第24話 世界で唯一の魔術師の俺、天才魔女と仲良くなる

 アーデルハイトが術式を解いたのか、魔術によって凍り付いていた試合会場が元に戻っていく。


「い、いつまで上に乗ってるのよ。恥ずかしいじゃない」


「え、ああ、すまん」


 馬乗りになっていたのを忘れていた。


 俺はアーデルハイトからどいて、ついでに手を取って立たせてやる。


「……ありがと」


「ええんやで」


「なにそれ、変な返事」


 アーデルハイトはくすりと笑う。


 俺という男の劣等生に負けたというのに、そんなに悔しそうじゃない。

 というか、嬉しさがまさっているように見える。


 なんでだろう。


「……負けたわ。完敗よ」


「どうかな? ルールに救われただけだと思うぞ。勝ったから言うが、諦めずにお前が反撃してたら結果は逆だったかも知れない」


「相手の命を奪えないルールなのに、最上級魔術を放った時点で私の負けよ。それも消去されちゃったし」


 アーデルハイトは相殺じゃなく、消去と言った。


「……もしかして、奥義の仕組み、バレてる?」


「結果から逆算しただけ。ただの推測よ。なんらかの儀式魔術で制約をかけた奥の手なんでしょ。言いふらしたりなんてしないわよ」


「……そりゃありがたい」


 俺の奥義は初見殺しだが、種が割れれば簡単に対応できちゃうからな。

 まぁ、相手の対応を見越した切り札もいくつかあるんだけど。


「あれを消去じゃなくて攻撃に転用してれば、私を殺すことだってできたでしょ? 魔術自体じゃなくて制約の方が奥義の本質なのかしら。だとしたら、あんたの奥義って色々と応用が利きそうね」


 あかん、完璧に見抜かれている。

 やべぇよ、こいつ。

 天才すぎる。


「ルールに救われたのは私の方よ。それに私が最初に言った3分もとっくに過ぎてたしね。完敗も完敗。言い訳のしようもないわ」


「へへっ、天才魔女様にそこまで言われると、ちょっと照れるな」


「その天才魔女様を完膚なきまでに負かしたんだから、存分に誇りなさい」


 冗談めかした言葉を交わし、俺たちの表情が緩む。


 なんかこいつ、良いやつだな。

 俺を実験動物にしようと企む悪い魔女とはとても思えない。


 すげー仲良くなれそう。


 特に全然性的じゃないところが良い。

 こんだけ露出の多い服装なのに、まったくムラムラこない。


 賢者モードを抜きにしても、こんなに女子と触れあって俺が挙動不審にならないことが奇跡である。


 こいつとは性別を超えた友達になれそうな気がする。

 その絶壁に感謝。


「……なんだか、いま無性に腹が立ったわ。なぜかしら?」


「気のせいじゃないっすかね」


 イラッとした目で見てくるアーデルハイトから、俺は視線を逸らした。


「あー、そうだ。お前との約束ってやつ、結局思い出せなくて悪いな」


 誤魔化したわけじゃないよ。


 アーデルハイトが怒っていた理由も、元はといえば俺がその約束とやらを忘れていたのが原因だろう。


「実は事情があって、今の俺は半分記憶喪失みたいな状態なんだよ」


「えっ!? ちょっと、大丈夫なの!? 医療系の魔女に見て貰った方が……」


「そこまで重度のものじゃないから、大丈夫だ」


 ていうか、医者に下手に調べられて、俺の秘密を知られても困る。


 医者こそ俺の体が垂涎の品に見えるだろう。


「大体のことは覚えてるし、忘れていることでも切っ掛けさえあれば、すぐに思い出すことが多いんだ」


「そう……。ならいいけど。もし具合が悪くなったら言いなさい。うちの典医を紹介してあげるから」


 家に典医とかいるんだ。

 大貴族ってしゅごい。


「そういうわけで、お前との関係も詳しく話してくれれば思い出せると思うんだよ。まず約束の内容から教えて貰えないか? 俺が思い出せばその約束も果たせられるかも知れない」


