第23話 世界で唯一の魔術師の俺、天才魔女に勝利する
アーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ。
氷麗の魔女。
魔導血統の体現者。
次代七大魔女有力候補。
最上級魔術習得最年少記録保持者。
彼女を言い表す言葉は数あれど、一言で言うならば『天才』だ。
それも歴史上類を見ない、天才中の天才である。
魔女は誰にでもなれるものではない。
才能のある者が寝食を忘れて学び続け、ようやく至れるか否かという狭き門だ。
己の体に流れる魔力を自覚し、術式を学んで詠唱を修練する。
そうして実際に魔術を扱えるようになるまで、通常なら十年はかかる。
しかしアーデルハイトは、産まれた時から感覚だけで魔術を扱えた。
言葉を覚えるより、目を開けるより、初乳を吸うより早く、彼女は巨大な氷柱を産婆の前に生み出して見せた。
産婆は腰を抜かし、母親は歓喜した。
魔女を産むことを責務としている貴族の母親は、家の格が娘の代で数段上がることをその瞬間に確信したそうだ。
成長してからもその才能に陰りが見えることはなく、人が何年もかけることを、彼女は一目見ただけで再現できた。
母の勧めで数多くの魔女を育てた伝説的な魔女にも弟子入りするが、『優秀すぎて教えるのがつまらない』と評されたほどだ。
もはや彼女に教えられる師は存在しないのかも知れない。
それほどまでに彼女の魔術は天才的だった。
圧倒的な才能を前に慣例は覆され、アーデルハイトは齢13にして二つ名を認められた初めての魔女となる。
わざわざ魔女学院へ通う必要などない。
むしろ生徒としてではなく、教師として迎え入れられるほどの逸材だ。
しかしアーデルハイトは特別扱いを良しとせず、正々堂々入学試験を受けて魔女学院へ通うことを決めた。
その年の受験者たちは不幸と言うしかない。
あまりに才能が違いすぎる。
赤ん坊の群れの中に、独りだけ屈強な戦士が混ざっているようなものだ。
学科試験は当たり前のように満点を取り、実技試験でも誰も敵わずに全勝で終わる。
これは予想ではなく、誰もが確信した未来だ。
首席で学院に入学し、首席で学院を卒業する。
卒業した後は、強大な魔女として大きな国の宮廷魔術師となるか、魔族との戦争に赴いて手柄を立て、自らの国を拝領することになるか。
彼女の人生に失敗は一つもなく、成功だけで彩られることになるだろう。
アーデルハイトの輝かしい未来は、ここから始まるのだ。
「え……?」
そのアーデルハイトが──無惨に敗北していた。
「私が……負けた……?」
仰向けに倒れた彼女は、驚愕の表情で見上げる。
その先には、五指を広げていつでも魔術を放てる少年の姿があった。
「俺の勝ちだな」
† † †
時は数瞬前まで遡る。
全てを凍結粉砕するアーデルハイトの大魔術を前に、俺は奥義を開帳した。
弱い俺にしか扱えない。
俺だけの奥義だ。
この奥義を説明するには、俺の最大魔力容量の低さと回復の早さ。
そして、魔力の増減による体調の悪化について知ってもらわなければならない。
魔力は肉体を強化し、老化を抑制し、現実を自由自在に書き換える可能性を秘めた、夢のエネルギーだ。
魔女の強さはその莫大な魔力にあると言ってもいい。
しかし、ここまで肉体に影響を与える魔力だ。
その増減によって受ける体調の変化も著しく大きい。
通常の魔女なら半分も魔力を使えば、目に見えて体調が悪化し、思考力が鈍化する。
もし、完全に魔力を使い切ることがあれば、強烈な疲労感に襲われ、意識が一瞬で落ちるだろう。
魔力が回復するまで、重い熱病にかかったような状態が何日も続いて、起き上がることすら困難になる。
それは、男でありながら魔術を使える俺も同じことだ。
俺は今、全魔力を使って奥義を放とうとしているが、放った次の瞬間には意識を失うだろう。
そこまでは魔女と同じ。
だが、そこからの復帰速度が違う。
俺の低すぎる最大魔力容量はたとえゼロになっても、1秒でマックスまで回復する。
そして、これを利用した魔術が、俺の奥義となる。
『魔力をすべて使う』。
この条件が重要なのだ。
俺が全魔力を消費しても、数値にしてたったの10。
あまりにもしょぼい。
だが、魔術は解釈次第でいくらでも応用が利く。
魔術の発動は魔力との等価交換ではあるが、その価値は変えることが可能だ。
同じ10の魔力であっても、それが最大魔力の1%なのか、100%なのかで価値はまるで違ってくる。
魔女にとって、魔力を使い切ることはそれほど恐ろしいリスクなのだ。
魔力は使い切れないし、使い切らない。
魔女たちの共通認識である。
その認識が、儀式となる。
多数の認識が、一種のルールを作り出してしまうのだ。
『魔力を10使って魔術を発動する』のではなく『全魔力を使って魔術を発動する』。
術式をこの条件に書き換えるだけで、魔女たちのリスクを恐れる共通認識により、効果は倍増どころか乗数化する。
