第29話 世界で唯一の魔術師の俺、寮生活をキャンセルする

「寮生活なんて絶対に認めませんっ!!」 


「「えぇぇぇぇぇっ!?」」


 なんで今さら!?


 というか、師匠は学院生が寮で暮らすことを知らなかったのか。


 なんでだ?


 姉弟子も去年まで学院生だったわけだし、知らないはずが……。


「なんだ、どうした?」


「一人の男を取り合って、女たちが喧嘩?」


「真っ昼間からよくやるなぁ」


 師匠の声が思いのほか大きかったので、通行人の視線が俺たちに集まっている。


 今の俺たちを第三者視点から見ると、どうだ?


 慌てる俺と姉弟子。

 子供のように泣く師匠。


 いかん。


 浮気現場に突撃して泣く恋人みたいな図みたいになっとる。


 痴情のもつれか何かだと思われているに違いない。


 これで官憲なんて呼ばれたら、事情を説明するのが死ぬほど恥ずかしいことになるぞ。


「し、師匠、落ち着いてください。ここだと通行人の迷惑になります。いったん家に帰りましょう」


 そう俺が言うと、師匠は我に返ったようだ。


「ぐすっ……ご、ごめんなさい……。取り乱してしまって……」


 師匠がなぜ怒りだしたのか、疑問は残るがとにかくここを立ち去ろう。


 俺たちは師匠を支えるようにして、屋敷へと戻った。


 屋敷に帰って、まずは師匠を談話室のソファに座らせた。


 姉弟子が珍しくお茶を淹れてくれて、俺たちの前にティーカップを置く。


「味は期待しないでよね」


「いや、美味いよ。ありがとう」


 師匠の淹れてくれる紅茶より、茶葉も甘味も濃いが、これはこれで美味い。


「……二人とも、先ほどは楽しい気分を壊してしまって申し訳ありませんでした……」


 しゅーんと肩を落とした師匠が謝る。


「いやいや。元はと言えば、俺がちゃんと師匠に伝えてなかったのが悪かったわけで」


 深々と頭を下げる師匠に、俺は慌てて手を振った。


「でも、どうして師匠はレオが寮生活をするって知らなかったの?」


 咀嚼しながら姉弟子が問う。


 さっきあれだけ食べたのに、もうクッキーを囓っている、だと。


「それは、アグニカも家から通ってましたし、てっきりレオもそうするものだとばかり……」


 そう言えば、姉弟子って学院生だった3年間も普通に家にいたな。


 イノンダシオン先生の説明だと、寮生活ってほぼ強制だったはずだけど、どうなってるんだ。


「姉弟子はどうやって家から通う許可を貰ったんだ?」


「えっ!? あたし!? ……あー、うー、それは……」


 はっきりものを言う姉弟子が、珍しく歯切れが悪い。


 これは相当、後ろめたいことがあるな。


「ち、違うわよ! 私は悪くないもん!」


 俺のジト目に、姉弟子が焦りだした。


 この焦りよう、確定的に姉弟子がやらかしたと理解した。


 姉弟子が『あたしは悪くない』って言うときは100%姉弟子が悪いからな。


「……そ、そんな大したことじゃないんだからね。入寮日に喧嘩を売ってきた子がいてさ。ちょっと力の差を教えてあげようと思ったら」


「思ったら?」


「寮が全焼しちゃった」


 てへっと笑う姉弟子。


「ぜ、全焼……!?」


 俺は絶句した。


 笑顔の可愛さでは到底誤魔化せないレベルのことをやらかしとるやんけ。


「だ、大丈夫よ! 誰も怪我なんてしてないから!」


 そういう問題ではないと思う。


「それでさ。寮は師匠がすぐに直してくれたんだけど、あたしは即日退寮になっちゃって。そのまま家から通うことに……」


「そりゃそうやろ」


 むしろ放火をやって退寮だけでよく済んだな。


 退学になるどころか普通に逮捕案件だろう。


「魔女学院は良くも悪くも実力主義ですから。アグニカは入学前からその勇名が知れ渡っていましたし、学院としては退学にして野に下られたくなかったのでしょうね」


 姉弟子はこの若さで三文字の二つ名を得るほどの凄腕だからなぁ。


 こんな優秀な魔女を学院がみすみす手放すわけもない。


 そして姉弟子はまんまと家から通う権利を手に入れたというわけか。


 交通の便を考えたら、家から通うのが楽かと言われればそうでもないんだけど。


 屋敷から学院まで歩いたら、普通に1時間以上かかるからなぁ。


「あたしの場合は、飛んでいけば一瞬だったしね」


 そうだった、飛べるんだったこの人。


 姉弟子の魔術、応用性が高すぎるんだよなぁ。


 火属性の魔術しか使わないのに、天才すぎて攻撃も防御も移動もどんなことにも使えてしまう。


「閃きました」


 師匠が頭の横に電球を生やさんばかりの笑顔になった。


 もうそれだけで俺は察してしまった。


「師匠、駄目です」


「レオも同じように」


「師匠、駄目なんです」


「寮を燃やせば……!」


「師匠、落ち着いてください! それは姉弟子にしか許されない方法だから! 最下位入学の俺がやったら即退学になるから!」


「駄目ですか……」


「駄目ですよ……。師匠、全然冷静になれてないじゃないですか」


 普段の師匠なら出てこない危険な発想だ。

 お目々グルグルになってたぞ。


「……レオは家を出て寮を暮らすことに不満はないのですか?」


「いや、そりゃ二人と離れて暮らすのは寂しいですけど……。あ、休みの日には毎回帰ってくるつもりですよ?」


「一週間に一度しか会えないなんて嫌です! 毎日帰ってきてください!」


「えぇー……」


 姉弟子も親離れできてないと思ってたけど、師匠も大概だった。


「……分かりました。こうなったら、直接かけ合ってみます」


