第15話 世界で唯一の魔術師の俺、姉弟子の魔力を見る

 師匠に促されるまま、俺たちは夜の中庭へと移動した。


 今日は新月なのか、うっすらとした月の輪郭しか見えない。


 流れる雲が多く、星も隠れている。


 屋敷から漏れる灯りがなければ真っ暗だっただろう。


「レオはそこに、アグニカはそこに立って下さい。そう、もう少し遠くへ」


「はーい」


 俺は師匠のすぐそばに立ち、姉弟子は中庭のひらけた場所へ移動した。


「アグニカ、そこに立ったまま魔力を解放して下さい」


「いいの? 庭が荒れちゃうかも」


「私が結界を張ります。解放も三割ほどで良いですよ」


 師匠が片手で印を組む。

 複雑に流れる手の動きは、俺の指文字とは違った効果がある。


 一つの印に込められた多数の術式を組み合わせ、さらに高度で複雑な魔術を瞬時に発動させる師匠の得意技だ。


 ちなみに俺は初級魔術しか使えないので、大量の魔力を消費する印を覚えるメリットがない。


 つらい。


「【水晶壁】」


 師匠が魔術を発動させると、姉弟子を囲むように巨大な立方体が発生した。


 透明な立方体は、姉弟子の魔力の余波で中庭が吹き飛ぶのを防ぐための結界だ。


「行くわよー」


「どうぞ、お願いします」


「師匠、これはいったい何をやろうとしているんですか?」


 問いかけると、師匠は姉弟子の方を向いたまま答える。


「レオはアグニカをよく見ていて下さい」


「わ、分かりました」


 師匠の真剣な言葉に、俺は頷くしかない。


「三割かー、これくらいかな」


 姉弟子がリラックスした姿勢から、魔力を解放させた。


 ごおおおっ、という真っ赤に燃える炉の蓋を開けたような轟音。


 姉弟子の魔力が足下から噴き上がる。


 まるで火柱だ。

 魔力の性質そのものが炎の属性を纏っている。


 師匠の結界で遮断しているのに、熱を感じるほどの圧力だ。


 これでまだ三割。

 俺の魔力総量のいったい何千倍だ?

 格が違いすぎる。


「普段、私たちが魔力を抑えて生活していることは知っていますね?」


 師匠が炎の魔力に顔を照らしたまま問いかけてきた。


「はい。じゃないと歩くだけで物を壊しちゃいますよね」


 魔力はただ肉体に纏うだけでも、力や頑健性を増幅させる。


 師匠や姉弟子クラスの魔女でなくとも、力が強くなりすぎて食器を持つのにも苦労することになるだろう。


 普段は日常生活に支障がない程度に魔力の漏出を抑えるのが基本だ。


「正解です。そしてそうする理由はもう一つあります。魔力による存在力の格差を少しでも減らすためです」


 それは、なんだっけ。


「私たち魔女はどれだけ魔力の漏出を押さえ込んでも、内包する魔力量までは変えることができません。上手く隠してもやはり分かってしまう」


 魔力を完全に使い切れば可能かも知れないが、そんなことをしたら体調不良で何日も寝込むことになる。


 魔力は総量の半分も使えば、明らかに体調が悪化する。

 ガス欠になるほど魔術を使う機会もそうそうないだろう。


「そして、男性は魔力がほとんどありません」


 一般魔女の魔力が1000だとしたら、俺が10程度。


 では俺以外の男の魔力量はと言うと、0.1がいいところだ。


 俺でさえ、普通の男と比べれば魔力量が百倍ある。


 普通の男と魔女を比べれば、なんと一万倍もの差があることになる。


 ひどい格差だ。


 魔女となる素質のない一般女性ですら、1~10くらいはあるからな。


 魔力量が生命力に直結しているこの世界では絶望的ですらある。


 男全体がクソ雑魚ナメクジなのだ。


「この格差は男女における認識にも影響を与えているのです」


「というと?」


「普通の男性は、魔力の強い女性相手ほど、性的な魅力を感じなくなるのです。これは魔力によって変化した魂の性質によるものだと言われています」


 そう言えば、学科試験のあと俺を攫ったお姉さんたちも、あんなに美人だったのに男に縁がない様子だったな。


 あの細腕で力も強かったし、普通の女性に比べて魔力量は確かに多そうだった。


「魔女ですらない女性相手でも、そういったことが起きるということは、魔女が相手ならどうなると思いますか?」


「……女としての魅力の有無すら超えて、もはや別の生物と認識するということですか?」


「その通りです。レオは理解が早いですね。一般男性から見れば、私たちは巨大な怪物のように感じるはずです。好き嫌いの前にそもそも愛情を交わす相手と認識できないのです」


