第33話 世界で唯一の魔術師の俺、知らないところで陰謀が起きていた

「あー……この手応え、一人も死んでないねぇ。やっぱり男どもは失敗しちまったか」


 魔女学院より遠く離れた渓谷で、その女はつぶやいた。


 褐色の肌に、鍛え上げられた肉体を見せびらすかのような薄着。


 毒花のように紅い髪を、呪的要素が強い独特な編み方で束ねている。


「一人でもれれば御の字って策だったが、七大魔女がいる場所を爆破しようってのは無理があったねえ」


 望遠鏡で拡大した景色には、爆発の名残である粉塵が風に流されているのが見えた。


 入学式の会場である大講堂の屋根が吹き飛ばされ、大きな穴が空いている。


「出席していたのは第一席だけで、残りはみんな不参加だったようですよ、ヴリマさん」


 女のつぶやきに答えたのは、神聖な響きを伴う声だった。


 現れたのは女性だ。

 野性味のある赤髪の女とは真逆で、肌の露出がほとんどない。


 体のラインもほとんど出さない、修道女を思わせる服装だが、なぜか扇情的な雰囲気がある。


 清楚と淫靡、少しでもどちらかに寄ればバランスが崩れそうな、非現実じみた空気を纏った女性だった。


 いったいいつからそこにいたのか、穏やかな微笑みをたたえて岩場に腰掛けている。


「けっ、七大魔女ってのはどいつもこいつも不真面目な連中だねぇ。うちなんて教祖たる黒の聖女様が直々に働いているってのに」


 ヴリマと呼ばれた女は、女性の登場に驚いた様子もなく、遠眼鏡を頬に押しつけながら答える。


「七大魔女が少ない今だからこそ、潜入が容易だったと言えます。それなりの年月をかけて準備した甲斐がありました」


「ふーん、その様子だと、細工は流々と言ったところかい?」


「ええ、ヴリマさんの陽動のおかげで、学院の目をあの場に集中させることができました。誰にも気づかれることはありませんでしたよ」


 新入生を含めた入学式参列者を狙った爆破テロ。


 あれだけの大事件すら陽動に過ぎなかったと、黒の聖女は言ってのけた。


「信者の男どもも褒めてやりたいところだが、どうやら三人とも捕まっちまったみたいだねぇ」


「そうですか。では、尋問が始まる前に処分してください」


 微笑みを少しも揺らがせることなく黒の聖女は告げた。


「良いのかい?」


「はい、どうぞ。彼らも了承しています」


「やれやれ、勿体ないねぇ。こんなことなら行かせる前に三人とも食っちまえば良かったよ」


 ヴリマは望遠鏡を放り捨てると、遠くの何かを握りつぶすように両手を動かした。


 ぐちゃりという聞こえるはずのない幻聴がする。


「ほい、口封じ完了っと。向こうは今ごろ血風呂かねぇ」


 三人を殺したとは思えないほど、ヴリマは気軽な口調で笑った。


 テロで使われた爆発する小石を渡したのもヴリマなのだろう。


 彼女たちの指示でテロを働いた男たちは、自らの信仰を疑うことなく頭部を炸裂させて絶命した。


 ただの小石に強力な爆裂魔術を込める腕前に、遠隔操作で三人をまとめて爆殺できるほどの術式精度と魔力量。


 最低でも二文字か、それ以上の魔女だ。


「アタシも男どもも満点の仕事をしたと言って良いだろう。あんたの方も満点取ってくれてたら良いんだけどねぇ」


「ええ、仕上げをご覧じろ、です。は私たちの教えに共感して、是非協力したいと申し出てくださいました」


「……へえ~、まさかあんな連中にまであんたの説法が効くとはねぇ。アタシは意思疎通すら取れるのか不安だったんだけど」


「神の教えは絶対ですから」


「アタシはそっちに興味はないねぇ。仕事した分だけぜにこをくれれば文句ないよ」


「残念です。ヴリマさんにも神の教えを知っていただきたかったのですが」


「あんたのとこの信者みたいになるのは御免だよ。さて、用はもう済んだ。さっさと帰って酒でも一杯やろうかね。この渓谷の廃墟は隠れるには良いけど埃っぽくていけないよ」


「酒ならわたしが奢るわ。その話もっと聞かせなさいよ」


 ヴリマに答えたのは、聖女ではなくもっと若い女の声だった。


「……嘘、だろ。あそこからここまでどれだけ離れてると思ってるんだい。こんな僅かな時間で見つかるなんて……」


 聖女が現れたときにはまるで動じなかったヴリマが、体を震わせてこめかみに汗を流している。


「どうしたの? このわたしが奢ってやると言ってるのよ? 喜びなさいな」


 腕を組み、尊大に胸を張る少女にヴリマは何も言い返すことができない。


「ところで、あんたどこの魔女? いい天性魔術を持ってるじゃない。こんな強力な魔女をわたしが知らないなんてちょっと考えられないんだけど?」


「…………」


