第22話 世界で唯一の魔術師の俺、天才魔女と戦う

「あの男子、運が悪いにもほどがあるよねー」


「よりにもよって、アーデルハイト様に指名されちゃうなんて」


「理由は知らないけど、なんか怒らせたみたいじゃない。どんな無礼を働いたのかしら」


「すぐさま降参すれば命までは取られないでしょ。貴重な男子なんだし、綺麗な顔に傷は付けないで欲しいなぁ」


 階段式の観客席に座った受験生たちが、口々に俺を哀れんでいる。


 くそう。

 どいつもこいつも俺が負ける前提で話しやがって。


 俺は会場の中央で、数歩離れて対峙するアーデルハイトを見ながらうめいた。


 目を伏せていて分からないが、確かに怒りのオーラを感じる。

 ストーカー扱いはさすがにマズかっただろうか。


 しかし、師匠に言われていた俺の希少性を知る魔女がこいつだった場合、俺は実験動物にされる恐れがある。


 俺に手を出すのは割に合わない、と思わせるくらいのことをやらなければならない。


「この模擬戦からは、杖や魔導書などの呪具の使用が許可されるわ。実戦を想定した何でもありの勝負だけど、相手を死に至らしめるような怪我をさせたり、降参した相手を攻撃した場合、即失格となるので注意してちょうだい」


 審判はイノンダシオン先生がやってくれるようだ。


 ディスガイズ先生じゃなくて良かった。

 あの人だと普通に依怙贔屓な判定してきそうだからな。


 完全に恨みも買っちゃったし、入学してからが怖いわ。


 まぁ、怖いと言えば、入学できたらアーデルハイトも同級生になるのだが。


 大丈夫か、俺の学院生活。


「この模擬戦も今までの試験と同様、制限時間は5分。5分経って決着が付いていない場合、引き分けになるわ。怪我の度合いによる判定もなし。戦闘続行不能と私が判断した場合、または降参を宣言した場合のみ勝敗の判定が下されるわ」


