第21話 世界で唯一の魔術師の俺、天才魔女を怒らせる

 木陰まで俺の手を引いてやってくると、アーデルハイト嬢はくるりとこちらへ向いた。


「え、えへへ。やっと話せるね」


 先ほどの無表情で冷たい印象から一転。


 照れくさそうに前髪を触りながら、上目遣いに俺を見てくる。


「凄かったね、あの魔術。初級魔術だけであんな破壊力を生み出すなんて、私には発想もできなかった」


「え、あ、どうも」


 俺の大砲の何倍もの破壊力で、最高得点を取った天才に褒められてもなぁ。


「や、約束、覚えててくれたのね。も、もちろん、私も覚えてたわよ。忘れるわけない。あなたとの大事な約束だもの」


「…………」


 さっきから気になってたんだが、この子は何を言ってるんだ?


 約束? 約束って何だ?

 そもそも、俺は彼女と初対面では?


 前世の記憶を思い出す前にどこかで会っていたのだろうか。


 だが、あれから一週間経って、よっぽど印象の薄いことじゃなければ、きっかけ次第ですぐに思い出せるようになったはずなんだが。


「本当は私、八歳の時にはもう学院に入学できてたのよ。なんならもっと前からだって入れたんだから。でもあなたが必ず来ると思ってたから、毎年待ってたのよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 いつでも魔女学院に入学できたのに、俺を待ってずっと入学しなかった?


 それも毎年、俺が受験するかどうかを確かめていただと?


 だが、俺は彼女に見覚えがない。

 記憶を掘り返してみても、最初に顔を合わせたのは学科試験の時だ。


 ということは、導き出される答えは一つ。


「お、お前、俺のストーカーだな!?」


「え? すと……、なに?」


 びしりと指を突きつけた俺に、アーデルハイトはきょとんとする。


「とぼけても無駄だ! なんで俺につきまとうのか知らんが、金なんかないぞ! いや、師匠は金持ちだが、俺個人が自由にできる金なんてない! 残念だったな!」


「お金? 何を言っているの? お金なんていらないわ。私はただ、あなたと……」


 金なんていらない、だと。


 じゃあ、何が目的だ。


 もしや俺の貞操?


 いや、他の受験生たちと違って、こいつは俺にいやらしい目を向けたりはしていなかった。


「はっ。まさか……!?」


 数日前、師匠に受けた忠告を思い出す。


 俺という存在の希少性がバレれば、五体をばらして臓腑を持ち去るような魔女も現れるかもしれない、と。


 何年も前から俺の情報を入手していて、師匠や姉弟子の目が届かなくなるこのタイミングで接近してきたと言うことか。


「俺の体は俺のもんや! お前には渡さんぞ!」


「か、体?! 本当にどうしちゃったの? 何を言っているか全然分からない。私のことが分からないの? 私よ、アーちゃ──」


「名前は知っている。アーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ。すごい名家の出なんだってな。そんなご令嬢が俺に用があるとしたら、俺の体を研究対象にするくらいだろう!」


「け、研究? 私があなたを研究なんて──いえ、その、大きくなったらどんな姿になってるかとか、想像したりはしてたけど……」


「大きくなったところを想像!? なんていやらしい! やはり俺の愚息を狙っていたか……!」


「はえ!? ちが、違うわよ! お、大きくってそういう意味じゃないわ!? もう訳が分からない! あなたレオでしょ!? なんで私が分からないの!?」


「ええい、馴れ馴れしく略名で呼ぶんじゃない! このナイチチマッドご令嬢めが! お前の思い通りにはならんぞ! お前を倒して、俺は入学を果たす!」


 宣言すると、アーデルハイトの表情が固まった。


「……もしかして、本当に、私のことを、覚えてないの……?」


 声を震わせ、アーデルハイトが顔をうつむかせる。


「覚えてないも何も、ほぼ初対面だが」


 学科の時に声をかけただけで、そんなに仲良くなったと思われていたのか?


「なによそれ……私はずっとこの日を楽しみにして……。会いに行くのも我慢して……。それなのに、何も覚えてないの……? なによそれ……なによそれ……なによそれ……」


 うつむいたまま、アーデルハイトはブツブツとつぶやいていたが、ピタリと口を閉ざし、顔を上げた。

 

「……そう。いいわ」


 表情がない。

 完全に瞳から光が消えている。


「え、寒っ……!?」


 急に空気が冷え込み始めた。


 俺の吐く息が白く凍る。


「忘れちゃったって言うなら、もう一度思い出させてあげる」


 魔力の高まりを感じる。


 姉弟子と同じく、属性を纏った冷たい魔力だ。


 模擬戦を待たずにここで戦う気か?


 不味い。

 完全に出遅れた。


 俺は大きくバックステップしようとして、足が凍り付いていることに気づく。


「(やっべぇ! 逃げられねぇ! 一手先を取られた!)」


 飛び退くところを妨害された俺は、完全に体勢を崩してしまった。


 いま攻撃されたら、何の防御もできない。


 アーデルハイトの姿が見えないくらい、真っ白な吹雪が俺に吹きつけてきて──


「ちょ、ちょっとアーデルハイト様!? 何をしてらっしゃるんですか!?」


 イノンダシオン先生の悲鳴に近い制止の声がかかる。


 その瞬間、俺の足を凍らせていた氷は溶け、気温が元に戻った。


「イノンダシオン先生。私のことは、他の生徒と同じように扱うようお願いしたはずですが」


「えっ? あ、それはその、本来アーデルハイト様……さんは生徒ではなく、講師として学院に招かれるはずの方ですし……。私ごとき木っ端教師が生徒として扱うのは心苦しいと言いますか……」


 イノンダシオン先生まで、こいつを様呼びしてたんかい。


 しかもそれを本人から注意されていたという。


 先生のそんなところ、ワイは見とうなかった。


「入学試験を受ける以上は、私はただの一般受験生です。もし、私が間違えていると思ったのであれば、忌憚なく処罰して下さい」


「しょしょしょ、処罰だなんて! ちょっと何をしているのか気になっただけですぅ!」


 出来る女教師のイメージだった先生が半泣きになっている。

 情けなくて、かわよ。


「そうですか。……ところで、彼との模擬戦はいつになりそうですか?」


「対戦表がもっとも早く決まりましたので、一番最初の試合になります!」


「ありがとうございます。それから、敬語もやめて下さい」


「は、はいぃぃ……!」


 絶対零度の瞳で見据えられ、先生は気をつけの姿勢で固まった。


 そのまま、アーデルハイトは俺を一瞥すらすることなく、試合会場へ向かっていった。


「うっ、うっ、怖いぃ……」


 分かる。

 俺もさっき死んだかと思ったもん。


 しかしさすがは先生。


 ビビりながらも俺を助けてくれたし、子鹿のようになっていた足の震えも、涙を拭った頃にはもう止まっている。


「さぁ、きみは試合場へ急いで急いで。準備ができ次第、あなたたちの試合から始まるわよ」


「押忍!」


「なんとか生き残れるよう頑張ってね。……こっそり教えてあげるけど、開始直後に降参するのが確実に助かる道よ」


「嫌なこと言わないで下さいよ……」


挿絵

照れながらもやっと話せる喜びを隠せないアーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657545558800


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