第31話 世界で唯一の魔術師の俺、テロを防ぐ

「柔らかな陽ざしと草木の瑞々しい香りが、春の心地よさを伝える今日、皆さんは本学院の生徒となりました」


 広い会場の中央。

 壇上に立った学院長オルラヤが、式辞を述べていく。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとう御座います。皆さんは厳しい入学試験に見事合格し、学院の入学資格を得ました。入学に至るまでの努力を称えるとともに、皆さんの入学を心から歓迎いたします」


 水晶玉で見たときとは違って、間延びした甘ったるい声ではなく、穏やかで張りのある声だ。


 さすがは学院長。

 締めるところはちゃんと締めている。


「(でも、師匠にはビビり散らかしている模様)」


 現在、学院長は俺の師匠ウルザラーラから絶賛怒りを買っている。


 二階の保護者席に座る師匠が、静かな怒りの視線を向けているが、学院長は絶対にその方向へ顔を向けようとしない。


 魔力こそ放出していないが、師匠の全身からは怒りのオーラが立ち上っていて、周囲の保護者が怯えている。


 学院長はそんな視線に晒されながらも、涼しい顔で挨拶を続けているが、こめかみに浮かんでいる汗を俺は見逃さなかった。


「(入学式が終わったら、学院長はどうなっちゃうんだろう)」


 最初は俺が家から通う許可を出しておいて、前日になっていきなり『寮生活になりました。これは学院長としての命令です』と来たら、さすがの師匠もブチ切れ案件である。


 俺は寮生活も楽しそうだから別に構わないのだが、師匠は断固として反対のようだ。


 それにしても、学院長が今回の件に関して何の説明もしなかったことが不可解なんだよな。


 師匠を納得させられる説明ができない事情があったのか、理由は今以いまもって不明だ。


 二人は旧友らしいが、穏便にことが運ぶことを祈るしかない。


「新入生代表アーデルハイト・フォン・ヴェルバッハさん」


「はい」


 俺の左隣に座っていたアーデルハイトが、凜とした返事をして立ち上がる。


 壇上へ登り、学年総代として挨拶を述べる姿は堂々としたものだ。 


 主席入学を果たしたエリート様は、挨拶までスマートだった。


「春の花々が咲き、野山の草木も一斉に芽吹き始めたこの良き日に、私たちは魔女学院に入学いたします。本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき、誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」


 よくもまぁ淀みなく言葉が出てくるもんだ。


 もし俺がやったら、間違いなくドモってろくな挨拶ができないだろうな。


「ふぁぁぁあ……。つまんねー……」


 俺の右隣に座っている不良少女バルカナは、呑気にあくびをしていた。


 それに気づいたアーデルハイトのイラッとする気配が壇上から伝わってくる。


 頼むから式中は大人しくしていてくれ……。


 このまま師匠の反対意見が通らず、俺の寮生活が決まったら、こいつらと一緒に共同生活をするのか。


 上手くやっていける気が微塵もしない。


 挨拶を終えたアーデルハイトが壇上から戻ってくる。


「お疲れ。いい挨拶だったな」


 着席して軽く息を吐くアーデルハイトに小声で声をかけた。


「ありがと。学科試験のことがなければ、あそこに立っていたのはあなただったでしょうけどね」


 いや、絶対無理なのでやめてください。

 あんな大勢の前で噛みまくって赤っ恥をかくのは御免こうむる。


「ふん、入試の結果なんざこれからひっくり返してやるよ」


 バルカナが不機嫌そうに言う。


 まぁ、一回戦の消耗や相性の問題があったとは言え、実際アーデルハイトと引き分けてるわけだからなぁ。


 戦闘力だけなら、バルカナは他の生徒より頭一つ二つ飛び抜けている。


 あながち不可能とは言えないだろう。


「へぇ、そう。魔女学院は戦闘面に重きを置いているのは確かだけど、頭が悪いと講義の単位自体が貰えないわよ?」


「あァ? 誰の頭が悪いだって?」


「あら、別にあなたのこととは言ってないわよ。ブービーさん」


「てめぇ……!」


 再びにらみ合うアーデルハイトとバルカナ。


「やめてください。それは最下位入学の俺に効く」


 俺の必殺の言葉がインターセプトする。


「あ、ごめん……」


「お、おう……」


 俺の自虐に二人が引いてくれたおかげで事なきを得た。


 俺の心がちょっと必殺されただけで済んだぞやったー(泣)


