第20話 世界で唯一の魔術師の俺、ヤンキーにビビるし天才魔女にもビビる
こっちの制御試験も終わりにさしかかった頃、威力試験の方向から、金属を叩くような甲高い音が響き渡った。
同時に、マシンガンの受験生のときよりも大きなどよめきが上がる。
「あの子だな……」
成績優秀者である彼女は、やはり一番最後の順番に回されたようだ。
さてさて、彼女の威力試験はどんな結果かな。
彼女の魔術が引き起こした現象を見て──俺は引きつった笑いが出た。
「……早まったかもしれん」
全ての水晶が、巨大な氷によって凍結されている。
俺が大砲を生み出すために生成した土の何千倍、いや何万倍もの質量の氷が、高々とそびえ立っていた。
やがて巨大な氷山に亀裂が走り、粉々に砕ける。
崩壊に伴い、冷気を纏った白い風がキラキラと光を反射させながら、受験生たちの間を吹き抜ける。
そのあとには、何も残っていなかった。
いくつも並んでいた計測結晶も、流れ弾を防ぐための頑丈な壁も、生い茂っていた芝生や木々も。
何もかもが凍結粉砕され、そして溶けて水になることも無く全てが塵と化して消えていた。
「天才すぎるやろ……」
あれで俺と同い年なのかよ。
あれだけの破壊を生み出しておきながら、他の受験生や試験官には何の被害もない。
せいぜいが帽子を飛ばされたり、スカートがめくれ上がったりした程度だ。
水色に白にピンクか……。
ごっちゃんです。
「術式の制御も尋常じゃないな……」
粉砕凍結したあと、ただ術式を解いただけではなく、氷が粉々に気化するように制御していた。
「やべぇな。威力だけじゃなくて制御力まで一級品かよ」
しかも、あれでまだ本気じゃないと見た。
あれほどの威力であっても、周囲へ被害を出さないように手加減している。
その気になれば、この広い会場すべてを埋め尽くすほどの氷だって召喚できるに違いない。
それでいて、成果はしっかり残している。
計測結晶の全破壊。
記録の上では、俺の姉弟子に並ぶ成果だ。
入学当時の姉弟子と比べてもしょうがないとはいえ、とんでもないレベルの高さだ。
「まじかー。自分で言い出したこととはいえ、これはビビらざるをえない」
あれが希代の天才魔女アーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ。
俺が倒さなければならない必須の相手。
彼女の情報は前もって姉弟子から聞いていたのだが、ここまでとは思っていなかった。
学院生どころか、現役の魔女より強いんじゃないか。
彼女と同期になるやつは、自分の不幸を呪うしかない。
それと戦おうなんて企んでいる俺は、阿呆の極みなのでは。
「うう、胃が痛くなってきた。せめて、戦う前にどんな顔してるのか拝んでやろう」
名前や評判は知っていても、姿形はまったく知らなかったからな。
これでようやく名前と顔が一致する。
ちょうど、試験を終えたアーデルハイトがこちらを向こうとしていた。
その顔に、俺は見覚えがあった。
「……ん? もしかしてあの子……」
間違いない。
遠目だったので気づかなかったが、あの子だ。
氷山を生み出した天才魔女は、学科試験の際、俺に声をかけてきたあの小さい少女だった。
「こっちを見てる……?」
背中は見せたまま、顔だけこちらを振り返って、少女は俺の方を見ている。
ような気がする。
自意識過剰かな。
今日最大威力の魔術を発動させた、首席合格確実であろう彼女が、劣等生の俺なんかを気に留めるはずもない。
しかし、学科試験の時は俺に何か用があるようだったし、もしかしたらその件だろうか。
いったい何の用事があるのか知らないが、話しかけるきっかけになるならちょうど良い。
どうにかして、俺は彼女との対戦を成立させねばならないのだから。
学科で0点の俺が入学するには、実技で満点を取るだけじゃ足りない。
誰が見てもはっきりと分かるほどの格上を倒して、加点を狙う。
それしか確実に合格できる手はない。
俺は内心ビビり散らかしていたが、彼女がこちらを見ていると信じて、強い視線を送り返す。
「…………」
これで違う人を見てたら、俺めちゃくちゃ恥ずかしいやつだな。
