第34話 世界で唯一の魔術師の俺、二人部屋になる

 俺たちは広い学院内を、先生たちの先導で歩き回り、目的地へと到着した。


「みんな、たくさん歩かせて悪かったわね。部屋でゆっくり休んでちょうだい」


 イノ先生が俺たちを振り返る。


 遠回りさせられたようにも感じたが、おそらく護衛の関係だろう。


 上空を先輩方が飛び回っていたが、俺たちの中にもテロリストの仲間がいないかチェックしていたのかも知れない。


 心を読むような天性魔術を持つ魔女がいれば、上空からまとめて調べるなんてこともできるだろうしな。


「さ、ここが今日からみんなの暮らす学生寮よ」


 イノ先生の背後には巨大な建造物が鎮座していた。


 魔女学院はもはや一つの都市と呼べるほど広く大きい。


 用途に別れた様々な建物が所狭しと並んでいるが、俺たちが住む学生寮もまた大きかった。


「これから学生証と部屋の番号を渡していくから、名前を呼ばれて受け取った人から各自の部屋へ荷物を置きに行ってね」


 この寮には俺たち新入生だけではなく、先輩方も住んでいるみたいだが、テロ騒ぎの調査や片付け、来賓の護衛などで全員が出払っているようだ。


 いても邪魔になるだけの新入生は、さっさと部屋を与えて寝かしつけてしまえ、ということなのだろう。


「食事の時間になったら呼ばれると思うから、それまでは大人しく待機していてね」


「はーい」


 これも成績順なのか、俺は一番最後に呼ばれ、イノ先生から学生証を受け取った。


 黒革張りの手帳に獅子の銀細工が施されている。


「かっちょえー」


 学生証に挟まれた紙には、ちょっとした案内図と俺の部屋の番号が書かれていた。


 俺は鞄を担ぎ直し、寮の中へと足を踏み入れる。


「あり余ってんなぁ、金……」


 うちの屋敷も大概だと思っていたが、学生寮とは思えないほど豪奢な造りだ。


 汚れ一つない壁に、俺の姿が反射して見えるほど磨かれた大理石の床。


 高そうな調度類が配置され、煌びやかなシャンデリアが柔らかい光でそれらを照らしている。


 魔女は儲かると聞いていたが、その総本山たる学院はいったいどれほどの資産を蓄えているのだろう。


 俺はおのぼりさんよろしく寮を見物しながら、自分の部屋へと向かった。


「……ちょっと、なんであなたが入ってくるのよ」


「え?」


 ドアノブをひねって入室すると、なんと先客がいた。


「アーデルハイトやんけ。さっきぶり」


「部屋、間違えてるわよ」


「嘘だろ、ちゃんと入る前に確認したのに」


「ここは鷹の12号室よ。どの部屋と間違えたの?」


 アーデルハイトに言われて、手元の番号を確認する。


「鷹の12号室って書いてありますね……」


「……本当ね。ミスかしら?」


 俺の番号をアーデルハイトも確認する。


 そして、俺の後ろから、ぬっと誰かが顔を出した。


「ごめんなさいね。二人そろってから説明しようと思って忘れてたわ」


 イノ先生が俺の背後に立っていた。


「い、イノンダシオン先生」


 俺は気づいていたが、アーデルハイトは今気づいたらしい。


 平静を装っているが、ちょっとビクッとしたのを見逃さなかったぞ。


「説明するって、番号を間違えたわけではないということですか?」


 背の低いアーデルハイトは、精一杯背伸びしてイノ先生に質問する。


「そうそう、新入生は二人部屋なのよ。単位をある程度取得して成果が認められれば、一人部屋を申請できるんだけどね」


「あの、私たちは男女なのですが……」


「そうなのよねぇ。私も男女同室は不味いと思って別室を用意できないか聞いてみたんだけど、なぜか駄目らしくて。部屋が足りないわけじゃないのにおかしいわよね」


 この大きな寮だ。

 学院の全生徒を集めてもまだ部屋が余りそうだが、俺が個室を持つ許可は下りなかったらしい。


「でも、品行方正なアーデルハイトさんなら、レオンハルト君に乱暴を働いたりはしないから大丈夫かなって」


「そっ、それはもちろんそうですけど! 男女七歳にして席を同じくせずとも言いますし!」


 アーデルハイトがめっちゃ焦っている。


 俺がアーデルハイトに乱暴するじゃなくて、アーデルハイトが俺に、なんだ。


 この世界は女の方が強いから、男女逆転世界みたいなもんだしな。


 魔女の三大欲求が強いのは師匠や姉弟子を見てれば分かるし、俺の身の安全を心配されるのも理解できる。


 でも、相手はアーデルハイトだしなぁ。

 俺としてはこれ以上なく落ち着ける相手なんだが。


 なにせ節操なしのマイサンが、こいつ相手だとまったく反応しない。


 ぺったんこ万歳。

 俺の心の平穏はここにあった。


 師匠や姉弟子と暮らすあの屋敷は大切な故郷ではあるが、前世の記憶を取り戻してからというもの、まったく落ち着けない場所となってたからな。


 この一ヶ月なんて、もはや退廃の極みまであった。

 冷静に考えてヤリ過ぎである。


 その点、アーデルハイトはそばにいると、すごく落ち着くのだ。


 それだけじゃなくて、普通に話してて楽しいし、こいつと同室になるのが一番だと思うんだけどなぁ。


 あと、こいつだって俺に男としての興味なんて持ってないだろう。


「でも……でも……! だって、そんな……!」


 アーデルハイトが頬を赤く染めながら、こっちをちらちら見てくる。


 なんやねんな。

 