「職員紹介」


 司会の言葉で、学院の教師たちが壇上へ上がっていく。


 イノ先生もいた。


 俺と目が合うと、こっそりこっちに手を振ってくる。


 え、なにそれ可愛い。好き。


 でも、相性最悪の問題児二人を俺に預けたことは許してないんだからね。


「基礎魔術理論を担当するディスガイズです」


 ディスガイズ先生が挨拶している。


 どうやら試験で魂の抜け殻みたいになっていた状態からは、完全に復帰できたようだ。


 眼鏡の奥の鋭い目つきがたまらない。

 こっちを睨んでいる気がするが、学院長を見習って気づかないふりをしよう。


 入学式も終盤だ。


 あとは校歌を斉唱して俺たちが退場し、式は終わりと言ったところだろう。


 師匠が注目していた三人の男も、最後まで動くことはなかった。


 おそらく師匠が自分で言っていたとおり、杞憂だったのだろう。


 魔女学院という世界最強の戦力が集まっている場所で何か悪事を考える馬鹿もそうそういない。


 あの男たちもただ顔が険しいだけのおっさんだったのだ。

 顔が険しいのは、緊張でお腹が痛かったのかも知れない。


 それがフラグ立ちとなってしまったのか、男の一人が立ち上がる。


 席は三階席だ。


 トイレに行くのかな、とは思えない剣呑さを孕んでいる。


 男が発する異様な気配に、周囲の保護者が注目する。


 そしてそれはすぐに会場全体へ波及することになった。


「邪悪なる魔女どもが!! これ以上増やしてなるものか!!」


 男の太い声は会場中に響き渡り、教師たちの挨拶が中断される。


 イノ先生を含めた勘の良い職員が男を取り押さえようと動き出した。


 司会はオロオロとした様子で注意するか迷っている。


「我らの解放の時は近い!! 黒の聖女様!! 万歳!!」


 男は上着をガバッと開いた。


 警戒した職員たちの動きが止まる。


 何かを隠し持っていたのだろうか。


 ここからでは遠すぎて分からない。


「(違う。あいつじゃない)」


 俺はすぐにあれが陽動であることに気づいた。


 師匠が注意しろと言った男は三人いた。


 一人が騒いでいるのに、他の二人が動かないはずがない。


 一人目が騒いで会場中の注目を集め、その間に残りの二人が何かをする気なのだ。


 故に、注視するべきはあとの二人。


 姿を探せば、二人の男は叫ぶ男を頂点にちょうど正三角形の形になるように会場へ散っていた。


 男たちは無言のまま、手に握っていた何かを放り投げる。


 それに気づいた者は誰もいない。

 あまりにも静かに実行された。


 会場の中央へ向けて放たれたそれは、いくつもの小石のように見える。


 あんな小石で何をするのかと思った瞬間、その小石からわずかな魔力光が漏れ、魔法陣が展開する。


「!? まずっ……!」


 俺は一目であの小石に刻まれた術式の概要を理解した。


 詳細な術式までは判別できなかったが、あの魔法陣の構成は間違いなく攻撃系の魔術が刻まれている。


 どれほどの威力が込められているかは分からないが、まったく無防備なところを攻撃されれば、いかに魔女とはいえ耐えられるものじゃない。


 こんな密閉された空間で大規模な攻撃魔術が発動すれば、大勢が死ぬことになるぞ。


 少なくとも来賓の保護者は絶対に助からない。


「【風】ぇっ!!」


 俺はとっさに、十指すべてを用いて突風を発生させた。


 俺のしょぼい初級魔術でも、十連で放てば空中の小石を巻き上げるくらいのことはできる。


 会場の中央に落下するはずだった小石の群れは、俺の魔術で一気に天井まで吹き飛ばされた。


 だが、俺にできたのは発動位置を変えるまでだ。

 小石に刻まれた術式まで止められたわけじゃない。


 被害は減るだろうが、これだけで全員を守るのは無理だ。


 もう一手必要だが、小石の魔術が発動するまであと数秒もない。


「アーデルハイト!」


