第32話 世界で唯一の魔術師の俺、分かって貰える

 ぽっかりと天井に大穴が空いた入学式の会場。


 穴から差し込む光はスポットライトのようにアーデルハイトを照らし、あいつを褒め称える歓声はなかなか収まることはなかった。


 司会の何度目かになる呼びかけで、ようやく会場は静まり、学院長が短い挨拶で式をめた。


 このあとに予定されていた、新入生の歓迎会や保護者の懇談会などは全て延期され、全員が用意された宿泊施設へ避難することとなった。


 俺たちの場合は寮へ向かうことになる。


 テロがこの一回で終わるとは限らないし、警備の厳重化をはかるにも、仕切り直さざるを得ないのだろう。


 入学式からとんだ大事件だ。


 職員の人たちはしばらく徹夜続きになるかも知れない。

 ご愁傷様である。


 幸いにして実行犯は、俺たちウルザラーラ一門で捕縛できている。


 目的や所属を尋問するのは学院の仕事だ。


 捕らえた男を、鎧を着込んだ警備の人に引き渡す。


 途中で意識を取り戻したものの、男は静かなもので、狂信じみた発言をすることも暴れることもなかった。


 テロが失敗したにも関わらず、悔しがっている様子もない。


 うなだれたまま、警備員に大人しく従っている。


「…………」


 俺はその様子にかすかな違和感を覚える。


 おそらく世界で最も戦力が集中しているだろうこの学院に潜入するのは、容易なことではなかっただろう。


 このテロリストたちは、念入りに準備し、綿密に計画を練ってから実行に移したに違いない。


 師匠の人外じみた観察力がなければ、テロはほぼ確実に成功していただろう。


 その計画が失敗に終わって、こんなにあっさりとあきらめられるものなのだろうか。


 だが、確証を得られるほどの情報が俺には足りていない。


「では、こちらで預からせていただきます」


「あ、はい。お願いします」


 俺は犯人を引き渡したあと、避難する生徒たちのところへ向かう。


 同じく犯人を捕らえた師匠たちと意見を交換したかったが、今は和を乱さないほうが良いだろう。


 素人の俺が下手に動き回るより、よほど優秀な人たちが事件を調べてくれるだろうしな。


 俺は一階へ向かう階段を降りて、新入生のグループを探す。


 その途中で、ふと窓から外を見上げれば、大勢の魔女が空を飛び交っていた。


「おお、もうあんなに集まってきてる」


 さらなるテロが発生しないよう、見回りを強化したのだろう。


 蝙蝠型や鳥型などの使い魔も飛んでいるのが確認できる。


 初動が早いのは、在校生を駆り出したのだろうか。


 手慣れた様子ではないが、最低限の仕事はこなしているように見える。


 慌ただしく避難する人たちを護衛しつつも、その中にテロリストの仲間が混ざっていないか、つぶさに観察している。


 あと、これはとても重要なことなのだが、さっきの七席様と違ってパンツ見え放題だ。


 わーい、眼福眼福。


 俺がガン見していることに気づいた魔女もいたが、そのことを気にする者は一人もいない。


 なんならこっちに笑顔を向けてくれる魔女もいた。


 なんやここ、最高の環境やないか。


 魔女がパンツを見られても気にしないのは、女社会だし当たり前なのかもしれない。


 そもそも格好からしてほとんど下着みたいな服だしな。


 あれがフォーマルな魔女装束だってんだから、とんでもない世界だ。


 むしろ男のパンツのほうがありがたがられるまでありそうで困る。


 俺はしっかりと空の光景を目に焼き付けながら、イノ先生の誘導で避難する生徒たちと合流した。


「おっつ。さっきは助かったよ。流石だな」


 アーデルハイトを見つけたので、横に並んで声をかけた。


「みんなを救ったのは私じゃなくて、あなただって何度も言ったんだけど、誰も聞いてくれなくて……」


 さっきまで感謝を伝える群衆に揉みくちゃにされていたのだろう。


 アーデルハイトはげんなりとしていた。


「いやいや、お前のおかげで合ってるって。俺じゃ氷の壁でみんなを守ることなんて出来なかったしな」


 俺が最初に動けたのだって、師匠に前もって注意を促されていたからだ。


 そうじゃなかったら、あの爆発で死ぬはずだった犠牲者の一人になっていただろう。


 俺の功績なんて微々たるものである。


「あっ、レンハルトくんよ。一人だけ逃げ出したんじゃなかったんだ」


「爆発が起きる前、最初に何かしてたみたいだけど、アーデルハイト様の邪魔をしようとしてたのかしら?」


「最下位入学だから良いところを見せようと必死だったんじゃない?」


「ありそー」


 聞こえてまっせ。

 そこの魔女っ子たちよ。


 だがまぁ、事情を知らない連中から見たら、そういうふうにしか思えないだろうな。


 爆発の騒ぎで、俺が犯人を取り押さえるところなんて誰も見てなかっただろうし。


「おい、ヘタレ男」


 あ、やべ。


 バルカナが怒り心頭と言った様子で、のっしのっしとこっちへ歩いてくる。


 俺が頭を押さえつけたことを怒っていらっしゃる模様だ。


「てめぇ、よくもさっきはオレ様の邪魔をしてくれたなぁ、あァ!?」


 リアルでオレ様っていうやつ初めて見た!


