第16話 世界で唯一の魔術師の俺、自分の希少価値を知る

「魔力の格差による認識の変化は、伝わったかと思います」


「はい、師匠」


 紅茶とクッキーに夢中になっている姉弟子は放っておいて、俺は師匠と先ほどの話を続けることにした。


「んふふ、硬いときも美味しいし、紅茶に漬けて柔らかくしても美味しい。やっぱり師匠のクッキーは最高だわ」


「うんうん、そうだね。たんとお食べ」


 姉弟子は性的に無知すぎて、話にまったく付いて来られないからな。


 そこで大人しくティータイムを満喫していてくれ。


「確かこの世界は男の魔力が低すぎて、相手が強い魔力を持つ女ほど萎縮してしまう。魔女にいたっては同じ人間とすら認識できない、でしたよね」


「この世界……。レオの前世の世界ではそうではなかったのですね」


「かなり記憶はおぼろげなんですけど、こっちみたいな感じではなかったと思います」


 まぁ、俺の話はまた今度で良いだろう。

 師匠の話が優先だ。


「気になったんですけど、だったら魔女ってどうやって子孫を残してるんですか?」


「基本的には生涯独身です。師弟制度で自身の研究成果を弟子へ伝えていくことが子孫を残すようなものではありますが、血の繋がった子を持つ魔女は稀ですね。そして子をなすことが出来るのも、二つ名が二文字以下の魔女だけです」


 【二つ名】が【二文字】。

 新しい言葉が出てきたぞ。


 これはなんだっけ。

 俺はとっ散らかってしまったレオンハルトとしての記憶を振り返る。


「えーっと、二つ名は魔女の強さや功績を表す称号で、学院を卒業できた一人前の魔女がまず一文字の二つ名を与えられる。その後の働きによって文字数が増えていく、でしたっけ」


「そうです。最高位は四文字。七大魔女の席に座った者だけに与えられる称号です。私が【三千世界】。アグニカは三文字の【紅蓮華】です」


師匠はもちろん、姉弟子まで上から二番目なのか。

やっぱうちの一門すげえな。


「二文字の魔女も男性と、あっ、あっ、愛し合って子を授かるわけではないのです。医術と魔術を合わせた儀式を行なければ、子を授かることはできません。それも確実に授かるわけではなく、とても低い確率です」


 前世で言う人工授精みたいなものだろうか。

 立つ物も立たないんじゃ、そういった技術に頼るしかないわな。


「三文字に至るほどの強い魔女になると、その儀式を用いてすら子を授かることはできなくなります。魔女の不変の卵子に、男性の精子が取り付けないのです」


 なるほど、そこまで行くと、認識だけじゃなくて物理的に別種の生物になってしまうんだな。


「私はもちろん、アグニカも子をなすことは不可能でしょう。もちろんそれを承知で私たちは魔道を行くことを決めたのですが」


 いや、姉弟子は多分よく分かってないぞ。

 絶対コウノトリが子供を運んでくるって信じてる。


 しかし、これでひとつ合点がいった。


 こんなにも美しい師匠と姉弟子に、男の影がこれっぽっちもないのが不思議だったのだ。


 美醜逆転世界というわけでもないのに、どうしてだろうと思っていたら、なるほどな。


 そもそもコナをかけられる男が存在しなかったからか。


 どれだけ美しくエロかろうと、男から女と認識されないのだから、モテようがない。


 つまり魔女とは究極の喪女。


「ですが、あなたという存在が、これまでの常識を取り払う可能性が出てきました」


「俺が?」


「あなたは魔力の強い女性だけではなく、私やアグニカのような魔女にさえも、せっ、性的興奮を覚える極めて稀な男性です」


 えちちなワードを口にしようとする度にどもっちゃう師匠、ドチャクソ可愛いな。


「おそらく有史以来初めてのことでしょう。あなたの体を研究すれば、魔女の数を大幅に増やすことができるかも知れない」


「い゛!?」


 実験動物にされるってこと!?


 えっちなお誘いはバッチコイだが、痛いのや苦しいのはノーセンキューだぞ。


「世界を運営する七大魔女としての私は、あなたを研究すべきだと言っています」


 師匠の水晶のように透き通った青い瞳が、すっと細められる。


「魔族との戦争がまたいつ起きるか分からない今、魔女の拡充は何よりも優先すべきことです。あなたを利用すれば千年後には魔女の数が今の数倍になっているかもしれない。臓腑の隅々まで切り分け、その秘密を暴き、人類の恒久的発展に寄与すべきです」


