第19話 世界で唯一の魔術師の俺、標的を決める
俺が制御試験でディスガイズ先生にざまぁした直後だった。
威力試験の方からどよめきの声が聞こえてくる。
向こうでも、序盤からすごい成績を出した受験生が現れたようだ。
ここからは少し離れているが、俺の場所からでも後ろ姿を見ることができた。
「オラオラオラオラオラオラァッ!」
薄紫色の髪を振り乱した少女が、指鉄砲の形をした手の人差し指から大量の【火球】を放出している。
一発一発は俺が出せる【火球】よりもさらに小さいくらいだが、連射速度が段違いだ。
一秒の間に何発出てる?
20か30か。
発射音にまったく切れ目がない。
速度も威力もまるで機関銃だ。
俺の大砲以外では、まともに傷も付かなかった水晶が、度重なる衝撃で穴だらけにされている。
「ありゃ、ただの【火球】じゃないな……」
術式をいじったくらいじゃ、あんな連射速度は生まれない。
一発一発の貫通力も異常だ。
【石弾】と【火球】を組み合わせれば、近いものにはなるかも知れないが、出来ても一発限り。
あんなに大量の弾をばらまくことは不可能だ。
「たぶん、あの弾幕自体が一つの魔術なんだろうな」
俺の知る限り、どの魔術書にもあんな魔術は記されていないが、説明はできる。
俺の使える初級魔術は相当な数があるが、それらは全て学べば誰でも習得できるものだ。
ある程度の魔力さえあれば、努力だけで才能はまったく必要ない。
中級・上級魔術であっても同じだ。
俺は魔力量の関係で使えないが、精度や威力に差はあっても、努力次第で習得はできる。
魔術は体系化されているからこそ【術】なのだ。
だが、何事にも例外はある。
魔女を目指せる才能のある者は、大抵【天性魔術】と呼ばれるものが生まれつき体に刻まれている。
術式の法則を無視した、本人だけが使えるオリジナルの魔術式。
それが【天性魔術】だ。
あのマシンガンでも撃ちまくるかのような魔術も、天性魔術を応用していると考えれば想像がつく。
「【射出】系統の天性魔術に属性を与えてるのか?」
【射出】はその名の通り高速で物体を射出する魔術だが、天性魔術として習得している場合、威力・精度ともにかけ離れた強さになる。
見た感じ、左手はその【射出】を使う銃身で、右手は【火】と【土】弾丸を生成するのに注力して、役割を分担させてるのか。
簡単な仕組みだが、シンプルゆえに恐ろしく強力だ。
破壊力に優れるだけではなく、弾幕を張ることで相手に回避や反撃の隙を与えない。
一度魔術が発動したら、あれはもう手に負えないだろうな。
魔力の消費も少ないんだろう。
もしあれを普遍的な魔術で再現できても、魔女の魔力ですら数秒で尽きる。
「ありゃ強ぇぞ……」
「ヒャーッハッハッ! ボッコボコだぜぇっ!」
でもヤンキー感があって怖いんご……。
髪型や顔立ちは清楚な美人なのに、表情と服装がめちゃめちゃ尖ってる感じがある。
でも、あの子って、俺が他の受験生にごちゃごちゃ言われてるときに、一人だけちょっと褒めてくれたんだよな。
俺はそういうところにちゃんと気がつける男。
お互いに入学できたら、お礼言っとこう。
下手に出たら、パシリにされそうでちょっと怖いけど。
美少女にパシらされるとか、ただのご褒美では? と俺の前世がささやいてくる。
うるさいぞ、同感だが。
ただ、あの娘も俺の本命じゃない。
リストに載っていなかったのに、あの強さには驚いたが。
おそらく目当ての人物は、一番最後に現れるはずだ。
「次……受験番号59番……位置に付きなさい……」
ディスガイズ先生は、表情の失せた顔で、どこを見ているかも分からないくらいぼーっとしているが、試験官としての仕事だけは何とかこなしている。
「次……受験番号114番……位置に付きなさい……」
「は、はい」
完全に目が死んでいる先生に、他の受験生もドン引きだ。
ちょっとやりすぎたかもしれない。
三つ目の試験は対戦形式のはずだから、審判役が必要になるはずだけど、大丈夫かなこの人。
「離れたところに行こう……」
あまりに痛々すぎて見るのが忍びなくなってきた。
休憩がてら、師匠と姉弟子たちと立てた作戦のおさらいでもしておくか。
† † †
──実技試験2日前。
「これを見なさいな」
ソファで俺が休んでいると、姉弟子が俺に薄い冊子を放り投げてきた。
「なにこれ?」
「明後日あんたが戦うであろう対戦相手。苦労して集めたんだから、感謝しなさいよね」
「えっ? 姉弟子が?」
俺は姉弟子の言葉を聞いて、慌てて冊子をめくる。
そこには受験生の名前と、使用する得意魔術。性格からくる戦い方の傾向などが書かれていた。
「調べられたのは有名なやつだけだけどね。地元の人間なら誰でも知ってる程度の情報しかないけど、あるとないとじゃ全然違うでしょ。特にあんたは考えて戦うタイプだし」
「あっ。もしかして、午後になると良く出かけてたのは……」
あちこち飛び回って、俺のために情報収集してくれてたのか。
「そーよ、感謝しなさい」
「ありがとう。姉弟子、友達いないし、人見知りなのに……。苦労したんやろなぁ……。ぶわわ……」
「うるさい」
「ちょっ、グリグリするのはらめぇっ!」
姉弟子がデリケートなところをグリグリしてくる。
「私にも見せて貰えますか」
師匠が俺の隣に座ってきたので、姉弟子に貰った冊子を渡す。
「……なるほど、今年は粒がそろっていますね」
パラパラとページをめくりながら、師匠が頷く。
俺にとってはあまり嬉しくない情報だ。
師匠は続けて内容を確かめていたが、あるページで指を止める。
「……彼女は」
「あ、師匠もやっぱり気になった?」
姉弟子が俺を乗り越えて、冊子を覗き込む。
「ヴェルバッハ家のご息女ですか……」
「あたしと同じで、入学前から二つ名持ちよ。しかも二文字」
「それは、凄まじいですね……。よほどの才能か戦果がなければ、学院を卒業せずに二つ名を貰うこと自体あり得ないですから。私も長い間生きてきて、数えるほどしか見たことがありません」
「俺にも見せて下さい」
冊子を受け取ろうとするが、姉弟子が俺と師匠の膝の上に寝転んでいるから邪魔でしょうがない。
ごろごろするんじゃない。猫か。
「アーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ。二つ名は【氷麗】。天性魔術は【氷律】。術式の詳細は不明。特例で八歳の時に魔女化。二つ名を得たのは13の時。自治領に入り込んだ子爵級魔族を単騎撃破した功績を以て二文字の二つ名を得る」
控えめに言って化物では?