「……嫌よ。絶対に言わない」


「えー、なんで?」


「言わないったら言わない。私があんたに勝ったら、そのときにでも教えてあげるわ」


「俺が勝ったらじゃなくて、お前が勝ったらなんだ……」


「約束を聞き出すために手加減なんてしたら、凍らせて砕くわよ」


「こわ……」


 俺なりに歩み寄ったのに、なんで脅されにゃならんのだ。

 ひどいんご。


「……言えるわけじゃない。いつかお互い立派な魔術師になって、勝った方からプロポーズするなんて約束……」


「え? なんて?」


「なんでもないわよ、この唐変木!」


 いーっと歯を見せてくるアーデルハイト。

 ちょっと可愛いやんけ。


「ちょっと、お二人さん」


 審判役のイノンダシオン先生が呆れた顔をしている。

 そう言えば、俺たちは今さっきまで戦っていたんだった。


「仲良くなったのは良いことだけど、痴話げんかなら観客席の方でやってちょうだい」


「ち、痴話わわわわっ……!?」


「ははは、こいつとは絶対ないわー……いてっ。蹴るなよ!」


「はいはい、行った行った」


 次の試合の時間が押しているとかで、俺たちは観客席に戻らされる。


「そこ空いてるわよ」


「おう」


 別に良いんだが、当たり前のように二人で並んで座ってるな。


 チラチラとアーデルハイトがこっちを見ているのを感じるが、俺が視線を向けるとつばの広い魔女帽子をぎゅっとつかんで隠れてしまう。


 なんやねんな。


 俺がアーデルハイトの不可思議な行動をいぶかしんでいると、突然柔らかい感触に押し出された。


 薄紫色の髪をした少女が、俺たちの間に座ってきたからだ。


 俺とアーデルハイトの間に開いた少しの隙間をこじ開けるように、バルカナ嬢は尻を割り込ませてくる。


「やるじゃねえか、オメェ! オレが見込んだだけのことはあるぜ!」


「あざっす……。しゃーす……」


 背中をバンバン叩かれ、俺は小声で礼を言った。


 バルカナ嬢の向こうで、押しやられたアーデルハイトがめっちゃ不機嫌そうな顔をしている。


「じゃあ、次はオレとヤるぞ! このチビ助みたいに簡単には行かないから覚悟しとけよ!」


 カカカッと上機嫌に笑うバルカナ嬢に、俺は真顔で答えた。


「やりませんけど?」


「……あ?」


 バルカナ嬢から笑顔が消え、眉を八の字にして睨み上げてくる。


「もっぺん言ってみろや、コラァ……」


「いや、そんな凄まれても……。俺にやるメリットが何もないし……。やらないってずっと言ってるし……」


 最初から俺の狙いはアーデルハイトただ一人だ。


 こいつに勝ったら、あとは俺を舐めてくれる受験生を適当に倒して流すつもりだった。


 今回の大金星で、裏ルールの加点がかなり入ったはずだからな。


 入学試験の点数配分は、学科50点実技50点で、合計で半分よりちょい上を取れれば合格ラインだと姉弟子に聞いている。


 学科は失格で0点だったが、実技は残りの試合も無難に勝てば加点も込みで60点くらい取れるはずだ。


 わざわざ強いやつと戦う必要なんてまったくない。


「てめぇ! 逃げる気か!? おお!?」


「に、逃げますけど?」


「この野郎! 男のくせに根性があるやつだと思ったが、見込み違いだったようだなぁ!!」


 怒りに顔を赤くしたバルカナ嬢がさらに詰め寄ってくる。


「ひ、ひぃ。暴力反対……!」


 俺は絶対に目を合わせないように視線を下にする。


 そこには、たわわに実った果実が二つ。


 うーむ、この子マジででかいな。


 年齢も考えると中々のサイズだ。


 師匠や姉弟子の大人の乳とはまた違った良さがある。


 形も良い。

 こぼれ落ちそうな柔らかさも感じる。


 ソムリエとして言おう。

 これはナイスおっぱい。


 どこぞの天才魔女が可哀相になってくるほどの格差を感じる。


「オレの目ェ見ろや! ああん!? ビビってんじゃねェぞ、ゴラァッ!!」


「や、やめてください……」


 ヤンキー怖いんご。


 でも、凄んだって無駄だ。

 もう俺は合格確実なんだからな。

 全力で逃げ切ってくれるわ。


「待ちなさい」


 凍るような声がバルカナの背後よりかかる。


「誰がチビ助ですって?」


「あん? オメェのことに決まってるだろうが、チビ」


 実際アーデルハイトは俺の胸くらいまでしか身長がないので、かなり背は低い。


 姉弟子にもらった冊子によると俺と同い年のはずだが、ぺったんこすぎて10歳くらいにしか見えない。


 一方バルカナ嬢は、背は大きい方ではないが、発育は抜群だ。


 アーデルハイトをチビ呼ばわりするくらいの身長差もある。


「あなた気に入らないわ」


「奇遇だな。オレも初めて見たときから、オメェはなんかムカつくんだよ」


 互いにメンチを切り合い、少女たちが火花を散らす。


 こう、キャットファイト的なやつじゃなく、昭和のヤンキーのケンカを感じて、見ている俺はまったく嬉しくない。


「おい、ヘタレ男」


「ひゃい」


 突然呼ばれて、変な声が出た。


 火花を散らしたまま、バルカナ嬢が声をかけてくる。


「オメェは見逃してやるよ。このチビを血祭りに上げるので忙しくなりそうだからな……!」


「どうやって? 出来もしないことを口走るのは、恥ずべきことよ。雑草さん」


「んだとぉ……?」


「なによ」


 アーデルハイトもビッキビキだ。

 俺の時より怒っているまである。


 先生! 助けてくれ! 先生!


 いつも仲裁に入ってくれるイノンダシオン先生に助けを求めて姿を探す。


 先生はちょうど次の試合を始めようとしているところだった。


 『ごめん、忙しいからそっちで何とかして』という意味を込めたジェスチャーを返されて、俺はアーデルハイトと対峙したときよりも遙かに強い絶望を感じた。


挿絵

キレ散らかすバルカナ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657707629949

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