「し、師匠……!?」


「ですが、師としての私が、母としての私が、そんなことは絶対に許しません」


 師匠は力強く紅茶のカップを置いた。


「大切な弟子を、家族を、レオを酷い目に遭わせてなるものですか……!」


「し、師匠ーっ!!」


 俺は感涙した。


 優しいが、同時に公明正大でもある師匠が、自分の立場を顧みず俺を護ろうとしてくれている。


 そのことがとても嬉しい。

 そして、そうせざるを得ない俺の弱さが口惜しい。 


「ですが、他の魔女はそうは考えないでしょう。レオの秘密が他の魔女に知られれば、あなたを拉致して自分の子を孕もうとする魔女が出てきてもおかしくない」


 種付けくらいならまだ役得と思えるが、それだって魔女を全員相手にするなんて不可能だしな。


 俺を奪い合う骨肉の争いが勃発しても、まるで嬉しくないぞ。


 最終的に体のパーツをみんなで分け合うみたいな地獄が発生するのが目に見えている。


「怖がらせるようなことを言ってごめんなさい。七大魔女の弟子であるあなたに、そのようなことをする愚か者はそうそういないでしょう」


 そうかなぁ。


 学科試験の時を思い返してみれば、餓えた狼みたいな感じの女子でいっぱいだったぞ。


 彼女たちは俺が七大魔女ウルザラーラの弟子だと知った上で、えっちなイタズラをする気満々だったように思える。


「念には念を入れて、あなたの身の安全を守るために魔術師を目指すことは諦め、屋敷にずっととどまって欲しい」


「師匠、でもそれは……!」


「……などとは言えませんね。あなたは私の弟子であり、大切な家族ですが、お人形ではありません。私はあなたの夢を応援するだけです」


 俺を見つめる師匠の瞳はとても力強く温かい。


「あなたのその特異性が万が一漏れた場合には、情報も統制しましょう。七大魔女筆頭の名はこういうときに使わないと」


 うちの師匠が頼もしすぎる件について。


 だが、それじゃ根本的な解決にはならない。


 俺が自衛できずに護られるだけの存在なのが原因なのだ。


 簡単には手を出せない強さを俺自身が見せつければ、良からぬことを考える魔女の数もぐっと減るはずだ。


「実技試験、良いところを見せないとなぁ」


 学科試験の時も、明らかに俺は周りの女子から舐められていた。


 力尽くでどうとでも出来る、か弱い男だと思われていたのだろう。


 実際その通りなんだが、俺には師匠の元で修行を積んだ十年がある。


 ウルザラーラ式戦闘魔術は、他の受験生にも充分通用すると俺は思っている。


 俺の師匠は最強なんだ。


 その弟子の俺が弱いなど、俺が許さない。


 師匠の顔にこれ以上泥を塗ってたまるものか。


 学科の汚名は、実技で返上してみせる。


「よく分かんないけど、お互いの誤解は解けたってことでいいのかしら?」


 姉弟子がクッキーをポリポリと囓りながら口を挟んでくる。


 あっ、最後の一枚まで食べてやがる! 俺も食べたかったのに!


 恨めしげな視線を姉弟子に送ると、食べかけのを口に突っ込まれた。


 でゅふふ、姉弟子の食べかけクッキー美味しいれす。


「そうですね。レオにこんな事情があったなんて、私たちを避けてしまうのも仕方のないことだったのかも知れません」


「えっと、じゃあ、その、二人とももう怒ってない?」


 俺は上目遣いに、おそるおそる二人に問うてみる。


「怒ってる! 無視されてすっごく悲しかったんだから!」


 姉弟子に涙目で怒鳴られた。


「ご、ごめんなさい」


 俺も逆の立場だったらめちゃめちゃ悲しい。


 二人に無視されたら心が砕けて死んでしまう。


「罰として、これからは毎日一緒にお風呂に入って寝ること! いいわね!」


「いやだから、それは普通の家族の距離感じゃないと……」


「よそはよそ! うちはうち! これがウルザラーラ家の普通なの!」


「えぇ……」


 俺では姉弟子を説得するのは無理だ。

 師匠に諭してもらわないと。


 助けを求める視線を送ると、師匠がにこりと微笑んだ。


 やはり師匠。

 俺の気持ちをいつもんでくれる。


「今回のことは、私も少しだけ怒っています」


 微笑んだまま師匠は続けた。


「前世の記憶を思い出して、私たちへの見方が変わった。その程度のことで、レオを嫌いになると思われていたなんて。とても許せません」


「その程度のことって。結構大きいことだと思うんですけど……」


「私が気にするのはあなたが嫌かどうかです。そうではないと分かった以上、ぎゅーの回数も十倍に増やします。私たちがどれだけレオを大切に思っているか、もって知ってもらいます」


「あ、あれー!?」


 師匠、もしかして姉弟子以上に怒ってる?


「それにあんた。実技試験は他の受験生との対戦もあるのよ? 女と触れあうことに慣れてないと、実力を発揮できないんじゃないの?」


「はっ!?」


 姉弟子の言うとおりだ。

 意味は分かってないくせに、直感で正解を導き出してくる。


 そうだよ。

 思い返してみれば、受験生の魔女見習いたちはみんな可愛かった。


 後ろの席にいた小さい子の印象が強いせいで忘れていたが、彼女たちと組んずほぐれつして俺は冷静でいられるのだろうか。


「安心なさい。あたしたちが慣れさせてあげるわよ」


「し、師匠として弟子に指導をするのは当然のことですから」


「えええええええええええええええええええええええええええっ!?」


 姉弟子はドンと胸を張り、師匠は耳を赤くしながら頷く。


 俺は仰天してひっくり返り、そういうことになった。


挿絵

微笑みながら怒っている師匠

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657288440471

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