第17話 世界で唯一の魔術師の俺、実技試験を受ける
あれから三日が経った。
今日は試験当日だ。
俺は師匠と姉弟子に見送られ、実技試験の会場へとやってきていた。
この会場も学科試験の時と同じく学院内にあるはずなのに、敷地が異常なまでに広い。
青々とした空が拡がり、柔らかい芝生がどこまでも続いている。
おそらく空間系の魔術によるものだろう。
相変わらず、この学院には金と技術がつぎ込まれている。
圧巻の風景だが、俺は学科の時のように物怖じしていない。
苛烈な修行を乗り越えた俺の冷静さは、無機物の領域にまで到達したと言っていい。
この三日間の修行は、想像を絶するものだった。
魔術や武術などの、実技試験に関係する修行は一切してない。
師匠と姉弟子の二人に挟まれて、ひたすらベタベタイチャイチャヌプヌプしていた。
これ以上出ないって言ってるのに、姉弟子は面白がってやめてくれないし、師匠も乗せられて姉弟子とは別パターンで攻めてくるし。
「ふっ、もはや赤玉すら出ねぇ……」
修行の結果、俺は賢者モードすら超えた真の賢者への悟りを開いたのだった。
今の俺に死角なし。
出すものがないから興奮しようがない。
「あ、あの男の子また来てる」
「えっ、学科で失格になったのに諦めてないんだ?」
「根性あるな。オレは嫌いじゃねぇ」
「無理でしょ。満点穫るくらいじゃないと合格点にならないわよ」
「それだけ実技に自身があるのかしら?」
「男なのに? ありえないわよ」
学科試験の時と同じく、小娘たちが俺を見て何かと噂をしているが、まるで気にもならない。
修行の成果が出ている。
師匠と姉弟子のエロさに比べれば、お子様にしか見えない。
学科の時のようにオドオドとしてないからか、女子たちは俺を遠巻きに見てくるだけで、ちょっかいをかけてきたりはしなかった。
やがて、試験官たちが会場の中央に俺たちを集めた。
「皆さん、一週間よく休めましたか? 今日はこれまでの修練の成果を、余さず発揮してくださいね」
代表の試験監督が俺たちに笑顔を向けてくる。
そのまぶしさ、百億点。
「せっ、先生がいたかー!」
まったくノーマークだった存在がそこにいた。
ザ・女教師って感じの、大人の色気がすごいお姉さんだ。
元気系の明るい表情をしているのに、知的な印象もあってとても良い。
しかも、この人って学科試験のときに俺をかばってくれた人だよな。
屋外の試験で移動が多くなるからなのか、ショートヘアをひっつめにまとめているのもよく似合っている。
くっ、やりおるわ。
師匠と姉弟子による修行の成果を、一瞬で貫通してくるほどの魅力を感じる。
「んんっ、レオンハルト君。私語は慎むように」
注意されてしまった。
癖になりそう。
あと咳払いするときに声が高くなるのが可愛い。
「私は今回の実技試験の監督を務めさせていただくイノンダシオンです。二つ名は【豊酒】。今日はよろしくお願いします」
二文字の二つ名持ちか。
まぁ、魔女を育てるんだから、優秀な人じゃないと務まらないよな。
学科試験で俺を失格にした怖い先生は、今回は試験監督じゃないんだな。
学科と実技で試験監督が変わるみたいだ。
「右手をご覧下さい。あちらに見えますのが、今回の試験で使う諸々の施設です。威力・制御・総合的な戦闘力。この三つを計測し、その合計点で評価させていただきます」
なんかこの先生、バスガイドみがあるな。
えっちだ。
それは良いとして、実技試験の内容は姉弟子に聞いていたとおりだった。
計器と思われる大きな水晶がいくつも置かれてあり、あれを使って魔術の威力や制御の巧みさを計るんだろう。
少し離れたところにある広場のような場所は、三つ目の総合的な戦闘力、つまり対戦形式の試験をする施設だ。
この一週間の検証で、俺は魔術を以前と同様に使えることが分かった。
姉弟子には一勝も取れなかったが、武術も集中さえ出来れば普段通りに動ける。
どこまでやれるか分からないが、実力は全て出せそうだ。
これで落ちたら諦めもつく。
いや、受かる気満々だし、その策も思いついてはいるんだけども。
策に関しては、姉弟子は採用に即一票を入れてくれて、師匠はめちゃくちゃ心配したが、最終的には賛成してくれた。
あとは運を天に任せて、やりきるしかない。
「では、受験番号と名前を呼びますので、まずは2つのグループに分かれて、試験を受けていただきます」
威力の試験と制御の試験は平行してやるみたいだ。
