第6話 世界で唯一の魔術師の俺、師匠に抱擁される
「レオンハルト……!」
「はいっ!?」
騒ぎになる前に路地裏を離れて、ここならもう安心だろうと思ったところで、師匠の切羽詰まった声に足を止める。
師匠の方を向いた俺は、視界が真っ暗になった。
「レオ、レオンハルトっ……! 良かった……! 無事で……!」
「むぐぐ」
俺は師匠に全力で抱きしめられていた。
さっきのお姉さんたちより遙かに柔らかい体に、すさまじく良い匂い。
ぽよんぽよんのふわっふわだ。
何ここ天国?
俺は師匠の豊満な胸に埋もれて、意識を失いかけていた。
「あ、ああっ。ごめんなさいレオ」
俺がぐったりしていることに気づいた師匠が、慌てて体を離す。
息苦しかったわけではなく、楽園のごとき心地よさに力が抜けてしまっただけだ。
賢者モードになることだけはかろうじて防いだぞ。
「苦しかったですか?」
「い、いや……」
身をかがめて覗き込んでくる師匠の顔はバチクソ美人だ。
時間的にはほんの数時間ぶりに会うのだが、前世を思い出した俺の体感的には、50年ぶりに見た師匠の姿になる。
改めて見ると、美の化身としか言いようがない。
あのお姉さんたちを美人と言ったが、師匠と比べてしまうと、女神とオークぐらいの差がある。
お姉さんたちが不細工なのではなく、師匠が美人過ぎるのだ。
この世界、思い返してみれば女は美人ばっかりだが、その中でも師匠は群を抜いている。
もしかしなくても世界有数の美女なんじゃなかろうか。
少なくとも前世では、画面の中ですらこんな美人にお目にかかったことがない。
師匠はそれに加えてプロポーションもすさまじい。
体つき自体は細いのに、出るとこが出まくっている。
柔らかさはさっきの抱擁で確認済み。
胸なんてどこまでも沈み込んでいきそうなくらい柔らかかった。
肌もすべすべで、香水とは違う甘い香りまでしている。
よくもこんないい女を、今まで平然と母親だと思ってこれたな。
今の俺から見ると、クソエロい衣装に身を包んだドチャシコ美女にしか見えん。
「とにかく、無事で良かったです。……何もされていませんよね?」
「は、はい、師匠。完全に未遂です」
お姉さんたちの裸は拝めたが、まぁそれくらいだ。
俺自身は何もしてないし出来てない。
くそう、もったいないことをした。
「み、未遂……!? もしかしてレオは自分が何をされそうになっていたか、分かっていたのですか?」
「え? そりゃまぁ」
「! そ、そうですか。知らないうちに、レオも大人になっていたのですね……!」
師匠の頬がちょっと紅くなっている。
「えぇ……?」
小さい子供じゃないんだから、さすがに15歳の男がそこまで性に疎いことはないだろう。
もしかしてこの男女逆転世界じゃそんなもんなのだろうか。
客観的に思い返せば、俺はかなり温室育ちだしな。
世界で初めての魔力持ちの男なんて、世間に存在が知られれば、良からぬことを考える者もいるだろう。
師匠が外の世界にあまり関わらせなかったのも当然と言える。
まぁ、それにしたって師匠は俺を幼く見過ぎな気もするけど。
「そう言えば、師匠はどうしてあそこに? 俺を見送ってくれたあと、工房へ帰ったんじゃなかったんですか?」
「それは、その……。帰ろうとは思ったのですが、なんだか落ち着かなくて……」
どうやら師匠は俺のことが心配で、学院の周りをうろうろしていたらしい。
過保護ー!
この人めっちゃ過保護だぞ!
「でも、そのおかげでレオの危機に間に合いましたし……! ……いえ、あの様子を見るとあなた一人でもどうにでも出来ていたようですね……」
むしろ、どうにでもしてもらいたかったから無抵抗だったんだけど、確かに逃げようと思えば逃げられたな。
魔術も普通に使えたし、たぶん頑張れば魔力で肉体の強化も出来てたと思う。
肉体に染みついた動きってのは、中々消えないものだと感心した。
「特に、魔術の三連詠唱は見事でした。私の詠唱よりも早く術式を完成させるなんて、成長しましたね」
「え? いやぁ、無我夢中だったんで、今も同じ速度でやれるかと言われれば、微妙ですけど」
魔術は詠唱して術式を完成させることで発動可能な状態になる。
その法則は絶対だが、詠唱の方法は様々だ。
口述で読み上げても良いし、手で意味を持たせた印を組んでも良い。
俺のように指先に魔力を集中させて、空中に術式を書き記すのもありだ。
お姉さんたちを気絶させたときは、人差し指から薬指までの三本の指を使って、同時に別々の術式を書いた。
端から見ると指の動きがキモすぎるが、このやり方だと一度に多くの術式を組めるのでとても便利だ。
もちろん、10年修業し続けた成果である。
よく頑張った、俺。
「でも、師匠も全然本気じゃなかったでしょ?」
よくよく考えると、お姉さんたちに襲われたとき、師匠はそこまで冷静さを失っていなかったと思う。
あれでも師匠は相当に魔力を抑えていた。
なぜなら、師匠は七大魔女に数えられるほどの偉大な魔女なのである。
七大魔女とは、世界を運営している七人の強大な魔女たちのことだ。
彼女たちは自然災害すらも単身でどうにか出来るほどの力を有しており、各々が別々の役割で世界を保全し運営している。
師匠はそんな怪物のような魔女たちの中で、序列が最も高い第一席に座っている。
つまり、この世で最も強い魔女ということである。
師匠が本気で怒って魔力を全開にすれば、その余波だけでこの近隣一帯が消滅してもおかしくない。
俺の方が魔術を発動させたのが早かったと褒めてくれるが、その気ならもっと一瞬で片を付けられただろう。
俺が何もしなくてもお姉さんたちは無事だったかも知れない。
「いいえ、レオのおかげで何もかも丸く収まったのです。卑下する必要はないのですよ。あなたのお手柄です」
「そ、そっすか。へへ……」
師匠に頭を撫でられるのは良い気分だ。
完全に幼児にやる褒め方だが、まったく問題ない。
バブみを感じてオギャりたい願望を、師匠はまさしく叶えてくれてくれているのだ。
無料でこんなん味わって良いのか。
ここから先は課金が必要だというなら、いくらでも払うぞ俺は。
微笑みながら俺の頭を撫でていた師匠が手を下ろす。
あれ? やっぱり続行には課金が必要ですか?
と、冗談を言い出せないくらいには、師匠は不安そうな顔をしていた。
「そ、それで、その、レオ。試験の結果なのですが……」
ああ、来たか。
やっぱり気になるよな。
前世の記憶の話はとりあえず置いといて、試験に落ちたことだけはちゃんと伝えておかないといけない。
これは10年育ててくれた師匠に対するけじめだ。
「師匠、実は……」
「ま、待って下さい……! やはりまだ言ってはいけません……!」
「えぇ? なんでぇ?」
「うかつです……。私の心の準備が出来ていませんでした……。結果を聞く前に気を失ってしまいそうです……」
「な、なるほど?」
「一度おうちへ帰りましょう……。お茶でも飲んで落ち着いてからでないと無理です……」
師匠は半泣きになって言う。
「えぇー……」
最強の魔女、メンタルよえー。
挿絵
メンタル弱々ウルザラーラ師匠
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330656773803765
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