「はい」


「了解です」


 俺たちの了承を確認した先生は、後ろへ下がっていく。


 アーデルハイトの魔術を見たあとだからな。

 ちょっと離れたくらいじゃ巻き込まれると判断したんだろう。


「そうね、3分」


「あん?」


 アーデルハイトのつぶやきに、俺は方眉を上げる。


「ハンデを上げるわ。このままじゃ、勝負にもならないでしょう? 3分、あなたが私の攻撃から逃げ切ったら、その時点で私が降参を宣言してあげる」


「…………」


「嬉しい? ほんのわずかだけど勝機が見えてきたでしょう? あなたの小賢しい魔術の使いようなら、もしかしたら逃げ切れるかもしれないわよ?」


 さっき怒らせた意趣返しか、挑発するようなアーデルハイトの物言いに、俺は自信を持って答えた。


「ま、マジで!? 今の言葉、嘘じゃないな!? 言質取ったぞ! やったぁ!」


「…………」


 俺が怒り出すと思っていたのか、予想に反して大喜びする俺を見て、アーデルハイトの視線に軽蔑が混じった。


 ふはは、俺にプライドなんかあるとでも思っているのか。

 その慢心、容赦なく利用してくれるわ。


 俺たちはもう言葉を交わすこともなく、開始の合図を待った。


 俺たちから大きく距離を開けた先生が、こちらを振り向く。


「用意はいいわね」


 先生は片手を手刀の形にして大きく振りかぶった。


「それでは模擬戦、用意」


 俺は指の動きを確認し、アーデルハイトは少し深く息を吸った。


「始め!」


 アーデルハイトが言った『3分逃げ切ったら勝ち』。

 その言葉に嘘はないのだろう。


 どう見てもプライドが高そうだし、自分の言ったことを反故にするタイプには見えない。


 じゃあ俺としては、お言葉に甘えてたっぷり策を弄して逃げ回るわけがない。


 俺はお前を倒しに来たんだよ。


「【石】【風】」


 試合が開始した直後、俺は0.1秒で指文字を描き、石ころを飛ばす。


「なっ!?」


 石礫いしつぶては、詠唱を始めようとしようとしていたアーデルハイトの額に直撃した。


 ガンッという、中々いい音が響く。


 俺が逃げ出すと思って、呑気に詠唱に集中しているからだ。


 しかし、完全に不意を打ったにもかかわらず、特にダメージを与えられた様子がない。


「予想はしてたけど、ノーダメか……」


 この石礫、威力的には拳銃の弾くらいはあるはずなんだが。


 アーデルハイトレベルの魔女になると、高密度の魔力が血液のように肉体を駆け巡ってるから、障壁でガードしなくても素の肉体強度だけで防げてしまうんだな。


「……ったいわね!」


 それでも多少は痛みがあったのか、額を押さえてアーデルハイトは吠えた。


 こわっ。

 だが、初手は上手く行った。


「お前の甘言に乗って逃げると思ったか? そりゃ、俺を舐めすぎだろ」


 俺は十指をフルに活用し、大量に術式を展開する。


 それを見て驚愕の声を上げたのは、観客席の受験生たちだった。


「早い!? 印相でもない、ただの指文字でなんであんなに早く詠唱できるの!?」


「口述詠唱だってあんな速度で魔術を発動なんてできないわよ!?」


 さっきまでは自分たちも試験中だったから、まじまじと俺の魔術を見るのは初めてなのだろう。


 指を使った詠唱は、実は使い手がほとんどいない。


 なぜなら、空中に呪文を刻むため、書いた端から意味消失して、書き記せる呪文が極端に短いからだ。


 魔術発動に込められる魔力も少なく、現在主流の口述詠唱のように威力や制御に補正もかからない。


 しかも1文字1文字書くよりも、口述で詠唱した方が早いと来た。


 メリットはその静音性くらいだが、それなら俺の師匠のように印相を使った方が早いし強力だ。


 だが、俺は長年の修練でそのデメリットを克服した。


 十指を使って同時に違う文字を書き記すことで、一度に十文字を詠唱でき、さらには違う魔術の術式を同時に記すことも出来るようになった。


 初級魔術しか使えない俺には、最初から長文を書く必要がない。


 全ては魔力の低い俺が強者と戦うための技術。

 師匠が考えに考えて編み出してくれた技だ。


 師匠仕込みのこの技術で、俺はアーデルハイトに勝つ。


 詠唱開始から一秒以下で俺の魔術は完成し、石の弾丸が大量にアーデルハイトへ襲いかかった。


「あんにゃろ! オレの【火砲】をパクりやがった!」


 観客席からバルカナ嬢の驚愕する声が聞こえてくる。


「ぱ、パクってないし(震え声)」


 俺なりのリスペクトだし。


 実際、バルカナ嬢の百分の一の威力もないだろう。


 こっちが拳銃弾なら、【火砲】の威力は大型の機関砲だ。


 連射速度も良くて半分。

 パクリと言うには劣化しすぎている。


「このっ! 鬱陶しいわね!!」