受験生は全部で300人くらいいるから、一人一人の実力を見ていくこの実技試験だと時間がかかるんだろうな。
「受験番号268番、レオンハルト君。威力試験のグループへ」
そういや、学科試験の時、俺の後ろの席にいたあの小さい子は同じグループじゃなさそうだな。
名前を呼ばれなかった受験生たちが、まとめて制御試験の方へ向かっていった。
あの子は小さかったから、集団の中にいるとまったく見えないな。
試験の邪魔をしてしまったことを一言謝りたかったんだが。
あの時、俺に用事があったみたいだし、試験が終わったら探してみるか。
威力試験は試験官が10人いて、受験生一人に試験官一人がついて計測するようだった。
50歩ほど離れた位置に巨大な水晶がいくつも並んでいる。
「あれに攻撃魔術をぶつけて下さい。制限時間は5分。その間なら何発撃っても構いません。属性も問いません。最終的に最も高い威力の値が点数となります」
先生の説明のあと、俺たちは試験官の数と同じ10列に別れて順番を待った。
一列に15人くらいいるから、最後のやつは1時間以上あとになるな。
ちなみに俺は一番最初だ。
「なぜ!?」
「成績順だ。学科の点数が良かった者ほど、順番を後に回して精神統一を図れるようにしている」
なるほど、ドベの俺はいの一番ということか。
ていうか、俺を担当する試験官って、俺を失格にしたあの怖い教師じゃないか。
監督じゃなくても、試験官は普通にやってるのかよ。
「学科試験で歴代最下位の点数を取ったきみが、どれほどの魔術を操るか、とくと見させてもらうよ」
スクウェアタイプの眼鏡をくいっと押し上げて、試験官は嫌みったらしく言った。
うう、めっちゃ嫌われてる。
いや、俺のやったことを考えれば当たり前なんだけど。
他の受験生はもう試験を始めているようだった。
隣の列に並んでいた受験生が、魔術を発動させようとしている。
「火の魔精よ! 集い、飛翔し、燃えよ! 我が敵を爆ぜて滅ぼせ!」
口述詠唱か。
ちょっとアレンジが入ってるけど、あれは初級魔術の【火球】だな。
俺も一応使えることは使える。
ただし、俺の【火球】はあの受験生が出した大きさより遙かに小さい。
同じ初級魔術でも、術式に流す魔力量で規模がまったく変わってくる。
おそらくあの火球には300近い魔力が込められているはずだ。
つまり俺の魔力総量の30倍。
嫌になるほどの差だ。
巨大な火球が放物線を描いてゆっくり飛んでいき、標的の計測器に衝突する。
火球が散乱し、水晶が赤々と灼けるが、原形はとどめたままだ。
そして炎が消えると、無傷の状態に戻った。
「中々の魔力出力ですね。2発目も撃ちますか?」
「い、いえ。充分です」
計測する試験官に問われるが、この受験生は一発だけでやめるようだ。
一気に魔力を消費したせいか、顔色も少し悪い。
試験はまだまだ続くし、三つ目の模擬戦に余力を残しておかないといけないからな。
賢い選択だと思う。
「あのー、質問なんですけど」
俺を担当する怖い試験官に確認を取りたい。
「さっき言ってたルールは──」
「質問は受け付けない。イノンダシオン先生が説明したことがすべてだ」
取り付く島もない。
てことは、『制限時間は5分』『何回魔術を使っても良い』『水晶にぶつけた魔術の中で最も威力があった魔術が成績になる』。
この三つの情報に漏れはないと言うことだ。
「良かったー」
「……なに?」
「いや、使える魔術が一発限りだったらここで終わってたかもしれないので」
「……まるで数多くの魔術を使えれば、優秀な記録を出せると言っているように聞こえるが?」
「まぁ、そんなとこです」
「…………」
奥歯をギリリと噛みしめて、試験官がにらみつけてくる。
「ゴミのような魔術を何発当てようが、結果は同じだと分からないのか、男め……!」
こわっ。
この人めちゃ良い体してるけど、顔が怖すぎる。
「えっと、それじゃあ試験の始まりは……」
「もう始まっている。1分が経過したぞ」
「えっ、ずるっ!」
この試験官、公私混同するタイプかよ。
あと4分で、俺は思いついた魔術を完成させなければならない。
「4分もかけて魔術の一つも詠唱できないのか。やはり男はそんなものだな」
俺の焦った表情を見て、試験官が嘲笑する。
だが、それは勘違いだ。
最初に制限時間が5分と聞いたときに、俺が思ったのは『悠長すぎる』だ。
実戦で5分も長々と詠唱できるタイミングなんてあるか?