正解は結局分からないまま、少女はふいっと視線を逸らし、試験官が二つ目の試験の終了を告げる。
このあとは、ついに本命の模擬戦だ。
† † †
「レオンハルト君。私と対戦しない?」
「何言ってるのよ。私よ! 私と戦いましょうよ、ねえ」
「あんたたち、楽に勝ち点取りたいのが透けて見えるわよ。それであたしなんかどう?」
模擬戦の概要が説明されたあと、俺は受験生の少女たちに囲まれていた。
これがモテ期ってやつけぇ。
全然、嬉しくない。
彼女たちは確実に勝てるであろう俺と戦って、楽に一勝を得ようとしているだけなのだ。
威力試験や制御試験での結果を、まぐれと捉えているのか。
それとも模擬戦ならどうとでもできると思っているのか。
男であるというフィルターはやはり分厚いのか、明らかに俺は舐められていた。
模擬戦は勝敗に関わらず3回戦う決まりだから、対戦表が埋まる前に俺から一勝をもぎ取ろうと必死だ。
俺としても、本命のアーデルハイトと戦う前に二勝稼げるならそれでもいいんだが、先にアーデルハイトの方の対戦相手が決まってしまうかも知れない。
彼女らと戦うとしても、先にアーデルハイトとの戦いを約束させてからだ。
「ちょっと、ごめん。通してくれ──」
「どけ、オラァッ!!」
その場を離れようとすると、大きな声が轟いて、俺たちは飛び上がった。
「雑魚どもが湧いてんじゃねえっ! 散れっ! そいつはオレとやんだよ!」
受験生たちを強引にかき分けて、薄紫の髪色をした少女が俺の前に出てきた。
「オレはバルカナっつーもんだ! 一目見てビンビンに来たぜ! おめぇ、かなり強えだろ! おめぇの【大砲】とオレの【火砲】、どっちが強えか勝負しようぜ!」
声がデカい子だなー。
あと乳もデカい。
「いや、ちょっとそれは、困るというか……」
「ああ!? 何ぼそぼそしゃべってやがる!? はっきり言えや!」
ひんっ。
ヤンキー怖いよう。
めちゃめちゃガラ悪いやんこの子。
しかし、俺としてはバルカナ嬢と戦うメリットがない。
彼女も強いとは思うが、姉弟子のリストにも載ってなかった無名の受験生だからな。
試験官にアピールして加点を狙うには、やはり前評判から強いやつじゃないと意味がない。
しかも、他の受験生と違って、このバルカナ嬢は俺を侮ってない。
油断につけ込むことも難しそうだ。
マジで対戦にデメリットしかないぞ。
「やんのか!? やんないのか!? はっきりしろや! おん!?」
「ひぃっ。や、やらないです……」
「あぁぁ!? やれや!」
「ひぃぃ、理不尽すぎる。あとメンチ切らないで……」
顔を背けようとしても、先回りして顔を寄せてくる。
額で額をグリグリ押されて、俺はビビり散らかした。
あと唇とか触れそうだし、おっぱい潰れるほど押し当てられてるし、眠っている俺の愚息がふたたび力を取り戻してしまいそうだ。
「
背後からかけられたその冷たい声に、受験生たちが無意識に道を空ける。
そこには、あのアーデルハイト嬢が立っていた。
「あ、アーデルハイト様? どうしてここに?」
「アーデルハイト様もレオンハルト君を目当てに?」
「まさか、誰と戦っても勝てるアーデルハイト様が、わざわざ劣等生を相手に選ぶはずがないわよ」
口々に受験生たちが囁く。
ていうか、素でみんなアーデルハイトを『様』呼びしてて、戦う前から格付けが終了している。
萎縮してないのは、このヤンキー女バルカナくらいだ。
「あぁ!? んだてめぇ!? こいつとはオレがやんだよ! あとから来た部外者は引っ込んでろ!」
「部外者はあなたよ」
怒鳴るバルカナに対して、表情を変えることもないアーデルハイト。
血管が切れそうなくらい顔を歪ませたバルカナが、顔を全力で逸らして威嚇するが、アーデルハイトはまったく怯む様子もない。
「てめぇ、このバルカナ様に楯突くとは良い度胸じゃねぇか! てめぇから先にやってやっても良いんだぞ、あァッ!?」
「良いわよ。私に不満があるなら、模擬戦で決着を付けましょう。でも、彼とは私が先に戦う」
「んだとぉ……?」
「私の方が先約だもの。自分の決めたルールにくらい従いなさい。順番が大事なんでしょう?」
え? 先約ってなんの話だ?