この他にもリスクを背負うことで威力を底上げする方法はあるが、俺にとっては『全魔力を使う』というこのリスクが、もっとも代償が少なく大きな効果を出せると判断した。
魔力の多い魔女ほど、このリスクを負うことはできない。
一度使えば魔力がカラになり、回復するまで何日もかかる魔術など、まったく使いようがない。
これは最弱の魔力しかない俺だからこそ使える奥義だ。
そして、俺はさらにリスクを上乗せし、この奥義は一日一発しか放てないという条件も書き加えている。
ここまで底上げして、やっと発動できる俺の奥義。
それは『相手の魔術を無効化できる』というものだ。
かといって、無条件に無効化できるわけじゃない。
相手の使う魔術をすでに一度見ていること。
詠唱を確認し、術式を完全に把握していること。
ここまでやって、たった一発の魔術を防ぐことしかできない。
非常に使いどころが難しい魔術だ。
条件的に、初手から不意打ちで発動することも不可能。
相手の使用魔術を確認して、力量をすべて引き出してからでないと、発動条件を満たせないからだ。
俺が挑発と防御を繰り返し、だらだらと戦いを引き延ばしたのはこのためだ。
アーデルハイトの最上級魔術だけが、俺が既に見ていた魔術だった。
全てはあいつからそれを引き出すための布石だ。
俺の奥義は存在自体がリスクの塊。
だが、それだけに無効化能力は絶大だ。
練習では、師匠や姉弟子の魔術ですら無効化できた。
その奥義を、アーデルハイトの最上級魔術に合わせて発動させる。
「【絶凍零剣】」
「【無】」
俺の右手とアーデルハイトの右手が、ぶつかる寸前で拮抗し、目を開けていられないほどの魔力光が周囲を照らした。
召喚した巨大な氷が、放出された瞬間に掻き消されて、アーデルハイトの瞳が驚愕に見開かれる。
隙だらけだぜ。
俺は右手を絡め取って引き寄せ、ダンスを踊るようにアーデルハイトの体を投げ飛ばした。
アーデルハイトも大魔術を放って魔力が落ちている。
体を覆っていた魔力が霧散して、俺の腕力でも簡単に振り回せた。
アーデルハイトを地面に叩きつけ、馬乗りになった頃には、俺の魔力は完全回復している。
障壁を発動できないほどの近距離で、俺は攻撃魔術をいつでも発動できるように構えた。
「俺の勝ちだな」
嘘です。
たぶんこの距離で魔術をぶっぱしても大したダメージを与えられない。
アーデルハイトが残りの魔力で反撃に出たら、むしろ負けるのは俺だ。
さっきの最上級魔術を、俺が相殺したのではなく無効化しただけということに気づかれれば、こいつを害せる魔術が俺にないことがバレてしまう。
これは相手を負けた気分にさせているだけなのだ。
「大した威力の魔術だったが、俺の魔術の方が上だったようだな(頼む、俺のはったりに気づかないでくれぇぇぇぇぇっ!)」
参ったって言って!
お願い!
『余裕綽々で勝ちましたが何か?』
みたいな表情を維持したまま、俺は心の中で全力祈願した。
「…………」
アーデルハイトは呆然としたまま俺を見上げるだけだ。
惨敗して誇りを粉々に砕かれた顔をしている。
周囲で俺たちの戦いを見守っていた受験生の驚きは、本人以上だろう。
なにせ、劣等生の男が、天才魔女を地に伏させているのだ。
「そんな、嘘でしょ。アーデルハイト様が負けた……?」
「ほとんど初級魔術だけで圧倒するなんて……」
「男が女に勝つなんて、そんなこと聞いたことないわ……」
「ズルよ、あんなの! あんな魔術の使い方、魔女の戦い方じゃない!」
「最後の魔術、あれなに!? アーデルハイト様の最上級魔術と互角!?」
「こんなの勝利なんて認めないわ! 何かズルをしたのよ!」
「でも、これが実戦だったら……? この模擬戦は実際の戦いと同じ想定って言ってたじゃない……。実戦でもズルって言うの……?」
「うっ……。でも、男が女に勝つなんて……。そんなの駄目でしょ……」
男は弱く、女は強い。
そんな常識がまかり通っているこの世界で、俺がしたことは天地をひっくり返すほどの偉業に見えているらしい。
すみません。
それ全部見せかけなんですよ。
「どうする? まだ続けるか?(続けるって言わないでぇぇぇっ!)」
俺の問いかけに、アーデルハイトは起き上がろうとして、力を抜いた。
「……私の負けよ」
その言葉に、我に返った先生が勝敗の判定を下す。
「勝者、レオンハルト!」
挿絵・1
仰向けに倒れたアーデルハイト・フォン・ヴェルバッハ
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657657965689
挿絵・2
『余裕綽々で勝ちましたが何か?』
みたいな表情を維持したまま、心の中では全力祈願しているレオンハルト。
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657673948732
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