魔女は前衛に守られて魔術を使うのがデフォだと考えているからだろうか。
単身で戦い抜く戦術を教えられてきた俺からすれば、5分という猶予は無限に時間を与えられたに等しい。
それが1分減ろうが同じことだ。
4分をフルに使って、俺の最大威力の魔術を見せてやろうじゃないか。
「【土】」
俺は指を使って呪文の詠唱を始める。
地面が少しだけ盛り上がった。
「くだらん。初級も初級の基礎魔術で何をするつもりだ? 土だけ生み出しても、あの水晶まで届かせられなければ意味がないことも分からないのか?」
めっちゃ話しかけてくるやん。
こっちの質問は無視するくせに。
試験官のあざけりを無視して、俺は詠唱する指の数を増やしていく。
俺が最大で同時に使える魔術の数は10。
これは手の指が10本しかないのと、俺の魔術が初級魔術10発分しかないからだ。
だが、詠唱する指の動きをずらせば、魔術の発動を少しずつ遅らせることが出来る。
同時から切れ間のない連射へと変化するだけで、意味がまったく変わってくる。
魔力の総量は低くても、俺の魔力回復速度は一般魔女と同等だ。
コンマ一秒でも休める時間があれば、あっという間に全快する。
「【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】【土】」
「お、おい……!?」
俺の高速詠唱に、試験官がぎょっとしている。
いや、指の動きがキモすぎてドン引きしているのかな。
だが、これはただの前準備だ。
小さく盛り上がっていただけの地面は、【土】の重ねがけにより俺の身長の高さまで巨大化していた。
この土はただ地面を盛り上げただけのものじゃない。
成分を操作して、地中の鉄分や重金属を重点的に集めて形成した。
通常の【土】に比べて極めて強度の高い物質へと変化している。
同じ初級魔術でも、術式の工夫次第でロスを少なくしたり、新たな命令を刻むことが可能だ。
その分、詠唱は複雑になって長文化するが、魔力の消費量の変化は微々たるものだ。
「【土】【土】【土】【土】【土】……」
【土】の魔術は、その名の通り土を操るだけの魔術だが、解釈次第でいくらでも応用が利く。
地面から土を盛り上げることが出来るのなら、逆に土を削ることも出来るのは当然。
それを応用すれば、自分の望むように形を変えることも容易なわけだ。
もちろん、それには精密な術式制御力が必要となるが、俺はこの十年それこそを徹底的に修練してきたのだ。
俺は形成したばかりの硬い小山を、どんどん掘削していく。
少ない魔力で何度も何度も、彫刻を彫るように土山の形を変化させた。
「なんだ……? まさか、これは、大砲……?」
「あ、分かりました?」
あまりにいびつな形をしているが、大砲のような形状のものが出来上がった。
試験官もこの形でよく分かったな。
ここまでかかった時間は約1分。
使った魔術は100以上だが、俺に疲れはない。
時間もまだ3分ある。
「こ、こんなものを作ってどうする気だ? 【岩弾】でも唱えた方が、大砲なんぞより遙かに破壊力が出るぞ」
この世界にも大砲くらいは存在している。
しかし、魔女の使う魔術の方が遙かに威力が高いため、まったく役立たずの玩具扱いをされているが。
「俺は【岩弾】を使えるほどの魔力がないもので」
【岩弾】は【石弾】の一つ上の中級魔術だ。
発動に必要な最低魔力は50。
俺の最大魔力量では逆立ちしたって発動できない。
「は……ははっ。【岩弾】程度も使えないのか。しょせん男はこれだから……」
えーと、この人、試験官だよね。
受験生を侮辱するような発言をして良いのか。
俺が学科試験でやらかしたこと以上に、男に対して侮蔑と嫌悪を向けているのを感じる。
「確かに俺は【岩弾】を使えない。でも【岩弾】よりも強い破壊力は生み出せますよ」
「……なに?」
ここからが本番だ。
普段ならこんな時間のかかるやり方は絶対に出来ない。
今回限定の反則みたいなやり方だ。
だから確認を取りたかったのに、この試験官が質問を受け付けてくれないから……。
「ここからは慎重にやらないとな」
大砲型の土塊の形がいびつなのは、外側はそれほど重要ではないからだ。
持ち運んだり照準を合わせる必要がなく、一発撃てればいいだけなら、適当で良い。
むしろ重要なのはその中身。