アーデルハイト嬢の言った『先約』にまったく覚えがない。
ほぼ初対面ですよね、あなた。
俺がきょとんとしていると、バルカナは俺とアーデルハイトを交互に見比べて、舌打ちした。
「チッ! じゃあしょうがねえ! 一戦目は譲ってやるよ! ただし二戦目はオレとだからな!」
バルカナ嬢が俺の胸ぐらを掴んで顔を寄せてくる。
可愛いけど怖い。
「い、いやです……」
「あぁ!?」
俺、この子苦手!
俺がプルプル震えていると、パンパンと手を叩く音が響いた。
「こらこら、揉め事は起こさないでちょうだい。目に余るようなら減点しますよ」
「……チッ!」
イノンダシオン先生だ。
さすがに試験官に歯向かうほどイカれてはいないのか、バルカナ嬢は舌打ちしてその場を去って行く。
背中を丸めてポケットに手を突っ込んで、大股開きで歩くその姿はまさにヤンキー。
異世界で古のヤンキーの魂を見ることになるとは思わなんだ。
「今年の受験生は、本当に才能も個性も強すぎるわ……」
イノンダシオン先生が疲れている。
俺が試験官を一人使い物にならなくしてしまったせいもあるかも知れない。
ディスガイズ先生、大丈夫かな。
姿が見えないけど。
「対戦相手はちゃんと話し合いで決めて下さいね。挑まれた側も拒否権はちゃんとありますから。レオンハルト君、分が悪い相手だと思ったら断って良いんですからね」
「はい、先生」
イノンダシオン先生、優しい。
ちゅきちゅき。
「それで誰ですか。レオンハルト君から一勝もぎ取ろうとしてる子は」
「私です」
「なるほど、アーデルハイトさんが。……アーデルハイトさんが!? レオンハルト君に!? なぜ!?」
驚くわなぁ。
俺も驚いている。
挑発して怒らせてから、勝負を挑むつもりだったんだが、まさかそうする前に向こうから勝負を仕掛けてくるとは。
完全に予想外だった。
「個人的な理由です」
「そ、そうですか。なるほど、それでレオンハルト君が拒否したから、騒ぎになって……」
「え? 俺は拒否してませんけど?」
「え? ええええええっ!?」
今度は俺の返事に先生が驚愕する。
「レオンハルト君!? まさか、勝負を受けたの!?」
「はい。登録お願いします」
なぜ俺を対戦相手に選んだかは分からないが、こっちとしては願ってもない状況だ。
「レオンハルト君。不戦敗でヴェルバッハ家に一勝を贈っても、印象は良くならないわよ。就職先に困ってるなら、私が伝手で探してあげるから……」
「違います。賄賂的なやつじゃないですから。落ちる前提で話を進めないで下さい」
まぁ、イノンダシオン先生がそう考えるのも当然ではあるけどな。
下馬評を覆すには戦力差がありすぎる。
だからこそ、戦う意味があるのだが。
「ねぇ、向こうで少し話せる?」
袖口をくいくいと引っ張られ、見下ろすとアーデルハイト嬢が人気のない場所を指していた。
これから戦おうというのに、何の話だろう。
もしかして、学科の時の用事を果たそうとしてるのだろうか。
拒否する理由もない。
俺は彼女に腕を引かれるまま、付いていった。
挿絵
全てを凍らせるアーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657500318317
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