 押し黙るヴリマの代わりに、黒の聖女が深々と礼をした。


「ご機嫌麗しゅう。七大魔女の第七席にして、【異邦渡航】の魔女カスミミナト様」


「そう言うあんたは、死んだはずの亡霊よね。あんた確か斬首刑に処されたあと燃やされて灰になったって聞いたけど?」


「神のご加護でまたこの地を踏みしめることができました」


「何が神よ。邪神信仰者が。30年前の亡霊が、今さら学院に何の用? たっぷり話を聞かせて貰うわよ」


「いえいえ、もうおいとまするところですので、お構いなく」


「はっ。このわたしに見つかって、逃げられると思ってるの?」


 組んでいた腕をほどき、カスミミナトが魔力を解放する。


 それだけで大気が渦巻き静、電気を帯び始めた。


 七大魔女の名は伊達ではない。

 戦力差的に、彼女たちの勝ち目は万に一つもなかった。


「ヴリマさん」


「ど、どうすんのさ、聖女様! アタシじゃ十秒も持たないよ?! あんたは戦えるのかい!?」


 慌てるヴリマに、聖女は唇に人差し指を当てて考える。


「そうですね。では、私は去りますので、ヴリマさんはここで死んでください」


「ちょっとぉ!? マジで言ってんのかい!? 労災は降りるんだろうね!?」


 聖女の心ない命令に、ヴリマは困惑する。


「それでは、ごきげんよう。カスミミナト様」


「はいごきげんようで逃がすとでも思ってんの? 逃がすわけないっつーの!」


 カスミミナトが周囲の空間を歪ませ、空間魔術を使っても絶対に逃げられない障壁を発生させる。


 だが、その上で黒の聖女の姿が薄まっていく。


 お辞儀をした姿が薄く景色に溶け込むように消え、聖女はまんまとこの場から逃げおおせた。


「クソっ! 転移の形跡すらない! どうなってんのよ! せめてそっちは逃がさない──」


「【蘇生】してくれるって言っても、死ぬのは痛いんだけどねぇ……」


 ヴリマを捕縛しようと手を伸ばした瞬間、彼女を中心に爆発が起こる。


「自爆……!?」


 周囲数百メートルを飲み込むほどの巨大な爆発がカスミミナトを襲うが、空間を自在に操る彼女には、爆発そのものが到達しない。


 閃光と爆風が吹き荒れ、数分先には魔女学院にまで衝撃が届くだろう。

 窓ガラスの一枚や二枚は割れるかも知れない。


「やってくれるわね……」


 無傷でありながら、彼女の表情は苦いものだった。


 舞い上がった土埃がカスミミナトの空間魔術によって消滅する。


 強制的に晴れさせた景色の向こうには、もう誰も残っていなかった。


「くっそ、逃がしたか……」


 爆発で起きたクレーターの中心部には、ヴリマの遺体の残骸と思わしきものが落ちていた。 


「本当に死んでるじゃない……。はぁ、連中に追いつくことを優先してウルザラーラを置いてきたのは失敗だったわね……。あの子なら、黒の聖女も追跡できたかも知れないのに」


 焼け焦げたそれは、体のどの部位かも判然としない。

 爆散した死体だけでは、何の情報も引き出せないだろう。


「さすがのあの子でも無理か。明らかに魔力とは別の法則であいつは消えた。空間魔術の使い手であるわたしが認識できないなら、誰にも追跡不可能だわ」


 分かったことは、魔女学院がたちの悪い邪教信仰者に狙われていると言うこと。


 そしてすでに何かを仕掛けられてしまっていると言うこと。


 あとは不確定情報だが、あの聖女は死体を蘇生できる能力を持っている可能性があること。


「なんなのよ、あいつら……。目的もわからないし、緻密かと思えば杜撰だし、なにがやりたいのか意味不明すぎる。気味が悪いったらありゃしない!」


 カスミミナトは自分の被っていた魔女帽を地面に叩きつけ、頭を掻きむしる。


「あぁぁぁぁっ! もぉぉぉぉぉぉっ! こちとら魔族の相手で手一杯だってのに! とにかく人手が足りない! 質の良い魔女をもっと揃えないと人類が滅ぶっつーの! 種馬たねうま! あんたには本気で期待してるからね!!」


挿絵・1

遠くを偵察するヴリマ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330659043748017


挿絵・2

腰掛ける黒の聖女

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330659043789981


挿絵・3

【異邦渡航】の魔女カスミミナト

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330659043835756


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る