第25話 世界で唯一の魔術師の俺、入学試験に合格する
その後の話をしよう。
アーデルハイトとバルカナの喧嘩をなんとか
だが、結果は二回とも不戦勝。
一度も戦うことなく、勝利を得ることができた。
バルカナ以外の全員が俺との対戦を拒否したからだ。
「なにこれ、イジメかな?」
と思ったが、どうやらみんな俺を怖がっていたらしい。
天才魔女アーデルハイトを初級魔術だけで圧倒した男。
あまりにも得体が知れず、何をされるか分からない。
そんな印象を持たれてしまったようだ。
全員が俺を押し付け合い、ジャンケンに負けた女子二人が俺と戦うことになった。
そして二人とも戦う前から負けを宣言。
俺は戦わずして勝ち点を得て、模擬戦トップの成績を叩きだした。
意外だった出来事がもう一つある。
それはアーデルハイトとバルカナが引き分けになったことだ。
アーデルハイトが俺との戦闘で魔力を消費しすぎたことを加味しても、バルカナの攻撃力は凄まじかった。
【火砲】による絶え間ない弾幕の効果は著しく、あのアーデルハイトが防戦一方になっていた。
アーデルハイトの生成した分厚い氷の壁を、バルカナの炎弾が削り溶かしていく。
溶けた端からアーデルハイトは氷壁を生成し続けるが、バルカナの炎弾も止まる気配がない。
こいつらどっちも魔力お化け過ぎる。
アーデルハイトはバルカナの猛攻を凌ぎながら、逆転の一手を狙っていたようだが、時間切れのほうが早く来てしまった。
判定決着はないルールだったから、そのまま二人は引き分けとなる。
不完全燃焼に終わった二人の機嫌はすこぶる悪く、観客席に戻ってきても、何故か俺を挟んで座るもんだから居心地が悪いのなんのって……。
俺がいたたまれなくなって別の席に移動しようとすると、アーデルハイトはそっぽを向いたまま俺の袖をつかんでくるし、バルカナは怖い形相で睨んでくるし、俺は大人しく二人の間に戻って、不機嫌オーラに晒され続けることになった。
どうして俺がこんな目に。
俺がいったい何をしたと言うんだ。
俺が天に嘆いていると、イノンダシオン先生が『自業自得。身から出た錆。責任は取りなさい』といった目でこっちを見ていた。
なぜだ。
「では、これにて魔女学院入学試験を終了します」
イノンダシオン先生が宣言し、試験の全行程が終わった。
試験官一同が俺たちの前に並び、合格者発表の準備をする。
あ、ディスガイズ先生が戻ってきている。
どうやら正気に戻ったらしい。
こっちを見ようともしなかったので、完全に嫌われてしまった模様。
入学試験の結果はその場で発表された。
300人近くいた受験生の中から、合格したのは120人。
これを多いと見るか少ないと見るかは、見解が難しいところだ。
魔女学院を受験できる時点で、世界中の門閥魔女の一門から生え抜きの若手が推薦されるわけだから、元々ここにいるのはエリートばかりだ。
そんな中から200人近くもふるい落とすのは中々狭き門かもしれない。
俺はそんな中、ギリギリで合格できた。
成績優秀者から順番に発表されるため、一番最後に呼ばれるまで、心臓が止まりそうだった。
「うう、胸が苦しい……」
「しっかりなさい。あんたは私に勝ったのよ。受かってなかったら私が抗議するわ」
「お前、良いやつだなぁ……。俺の五臓六腑を狙う悪い魔女だと思い込んでてごめん」
「どういう誤解よ!?」
アーデルハイトが俺を励まし続けてくれたおかげで、なんとか耐えられた。
俺の名前が呼ばれたときの安堵と言ったら、膝から崩れ落ちるかと思ったくらいだ。
ちなみに一番は当然のようにアーデルハイトだった。
学科試験は満点。
実技試験も威力・制御ともに満点。
模擬戦は一勝一敗一引き分けだったが、総合得点では圧倒的な一位だった。
バルカナが名前を呼ばれたのは、俺のひとつ前だった。
こいつ、実技での成績があれだけ良かったのにブービーってことは、めっちゃ頭悪いな。
学科で最低点に近い点数を取ったに違いない。
『このオレ様は受かって当然』みたいな顔してるけど、俺と同じレベルでギリギリだからな。
バルカナは俺の中でブービー女と認識された。
「まぁ、何にせよ。三人とも合格できて良かったじゃないか。入学式は来月だっけ。そのときはよろしくな」
合格者は別室に移動して、学院法の簡単な概要や、入学式の日取りとドレスコードの説明を受けてから帰宅することになった。
俺たちは途中まで帰り道が同じだったので、三人で一緒に歩いているが、空気感は最悪だ。
バラバラに帰れば良いのに、それはそれで逃げたと思われるのが嫌らしい。
「ええ、よろしく。……まぁ、そっちの人はどうか知らないけど」
俺の隣から覗き込むようにしてアーデルハイトが言う。
「ふんっ。オメェらだけで勝手に仲良くしてろや。チビ助にヘタレ男が。よーくお似合いだよ」
「えっ、お、おおおお似合い!? そう思う!? どこ!? どこが特にお似合い!?」
「お、おお!? な、なんだよいきなり!?」
