もない。


「来月からは寮暮らしすることになるわけだから、日用品は一通り揃えたいかな」


「学院内に購買部がいくつもあるから、あんまり多く揃える必要はないわよ。魔女学院は学院都市の中に造られたもう一つの都市みたいなものだから、衣食住で困ることはないわ」


「そうなんだ。だったら、急に用事がなくなったかなぁ」


 入学試験のあと、大まかな概要は聞かされたけど、細かい学院内の仕様は未だによく分かってないんだよな。


 分からなかったらアーデルハイトに聞けばいいやと思ってたから、実はあんまりちゃんと話も聞いてなかった。


 模擬戦でめっちゃ疲れてたし。


「あんた、そう言えばその手袋は? ちょっとほつれてきてるわよ」


 姉弟子に指摘されて気づいた。


 外に出かけるときは常に身につけている黒革の手袋が痛んでいる。


「あー、アーデルハイトとの戦いで結構無茶したからな……」


 俺が両手にはめている手袋は、ただの手袋じゃない。


 魔女が杖や魔導書を使って、魔術の制御を補助したり威力を底上げしたりするのと同じように、俺の手袋には呪文を空中に刻んで維持するための魔石が仕込まれている。


 消費する魔力は微々たるもので、ほとんど半永久的に動くのだが、アーデルハイトの戦いで高速詠唱を連発しすぎた。


 手袋の指先が焼き切れて、小さい魔石が露出してしまっている。


「これって道具屋に持っていったら直して貰えるのかな」


 師匠に貰ったものだし、大事に使いたいんだよな。


 あと、革の馴染みが良くて、この手袋じゃないと高速で指を動かせる気がしない。


「大丈夫。このくらいなら、私が直せます」


 師匠が俺の手を取った。


「少し寸法も大きくした方が良さそうですね。レオはこれから成長期でしょうし、服も仕立て直さないと」


 言われて思い出した。


 俺の身につけているものは、ほとんどが師匠が手ずから縫製してくれたものだ。


 実技試験の時、アーデルハイトの魔術の余波からダメージを負わなかったのは、師匠の服のおかげだろう。


「えっ、レオってまだ大きくなるの?!」


 姉弟子がショックを受けている。


「そりゃ、俺はまだ15歳だし、むしろこれからが伸びる時期だと思うけど……」


「ずるいわよ! あたしはもう止まっちゃったのに!」


「えぇ……。そんなこと言われても……」


「良いこと!? あたしより大きくなるんじゃないわよ!?」


「む、無茶を言う。つーか、現段階でもほとんど身長は同じだと思うけど」


「違うわよ! ちょっとだけあたしの方が大きいんだから!」


 姉弟子が帽子を脱いで俺と背中合わせに立つ。


「ふむ……。確かに、少しアグニカの方が大きいですね」


 師匠の判定に、姉弟子がドヤ顔で胸を張った。


「ほらー!」


「いや、そんな勝ち誇られても……」


 どんだけ俺より大きくありたいんだ。


 これが姉の意地というやつか。


「追い抜くまで保って半年といったところではないでしょうか。それにレオは手足も大きいですからね。大人になれば私よりもずっと背が伸びますよ」


「うそ……!?」


 師匠の予想に、姉弟子はこの世の終わりのような顔をしている。


 今は師匠の方がだいぶ高いが、確かにそれくらい伸びればいいなぁ。


「やだ! やだやだー!」


 やだって言われても困る。


 身長を止めるなんて自分で出来るわけもない。


 変えようがないことにワガママ言うんじゃありません。


 まぁ、これで本当に身長が止まったら笑いぐさだが。


 いや、嘘です。

 俺だって身長は高い方が良い。


 姉弟子を見下ろすのは、さぞや気持ちがいいだろう。


 なるほど、姉弟子は今までその良い気分を味わってきたのか。

 だから俺にデカくなって欲しくないんだな。


 これはなんとしても、大きくならねばなるまい。


「それより、先ほど二人が話していたことが気になったのですが……」


 師匠が憂いを帯びた顔をする。


「はい?」


「さっき話してたことってなんだっけ?」


 手袋の話より前というと、購買部があるから日用品は買わなくても大丈夫とか、その辺だろうか。


「来月から寮暮らしをするとは、いったい何の話ですか……?」


「え?」


「え?」


「え?」


 何それ怖い。


 これ前にもどっかでやった流れだな。


「何の話って、俺が入学したら寮暮らしになるって話ですけど」


 合格発表後の説明でもあった内容だ。


 魔女学院は生徒の衣食住をすべて世話してくれる。


 学業と修練に集中できるよう、食堂や風呂まで完備された豪華な寮まで用意してくれるそうだ。


 もちろん家賃はゼロ。


 学院生でいる限り生活に不自由することはないだろう。


 俺の口からそれを聞いた師匠の表情が凍った。


 そのまま、徐々にうつむいていく。


「……だ……」


「「だ?」」


 うつむいたままブツブツとつぶやく師匠に、俺と姉弟子は顔を近づける。


「だ、だ、だ……」


 壊れた蓄音機のように『だ』を繰り返していた師匠が、唐突に顔を上げた。


「駄目ですぅぅぅぅぅっ!! 寮生活なんて絶対に認めませんっ!!」 


「「えぇぇぇぇぇっ!?」」


 今度は師匠が変えようがないことに対して、ワガママを言い出したのだった。


挿絵

寮生活に断固反対する師匠

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658113958390

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