 師匠はそう言うと、談話室を出て行ってしまった。


「かけ合う、って誰にだろう?」


「さぁ?」


 俺と姉弟子は首をかしげる。


 しばらくすると、師匠が大きな水晶玉を抱えて帰ってきた。


「すみません、少しテーブルを空けてください」


 俺たちが紅茶のカップをどけると、師匠は机の中央にその水晶玉を置いた。


 手をかざして魔力を込めると、水晶玉が淡く明滅する。


 なんだろう、この水晶玉。


 もしかしてこれを使ってくだんの相手にかけ合うのだろうか。


 電話みたいに通信できるのかな。


 と思っていたら、水晶玉に人影が映った。


『はいはーい。あらぁ、ラーラちゃんじゃなぁい。久しぶりぃー』


 えらくユルい声がして、人影の輪郭がだんだんとはっきりしてくる。


 師匠をラーラちゃん呼びするこの人物はいったい。


 ラーラちゃん、可愛いやんけ。

 俺も呼びたい、ラーラちゃん。


 そして、揺らめいていた人影が、はっきりと像を結ぶ。


「デッッッッッ!?」


 カッッッッッ!!


 師匠の通信相手は、オレンジがかった黒髪をした女性だった。


 長く伸ばした前髪で顔の半分が見えないが、相当な美人だ。


 それにこの長い耳。

 俺の記憶が確かなら、樹族またはエルフと呼ばれる長命種族だ。


 そして何より、その爆乳。


 デカい。

 まさか師匠よりでかい乳を拝む日が来ようとは思わなかった。


 水晶越しでも雌の匂いがプンプンと漂ってきそうだ。


「あ、学院長だ」


 姉弟子がつぶやく。


 この人が学院長?

 俺がこれから通う学院を取りまとめているのが、こんなドエロ美人だと言うのか。


 率直に言って、最高やな!


「お久しぶりです、オルラヤ」


『あなたから連絡をくれるなんてぇ、珍しいわねぇ。弟子を取るようになったのは良いんだけどぉ、そっちばかりにかまけてちっとも会いに来てくれないんだからぁ』


「その弟子のことで相談があるのですが」


『相談? アグニカちゃんはぁ、去年卒業したばかりのはずだけどぉ……』


「アグニカではなく、今年入学するレオンハルトの方です」


『ああ、男の子の方ねぇ! 覚えてるわよぉ! 合格したのねぇ、おめでとう! ゴタゴタしてて、まだ合格者の確認をしていなかったのよぉ。ごめんなさいねぇ』


「こちらこそ忙しいところをすみません。あなたも知っている通り、レオンハルトは男子で、女性ばかりが暮らす寮での生活は難しいと思って連絡した次第です」


『なるほどぉ。アグニカちゃんのときと同じようにぃ、家から通わせたいってことねぇ』


「はい、可能ですか?」


『そうねぇ。基本的には寮で生徒同士の交流をはかて欲しいのだけどぉ、男の子が暮らすのは確かに危険かも知れないわねぇ。魔女になって子供を作りにくくなる前に産もうとする子も少なくないしぃ、卒業する頃には何人かのパパになっててもおかしくないわねぇ』


 ピシリと音がして、水晶に亀裂が走る。


『ひぃぃっ!? ラーラちゃん落ち着いてよぉ! 私は一般論を言っただけでぇ、女生徒の蛮行を許すとは言ってないわぁ!』


 後ろから学院長との会話を見ている俺たちにはうかがい知れないが、師匠はかなり怒っているらしい。


「それでは、レオンハルトは実家から通わせる、ということで問題ありませんね?」


『うんうん、もちろんよぉ! 教員や寮長にはこちらから話を通しておくわぁ!』


 学院長オルラヤは、激しく首を縦に振った。


 めっちゃ師匠にびびっている。

 巨大な乳房が、頭の動きに合わせてバルンバルン揺れててすごい。


「ありがとうございます、オルラヤ。この借りは必ずお返しします」


『いいのよぉ。あなたにはいつも助けられてるしぃ。数少ない朋輩ほうばいでしょぉ?』


「……そうですね、気がつけばあなたと私だけになってしまいました」


 この学院長、師匠の同期なのか。

 てことは、最低でも1000歳以上。


 スーパードエロ大年増か。

 めちゃめちゃアリやな。


『あっ、ごめんなさい。誰か来ちゃったわぁ……』


「では、これで失礼します。近いうちにまた食事でもしましょう」


『楽しみにしてるわぁ。それじゃあ、またねぇ』


 水晶玉に映った学院長がたおやかに手を振って、通信が切れる。


 さすが師匠。

 電話一本で俺の寮暮らしを取りやめさせてしまった。


 俺としては寮生活もちょっと楽しみではあったんだが。


 女性優位のこの世界では、キャッキャうふふなラッキースケベというより、淫欲のサバトみたいなイベントが起きそうだからな……。


 そっちも俺的にはバッチコイではある。


 ただ、師匠や姉弟子が悲しむからなぁ。


 二人が嫌がるようなことは極力避けたい。


 まぁ、今の俺たちの生活がすでに爛れきっている気がしなくもないが。


「これで一安心ですね」


「あーあ、せっかくあたしが寮での暮らし方を教えてあげようと思ってたのになー」


「あんた初日で退寮しとるがな」


 寮の燃やし方とか教えられても困るぞ。


 こうして俺は、今の生活を変えないまま魔女学院へと入学することになる。


 ──はずだった。


 それが急転したのが入学式前日になってからのことだ。


 学院長の決定が覆され、俺の寮暮らしが強制的に決まったのだった。


挿絵

水晶玉で通信する学院長オルラヤ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658157613222

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る