イヤミを言ったはずが、アーデルハイトが予想外に食いついてきたので、バルカナが引いている。
こいつら意外と気が合うんじゃないかと俺は思っている。
ともあれ、入学前から知り合いでが出来たのはラッキーだったな。
これで学校のグループ分けなんかで最後まで残って、先生にレオンハルト君を班に入れてあげてって言われる未来は味合わずに済みそうだ。
かはっ、前世の記憶はないのに、なんでこういうトラウマだけは鮮明なんだよ。
マジで前世の記憶が俺の足を引っ張ることしかしてこねぇ……。
「それじゃ、俺はこっちだから」
「わたしはあっちよ。またね、レーく……じゃなくてレオ」
「へっ、上手い具合に別れるじゃねぇか。オレはそっちだ」
大通りの四辻で、俺たちは別れた。
来月にはあいつらと同級生か。
色々ゴタゴタはあったけど、無事合格できて本当に良かった。
早く家に帰って師匠と姉弟子に報告しなきゃな。
† † †
「レオはまだ帰ってこないのでしょうか……」
「師匠ってば、それもう十回目。すぐ帰ってくるわよ。受かってようが、落ちてようが」
部屋の中をうろうろ歩き回るウルザラーラに対し、アグニカはソファに腰掛けて優雅にお菓子を食べている。
「そんな不吉なことを言わないで下さいっ。ああ、レオ……!」
顔を両手で覆って心配するウルザラーラに、アグニカはクッキーの欠片が付いた指をしゃぶりながら呆れた。
「もー。そんなに心配なら迎えに行く?」
「……いえ、それは駄目です。レオと入れ違いになる可能性があるかもしれません」
「試験に落ちて、家に帰ってきて誰もいなかったら、流石のあいつも落ち込むでしょうしね。今度こそ立ち直れないかも」
「もうっ、アグニカっ。なんてことを言うのですか。めっ、ですよ。めっ」
「はーい。でも師匠、あいつが落ちるって本気で思ってる?」
「それは……」
「あいつは自分に自信がなくて、自分が弱いと思い込んでて、学科でどうにか点数を稼いで実技の悪さをカバーしようとしてたけど、あたしは実技こそがあいつの得意分野だと思ってるのよね」
「そうですね。レオに魔術師としての才能があまりないのは事実です。ですが、魔術も用いて戦うという才能については誰よりも天稟があると思います」
「あいつ、そこにまったく自覚がないのよねぇ。手合わせで何回かあたしに勝ってるのがどれだけ凄いことか、分かってないのよ、あのバカ」
「体術ではもうまったく
「そ、そんなことないもん! こないだいっぱい勝ったから、
「前世の記憶を思い出して、調子が悪くなっていたときのことを勝ちに数えるのはどうかと思いますよ」
「勝ちは勝ちだもーん。……前世かー。あいつが言うなら本当なんだろうけど、前世なんてあったのね」
「……そう、ですね。確かに私も初めてです。前世の記憶を持っている人を見たのは」
「ま、前世の記憶なんてどうでもいいけど。レオはレオだし」
「はい、もちろんです。レオはレオのままです。経験を積んで少し大人になっただけのことだと思っています」
「なよなよしてた前より、今の方がちょっと雄々しくなって、あたし嫌いじゃないわよ」
「そ、そうですね。雄々しいですよね……。あんなに小さかったレオが、立派に大きく逞しくそそり立って……」
「……師匠? 急にぼーっとして、どうしたの?」
「な、何でもありません。アグニカにはまだ早い話です」
「むー。すぐそうやって誤魔化すー」
頬を膨らませるアグニカの頭を撫でようとして、屋敷の門が開く音が聞こえてきた。
「あ、レオよ! 行きましょ、師匠!」
「ええ。アグニカ、そんなに引っ張らなくても間に合いますよ」
「早く早く!」
なんだかんだ言って心配していたアグニカに手を引かれ、ウルザラーラは愛弟子を迎えに行く。
二人は扉の前に立ち、愛弟子の帰りを待った。
そして扉が開き、レオンハルトが顔を出す。
「ただいま帰りました、師匠、姉弟子」
レオンハルトの表情を見て、ウルザラーラは何も聞かずとも上手くいったのだと分かった。
「お帰りなさい、レオ」
「おっそいわよ! さぁさぁ、どんな風に勝ったか教えなさいよ!」
柔らかく微笑むウルザラーラに、レオンハルトの背中を押して急かすアグニカ。
これから始まる、そして続いていく新しい日常への期待に、三人は胸を膨らませるのだった。
挿絵
レオンハルトを出迎えるウルザラーラとアグニカ
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657762943404
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ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!
魔女学院入学編はこれにて完結となります!
次章から魔女学院生活編をお楽しみ下さい!
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