 だが、相手の集中を妨害するには充分。


 バルカナのように大量の銃弾をばらまく撃ち方ではなく、一発一発を急所や防ぎにくい場所を狙撃する。


 狙った場所に当てる修行は散々してきたからな。

 外れ弾は一発もない。


 ベチベチと絶え間なく打ち付けてくる石礫は、ダメージはなくとも、さぞや不愉快なことだろう。


「どうしたどうした! そこでマトになり続けて5分使い切る気か?」


「うるさいっ!」


 はい、釣れた。


 怒鳴ったせいで、アーデルハイトが発動しようとしていた魔術の詠唱がキャンセルされる。


 やつは口述詠唱で魔術を発動する正統派だ。


 一つの魔術に集中して詠唱する分、威力が桁違いに大きくなる代わりに、詠唱の文言やイントネーションを僅かのくるいもなく唱える必要がある。


 当然、途中で詠唱が止まれば一からやり直しだ。


 挑発して何か喋らせるだけで詠唱を中断できる。


 なので、俺がさっきから挑発を繰り返しているのは、決して俺の性格が悪いからではなく、あくまで妨害戦術だ。


 怒らせて正常な判断ができなくなれば、さらに儲けものである。


「何なのよ! あんた! まともに勝負する気ないの!?」


「まともに勝負してるが? 自分の土俵で戦ってくれなきゃヤダヤダなんてワガママ言われても困るんだわ。赤ちゃんさぁ、寝言はママだけに言ってくれ」


「~~~~っっっ!!!」


 そうそう、どんどん怒ってくれ。


 冷静に対処されたら、俺なんてすぐに氷漬けにされて終わりだからな。


 あとでめちゃめちゃ恨みを買いそうだけど、この一勝の方が大事だ。


 入学してからなら、全裸土下座でも何でもやってやるよぉ!


 頼んだぞ、入学後の俺!


「こっのぉ! 舐めんじゃないわよ!」


 アーデルハイトが怒りのままに腕を振るうと、冷気を纏った魔力が俺の石礫を弾き飛ばした。


 魔術を用いずとも、ただ解放するだけで外界に作用するほど濃密な魔力。


 師匠や姉弟子レベルの魔力の質だ。


「氷よ、我が敵を討て! 【氷矢】!」


 石礫を弾いて、強引に詠唱する時間を作り出しやがった。


 使ったのが詠唱の短い【氷矢】なのは、俺の妨害を警戒しているからか。


 【氷矢】は初級魔術だが、アーデルハイトが使うとまったく別物になる。


 屋敷にあるデカい石柱と同じくらい巨大な氷の塊が、剛速球で飛んでくる。


「これのどこが矢だよ……!」


 身を伏せるのが遅れてたら、今ので胴体が泣き別れしてたぞ。


 こいつ、『相手を死に至らしめるような怪我をさせたら失格』ってルールを忘れてるんじゃないか。


 情け容赦なく死ぬぞ、俺は。

 貧弱なんだから。


「雪よ! 霧よ! あまねく霜の巨人たちよ! その大いなる息吹で、我が敵を凍てつかせよ!」


 今度は氷系中級魔術か。


 さっきの【氷矢】で伏せた俺は、すぐには対応できない。


 俺が反撃に移れないタイミングを見計らって詠唱している。


 今の短い攻防で、もう反撃の糸口をつかまれた。


 これだから天才は困る。


 攻勢に回られたら、あっという間に押し切られるぞ。


「【白氷霧】!」


 空気が白く凍るほどの冷気が波濤のように俺へ押し寄せてくる。


「【風】!」


 俺はとっさに魔術を使う。


「あんたの弱い【風】で、私の【白氷霧】を押し返せるわけないでしょ!」


 俺の選択が過ちであると、アーデルハイトは指摘するように怒鳴った。


 そのとおりだ。

 この絶対零度の霧を押し返すなんて、俺には不可能。


 だが、冷気を逃がすだけなら出来る。


 今の【風】はアーデルハイトに向けて撃ったものじゃない。


 これは俺に向けて撃ったのだ。


 人間一人を突き飛ばせる程度の突風を、真上から自分に向けて連続詠唱する。


「ぐおお……」


 地面に伏せたままの俺は、自分の風で押しつぶされそうになる。


 しかし、霧の冷気は風に遮断されて、ここまで届いてこない。


 空気は天然の断熱材だ。

 動く風は熱や冷気をそのままシャットアウトしてしまう。


「エアカーテンって知ってるか?」


 前世に存在した、風で煙とか害虫とかを防ぐ装置のことだ。


 業務用冷凍庫なんかの出入り口には、強風を吹きつけて冷気を遮断する機能が標準装備されてたりする。


「そんなマイナー魔術、知らないわよ……」


 【白氷霧】の勢いが消え、冷気が収まる。


 自分の魔術を完全に防がれて、アーデルハイトの表情に驚きと焦りが見えた。


「楽に倒せる相手だと思ったか? 強力な魔術で脅せば、すぐに怯えて降参するとでも?」


 俺は埃を払いながら立ち上がる。


「残念だったな! お前のヘボ魔術は1ダメージも俺に与えてないぜ! 一方、お前は俺の魔術を何発食らった? このまま試合が時間切れになって。試合に判定があったら、お前の負けだぞ?」