 なるほどなぁ。


 男女逆転世界だとは思っていたが、美醜逆転ではないのは魔力の格差があったからか。


 何となくは分かっていたつもりだったが、こうして言葉にしてみると、理解が深まった感じがあるな。


「あれ? じゃあ、俺はどうなるんですか?」


 俺は普通に魔力の多いお姉さんたちにも興奮したし、師匠や姉弟子にもめちゃめちゃ女を感じている。


「そう、よく気が付きましたね。だからこの検証が必要だったのです」


「……あー、そういうことか」


 姉弟子に魔力を解放させたのは、俺にその状態を見させて、強大な魔力を前にしてもまだ女性として認識できるかを確認するためだったんだな。


「どうですか、レオ。今のアグニカを見てどう思いますか?」


「ど、どうって言われても……」


 師匠に姉弟子の魅力を語るとか、どんな羞恥プレイだよ。


「これは大事な確認なのです。包み隠さず正直に言って下さい」


「う、うう……」


 俺は師匠に迫られ、魔力を放出する姉弟子を改めて見た。


 姉弟子の魔力は上昇気流を生み、長い金髪が激しく波打っている。


 それは身につけている魔女装束も同様だ。


「スカートがめくれ上がってチラチラ見える下着がめっちゃエロいです。炎に照り返るヘソもエロい。乳尻太もも、全てが最高。あれをオカズにご飯三杯はイける」


「…………」


「あああああああっ!! ごめんなさいいいいいいいいいっ!! 姉弟子をそんな目で見てごめんなさいいいいいいいいいっ!! 死にますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 師匠にドン引きされた!

 もう駄目だぁ! おしまいだぁ!


「ち、違います! 今の沈黙は、この状態でもアグニカを女性と認識できているレオに驚いただけで、軽蔑したわけではありません! 私があなたをそんな風に思うわけがないでしょう!」


 錯乱した俺を師匠が強く抱きしめてくる。


「慰められてるのに、師匠に抱かれて柔らかくていい匂いがして興奮してごめんなさいいいいいいいいいいっ!!」


「えっ。ほ、本当に私に対してもそう思ってくれるのですね……」


 そりゃ師匠も姉弟子に負けず劣らぬ美人で、ナイスバディのエロス美女だ。


 興奮しないわけがない。


「……分かりました。検証は充分です。ありがとうアグニカ、魔力を抑えてください」


「もういいの? 結局これ、なんだったのかしら」


 姉弟子が魔力の解放をやめ、師匠が結界を解くと、中庭にまた薄暗い静寂が戻ってきた。


「うおおおおおおおおおおっ! 死にたいンゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 そして俺は羞恥心で地面にうずくまっている。


「ンゴンゴうるさい。そのしゃべり方、鬱陶しいからやめて」


 姉弟子が横から蹴り転がしてくる。


 ひどい、由緒正しきなんJ語をそんな風に言うなんて。


 いや、確かに鬱陶しいわ。


 由緒もクソも、カスみたいなスレで生まれたゴミみたいなスラングだったわ。


「レオ、あなたは特別な人です。私たちにとってという意味だけではなく、魔女たち、いえ世界にとって、今までの常識を打ち壊す人となるでしょう」


 師匠は俺を助け起こしながら、真剣なまなざしで告げた。


「えー? レオがー?」


 姉弟子が怪訝な顔をする。


 俺もそう思う。


 魔術師としても三流以下で、大切な師匠や姉弟子にフルおっきしてしまう情けない俺が、世界を揺るがす特別な人間のわけがない。


「そうですね。順を追って説明しましょう。少し長くなるので、談話室に戻ってお茶を飲みながらでも構いませんか?」


 夜の中庭は少し肌寒い。


 師匠の入れてくれた紅茶で暖まりたいところだ。


 むしろ休憩を挟んでくれてありがたい。


「あたしミルクとハチミツ入れるー」


「はいはい、堅焼きのクッキーも付けましょうね」


「やったー! 師匠のクッキー大好き! 紅茶に浸して食べるの!」


 姉弟子が師匠の腕に寄りかかるように抱きつき、師匠は俺の手を握って屋敷へ戻っていく。


 俺が二人に向けていた性欲を知っても、まったく変わらぬ態度で接してくれる師匠に、嬉しくて涙が出てきた。


 しかし、師匠が言った俺が特別な理由。

 それはいったいなんなのだろう。


挿絵

魔力を解放する姉弟子アグニカ

https://kakuyomu.jp/users/inumajin/news/16817330657236840767

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