 この場で意思疎通が取れてどうにかできそうなやつは、こいつしかいない。


 頼む、気づいてくれ。


「……!? 分かったわ……!」


 俺の突然の魔術行使に目を丸くしていたアーデルハイトだったが、視線を交わしただけで俺の意図をくみ取ってくれた。


「これは再戦の時の切り札だったんだけど……!」


 アーデルハイトを中心に、一瞬で魔法陣が展開する。


「【氷壁】!」


 詠唱をせずに、コンマ数秒で魔術が発動した。


 アーデルハイトは詠唱していない。


 こいつは口頭詠唱の使い手だったはずだ。

 なのにこの速度はどういう仕組みだ。


 いや、今はその速度がありがたい。


 仕組みは気になるが、あの小石から発動されるであろう魔術を防ぐのが最優先だ。


「んだぁ? あの石ころ? オレが撃ち落として──うおっ!?」


 遅れて気づいたバルカナが【火砲】を放とうとするが、俺が頭を押さえつけて邪魔をした。


 あれがもし爆発系の魔術だった場合、防ぐどころか被害が拡大する恐れがある。


「てめっ、なにしやが──こいつ、男のくせになんて力してやがる……!?」


 一瞬だけ魔力で肉体を強化し、あとはバルカナの力の起点を押さえつけて動けなくしているだけなのだが、ただの腕力だと勘違いしてくれているならありがたい。


 そのまま大人しくしておいてくれ。


 アーデルハイトの【氷壁】は無事に発動し、広い会場を丸々覆うように、巨大な氷の器が客席の上空に出現する。


 そして、次の瞬間、小石に封じられていた魔術が発動した。


 目を灼く閃光。

 遅れて、鼓膜が破れそうになるほどの爆音と衝撃が会場に響き渡った。


 俺が予測していたとおり、攻撃系の魔術。

 それも無差別に被害を発生させる爆裂魔術だったようだ。


 あんな小石になんて威力の魔術を仕込むんだ。


 普通に術式と魔力を込めるだけじゃ、あんな威力にはならない。


 天性魔術を応用した固有の魔術だ。

 いったいあの石を用意したのは何者なんだ。


 しかし、これだけの爆発にもかかわらず、アーデルハイトの【氷壁】は客席を守り切っていた。


 いくつものヒビ割れが走っているが、爆風は少しも通していない。

 天井に空いた穴から差し込む光で、ステンドグラスのようにきらめいている。


「……さすが。よくやった」


「まぁね。ってどこに行くのよ!?」


 俺はアーデルハイトを労うと同時に、一直線に小石を投げつけた男の一人へ向かった。


 【風】の魔術で背中を押しながら支柱を駆け上がり、三階席へ飛び上がる。


「なっ!? どこから……!?」


 突然現れた俺に驚愕する男。


 答えてやる義理はない。


 驚いた表情の顔面を蹴り抜き、着地しながら腕の関節をねじり上げて地面に抑え込む。


「あと二人……!」


 拘束をその場にいた他の保護者に頼んで、次の男へ向かおうと俺が顔を上げると、すでに師匠と姉弟子に取り押さえられた男たちがいた。


 最速で動いたつもりだったんだが、二人の方がちょっと早くて悔しい。


 さらに遅れて、静まりかえっていた会場が悲鳴と怒号で満たされた。


「静粛に! 静粛に! 落ち着いてください!」


 パニックになる客席に、司会が慌てて注意を呼びかける。


 だが、あまり効果はなさそうだ。


 逃げようとする人たちが下手に出口へ殺到したら、二次被害が発生するぞ。


 どうする。

 落ち着かせようにも、これほどパニックになった群衆をなだめる手段なんて俺にはない。


 俺が何を叫ぼうと、誰の耳にも届かないだろう。


 なのに、その声ははっきりと聞こえた。


「静まりなさい」


 小さい声だった。


 だが、その声には恐ろしいほどの魔力が込められていて、逃げようとしていた客たちはその重圧に跪いた。


 俺も息をするので精一杯だ。

 魔力の重圧だけで強制的に騒ぎを静めるなんて、師匠レベルの魔力がないと不可能だろう。


「落ち着いた? 怖がらなくても良いわ。脅威はすでに取り除かれたから」