「っっ!!」


 アーデルハイトの顔に朱が差す。


 あいつが俺を侮っていたのは事実だが、判定勝負になったら俺の勝ちは言いすぎだ。


 だってマジでダメージゼロなんだもんよ。


 頑丈すぎるだろ、あの女。


「会話はもう充分よ! ……大いなる氷女神スカディよ」


 俺の挑発にまた何か言い返してくれるのを期待したが、挑発の目的が詠唱の妨害にあることにもう気づいたらしい。


「太陽すら断つ永遠氷晶の大剣よ……」


『だったらこれを避けて見ろ』と言わんばかりの視線を向けながら、アーデルハイトは詠唱を開始する。


「嫋やかな指先にて汝の贄を凍縛せしめよ……」


 やっべ、こいつ上級魔術……いや、最上級魔術を撃とうとしてやがる。


 威力試験で計測結晶を全部破壊したあの大魔術だ。


「【石】【風】!」


 先ほどの妨害と同じように、大量の石礫をアーデルハイトに飛ばすが、魔術の余波による冷気だけで凍りつかせて止められた。


 詠唱途中の防御も万全か。


 魔術を構成する呪文の詠唱自体が、アーデルハイトを守る防壁と化している。


『同じ技が二度も通用すると思うな。降参するなら今のうちだぞ』という笑みをアーデルハイトは浮かべた。


「じゃあ、違う手で行くわ」


 俺は二つの魔術を同時使用する。


「【水】【火】」


 この二つの魔術で生成できるのは、お湯だ。


 あっつあつの湯が球体状に発生し、俺はそこへ【風】を追加詠唱し、アーデルハイトに向けて射出する。


「……?」


 アーデルハイトには俺の攻撃の意図が分からなかったようだ。


 風によって押し出された湯は球体を維持できず、細かく霧散しながらアーデルハイトに降りかかる。


 先ほどの石礫と同じように、魔術の余波で湯は凍り付く。


 そのはずだった。


 湯は冷気に触れて一瞬で水蒸気と化し、爆発的に膨張して、アーデルハイトの視界を真っ白に塞いだ。


 アーデルハイトからすれば、目の前で起きた現象はまったくの予想外だったろう。


「っっ! ──北の霊峰より来たれり神雪よ、我が敵へ吹き下ろせ!」


 驚愕しても詠唱を止めなかったのは流石だ。


 詠唱が完成し、魔術をいつでも発動できる状態になる。


 こうなったらもう、どんな妨害をしても魔術の発動は止められない。


 だが、俺はこのタイミングこそを待っていた。


「(信じてたぞ、アーデルハイト……!)」


 優秀なお前は、二度同じ過ちを繰り返さない。

 必ず詠唱を完了させると思っていた。


 アーデルハイトの視界を塞いだ一瞬の隙に、俺は【風】を連続使用する。


 突風で背中を押して一気に加速。

 あいつの視界の外へ移動する。


 アーデルハイトが詠唱を完了とさせたのと同時に、魔力が右手に集中。

 あいつを全方位で守っていた冷気の防壁が消えている。


 今ならあいつへ近づける。


 勝機があるとしたら、ここしかない。


 俺は斜め後方から、アーデルハイトを強襲した。


 全魔力を右腕に集中し、俺はアーデルハイトへ向けて奥義を──


「そこね!」


 その瞬間、俺を見失っていたはずのアーデルハイトが後ろを振り向く。


「っ!?」


 俺の動きに気づいていたわけじゃないだろう。


 勘だけで俺なら後ろから来ると踏んだのだ。


 これだから天才は!


「【絶凍零剣】」


 全てを凍結粉砕する最上級魔術が、ゼロ距離から俺に向けて放たれる。


 そして俺の奥義と激突した。


挿絵

絶凍零剣を唱えるアーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657603892926

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