第12話 世界で唯一の魔術師の俺、姉弟子と武術訓練をする

「弱くなってる」


 動きやすい服装に着替えた姉弟子に、俺はそう告げられた。


「ぜー……はー……ぜー……はー……」


 芝生の上に倒れた俺は言い返す言葉も出せず、姉弟子の組んだ腕に持ち上げられた爆乳を見上げることしか出来ない。


「あんた、武術だけはあたしより強──あたしと同じくらいなのに、どうしちゃったのよ」


「(いま言い直したぞ……)」


 朝食のあと、中庭に出た俺たちは軽い手合わせをしていた。


 てっきり必勝の魔術でも教えてくれるのかと思っていたが、そんな便利なものはないと一蹴された。


 ウルザラーラ一門では、武器術や体術を含めた武術の習得をかなり重視している。


 威力至上主義の魔術世界で、威力よりも制御に重きを置く変わり者の一門だが、それは武術においても同様であった。


 そもそも、魔女は武術など学ばない。


 なぜなら魔力で強化した拳で殴るだけで、分厚い石壁が粉々になるほどの破壊力を生むからだ。


 さらに攻撃魔術を使えば、離れた場所から一方的に攻撃できる。


 わざわざ武器を使ったり肉体の運用技術を学ぶことほど、魔女にとって無意味なことはない。


 という当たり前の考え方に、我が一門は真っ向から逆らっている。


 遠距離で戦うことを主軸とする魔術師こそ、武術を修めるべきだと、師ウルザーラは提唱する。


 高火力の魔術でなぎ払えば、確かに雑兵はまとめて倒せるだろう。


 だが、相手が自分と同等の魔力を持つ者であれば、障壁によって攻撃を減衰させ、反撃もしてくる。


 そうなったときに勝つのは、結局のところ魔力が多い方だ。


 魔力が強ければ、障壁も固くでき、攻撃の出力も上がる。


 だからこそ魔女学院は、火力至上主義とも言えるような教育方針を採っている。


 だが、これでは自分より弱い相手にしか勝てない。


 自分より強い者と対峙したとき、あまりにも無力だ。


 武術はそのロジックに穴を開けてくれる可能性を秘めている。


 例えば相手が詠唱しているその瞬間。

 体術による高速の足運びをマスターしていれば、一気に接近して先制攻撃を浴びせ、詠唱の中断を狙える。


 剣や槍などの武器を用いれば、肉体を強化するよりも高い威力とリーチを持たせて攻撃可能だ。


 武術はいかにして相手を制圧するか、いかにして自分の身を護るか。

 この二つを最も重視している。


 その設計思想は、戦争における戦術にも活かされ、不意打ち目眩まし騙し討ち、なんでもありだ。

 急所を攻撃するなど、当たり前すぎてここに上げるまでもない。


 そして将来、魔族との戦争で命の取り合いをすることになる魔女にこそ、そう言った卑怯さが必要となってくるのである。


 実のところ、俺もその意味を理解できたのは最近になってからだ。


 前世の記憶を思い出す前の俺は、師匠の教えに一切の疑問を挟まず、愚直に鍛え続けていた。


 師匠の指導は優しく、決して無理はさせないものだったが、満足できない俺は隠れて限界ギリギリまで肉体を追い込んで修行していた。


 温室育ちだが、根性はあったらしい。

 そのおかげか、俺は15歳という年齢で肉体が研ぎ澄まされている。


 女みたいな顔をしているが、細身の肉体は引き締まり、無駄な贅肉どころか余計な筋肉すらも付いていない。


 戦うための肉体がすでに完成されている。


 今の俺には、その苦しい修行も、遙か昔に過ぎ去った思い出のようなものだ。

 だから実感はない。


 しかし、記憶を辿ってみると、俺の武術の腕前は相当なものだったようだ。


 前世の世界で言う合気道や柔術をベースにしており、相手の反射を利用したり、関節技や絞め技を多用する技の数々。


 魔力量に強さが直結する打撃技をあまり用いないのは、最初から格上と戦うことを想定しているからだ。


 すでに最強である師匠に格上の相手など存在しないはずだが、師匠はこの武術を編みだし、俺と姉弟子に伝授した。


 いま思えば、この武術は師匠が自分で使うためというより、弱い俺のために編纂したものなのではないだろうか。


 この武術は俺に合っているという感覚がすごくある。

 師匠が考えに考え抜いて創ってくれたものだということを感じる。


 実際、運動神経抜群の姉弟子との手合わせも、通算成績は8:2で俺が大きく引き離して勝ち越しているほどだ。


 もちろんこれに魔術が組み合わされば話は変わってくるが、純粋な武術勝負なら俺は姉弟子よりも強い。


 そのはずなのだが、俺は数回ほど姉弟子と闘ってみて、あっさり全敗した。


 投げ飛ばされ、絞め落とされ、関節技を極められた。


「やっぱあんた変よ。話し方も変だし、態度も変。師匠は放っておけって言ったけど、あんまりにもひどいわ」


 やっぱり怪しまれてしまうか。


 実は全敗の理由はきちんと把握している。


 単に俺の腕がなまっていて、姉弟子に負けたというわけではない。


 むしろ、魔術を使えるのと同じく、武術は俺の身に染みついていた。


 それなのに姉弟子に負けたのは、別の理由だ。


「(なんで負けたかっていうと、姉弟子がエロすぎるからですねぇぇぇぇぇぇっ!!)」


 ちょっとステップを刻むだけでたゆんたゆんに揺れるおっぱい。


 腕を取られればそのおっぱいに腕が見えなくなるまで深く埋まり、首を絞められれば柔らかく潰れて背中に当たってくる。


 投げ飛ばされている最中だってその乳に釘付けさ。


「俺は悪くぬえ!」


 そのいい乳が悪い!

 姉弟子がエロすぎるのが悪いんだ!


「いや、あんたが悪いでしょ」


「あふん」


 姉弟子につま先で脇腹をくすぐられる。


「試験まで時間がないんだから、スランプなんて言ってられないわよ。どんどん行くから、せめて一勝くらいもぎ取りなさい」


「ぎえええ! ここぞとばかりに自分の勝ち星を増やそうとしてるーっ!」


「おほほ、何のことかしらね!」


 姉弟子が高笑いしながら俺の右腕に飛びついてくる。


 股で俺の腕を挟み込み、くるりと器用に回転したかと思ったら、俺は再び地面に寝転ばされていた。


「こ、これはたわし洗い!?」


「飛びつき腕ひしぎ逆十字固めだけど?」


「痛い気持ちいい! 痛い気持ちいい!」


「えいえい」


「腕が折れそうに気持ちいいいいいいいい!」


「気持ちいいって何よもー、真面目にやりなさいってばー!」


 そのあとも、姉弟子のエロ攻撃にやられまくり、結局俺は一勝も出来なかった。


挿絵

運動服に着替えて見下ろしてくる姉弟子

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657085837773

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