 声の主は空中に立つ、黒衣の人物だった。


 爆発によって穴が空いた天井。

 その大穴の向こうに見える姿は遠く、輪郭がはっきりとしない。


 というより、空間が歪んでいるように見える。


「七席様だ……」


 俺の近くにいた客がつぶやく。


 あれが噂の七大魔女の第七席なのか。


 そうか、ここにいる保護者の大半はあの人物の空間魔術によってここまで運ばれてきたから声を知っているんだ。


 客たちが一瞬で大人しくなってしまったのも頷ける。


 凄い魔力量だ。

 その存在だけで重みを感じる。


 客たちが落ち着きを取り戻したのを確認すると、彼女はその場に浮かんだまま声を降らせた。


「この爆発を防いだ彼女に、心よりの感謝を」


 その言葉と同時に、客席を守った【氷壁】が砕け、白い冷気となって床に舞い降りる。


 その中央に静かに立つアーデルハイトは、幻想的な美しさを漂わせていた。


 本人が狙ってそうしたわけではないだろうが、その演出に会場中の注目が集まり、歓声が響き渡る。


「アーデルハイト様だ!」


「ありがとう! アーデルハイト様!」


「さすがは【氷麗】の魔女様だ! 新入生とは思えない!」


 歓声の嵐にアーデルハイトはたじろいだ。


「えっ、ち、違います。皆さんを助けたのは私じゃなくてレーく……」


 何かを必死で弁明しているが、歓声に掻き消されてしまって聞こえない。


 あいつのことだから、何か謙遜しているんだろう。


 この会場に集まった人間が全員無傷で済んだのは、間違いなくアーデルハイトのおかげだ。


 胸を張って声援を受ければ良い。


 むしろ、こっちに注目が集まらなくて良かった。

 速やかに犯人をこの場から遠ざけたい。


 入学式を狙ってテロを働くとは、大胆不敵にもほどがある。


 師匠があらかじめこの男たちの不自然さに気づいていなかったら。

 俺やアーデルハイトが爆弾石を処理しなかったら。


 テロはあっさり成功していただろう。


 俺は男がまた何かしないように、当て身で気を失わせてから肩に担ぐ。


 このまま職員に引き渡して、場が落ち着いた頃に席へ戻ろう。


 ふと天井を見上げると、七席様がまだこちらを見下ろしていた。


「くっ、くそう……!」


 俺は歯噛みした。


 空間さえ歪んでなければパンツ見放題のポジションなのに……!


 スカートを穿いているのは分かるが、ぼやけていてよく分からん……!


 長い黒髪に黒い魔女帽、黒い衣装を身に纏っていることだけは分かる。


 なんであんなに空間を歪めているのか分からんが、空を飛んでいる魔術の影響だろうか。


「……つーか、なんかこっちを見てないか……?」


 ぼやけた姿だから定かではないが、なんとなく見られているような気がする。


 しかし、確証が取れる前に七席様の姿は、コマをひとつ飛ばしたように消えてしまった。


 空間魔術でどこか別の場所へ転移したのだろう。


 この騒ぎを収めるためだけに来てくれたのかな。

 もしかしたら、俺たちが間に合わなくても、彼女が何とかしてくれたのかも知れない。


 向こうの三階席でも、師匠や姉弟子が男を職員へ引き渡しているところだった。


 いつまでも七席様がいなくなった空を見上げていてもしょうがない。


 俺も男を担ぎ直して、職員を探す。


「それにしても、こいつらはいったいなんだったんだ?」


 ほとんど聞いてなかったけど、『黒の聖女』とか叫んでいたような。


 えちちなこと以外は何でも知っている師匠なら、何か分かるかも知れない。


 またあとで師匠に聞いてみるか。


挿絵

【氷壁】の魔術で客席を守るアーデルハイト

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330658803606675

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