「お前が邪魔しなきゃ、オレが全部撃ち落としてやったのによぉ!」


「あ、ああ、そうだな。邪魔して悪かったよ」


 俺は胸ぐらをつかまれながら、まぁまぁと降参のポーズで謝罪した。


 緊急事態だったからしゃあないんや。

 許してクレメンス。


「けっ、ヘタレ男が。最下位を脱出したくて必死か? 今度オレの邪魔をしやがったらただじゃおかねェぞ」


「ああ、本当にごめん。同じことは二度としないよ。約束する」


「ふん、わかりゃいいんだよ。わかりゃあよ」


 バルカナはニヤリと悪い顔で笑うと、俺の胸ぐらから手を離した。


 扱いやすい子だなー。


 確かに二度としないと約束はした。

 約束はしたが、同じことをしないというだけだ。


 またバルカナ嬢が何かやらかそうとしたら、次は違う手で止めよう。


 俺はレオンハルト。

 嘘は吐かない男。


「黙りなさい」


「ひゃい」


 と言ったのは俺だ。


 アーデルハイトが凍りそうな冷たい目で俺を──いや、俺に突っかかるバルカナを見ている。


「あなたの勝手な行動を彼が止めていなかったら、被害が二倍三倍と拡がっていたことが分からないの?」


「ん、んだとぉ?」


「あの小石に刻まれていた爆裂魔術は、時限式で発動するようだったけど、衝撃に反応する仕組みにもなっていた。とっさに気づいた誰かが迎撃したとしても、爆発を防げないように二重に罠が仕掛けられていたということよ」


 アーデルハイトもあの一瞬で、小石から漏れ出した魔法陣の術式を読み解いていたのか。


 やりおるわ。


「ぐっ……」


 アーデルハイトの指摘に、バルカナが悔しそうに顔を歪めた。


「彼はそれすら予見して、石をなるべく遠ざけ、防御に徹することで被害を最小限に抑えたの。あれだけの爆発よ。全員が死んでいてもおかしくなかった。それすら認められずに自分の功しか見えないのなら、あなたと交わす言葉はもうないわ」


「……」


 ボロクソに言うやん。

 正論過ぎて何も言えん。


 アーデルハイトの声が少し大きいのは、バルカナだけじゃなくて、さっき俺を馬鹿にしてた生徒たちにも聞こえるようにするためなんだろうな。


「……ちっ……!」


 バルカナは顔を紅くして悔しそうに歯を噛みしめていたが、ひとつ舌打ちすると、俺達から離れて列の先頭へ向かっていった。


 アーデルハイトの言葉は全員に向けたものだったのだろうが、きっかけにされたバルカナはちょっと可哀相だったかも知れない。


 後でフォロー入れとくか。

 陰キャの俺には難度の高い任務だが、放っておくのは良くないだろう。


 バルカナが歩いて行った先を見ると、列を先導するイノ先生と目が合った。


 その顔には『仲裁頑張ってね』と書いてある。


 くそう、入学早々面倒くさい役どころを押しつけられている気がする……!


「言い過ぎたとは思ってないわよ」


 アーデルハイトはバツが悪そうにつぶやいた。


 わざわざ言葉にするってことは、自分でもちょっと罪悪感を覚えちゃってるじゃん。


「まぁ、お前が言ってくれて、俺は嬉しかったよ」


 俺の感謝に、アーデルハイトがこちらを向く。


「あの不良娘をやり込めて?」


「違うわ! どんだけヤなやつなんだよ、俺!」


「じゃあ、何が嬉しかったの?」


「決まってるだろ。お前が分かってくれてたことがだよ」


 他の誰も気づいてなかったとしても、一人でも分かって認めてくれることがこんなに嬉しいとは思わなかった。


「別に。私の……好……その……終生のライバルが不当な評価を受けることが気に入らなかっただけよっ」


 ぷいっとそっぽを向いてしまうアーデルハイト。


 誇り高いやつだなぁ。


 でも、ライバル認定だけは勘弁な。


 もう一回やってお前に勝てる気がしないんだわ。


「そういや、あの【氷壁】の高速発動ってどうやったんだ? こっそり教えてくれよ」


「は? 教えるわけないでしょ。あなたの詠唱速度に対抗するための切り札なんだから」


「もう一回見ちゃったから予想は付くけどな。ちなみに俺の考えだと……」


「あーもー。だから見せたくなかったのよ。一つ見せたんだから、あなたも何か教えなさいよね」


「しょうがないなぁ、特別に指で詠唱を刻むコツを教えてしんぜよう」


「あの気持ち悪い指の動きを真似できるとは思えないんだけど」


「あ、ひでぇ。気にしてるのに」


「指がらないのはすごいと思うわよ」


「それって褒められてるのかなぁ……」


 俺たちは互いの魔術の考察に花を咲かせながら、避難先の寮へと向かうのだった。


挿絵

空から警備する魔女たち

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658932209216

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