なんや、こいつ。
わざわざ学院に通う必要なんかないやんけ。
学院の教師より、多分こいつの方が強いぞ。
「レオ、彼女とだけは当たらないようにしましょう。模擬戦は互いの了承がなければ成立しなかったはずです」
「そうですね……」
向こうは誰と当たっても勝てるだろうし、わざわざ劣等生の俺を負かそうなんて考えないと思う。
が、なぜか師匠は声をかけられる前提で言っている気がする。
なんでだろう?
「……レオ、もしかして約束を忘れているのですか?」
「えっ、約束ってなんですか?」
「……いえ、何でもありません。小さい頃の話です。向こうもきっと忘れているでしょう」
「???」
なんの話かさっぱり分からん。
詳しく話を聞こうと思ったら、師匠に膝枕された姉弟子が口を開いた。
「ま、戦わない方が無難でしょ。あたしの方が余裕で強いけど、あんたには荷が重い相手よ」
姉弟子がこういう言い方をするってことは、姉弟子でも結構ヤバい相手ってことか。
勝ち目ゼロやん。
姉弟子が苦戦するような相手にどうやって勝てと。
絶対戦わないでおこう。
と、言いたいところなのだが。
「師匠、姉弟子。威力試験と制御試験。もし満点を俺が取れたとして、模擬戦で何点取れば合格できると思います?」
「……それは……」
言いよどむ師匠の代わりに、姉弟子が口を大きく開けて言った。
「満点よ! 全部満点取って、運が良ければギリギリ合格ってところでしょ」
さすが姉弟子、はっきり言う。
だが俺も同意見だ。
そもそも、前世を思い出す前の俺は、実技に自信がなかったから学科で満点を取って少しでも有利な状況にしようとしていたんだ。
それが0点の状態で実技試験に挑むことになった。
状況は依然不利すぎるままだ。
確実に合格するには、一手足りない。
「ただ、模擬戦って、満点以上に点数の加点があるって噂なのよね」
姉弟子のつぶやきに、俺は心当たりがあった。
「ああ、やっぱり加点はあるのか」
「なんだ、知ってたんだ?」
「まぁ、当たりは付けてたよ」
じゃないと、自分で相手を選べるシステムの意味が薄くなるもんな。
模擬戦の仕組みは、自分で相手を選び、三戦してその結果で点数が決まる。
三勝すれば満点だ。
しかし、それだと自分に相性の良い相手や、弱い相手に人気が集中してしまう。
対戦相手が望まなければ戦いは成立しないが、三戦するのが強制である以上、どこかで相手を決めなければならなくなる。
もちろん弱い相手ばかりを選んで三勝しても、自分が確実に勝てる相手を見定める目を持っているという評価をされて満点を貰える。
しかし、これには裏の評価とも言うべき項目があると俺は予想していた。
自分より評価の高い相手を倒せば、さらに点数が加点されるのではという予想だ。
学院を卒業すれば、自分より強大な魔族と戦うこともある魔女にとって、ジャイアントキリングができる者は重要な戦力となる。
「そうですね。学院は昔から実力主義というか、戦力となる者を常に求めていますから。火力重視の傾向へ変化はしていますが、学科より実技を重視するのはもちろん、そういった裏の評価は存在すると思います」
師匠が言うということは、もう確定だな。
「師匠、姉弟子。俺は対戦相手を決めましたよ」
勝てば大幅な加点が入る相手。
それはこいつしかいない。
俺が指さした名前を見て、姉弟子は大笑いした。
「あっはっは! 良いじゃない! それでこそウルザラーラ一門よ!」
「ま、待って下さい。レオンハルト。彼女は危険すぎます!」
「師匠は反対ですか?」
「当たり前です!」
「俺に策があると言っても?」
「……勝算があるのですか?」
確実に、とは言えないが、実技試験で彼女の魔術を見定めて、予想が当たれば七割強の確率で勝てると見ている。
「俺の奥義を開帳します」
師匠と二人で編み出した、弱い俺だからこそ使える奥義がある。
使いどころが難しいが、ジャイアントキリングを達成するのに、これ以上のものはないだろう。
俺はその策を二人に語って聞かせる。
姉弟子はさらに爆笑し、師匠も最終的には渋々ながら頷いてくれた。
挿絵
機関銃のごとき魔術を連射するチンピラ魔女見習い
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657444911039
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