「そう、あなたが一番安心だと思ったんだけど、アーデルハイトさんが駄目なら、他の生徒に代わって貰えないか聞いてみるしかないわね」


 イノ先生が大げさにため息を吐いた。


「えっ!?」


「誰が良いかしら。そうね、例えばバルカナさんとか……」


「だっ、駄目です! 一番駄目です! あんな女、レオに何するか分かりません!」


 ヤンキー女バルカナちゃんか。


 歳に似合わず大きなおっぱいが素敵だが、さっきの廊下でのやり取りでめちゃめちゃ嫌われているからなぁ。


 フォローを入れるタイミングとしてはいいが、対価として何を要求されるか分からない怖さがある。


 エッチな要求ならバッチコイだが。

 ヤンキーって性欲強そう(偏見


「でも、アーデルハイトさんが嫌ならそうするしかないのよねぇ」


「い、嫌というわけではありません! 倫理感の問題です! 男女を同室にするなんて、常識的に考えておかしいじゃないですか!」


「私もそう言ったんだけど、学院長直々に指示が降りてきてるのよね。そもそも、レオンハルト君は実家から通うって話になってたのよ」


「じゃあ、どうして……」


「何も聞くなの一点張りよ。私にも理由はさっぱり分からないわ」


 ふーむ、俺がいきなり寮生活になったのと同じように、男女同室なのまで学院長の指示だったのか。


 話を聞いてると、学院長も自分の意志で指示してるように見えないし、何者かの意図を感じざるを得ない。


「だから、どうあっても決定は覆らないと思ってちょうだい。あなたが同室を拒否するなら、他の生徒に頼むだけなの」


「う……。れ、レオは? レオはどうなの? 私とあの子ならどっちが……」


「そりゃお前一択だが?」


 アーデルハイトが上目遣いに聞いてくるから、俺は即答する。


「!? そっ、そう! 私なんだ!」


「うん、お前」


「そ、そう。あなたが言うなら、仕方がないわね。……えへへ……そんなに迷わず答えてくれるくらい、私なんだ……」


 うむ、お前ほどの安パイはいないと思っている。


 バルカナ嬢との嬉し恥ずかしエッチイベントはなくとも、落ち着いて暮らせるこっちの方が魅力的だ。


「じゃあ、決まりということで。いやー、良かった良かった」


 イノ先生が俺の背中を押して入室させてくる。


 上手く誘導された節はあるが、俺は最初からアーデルハイトと同室で良かったので問題ない。


「夕食の時間までまだあるけど、部屋からは出ないようにね。まだ安全と決まったわけじゃないから」


「はい」


「それじゃ、私はこれから緊急会議だから。喧嘩しちゃ駄目よ?」


「しませんて」


 アーデルハイトもバルカナが絡まなきゃ大人しいしな。


「それじゃあね。……あーあ、今日は家に帰れるかしら……」


 イノ先生が肩を落としてうめく。


 これだけ大きな騒ぎだ。

 職員はみんな残業確定だろうな。


 壊れたものの修復。警備体制の見直し。延期した予定の再調整。


 パッと思いつくだけでもこれだけある。


 明日からもう授業が始まるが、イノ先生は一睡もせずに始業することになるかも知れない。


 ご愁傷様です。


 俺はため息を吐きながら去って行くイノ先生を、両手を合わせて見送った。


 残された俺たちは顔を見合わせる。


「そ、それじゃあ、その、お茶でも飲む?」


「お、いいね。同居のルールとかも決めとかなきゃだしな」


「ベッドはそっちでいい?」


「おう。めっちゃふかふかやん。ていうか二段ベッドですらないのか。マジで金持ちだなこの学院……」


「あとで衝立をもらって来なきゃね、着替えとかで困るだろうし」


「あー、俺は気にしないけど。そっちが気になるなら」


「き、気にしないの!?」


「ああ、心配しなくても覗いたりしないぞ」


「そっちが覗く心配なんてしてないわよ……」


「え、お前が覗くの?」


「の、ののの、覗かないわよっ! でも衝立がいらないって言ったのはあなただからね! あとからいるって言っても遅いわよ!」


「お、おう。なんでそんなに必死になってるか分からないが、構わんぞ」


「構わないんだ……。私が言うのもなんだけど、あなたはもっと慎みを持った方が良いわよ。ただでさえこの学院は女ばっかりなんだから……」


 つまり男女逆転して考えると、餓えた男子高校生の群れの中に放り込まれた一人の少女と言うことか。


 それは危ない。


 俺が元の世界の常識を持っていなかったら、とんでもない状況になっていたところだ。


 師匠があれほど心配して、学院長に怒るのも仕方がないのかも知れない。


 そう言えば、師匠とは入学式から離れたままだけど、大丈夫だろうか。


 学院長に俺の寮生活について直談判するって息巻いてたけど、上手く行くのかなぁ。


挿絵

照れつつも嬉しいアーデルハイト

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330659343810685

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世界で唯一の魔術師の俺、魔女学院で魔王となる 犬魔人 @inumajin

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