大砲の砲身内部を完全な真円にくり抜き、さらにライフリングを刻む。
螺旋の施条は砲弾に回転を与え、貫通力と直進性能を高める効果がある。
これはレオンハルトではなく、俺の前世の記憶が元だ。
マヨネーズの作り方や政治のことは分からなくても、戦いに関することは結構覚えていた。
俺の前世はミリタリーオタクかなんかだったのかもしれない。
初めて現代知識チートできそう。
やったー。
ライフリングを刻み終わったら、次は砲弾だ。
大砲に触れて、直接内部に生成する。
滑らかな円錐形状の砲弾を、砲身の口径に合わせて、空気の逃げ道を完全に無くすほどの精度で生成した。
これで残り1分。
精度を要求する作業だったから、かなり時間がかかってしまった。
残りの時間と魔力は全てこの魔術にそそぐ。
「【風】」
【風】は【土】と同じように突風を生み出すだけの魔術だ。
そして【土】と同じように、風を生む気体をある程度まで選別できる。
俺が【風】の術式に追加した詠唱は『水素』と『酸素』だ。
しかし、これだけだと生成に時間がかかるため、【水】も同時に詠唱し、それを原料にして水素と酸素を大砲の薬室部分に充填していく。
この大砲の砲身はそれほど太くないが、薬室は馬鹿でかい。
大量の混合気体が封入できるようにした。
水素と酸素の混合気体は密閉された薬室内にどんどん圧縮され、爆破のタイミングを待っている。
「残り何秒ですか?」
「し、質問には答えない」
「あっそ」
まぁ、自分で数えてたから知ってるんだけどな。
この試験官が告げた最初の経過時間が嘘だった場合に備えて、十秒くらいは余裕を持たせている。
すでに薬室内は混合気体でパンパンだ。
着火するだけで、いつでも砲弾は発射される。
「あ、そうだ。目を閉じて耳を塞いで、口を半開きにした方が良いですよ」
離れたところにいる他の受験生はともかく、俺のすぐそばにいる試験官は危ないかも知れない。
「は? 何を言っている。目を閉じ耳を塞げだと? 私の目を誤魔化して不正を働くつもりか?」
「めんどくさいなー。忠告はしましたからね」
はい、発射。
俺は【火】の魔術を薬室内に発動させ、同時に目を閉じ、耳を左肩と指で塞ぎ、口を半開きにした。
あと、さすがに可哀相なので、空いた右腕で試験官の頭を抱き寄せて、俺の胸に顔を埋めさせる。
轟音と閃光。
圧縮に圧縮を重ねた水素と酸素は、着火により反応を起こし爆発的に体積を増やす。
その圧力によって、砲弾は恐ろしい速度で射出された。
発射の威力に耐えきれなかった大砲はささくれた竹のように砲身が壊れ、爆発の余波で土が舞い上がる。
「ぶえっ、口に土入った……」
「な、な、な……」
轟音に驚いたのか、試験官は顔を真っ赤にして目を白黒させている。
「さて、どうなった……?」
まだ耳鳴りのする耳をかっぽじって、俺は標的である水晶の方を見た。
俺の拳くらいある砲弾は、【火球】の何百倍もの速度でまっすぐ飛んでいき、水晶を木っ端微塵に砕いていた。
魔術は、魔術そのものの破壊力ばかりに注目されがちだが、速度だって破壊力に繋がるのだ。
俺がこの一連の魔術で使った魔力量は300。
ちょうど隣の受験生が使っていた【火球】の魔術と同じくらいの消費量だ。
だが、結果は歴然。
俺の砲弾を受けた水晶は再生する気配すらない。
「さて、先生。記録はどんなもんです?」
俺に問いかけられて、試験官はようやく我に返ったようだった。
ズレた眼鏡をかけ直し、水晶があった場所を見た試験官は絶句した。
「そ、んな……。あの水晶は上級魔術でも計測可能なはずなのに……!」
大規模攻撃魔術と、一点突破のいまの砲弾を比べるのはおかしいかも知れないが、試験官がこれだけ驚いてるってことは悪くない成績っぽいな。
やったぜ。
挿絵・1
受験生を激励するイノンダシオン先生
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657346236896
挿絵・2
威力試験の概要を説明してくれるイノンダシオン先生
https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657370079079
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